わたしが自分のそっくりさんを目撃してから30分程。
わたし達はいつもの駄菓子屋の前に座り込んでいた。
「…ねぇ、”人を呼ぶ”って言ってたけど、まだなのか?」
ココアシガレットをくわえながらネロが呟く。
「まだだよ」
相手も色々あるみたいだし、と雪葉は駄菓子屋と路地を挟んで反対側の建物の前でしゃがみ込みつつ両手で頬杖を突きながら答える。
「そうなの~?」
ネロは思わず口を尖らせた。
…”わたしのそっくりさん”に心当たりがあると言った雪葉が誰かに電話をかけてから、わたし達は駄菓子屋の店先でその人を待っていた。
ネロや耀平はヴァンピレスではないかと不安がっていたが、雪葉が違うと言った事、そもそも雪葉にとってもヴァンピレスは厄介な異能力者である事から、その可能性は低いと思われた。
とにかく、わたし達は謎の人物によって待ちぼうけを喰らっていたのだ。
ガガガと音を立て、
今にもぶっ壊れて発火しそうな自動車が、
崩壊したビル群の中を走り抜けて行く。
運転しているのは、10代半ば位の少女。
名前はカナ。
そして助手席には、大きな猫。
名はエミィと言う。
車を運転する少女と猫。
これだけでも充分異様な光景だが、
何より目を引くのは、少女カナの顔である。
物凄い美人、又は不細工、と言う訳ではない。
ただ、左頬に炎の様な跡があるのだ。
そう。ちょうど、火傷でもしたかの様に。
キィ、とブレーキ音を鳴らして、車が止まる。
「ここにしようか。」
カナが呟く。
「うむ」
と答えるエミィ。
カナは車から荷を降ろし、
手早く野営の支度に取り掛かる。
昼休みの種枚さんと白神さんの様子、何というか、違和感があるように思えた。2人がかち合った瞬間、空気が重くなったような、嫌な感じだった。
結局あの場のストレスを引きずっていたのか、4限の講義もあまり集中して受けられなかったし……。
そういえば白神さんも、たしか今日は4限までだったっけ。
「…………5限、サボるか」
そう決心し、講義棟から急ぎ足で出て、まっすぐ正門に向かった。
どうやらタイミングとしては完璧だったみたいで、少し先を歩く白神さんの後ろ姿が見えた。
歩調を早めて、追いつこうと試みる。そして、彼女に続いて正門をくぐろうとして、自然と足が止まった。
白神さんの目の前に、種枚さんが立っている。種枚さんはフードを深く被っていて表情は分からないけれど、何か話しているらしい。
何となく近づけずに距離を取って見ていると、いくらか言葉を交わしてから二人は連れ立って歩きだした。見失ってはいけない気がして、距離を取ったまま後を追う。
2人が向かった先は、自分が鎌鼬くんと初めて遭遇したあの公園だった。その敷地内には日没直前とはいえまだ少し人が残っている。いくら種枚さんといえど、まさか白神さん相手に荒っぽい真似をすることは無いだろう。
きっと大丈夫だと心の中で自分に言い聞かせ、どんどん奥の人目に付かない場所に入っていく二人の尾行を再開した。
2人が現場であるショッピングモールに駆け付けると、外壁には大きな穴が開いておりエベルソルのものであろう巨大な尾がはみ出してのたうっていた。
「……随分デカいのが突き刺さってるな。あの辺りって何屋があったっけ?」
「さぁ……私あんまりここには来ないので……」
「ここって中高生の休日のたまり場の鉄板じゃないの? 私もあんまり来ないけど」
「えぇ……」
「取り敢えずリウ、先行して」
「りょ、了解です」
理宇を前に置き、2人はショッピングモールに入った。逃げ惑う一般人に逆らいながら、2人は外壁の大穴のあった辺り、2階のある地点にやって来た。
「……あー、ゲームコーナーか」
ロキは呟き、クレーンゲームの筐体を倒して暴れ回る巨大なエベルソルにインキ弾をぶつけた。
ナメクジとナマズとヘビを混ぜたような姿のそのエベルソルはのたうち回るのを止め、頭部を2人の方へぐりん、と回した。
「ん、こっち向いた。リウ、頑張れ」
「了解です! ……いやしかしでっかいな……」
インキ製のスティックを両手に、理宇はエベルソルに向けて駆け出した。
しかし目の前の十字路にさしかかった所でわたしはぴたと足を止める。
視線を感じてハッと右手側を見ると、路地の奥に”わたしと瓜二つの人物”が立っていた。
「え」
わたしが思わずそう呟くと、先を歩く耀平達も足を止めた。
「どうした?」
耀平がそう尋ねてきたので、わたしはあそこ!と路地の奥を指さす。
しかし耀平達が路地の奥を覗き見た頃には、そこに誰もいなかった。
「誰もいねーぞ」
「さっきから多いよな、そう言うの」
耀平と師郎がそれぞれ呟く。
「またそっくりさんって奴かい?」
師郎がそう聞くので、わたしはうんとうなずく。
「…そっくりさん、か」
不意に雪葉がポツリと呟いたので、わたし達は彼女に目を向ける。
雪葉はわたし達の視線を感じて、あぁこっちの話と手を振る。
「何、心当たりでもあるのか?」
耀平がそう尋ねると、雪葉はまぁねと答える。
「心当たりがあると言うか、そういう事ができる人を知っていると言うか」
雪葉がそう言うと、穂積はそれって…と言いかける。
雪葉は穂積に目を向けるとこう笑いかけた。
「…まぁ、そういう事さ」
雪葉はそう言って上着のポケットからスマホを取り出した。
こんばんは! 人間素直がいちばん!です!
今日から、僕が見る夢の世界でのお話や、夢での不思議な遭遇などを
小説風に書いてみようと思います!
そこで、僕にとっての初めての企画なのですが、
皆さんにも夢で見た出来事などをポエムで書いてほしいです!
夢でアドバイスもらったこと、夢で恋をしたなど、「夢の中」に関することであれば、なんでもいいです!
#夢からの伝言をつけて書き込んでいただきたいと思います!
期間は、5月末まで!
ぜひ、お待ちしてます!
4時限目の後、白神は帰宅のために大学の正門をくぐった。そのまま歩道に沿って1歩歩き出し、すぐに足を止める。
「……およ、さっきの……千葉さんのお友達」
「よォ。シラカミメイ、だったか?」
「はいメイさんですよ。ちゃんと聞いてたんだ?」
「私は人の話は聞くタチでね」
「で、千葉さんのお友達さん?」
「種枚。呼び名は短い方が良いだろ」
「了解クサビラさん。わざわざ出待ちまでして、メイさんに何の御用で?」
「この場で話すとなると人目が気になるからなァ……良い場所を知ってるんだ。ついて来な」
そう言って白神に背中を向けて歩き出した種枚に、一瞬の逡巡の後、白神も続いた。
「……そういやメイさんよ」
道中、振り返ることも無く種枚が背後の白神に話しかける。
「何ですかいクサビラさん」
「あの子……チバとはどれくらいの付き合いだい?」
「それは長さで? 深さで?」
「とりあえず長さで」
「そんなに長くないよー。後期が始まってすぐくらいの頃に、わたしのいたサークルに入ってきた縁でね。だからまだ……2、3か月?」
「へえ、私とそこまで長さは変わらないわけだ。深さは?」
「週3でお昼をご一緒するくらいの仲だけどクサビラさんは?」
「私はあの子の命の恩人だけど?」
「…………」
「…………」
2人の間に、重い沈黙が流れる。そのまま数分、無言で歩き続け、不意に種枚が立ち止まった。
「……なーんだ、良い場所なんて言うからどこかと思ったら、ただの公園じゃないですか」
「夕方にもなればすっかりひと気が失せるからねェ。さ、行こうか」
ようやく白神に一瞥をくれた種枚が敷地内に踏み入り、白神もその後に続いた。
ヴァンピレスに遭遇してから暫く。
わたし達は路地裏を駆け抜けていた。
「何でヴァンピレスがこんな時に出てくるのよ!」
「穂積を狙ってきたんじゃない?」
「そう言う事言わないでよ雪葉‼」
穂積と雪葉がそう言い合う中、わたし達は路地裏を走っていった。
「…ここまで来れば大丈夫かな」
耀平がそう呟いて道の真ん中で立ち止まる。
わたし達も立ち止まった。
「奴の行動を考えるとどこが大丈夫とかほぼないけど…まぁ、そろそろ休まないとな」
走り続けるのって難しいし、と師郎はこぼす。
だなとかうんうんと耀平や黎はうなずくが、ここで穂積が口を開く。
「…それにしても、何であいつが急に襲ってきたのかしらね?」
やっぱりあたしを狙って?と穂積は腕を組む。
「でもおれ達もよく狙われるから何とも言えないよな」
そう言って耀平は師郎に目を向けると、彼は静かにうなずいた。
「…ま、とにかくさっさと大通りに出て奴を撒いちまおうぜ」
そう言って師郎は歩き出す。
そうだなと言って耀平達4人も歩き出す。
わたしもそう言って歩き出そうとした。
休憩室の扉をノックする軽やかな音が3度響く。
「入ってどうぞ」
ロキが言うと、扉が開き理宇が入ってきた。
「あ、ふべずるんぐ先輩。お疲れ様です。タマモ先輩は……?」
「ロキで良いよ。タマモはこの間の戦いで両腕骨折したからしばらく療養。座ったら?」
ロキに促され、理宇はタマモが普段座っている席の向かいに座った。その斜向かいにロキも掛ける。
「…………あのー……」
「…………」
ロキは理宇の存在を意に介することなくスマートフォンを操作している。
「あの、ロキ先輩?」
「……あ、ん、何?」
スマートフォンから目を離し、初めて理宇の目を見る。睨むようなその視線に臆しながらも、理宇は対話を試みた。
「今日は、何かやることあるんですかね?」
「いや特には」
「さいですか……。あ、これは全く関係ない世間話なんですが、ロキ先輩ってタマモ先輩といつから組んでるんですか?」
「……そろそろ1年かな。何だかんだで私がリプリゼントルになってからずっと一緒に戦ってる」
「へー。どんな感じで出会ったんです?」
「…………まあ、それはタマモ自身に聞いて。あいつが話したがらなかったら諦めてやって」
「あっはい」
しばらく無言の時間が流れたが、不意にロキのスマートフォンから通知音が鳴り、ロキが立ち上がった。
「行くよ。仕事だ」
「はい、了解です!」
「……あれ、あんた何ていったっけ」
「あ、魚沼理宇です」
「うん、じゃあ行こうか、リウ。あいつがいない分、私のこと守ってくれる?」
「お任せください!」
時間が通り過ぎるのを待ち続ける僕は、
ただのかまってほしいだらしない僕か?
待ち続けても、待ち続けても、
音は何もしなくて。
通り過ぎてく人も、何も言わなくて。
ただ、夜が訪れるのを僕は待っている。
まるで臆病なフクロウのようだ。
待つことにはもう慣れた。
いや、慣れ過ぎてもう飽きた。
早く誰かの声を聴きたい。
やがて夜が来た。
十五夜の新月が僕の真上を通り、様子をうかがっている。
このまま朝が来るまで、お月さまと話してみようかな?
11
俺はそのまま騎士団の基地まで連れて行かれた。
着くと、そこには先程のキャラバンが待っていた。
「我々のためにここまでして頂いて...ありがとうございます。一応、ここまでの護衛依頼でしたので、報酬をお渡ししたく...」
成程。だから待っていたのか。
善人の鏡みたいな集団だ。
今じゃ当たり前かも知れないが、昔は違ったからな。
ここぞとばかりにとんずらこいてタダ働きなんてザラだった。
4月9日の夜
目の前の暗闇にうずくまっている自分をのぞきに来たみたく
三日月が微笑んでいる
明後日から大学が始まる。
今の気持ちは表と裏だ。
朝が、星や暗闇を食べるように
僕の不安やもどかしさを消してくれるかもしれないという淡い期待と、
このまま、月や星が誘う、
いや冷蔵庫のノイズだけが響き渡る孤独な夜が
僕の心に宿るかもしれないという濃い不安が
混ざり合って僕の頭を掻きまわしている。
2日後はどんな夜を過ごしてるのかな?
「えぇ…」
ゆずは困惑した。子供とはいえ知らない人が急によくわからないことを散々語り、名前を聞いてきたのだからゆずでなくても混乱はするだろう。
「あ、勝手に手繋いでたわ。ごめん」
今更ながら、さっきからゆずの手を握っていた『先導様』がゆずの手を離した。ゆずはそのままの格好で固まる。
「う〜ん…」
ゆずは考えるのが苦手だ。更に勘だけで生きてきた人間だ。できればややこしいことをうだうだと考えていたくない。ゆずは自分の命運を勘に託すことにした。
「…うん、信じるよ!私の名前は、坂上ゆず。あなたは?」
さらっと名前を言ったゆずを驚いたように見つめ、子供は困ったように微笑む。
「…私に名前はないよ。好きに呼んで」
「ないの?うーん…あ、先導様、だっけ?だったらさ、せんちゃんとか」
「せんちゃん」
「可愛くない?」
「…うん、気に入った!」
先導様…もといせんちゃんと名付けられた子供がにっこり笑った。
「ゆずの家がわかった。まずは下山だな」
「え、ほんと!?」
「ああ。私から離れないように」
せんちゃんはゆずの手を握った。
白神さんと二人して天ぷらうどんを購入し、セルフサービスの水を取ってから、席に戻った。
それから、殆ど手を止める事無くうどんを完食し、残った水を飲みながら一息ついた。
この後しばらく時間に余裕があることもあって、気が抜けて深く息を吐きながら、仰け反るようにして背もたれに身体を預ける。と、真後ろの席に座っていた人に後頭部がぶつかってしまった。
「あ、すみません……」
咄嗟に謝罪しながら振り返り、そこにいた人の姿を見て、身体が硬直した。
「ん、いやこっちこそ」
気に留めていない様子で答えたのは。種枚さんだった。この人、ここの学生だったのか。
「およ、千葉さんや。知り合いかね?」
こちらを覗き込んだ白神さんと種枚さんの目が合ったのだろう、種枚さんの目が僅かに見開かれる。
「種枚さん?」
「…………君、友達いたんだ?」
「失礼な……自分を何だと思ってるんですか。彼女は友人の白神さんです」
「……そうかい」
種枚さんはつまらなさそうに答え、そっぽを向いてしまった。
「千葉さんのお友達? 初めまして白神メイですー」
白神さんの自己紹介にも、種枚さんは反応を示さない。
「ありゃ…………あ、ごめんね千葉さんや。わたしは3限あるから、そろそろ行きますよ。お友達とごゆっくりぃ」
まだ3時限目の開始時刻までは少し余裕があるけれど、やはり居心地が悪くなったのか、白神さんはそそくさと席を立ち、その場を立ち去ってしまった。
こんなんでいいのだろうかの交差点で
待ち合わせをしませんか?
わたしのどうしようもなさを
わかろうとしなくていいんです
あなたのどうしようもなさも
どうか教えてほしいのです
わたし達がパッと声のする方を見ると、わたし達の進行方向にツインテールで白ワンピースを着ている白い鞭を持った少女が立っていた。
「わらわのことをお呼び?」
少女はそう言ってにんまりと笑みを浮かべる。
ネロはヴァンピレス‼と声を上げて具象体の黒鎌を出した。
「アンタなんか呼んでねーぞ‼」
ネクロマンサーがそう怒鳴ると、あらとヴァンピレスは小首を傾げる。
「わらわの噂を、していたのではなくって⁈」
ヴァンピレスはそう言って白い鞭を振るった。
「っ‼」
ネクロマンサーは咄嗟に黒鎌を構え、伸びてきた白い鞭を受け止める。
「逃げろ皆‼」
ネクロマンサーがそう叫んだので、わたし達は走って逃げだす。
ネクロマンサーはそれを見届けると、ヴァンピレスの鞭を払って彼女に向かい駆け出した。
子供はゆずの手を握ったまま静止し…そして振り返る。黒い短髪がふわっと揺れた。
「…君さ、もしかして生きてる?」
「え」
子供は困った顔をして視線を彷徨わせた。
「そういえば既に逢魔ヶ時過ぎてるのか…」
その一言になぜか背筋がぞわりとした。冷えた風がゆずの足に絡みつく。
「センドウ様って知ってる?」
「センドウ様?」
「先に導くって書いて、先導。この地域独特の…神?みたいな?」
「ふぅん…」
「最近まで忘れていたんだけど…私はどうやら先導様として崇められていたらしい」
「…んっ?」
話の雲行きが怪しい気がする。ゆずは戸惑うが、子供はそれを見透かしたように、信じてくれと懇願した。
「私は、名前がある者なら、いるべき場所に帰すことができるんだ」
「いるべき場所?」
「ほとんどの迷子は自分の家だな。家じゃない子とも会ったことあるけど」
「へぇ…よくわかんないけど…すごいんだね」
ゆずの言葉に、子供は苦笑いした。
「そんなにすごくはないけど。でも私を信じてくれるなら、名前を教えて」
“金細工師”厚木薫(アツギ・カオル)
年齢:24歳 性別:女性 身長:170㎝
芸術:彫金(打ち出し) 衣装:西洋風の軽鎧
『死に損ない』を自称するリプリゼントルの女性。現役リプリゼントルでは2番目に古参。過去の戦いで左腕は肩の付け根から失われており、左の脇腹には深い切り傷の痕が残っている。また、常に前髪で隠れていることから右眼も無いのではないかという疑惑がある。まあ目玉はちゃんと2つ揃ってるんだが。
性格は自称から察せる通り厭世的で投げやり。自分を卑下し役立たずであることに託けて全く以て戦おうとしない非協力的な人。
片腕が完全に失われていることから自分の芸術を実行することはほぼ不可能になっているものの、何故かリプリゼントルとしての力は失われておらず、現在はフォールムに就職して休憩室の一つを私室化して引きこもっている。戦法としては描き出した刀剣によるインファイトがメイン。剣の種類によってちょっと特殊な性能を発揮する。
唯一『先輩』と呼ぶべき現役最古参のリプリゼントルからは「オルちゃん」の愛称で呼ばれている。由来? そら”金細工師”よ。
自分には友人が少ない自覚がある。それでも、最近入ったサークルの縁で出会った同学年の白神さんとは、サークル以外でも昼休みには一緒に昼食をとったりする程度には親しい仲だ。
今日も2時限目の後、講義室を出たところでタイミングよく出くわして、食堂に向かうところだった。
「千葉さんや、最近調子はどうですかい」
歩きながら、白神さんが尋ねてくる。
「まあ、ボチボチやってますよ。けど今日も締め切りが明日までの課題が出て、キツいことキツいこと」
こちらも軽い口調で答える。
「ところで千葉さんや。午後の講義の予定は?」
「3限は無いですけど、4限と5限が入ってまして」
「うわぁ、そいつはまた、面倒な入り方してるな……。3限には何も取らなかったので?」
「取らなかったですねぇ……」
話しながら歩いているうちに、食堂に到着した。
「きょーうのメイさんはー、オウドンを食べるー」
「したら自分もそうしましょーっと」
『メイ』とは、白神さんの下の名前だ。漢字でどう書くかは知らないけれど、そういう名前だってことは聞いている。そんなことを言い合いながら、空いた席に鞄を置き、料理の受取口に向かった。
「おい、どうした?」
師郎がポツリと尋ねたので、わたしはハッとして彼らの方を見る。
「あ、いや…あそこ!」
わたしが十字路の奥を指さすと、ネロ達もその方角を見る。
わたしも路地の奥を再度見たが、そこには誰もいなかった。
「あれ…?」
わたしは思わず首を傾げる。
さっきまでそこに”わたし”がいたのに…
「何もいねーぞ」
「見間違いじゃね?」
師郎と耀平はそれぞれそこぼす。
「何だよ、てっきりヴァンピレスだと思ったじゃねーかー」
ネロは不満気に言って両手を後頭部に回す。
「で、でもいたんだよ」
わたしのそっくりさ…と言いかけた所で、不意に高笑いが聞こえた。
応絢那(イラエ・アヤナ)
性別:女 年齢:10代 身長:160㎝
マジックアイテム:お守り
願い:独りになりたくない
衣装:拘束衣
魔法:縁に縛られる
魔法使いの少女。家庭の問題の影響で孤独に対して異常なまでに恐怖しており、その願いが魔法に反映された。
その魔法を簡単に表すと「自分と何者かを繋ぐ『縁』が残っている限り、決して死ぬことが無い」というもの。自分を知っている者が一人でも生きている限りその『縁』によってあらゆるダメージは『縁』を材料として即座に修復される。ファントムとの敵対ですらそれ自体が『縁』となるため、ファントムとの戦闘中、彼女は絶対に死なない。また、自身を縛る『縁』を鎖として具現化し、武器として操ることもできる。
かつて初めてのファントムとの戦闘にて、肉体の大部分を食われたせいで、魔法でできていない彼女の生来の肉体部位は右脚全体と左腕の肘から先のみであり、それらの部分が己の魔法で『縁』に代替されることも恐れている。これらの部位を軽くでも怪我するとひどいパニック症状に陥り、再生させないために『縁』の鎖で傷口を更に深く抉り続ける。異物が傷口に直接接している限りは『縁』の再生が起きないためである。
思考する脳さえも己の魔法に代替されてしまっているせいで、『自己』というものに自信が持てず、精神は非常に不安定。
一体誰が、
眼を球にして、
水晶体をつけて、
光を屈折させて。そして、
世界のほんとうのことを
見えなくさせたのだろう。
種枚さんと犬神ちゃんは、およそ3時間の間、何も言わずその場にじっとしていた。種枚さんは目を閉じたまま脱力しきっており、犬神ちゃんはそんな種枚さんの顔を、何も言わず、微動だにもせず覗き込んでいる。
段々と辺りが暗くなり、完全に日が沈み、夜が更けていく。そのうち、背後に聞こえていた神楽の音も聞こえなくなり、祭りの終わる気配がし始めた。
不思議とここまで、本殿の方には一人も来なかったけれど、ようやく足音が迫ってきた。
「貴様ら。何をしている?」
低い男声に振り返ると、数時間前に会った、狩衣姿のあの男性がすぐそこに立っていた。
「よォ、潜龍の。遅かったじゃないか。友達が来たもんだから、悪いが帰らせてもらうよ」
答えたのは種枚さん。
「フン、馬鹿を言え。鬼の力は完全に封じた。それに加えてこの拘束、逃げられるものか」
会話内容からして、種枚さんをあんな目に遭わせたのは、この男なんだろうか。
「たしかに、ちょっとこれは、しんどい……なっと」
言いながら、種枚さんは腕を思い切り振るった。その勢いで鎖と縄、有刺鉄線は簡単に引きちぎられ、掌を貫いていた刀もあっさりと抜けてしまった。
同じように足もばたつかせ、拘束を完全に振りほどく。紙と木の御札は彼女の体温にやられたのか、真っ黒に焼け焦げていた。
男性の顔を見る。彼は信じられないとでも言いたげに目を見開いていた。
「……馬鹿な…………怪異を封じる札に、怪異を狩る刀を4振りも使ったんだぞ⁉ 有刺鉄線で動きも制限していたはずだ!」
「アァー、結構痛かったんだぜ、あの刃。ほら見ろ、まだ穴が開いてら」
未だ出血の止まらない両手をひらひらと振りながら、種枚さんは冗談めかして言い、本殿からのそりと出てきた。そのまま、これまた出血が続いている両足を引きずりながらこちらに歩いてくる。そして、呆然としている男性とすれ違うその時、足を止めてその肩に手を置いた。
「改めて言っておくぜィ、潜龍の。私は飽くまでも『人間』だ。もしかしたら薄ゥーく鬼の血でも混じっているかもだが……、これから私を捕らえたきゃ、コンクリでも使うんだね。まァ、何されたって出て行ってやるけどな」
そして男性、潜龍さんというのだろうか。彼から離れ、犬神ちゃんに手招きし、上機嫌で駆け寄ってきた犬神ちゃんの肩を抱き、舞殿の方へ歩き去って行った。
私を纏う匂い。瑞々しい匂い。ミント。ラベンダー。レモン。ミントは龍神が好む匂いらしいです、
穂積達と遭遇してから暫く。
ネロと穂積の言い合いが落ち着いた所で、わたしたちはいつものショッピングモールに向かっていた。
「…何でアンタ達もショッピングモールに行こうとしてるんだよ」
裏路地を歩きながらネロが側を歩く穂積を睨む。
穂積はそんなのあたしの勝手じゃないとそっぽを向く。
「そもそもアンタ達も何でショッピングモールへ向かってるのよ」
穂積がそう尋ねると、ネロは答えたくないと口を尖らせる。
「何よソレ」
「何よって何だよ」
ネロと穂積は立ち止まっていがみ合う。
師郎や雪葉はまぁまぁ…と2人をなだめようとした。
わたしはその様子を見て苦笑いする。
しかし十字路にさしかかった所でわたしは交差している道の奥から視線を感じた。
わたしはふと十字路の奥に目をやる。
そこにはわたしと瓜二つの人物が立っていた。
「…え」
わたしは思わず呟いて立ち止まる。
それに気付いたネロ達も、立ち止まってわたしの方を見た。
リンネ「さて、外伝も終了だね!」
ミル「そうですね、次週から本編ですかね〜?」
『いえいえ。ちょっと2月にアンケート取った短編を書いてからですね、ちょっとおやすみです。』
リンネ「おお、遂にご本人登場か。帰って?」
ミル「辛辣‼︎仮にも産みの親に向かって!」
リンネ「良いよ別に。歳下の小娘位どうだって。」
ミル「じゃあそれから産まれた僕等ってそれ以下なんですか?」
『そうだそうだ!どうなんだー!』
リンネ「君達さぁ、言ってて悲しくない?」
ミル「...あ、やたろう逃げた。」
リンネ「と言うか、いつまでアリス出さない気なんだろうね。個人的にはとっとと倒しちゃいたいんだけど。」
ミル「まあ伝家の宝刀って奴じゃないですか?」
リンネ「どうせいつかブッ飛ばすから良いんだけどね、いつまで読者待たせるの?って事。」
『.....すみませんマスター....!』
ミル「我が子に負けてるぞこの人...!」
リンネ「じゃ、この辺で!」
ミル「あ、ちょ、まだ何も言ってな...」
...
「円環魔術師録」本編は7月位に投稿予定です。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
本編も何卒宜しくお願い致します。
空のペットボトル。
食べかけのポテチ。
いつかの誰かとの写真。
誰も居ない路地。
皆ずっと同じじゃないし、元には戻らないけど。
僕はまだここに居る。
周りの皆は言い合うなよと諫めようとするが、2人は全く気にしない。
わたしは思わず呆れてしまった。
…と、不意にわたしは視線を感じた。
?と思って辺りを見回すと、路地の奥の方に見覚えのある人影が立っている。
それはどこかわたし自身のようにも見えた。
「…おい」
不思議そうな師郎の声でわたしは我に返る。
「どうした?」
急にぼーっとしやがって、と師郎が聞く。
わたしはあーと言いつつさっきの方角を見る。
そこには誰もいなかった。
「…何でもない」
わたしはそう言って笑う。
師郎はそうかいとだけ言って、またネロと穂積の言い合いに目を向けた。
世の中には2種類のゴミがある。
リサイクルできるゴミと
リサイクルできないゴミだ。
....圧倒的後者。
ビバ小説。
(笑)
何?
お前が誰かって?
......さあ。
自分でもさっぱり。
忘却の彼方って奴です。
え、
普通自分の事は忘れない?
ふざけてるのか...って、違う違う!
いや、本当に忘れてるんですよね。
嘘じゃなくて。
何で忘れたのか...か。
うーん、なんて言おうかな、
皆さんも、どうでも良い事って
忘れちゃうでしょ?
それと一緒です。
動かなくなった懐中時計。
読み終えた文庫本。
擦り切れたノート。
壊れた眼鏡。
くしゃくしゃになったハンカチに、
もう何も写らなくなったカメラ。
ガラクタを詰め込んだ鞄を持って。
「いってきます」。
ただいまは言わないけど。
さよならは言わなくて良いよ。
「う……タマモ?」
腕の攻撃は空振りに終わったけれど、私を助けてくれたのであろうタマモの方を見ると姿が無い。ぶつけた後頭部をさすりながら周囲を見ると、数m後方でひっくり返っていた。
「タマモ……その、ごめん」
「いや謝るな、感謝しろ。俺のお陰で死なずに済んだんだぞ……痛え」
そこまでのダメージは受けなかったみたいで、すぐに起き上がった。鼻血を流してはいるけれどそのくらいだ。
「ありがと、タマモ。頭はぶつけたけど」
「マジか。次は受け身取れよ?」
「善処する」
そういえば攻撃の手が止んでいた。咄嗟にエベルソルの方に向き直る。さっきまで頑張って破壊していた腕は大部分が再生しているようだ。
「あークソ、せっかくの攻撃が無駄になったじゃねえかよ。大人しく防御だけしとけッてンだよなァ」
「上への攻撃がちょっと密度低かったかも」
「反省会は後だ。削れるのは分かったんだから……もう一度殺しきるぞ!」
タマモはまた光弾を用意してすぐに発射する。
私も光弾を描きながら、描いた傍から撃ち出していく。ほぼ真上に、奴を狙うのでは無く、取り敢えずその場から退かす意味合いで。
「……準備よし。全弾……突撃!」
十分な数を撃ち出したところで、光弾全てを敵の一点、およそ中央に向けて叩き込む。
槍の如く並んだ光弾は、腕の防御を破壊しながら奥へ、また破壊しながら奥へ、どんどん突き刺さり、体幹を破壊した。腕たちの起点を上手く射貫けたようで、腕たちがバラバラに地面に散らばる。
「……ロキお前……すげえな」
「殺せては無いし」
「いやァ……あとは1本ずつ順繰りに処理すりゃ良いだけだからな。9割お前の手柄だよ」
「わぁい」
あとは腕たちを二人で手分けして処理していき、私の初めての戦いは無事に勝利で終わった。
10
良し悪しはともあれ、なんとも珍しいキャラバンがあったものだ。
普通はこんなことはせずに放置、山賊も雇われ者であることに途中で気づいて適当に解放する、これが一番多い流れだ。(と思う)
何故解放してくれるのかと言うと、自分達がしょっ引かれた時の保険の様なものだ。
つまり、「罪を重くしたくないから殺人は控える」
と言う事だ。
折れた踏切。
人の居なくなった駅。
止まった列車、
ベンチに置き忘れた文庫本。
動き続ける懐中時計。
先の見えない線路の果てまで。
出かけようか、何も持たずに。
星空の下に。
「ど、どうしよう…」
山の中で、肩くらいまでの茶髪を落ち着きなくいじりながら『ゆず』は呟く。
彼女は今日、山奥の集落に住む祖父母に会いに行き、帰る…はずだった。
ゆずの自宅と祖父母の住む集落を隔てる山はなだらかだが迷いやすい。それに重ねてゆずは方向音痴なので、必ず両親と共に行くようにしているのだ。しかし、今日はゆずが一瞬目を離した隙に両親は忽然と姿を消し、見事に迷子になってしまったのである。
「う〜…」
ゆずはそわそわと空を見回す。すでに太陽は西へ沈んでしまっているようだ。迷子になってから数時間、少しも景色が変わっている様子はない。
「ん…あ!」
ゆずの目にきらりと希望が戻る。前方に人を見つけたのだ。
「あ、あのっ」
「ん?」
小柄な子供が頭を上げた。黒い大きな目がゆずを見、暫くして勢いよく立ち上がってゆずの手を握った。
「迷子?奇遇だな、私もなんだ」
「えっ?」
「夜は危ない、一緒に下山しよう」
「犬神ちゃん、まさか……」
止めようとしたけれど、遅かった。犬神ちゃんはその戸を勢いよく開け放ってしまったのだ。
薄暗い本殿の奥、大黒柱の根元に、人影が見える。あれは生きた人間……というより、まさに自分たちが探していた種枚さんだった。
大量の拘束具で身動き取れない状態にさせられている、あまりに痛々しいその状況に反して、彼女はリラックスした様子で目を閉じ、眠ってでもいるようだった。
「……今、何時だい?」
不意に種枚さんが口を開く。寝ていたわけじゃ無かったのか。
「まだ3時前だよ。キノコちゃん」
種枚さんに近付きながら、犬神ちゃんが答える。
「そうか。まだそんなものか。犬神ちゃん、これ、外せるかい?」
「無理。できたとしてもやってあげない。キノコちゃん、こないだのデートすっぽかしたでしょ。私、怒ってるんだからね?」
「悪かったよそれは……見ての通りガッツリ捕まっちまっててさ」
「どうせ逃げようと思えば逃げられるくせにー」
「誰だって痛いのは嫌なものさ。じゃ、6時になったら教えておくれよ。うっかりでも祭りに水を差すような真似はしたくないからね」
軽口を叩き合いながら、犬神ちゃんは種枚さんの目の前に座り込んだ。
このあまりに軽妙な空気感に、自分はただ誰かに勝手に入っているのを見られやしないかと不安になることしかできなかった。逆に言えば、それ以外に心配するようなことは、既に無かったと言えた。
「それはそうとして、チョウフウ…じゃなくて穂積、アンタに1つ聞きたい事があるんだけど」
ネロが質問すると、穂積は何よと呟く。
「アンタ、ヴァンピレスと繋がってたんなら奴について何か知らない?」
個人情報とかさ、というネロの言葉に皆が穂積に注目する。
穂積は溜め息を1つついて知らないわよと答えた。
「は、何で⁈」
アンタ奴と繋がってたんじゃないのかよとネロは立ち上がって語気を強めたが、穂積は知ってる訳ないじゃない!と言い返す。
「相手はあのヴァンピレスよ!」
徹底的に自分の事は人に教えないような奴だからあたしが知ってる訳ないじゃないと穂積はそっぽを向く。
「何だよ連絡先とか知らないのかよ」
「電話番号は教えてもらってたけど今や音信不通よ!」
「何だよソレ‼」
ネロと穂積の言い合いは過熱していく。
論理的に考えて生物として当然の事ではあるんだが。
若くて未熟な個体ってのは必然的に絶対的に経験が少ないんだから、幼いうちの「できない」は何もおかしいことじゃあない。
どうせ生きてりゃ勝手に「学び」は得ていけるんだから、ガキの無知も無学も無能も、罪でも何でもない。
どれだけ道を逸れようが問題無い。道なら何千本でも示してやる。
いくらスッ転んだって構わない。何百回でも手を引いて立たせてやる。
大人の後ろ盾背負って、安心してバカ晒しながら進んで行け。
「……飛んでいけ」
光弾を発射する。タマモのように直線的にでは無く、放物線を描く軌道で、奴を全方向から取り囲むように。
私の放つ弾幕は8割方無事に命中し、敵の腕を順調に命中させていく。
「え嘘、これそんな使い方できンのかよ」
「できるかなー……って思ってやったらできた」
「はぇーお前すげェな。俺は普通に飛ばした方が楽だな」
「そりゃ何も考えず飛ばせるんだから楽でしょ。その分ペース落ちるから、頑張って止めてね」
「そりゃ勿論」
追加で光弾を用意する。半分は放物線、もう半分は着弾の直前で僅かに軌道をずらすように弾道を設定して、一斉に発射する。
発射の瞬間、腕は防御態勢を取ったけれど、ずらした弾がダメージを与えていく。
「タマモ、この戦い方すっごい楽しい」
「そりゃ良かったな」
続く弾幕は、敵の50㎝ほど手前で一瞬停止するように。奴の防御が無駄に空を切り、また腕を破壊していく。
「タマモ、これ良いね。相手の防御無駄にするの楽しいよ」
「……うん、そうだな。お前にはそれが向いてるよ」
次の弾幕を用意していると、エベルソルの上方の腕がほどけ、急に伸長して全方向に向けて拳を繰り出した。私達の方だけじゃなく、周りの彫刻も狙っている。
「っ!」
用意できていた分を全部発射して、彫刻を狙っていた分の腕はどうにか破壊する。
こちらに向かってきた腕はどうしたものか、とりあえず自分の腕で防御しようとして、背後から足を払われ仰向けに倒れた。
勝手に悲観して
勝手に諦めて
狭い世界に閉じ籠って
本当は知ってる
ひとりぼっちじゃない
扉の向こうに
広がっている世界が
自分の想像より優しいこと
認めたくないだけ
犬神ちゃんと一緒に、種枚さんを探しながら本殿の前をうろついていると、不注意で前からやって来た人とぶつかりそうになった。幸いにも向こうが避けてくれたおかげで、衝突はしないで済んだ。
「す、すみません」
「いえ、どうぞお気になさらず。ただ、前方確認は怠らないようにした方が良いかと」
「はい……」
狩衣姿のその男性は、舞殿の方に急ぎ足で去って行った。神楽の出演者だろうか。
ふと、犬神ちゃんの方に向き直る。さっきまで神楽に少しも関心を見せなかった犬神ちゃんだったけれど、今は足を止めて、口も閉じて、舞殿の方をじっと見つめている。
「犬神ちゃん?」
「………………」
「犬神ちゃーん?」
「……キノコちゃん」
「え?」
あの人……は流石に種枚さんではないし……。
「今、キノコちゃんの匂いがした」
「今の人から?」
「んー…………何だろ、分かんない」
「……そっかー」
犬神ちゃんは再び種枚さんの名前を呼びながら歩き出した。その足取りは先ほどまでの当ても無く彷徨い歩くようなものではなく、何か強い意志を感じさせる、たしかな足取りだった。そして。
「…………い、犬神ちゃん? 何してるのかな?」
本殿正面の扉の前で立ち止まり、内部をまたじっと見つめ始めた。
「あとヴァンピレスはやべー奴だからな」
それ位はやって当然、とネロはココアシガレットを咥える。
わたしははぁ…とうなずいた。
「でも今見るからに異能力も記憶も奪われてないみたいだけが」
それはどうしてだい?と師郎がふと尋ねる。
「あーそれはね、うちがたまたま助けたんだよ」
今度は短髪の少女が話し始める。
「うちがこの間、偶然ヴァンピレスを見かけて何気なくあとをつけたらたまたまあの子が穂積を襲おうとしてて」
それで助けたんだと短髪の少女はウィンクする。
「…うちの異能力を使ってね」
そう言って彼女はつぶっていない方の目を一瞬青白く光らせた。
「うちは薬師丸 雪葉(やくしまる ゆきば)」
…もう1つの名前は”ジャックフロスト”、と雪葉は続ける。
「”指定した人間の動きを凍ったようにうごけなくする”能力さ」
まぁ異能力を使っている時は気軽に”フロスティ”と呼んでいいよ、と彼女は笑った。
「ふーん」
ネロはそううなずくと穂積の方に目を向ける。
あなたが僕に優しかったことだけ書いた
くたびれた日記を花束にして僕の寝床に
並べてほしい
“復讐屋”
性別:女 年齢:27歳 身長:181㎝
ブラックマーケットの奥深くで「復讐支援業」に従事している女性。本名を知っている人間はごく少数で、腕利きの情報屋ですら名前を探れないでいる。
「復讐とは、過去の因縁に決着を付け前に進むための儀式である」との信念から、顧客たちの復讐の支援を行うべく、情報収集・ターゲットの誘導・武器類の提供を行う。
飽くまでも直接手を下すのは復讐を望む本人であるべきと考えており、「復讐代行」だけは絶対にしないと決めている。
愛銃は6発装填リボルバー式拳銃の〈ジェヘナ〉と5発装填ボルトアクション式スナイパーライフルの〈リンボ〉。実際に発砲する機会は少なく、特に〈ジェヘナ〉には常に1発しか弾丸を入れていない。
仕事で使っているリュックサックは状況に応じて中身が変わるが、ミネラルウォーター500ml×2、携帯食料1日分、アーミーナイフ、防水マッチ30本入り1箱、電気ランタン、合成繊維製のロープ10m、カラビナ4個、ブランケット、〈リンボ〉用の弾薬箱20発×2、〈ジェヘナ〉用の弾丸1発は常備している。
自分の生業については、「死後地獄に堕ちることが確定しているだけでそれ自体は正当な行為である」と認識している。
「しかしまあ……結構だりィぞ」
「何が? ちょっと頑張ればダメージ通せるよ?」
「いやァ……ちょいと俺の攻撃をよォーく見といてくださいよフヴェズルングさんや」
タマモの攻撃が、防御していた腕を数本吹き飛ばす。すぐに別の腕が防御に回って……。
「あ、なるほどー」
千切れていたはずの腕が無くなっている。というか、無事な腕の陰に隠れた隙に再生してるっぽい。
「火力足りてなくない?」
「だなァ。一般市民が通報して応援が来てくれるまで粘るってのもアリではあるンだがよォ……なあロキ」
「何?」
「せっかくの初陣、華々しい勝利ってヤツで飾りたくね?」
「まあ、せっかくならねぇ」
ニッ、と笑ってタマモが1歩踏み出す。
「じゃ、ちょっと頑張ろうぜ」
「うん」
タマモは素早く弾幕の用意をして、それと並行してエベルソルを攻撃している。正面から削り切るつもりだろうか。私も攻撃に参加しても良いけど、私達2人でダメージが追い付くだろうか。せめて全方位から削れれば効率良く倒せそうなんだけれど……。
「あ、良いこと思いついた」
「あ? 何だ、先輩として協力なら惜しまねーぞ」
「引き続き頑張って」
「りょーかい」
少し大きめの光弾をたくさん生成する。そのうち半分は、作るのと同時にエベルソルに飛ばして、タマモの支援をする。
そして、そこそこの数の光弾が貯まったところで、改めてエベルソルを睨む。
「そ、それってどういう…」
ネロが困惑したように呟くと、短髪の少女は文字通りの意味だよと返す。
「あの子は穂積を切り捨てた、ただそれだけ」
短髪の少女は人差し指を立てつつ言う。
「…切り捨てられたって、どういう事だよ」
ネロがそう尋ねると、今度は穂積が口を開く。
「この間、ヴァンピレスに会った時に”貴女はもう用済み”って言われたのよ」
「用済みって」
ネロの言葉を気にせず穂積は続ける。
「あの女曰く、あたしとあの女が繋がっている事があんた達にバレたから、この関係は終わりにしよう、だってさ」
穂積は呆れたように肩をすくめる。
「…ま、そのせいであたしはヴァンピレスに異能力を奪われそうになったんだけど」
穂積の発言にわたしはえ、と驚く。
「奪われそうになったって…」
「そりゃ口封じのためだろ」
ネロはジト目をわたしに向ける。
「アイツと繋がっていたって事はある程度奴の内情を知る事にもなるから、関係を断つ時にそれ位やるだろ」
ネロは淡々と言う。
石段を上り、鳥居をくぐり、境内に入る。“潜龍神社”は本殿の他に3社の摂社と4社の末社、舞殿があり、敷地の総合面積もかなりのものになっている。
神楽はその中でも本殿の手前に建つ舞殿で行われる。合計で半日もかけるような本格的なものというわけでは無く、7演目を合計4時間ほどかけて舞う構成になっている。
自分は普段、途中で見飽きて帰るのだが、ただでさえ人外のモノが少ない神社境内の中でも、神楽の最中の舞殿周辺には不思議と怪異の姿が見られず、清浄な雰囲気さえ感じられて、その場の空気感自体は好きだった。
犬神ちゃんに手を引かれて舞殿の前を通る。神楽は既に始まっていて、周囲には人だかりができていた。
つい足が止まるが、犬神ちゃんはそちらには全く興味が無いようで、構わずぐいぐいとこちらの手を引いて奥へと進んでいく。仕方なく彼女に従い、本殿の方へ向かう。
「キぃーノーコちゃぁーん、どぉーこぉー?」
犬神ちゃんは辺りをきょろきょろと見回しながら、種枚さんを探し呼びかけている。
「ほら君も、キノコちゃんのお気に入りなんだから一緒にあの子のこと呼んでよ」
「え、あ、はい。……く、種枚さーん」
「声ちっちゃい!」
「えぇ……?」
こんな寂しい駅に、自分を置きざりになんてしないで。
各駅停車だけれど、君を明日に連れていきたい。