コーヒーブレイク⑩

僕がこっちに来て早2年。仕事はなんとなく慣れてきた。毎朝インスタントの珈琲を飲み。
満員の電車に揺られ会社へ向かう。
ネクタイをつけるのも慣れたもんだ。

月給は安いなりに親からの仕送り無しで楽しく暮らせてるし、会社での上下関係も上手くやってる

ただ1つ。たった1つ毎朝のルーティーンが欠けただけで大学に入る前と同様に朝が嫌いになりかけてる。
会社に入ってから覚えた酒はどうも僕には合わない。でも上司の機嫌とりに今日も酒を飲む。

「また来るよ」
店主に言い残したその言葉は今はどこかにいってしまったよう。

何もかもが愛しくなる。
扉の鐘の音。珈琲の香り。半熟の卵。
流れる音楽。店主の声...面影。

でもここには何も無い。
誰に向かって発してるか解らない「行ってきます」

誰もいないこの部屋に響くは扉の閉まる音。
ただそれだけ。

行ってきます。

武張る風来坊
男性/24歳/滋賀県
2016-11-18 17:49

コーヒーブレイク⑨

就職先が決まった事を報告した時からなぜか時が流れるのが早く感じた。
そして遂にその時はやってくる。

開ける扉は重く感じ
鐘の音はいつもより小さく聴こえ
店内の音楽はいつもより暗く聴こえた。

それでも店主だけは何も変わらなかった。
いつも通りの髪型、眼鏡、服装。
いつも通りの表情、仕草、態度。
発する言葉。漂う香り。人気のない店内。

僕は何だかそれが嬉しくも思えた。

「おはよ。」
いつもと何も変わらないその声。
「......」
僕は何も言い出せない。
「いつものか?」
その一言は凄く有難かった。
「...うん。いつもので。」
少し重めの空気。でもいつもこんなんだ。
特別毎日話してる訳ではない。
店主は最後の日までいつも通りを突き通してくれた。それが本当に嬉しかった。

全てを食す。体内に巡る珈琲。いつもと何も変わらない。
勘定を済まそうと僕はポケットから一万円札を取り出す。
「...マスターありがとう。本当に...ありがとう」
店主は一万円札を見つめる
「こりゃなんだ?」
「マスター最後くらいかっこつけさせて。
...お釣りは要らないよ。」
店主は僕の言葉に嬉しそうに応える。
「ボウズ。最後ってなんだい。もう来ねーつもりなのか?」
「あっいやそーゆう訳じゃ...」
クイ気味に店主が僕に言う
「勘定はしっかり貰う。でも今じゃねぇ。またここに来な。そん時に払え。こいつは今だけ俺の奢りだ。」
「それ奢りじゃないよ。」

その言葉を最後に僕は喫茶店を出ていった。

武張る風来坊
男性/24歳/滋賀県
2016-11-17 19:21
  • 茶店のマスターってなんでこんなに恰好いいんですかね〜?
    美味しい珈琲(村山由佳)シリーズの風見鶏も、出口のない海(横山秀夫)のボレロも、あのマスターにだけは敵わねぇって思います(笑)

    あっ、バーテンダーも恰好いいか。でも若いときに出会えないからちょっと違うかな。俺が高校の頃には、身近にお洒落な喫茶店もなかったし通う金もなかったけど、こんな思い出って素敵ですよね。

    再会編、楽しみにしてます(^^)お盆の里帰りかな?(笑)

    シャア専用ボール
    男性/31歳/岡山県
    2016-11-17 21:52
  • はじめまして!
    ありがとうさぎです♪

    武張る風来坊 くんの作品初めて読んだんだけど、
    (1~9まで全部読んだよ!)
    クオリティーの高さに感動しました!。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。 ゜
    将来は、小説家志望!!?

    友達と2人で読んだんだけど、朝からすごい楽しめたよヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
    続き楽しみにしてます☆

    ありがとうさぎ
    女性/27歳/愛知県
    2016-11-18 11:58
  • シャア専用ボールさんレスありがとうです!
    本当にかっこいいですよね(*´罒`*)
    自分の中ではマスターは大人の男って感じがしてなんか好きんです(笑)
    再会編も書き込んでいくので良ければ読んでいって下さい!

    武張る風来坊
    男性/24歳/滋賀県
    2016-11-18 17:23
  • ありがとうさぎさんレスありがとうです!
    そー言ってもらえると嬉しい限りです!
    また読みに来て下さい(๑・ิ..・ิ๑) 

    武張る風来坊
    男性/24歳/滋賀県
    2016-11-18 17:27

コーヒーブレイク⑧

別れは突然に。
この町に来てはや3年。就活生の僕。
でも就活はなかなか上手くはいかない。1週間前に受けたのでもう8社目。
元から無いにしろ自信が無くなるよ。

それでも毎朝あの喫茶店に顔をだす。

「おはよ。...どうだった?」
「...7連敗。」

少しの間があく。それでもこのやり取りは7回目
店主も慣れてきてる。

「ほらよ。いつものだ。」
「ども。」

今日もこの珈琲は僕の体を巡り温める。

翌日の朝ポストからはみ出た茶色い封筒を見つけた。今回もどうせ。と思いながら取り出す。

なんだろう。当初のワクワク感はもう無い。
中の紙を取り出す。そこには見慣れない文字が。
少し大きめに”採用”と。なんかその文字は堂々としてた。
頭が真っ白に。感情は感極まる。パジャマのまま喫茶店に。扉の鐘の音もどこかせわしく聴こえた

「...お、おはよ。どうだった?」
息を切らして入店した僕に少し驚いたよう。
「...や、やったよ。やったんだ!就職だよ!」
店主は喜びの微笑みを見してくれた。
「そうか。なら今日はおれの奢りだ!」

「で、どこに決まったんだ!?」
嬉しそうに僕に問いかける。
「あぁ。ここからは少し離...れた...所...に。」
あれ?離れた所?うん確かに結構離れた所だ。
あれ?じゃあ何?この喫茶店には暫くこれないのか?
...あれ?あれ?あれ?

その言葉に僕と店主の顔から微笑みを少し失った

別れは突然に。
本当によくお世話になるなこの言葉は。
店主のどこか悲しげな顔に罪悪感を覚えた。

武張る風来坊
男性/24歳/滋賀県
2016-11-16 07:30

コーヒーブレイク⑦

僕は注文したセットを無言でむさぼった。
またたく間に完食。
勘定を済ます。
店内に響いたはずの扉の鐘の音も1番美味いであろうこの喫茶店のセットも何も感じれなかった。

次の日いつもと同じ時間。扉を開ける。
「おはよ。」
そこには店主1人。解りきったことだけど少し残念だった。
「ども。...いつもの。」
「...どした。昨日のは頼まねぇのか?」
冗談気味に僕に問う。

僕は出てきた珈琲を飲みながら昨日の彼女を思い出す。
「ねぇマスター。昨日の女性は誰なの?」
確かめたくてマスターにたずねる。
「...あぁ、アレだ。俺の娘になる子だよ。」
僕はその意味がよく解らなかった。
「...そ...っか。」
聞いた割に気のない返事。
「つまりアレだ。俺の息子の婚約者よ。」
その言葉に僕は大きな衝撃を受けた。
「...そ...っか。」
「なんだ?惚れたのか?」
僕をおちょくる様に店主が問いかけた。僕はくい気味に咄嗟な抵抗
「ちっ...ちがうよ。...はい勘定!」
「毎度ぉ、またおいでぇ」
店主は嬉しそうに僕をおちょくる。その顔はガキンチョの様に輝いてた。

僕はそんな会話に嬉しさと切なさと恥ずかしさと虚しさを覚えた。

今日は何だか扉の鐘の音が少し濁って聴こえた。

彼女の顔を見る勇気が無いからかもうこれからは夜の喫茶店には行かないと心に誓ってみた。

武張る風来坊
男性/24歳/滋賀県
2016-11-08 07:31

コーヒーブレイク⑤

僕がこの喫茶店に通い始めて2年と3ヶ月がたった頃に僕は初めて珈琲とサンドイッチを求めに閉店間際の喫茶店を訪れた。
扉の鐘の音もどこかいつもと違う気がした。

入店して即座に僕は目を疑った。

TVのプロ野球で巨人が阪神にボロ負けしてるから?違う。
店内の客が5人をこえていたから?
違う。
店内のBGMが聞いたことの無い楽曲だったから?
違う。
じゃあ何故かって?
いたんだよ。この店に従業員が。
でもそれだけだったら僕はそんなに驚かない。

ひと目見ただけでわかったさ。大きくなってもその雰囲気、顔だちは何にも変わりはしない。
彼女だった。僕の初恋相手だった。
僕の目の前から突然居なくなった彼女は、
僕の目の前に突然に現れた。

昔から美人だった彼女は化粧を覚えて犯罪的に美人になっていた。

扉の所で突っ立ってる僕に気づき
いらっしゃいと聞きとりやすい美しい声が僕の鼓膜を突き破る。

慌てて注文をする。店主は阪神が勝ってるからかTVに釘付け。

僕は何を意識したのかいつもとは正反対のこの喫茶店で一番高いセットを彼女に頼んだ。

その時の店主の逆転満塁本塁打を打たれたかのような表情で僕を見つめた事と彼女の気持ちが良い返事はいつまでたっても忘れられないだろう。

武張る風来坊
男性/24歳/滋賀県
2016-11-07 07:39

コーヒーブレイク④

僕がこの喫茶店に通い始めて1年がたつ頃。
僕は毎朝決まった時間に喫茶店に訪れる。
店内に響く鐘の音。うん、心地良い。

「おはよ。」
「ども。」 味気ない会話も1日の始まりの合図のようだ。

「マスター...えっと...」
「...いつもの、だろ?」
自慢げに僕に言う。
「1番安いのばっか頼みやがって。」そういう店主の顔はどこか楽しげ。

珈琲と具沢山のサンドイッチ。
未だにブラックは飲めないから一連の動作のように角砂糖3つを珈琲に投入。
それでも少し苦い。

静かな店内に今日もTVは暗いニュースを流してる。勿論それは店主のどうでもいい阪神の話とともに聞き流す。

就職先に困ってた僕は急に話を切り出す。

「ねぇ、マスター...」
「どした?」 意外に早かった返事に少し戸惑う。

「...あ、あのさ、マスターがもし倒れたらこの喫茶店どうすんの?」 そんな事聞いてどうする気なのか自分でも解らない。

「...そうだなぁ。そん時は潔くこの店たたむわな。」 とマスターは笑って聞かせた。

質問の内容を間違えてしまったことの後悔と
答えた時のマスターのどこか悲しげな顔は胸に痛く刺さった。

武張る風来坊
男性/24歳/滋賀県
2016-11-04 07:30
  • はじめまして。毎回読ませてもらってます。続き楽しみにしてます。

    望月朔(もちづき さく)
    女性/24歳/大阪府
    2016-11-04 18:13
  • 望月 朔(もちづき さく)さんレスありがとうございます!
    そーいってもらえると本当に嬉しいです。
    また見に来てください!

    武張る風来坊
    男性/24歳/滋賀県
    2016-11-04 18:44

コーヒーブレイク③

この喫茶店に通いつめて1ヶ月が過ぎた頃から
店主は僕にいらっしゃいと言わなくなった。
そのかわりに「おはよ。」と呟く。
僕はなぜかそれが嬉しかった。

ここの店主とはよく話があう。
映画の話。お笑いの話。漫画の話。女性の話。
驚いたことに音楽の話もあう。
僕が古いタイプの人間だからなのか。

この町では数少ない憩いの場。

就活が近いからか度々この喫茶店に就職出来たらなと思ってしまう。

でもここの店主とは野球の話だけあわない。
それは店主が生まれながらの阪神ファンで
僕が父親譲りの巨人ファンだからだ。
でも店主と阪神と巨人の話をするのは面白い。

最近この喫茶店の近くに某有名な大手ハンバーガー店ができたせいでこの喫茶店の客がたくさんとられたと店主は嘆く。
そのせいか店主はここ最近元気がない。
そんな店主を横目に勘定を済ます。

「マスター...」

「...なんだい?」

僕はいろんな言葉を押し潰し

「明日もまた来るよ。」と言い残す。

「...あぁ、またおいで。」という台詞は
店内に響いた扉の鐘の音とともに薄れてく。

なぜか店主をその喫茶店に置いてきたという気がしてたまらなかったその瞬間を今でも鮮明に覚えてる。

武張る風来坊
男性/24歳/滋賀県
2016-11-03 21:58

コーヒーブレイク②

こっちに越して3日目の時。
だいぶ部屋が片付いたから近所を散策してると
雰囲気のある喫茶店にたどり着いた。

ドアを開けると鳴り響く鐘の音。

それに気づいた店主がメガネ越しに僕を見つめる
70代くらいの痩せた老人。頭は綺麗な白髪。
それが僕の第一印象。

店内を見渡す僕にいらっしゃいと細い声で言ってすぐ珈琲をひくためうつむいた。

何か注文しなければ。そう思いメニューを見つめる。とりあえず店内で1番安い珈琲を注文する。
珈琲を知らない僕でも解る。ここの珈琲は昔ながらの方法でつくってる。

暫くするとカチャカチャと音をたて僕の前に珈琲カップを差し出す。ひと口飲む。思いのほかに苦い。何の意地なのかブラックが飲めないのかと思われたくないから平気そうな顔を意識した。

そして暫く僕が珈琲と格闘してると今にもパンから飛び出そうな程の量のタマゴを挟んだサンドイッチが出てきた。
驚いて店主の顔を見ると店主は笑っていた。

「おめー最近こっちに来たろ?見ねー顔だ。
ここ近くの大学生とみた。若けーうちはたんと食いな」

とうつむいて珈琲をひきながら僕に言う。
僕は嬉しくてすぐにかぶりつく。タマゴは皿にポトポトと落ちていく。
美味しすぎたサンドイッチ。また明日も来るよとそう言って勘定を済ます。

サンドイッチの衝撃的美味さと
それの代金をしっかりとられたことは
いつまで経っても忘れないだろう。

武張る風来坊
男性/24歳/滋賀県
2016-11-02 07:34
  • お金払わされたけど、美味しかったなら良いか(*´∀`)

    望月朔(もちづき さく)
    女性/24歳/大阪府
    2016-11-02 17:37
  • 望月 朔(もちづき さく)さんレスありがとうございます!
    そうなんです!きっといい思い出となってることでしょう(๑•̀ㅂ•́)و✧

    武張る風来坊
    男性/24歳/滋賀県
    2016-11-03 22:02

コーヒーブレイク①

僕はいつから恋をしてないだろうか。
小学4年生の頃僕はクラスのマドンナ的存在に恋をした。
とても綺麗な人で活発で当時は誰も口には出さぬがクラス中の男子が彼女に夢中だったろう。
別れは突然にって言葉の通り彼女は小学6年生の時に突然転校を発表した。
衝撃だった。

あれからかれこれ11年の月日が経つ。
1度も告白をした事がないまま今に至る。

僕は勉強ができる方だと自負してる。
けれども進んだ大学は田舎の三流大学。
皆が何故?と問いかけてくる。対した理由はないが僕は都会が苦手だったからそうしたのかもしれない。
田舎といっても電車30分に1本は来るし
コンビニもゲームセンターもある。
でもまぁなんか古ぼけた感じだけども。

そして何よりここには喫茶店がある。
珈琲は苦手だけどもこれを機に3年前から毎朝この喫茶店に通ってる。

それが1日の日課だった。

武張る風来坊
男性/24歳/滋賀県
2016-11-01 07:30