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コーヒーブレイク⑨

就職先が決まった事を報告した時からなぜか時が流れるのが早く感じた。
そして遂にその時はやってくる。

開ける扉は重く感じ
鐘の音はいつもより小さく聴こえ
店内の音楽はいつもより暗く聴こえた。

それでも店主だけは何も変わらなかった。
いつも通りの髪型、眼鏡、服装。
いつも通りの表情、仕草、態度。
発する言葉。漂う香り。人気のない店内。

僕は何だかそれが嬉しくも思えた。

「おはよ。」
いつもと何も変わらないその声。
「......」
僕は何も言い出せない。
「いつものか?」
その一言は凄く有難かった。
「...うん。いつもので。」
少し重めの空気。でもいつもこんなんだ。
特別毎日話してる訳ではない。
店主は最後の日までいつも通りを突き通してくれた。それが本当に嬉しかった。

全てを食す。体内に巡る珈琲。いつもと何も変わらない。
勘定を済まそうと僕はポケットから一万円札を取り出す。
「...マスターありがとう。本当に...ありがとう」
店主は一万円札を見つめる
「こりゃなんだ?」
「マスター最後くらいかっこつけさせて。
...お釣りは要らないよ。」
店主は僕の言葉に嬉しそうに応える。
「ボウズ。最後ってなんだい。もう来ねーつもりなのか?」
「あっいやそーゆう訳じゃ...」
クイ気味に店主が僕に言う
「勘定はしっかり貰う。でも今じゃねぇ。またここに来な。そん時に払え。こいつは今だけ俺の奢りだ。」
「それ奢りじゃないよ。」

その言葉を最後に僕は喫茶店を出ていった。

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コーヒーブレイク⑧

別れは突然に。
この町に来てはや3年。就活生の僕。
でも就活はなかなか上手くはいかない。1週間前に受けたのでもう8社目。
元から無いにしろ自信が無くなるよ。

それでも毎朝あの喫茶店に顔をだす。

「おはよ。...どうだった?」
「...7連敗。」

少しの間があく。それでもこのやり取りは7回目
店主も慣れてきてる。

「ほらよ。いつものだ。」
「ども。」

今日もこの珈琲は僕の体を巡り温める。

翌日の朝ポストからはみ出た茶色い封筒を見つけた。今回もどうせ。と思いながら取り出す。

なんだろう。当初のワクワク感はもう無い。
中の紙を取り出す。そこには見慣れない文字が。
少し大きめに”採用”と。なんかその文字は堂々としてた。
頭が真っ白に。感情は感極まる。パジャマのまま喫茶店に。扉の鐘の音もどこかせわしく聴こえた

「...お、おはよ。どうだった?」
息を切らして入店した僕に少し驚いたよう。
「...や、やったよ。やったんだ!就職だよ!」
店主は喜びの微笑みを見してくれた。
「そうか。なら今日はおれの奢りだ!」

「で、どこに決まったんだ!?」
嬉しそうに僕に問いかける。
「あぁ。ここからは少し離...れた...所...に。」
あれ?離れた所?うん確かに結構離れた所だ。
あれ?じゃあ何?この喫茶店には暫くこれないのか?
...あれ?あれ?あれ?

その言葉に僕と店主の顔から微笑みを少し失った

別れは突然に。
本当によくお世話になるなこの言葉は。
店主のどこか悲しげな顔に罪悪感を覚えた。

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コーヒーブレイク⑦

僕は注文したセットを無言でむさぼった。
またたく間に完食。
勘定を済ます。
店内に響いたはずの扉の鐘の音も1番美味いであろうこの喫茶店のセットも何も感じれなかった。

次の日いつもと同じ時間。扉を開ける。
「おはよ。」
そこには店主1人。解りきったことだけど少し残念だった。
「ども。...いつもの。」
「...どした。昨日のは頼まねぇのか?」
冗談気味に僕に問う。

僕は出てきた珈琲を飲みながら昨日の彼女を思い出す。
「ねぇマスター。昨日の女性は誰なの?」
確かめたくてマスターにたずねる。
「...あぁ、アレだ。俺の娘になる子だよ。」
僕はその意味がよく解らなかった。
「...そ...っか。」
聞いた割に気のない返事。
「つまりアレだ。俺の息子の婚約者よ。」
その言葉に僕は大きな衝撃を受けた。
「...そ...っか。」
「なんだ?惚れたのか?」
僕をおちょくる様に店主が問いかけた。僕はくい気味に咄嗟な抵抗
「ちっ...ちがうよ。...はい勘定!」
「毎度ぉ、またおいでぇ」
店主は嬉しそうに僕をおちょくる。その顔はガキンチョの様に輝いてた。

僕はそんな会話に嬉しさと切なさと恥ずかしさと虚しさを覚えた。

今日は何だか扉の鐘の音が少し濁って聴こえた。

彼女の顔を見る勇気が無いからかもうこれからは夜の喫茶店には行かないと心に誓ってみた。

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コーヒーブレイク⑤

僕がこの喫茶店に通い始めて2年と3ヶ月がたった頃に僕は初めて珈琲とサンドイッチを求めに閉店間際の喫茶店を訪れた。
扉の鐘の音もどこかいつもと違う気がした。

入店して即座に僕は目を疑った。

TVのプロ野球で巨人が阪神にボロ負けしてるから?違う。
店内の客が5人をこえていたから?
違う。
店内のBGMが聞いたことの無い楽曲だったから?
違う。
じゃあ何故かって?
いたんだよ。この店に従業員が。
でもそれだけだったら僕はそんなに驚かない。

ひと目見ただけでわかったさ。大きくなってもその雰囲気、顔だちは何にも変わりはしない。
彼女だった。僕の初恋相手だった。
僕の目の前から突然居なくなった彼女は、
僕の目の前に突然に現れた。

昔から美人だった彼女は化粧を覚えて犯罪的に美人になっていた。

扉の所で突っ立ってる僕に気づき
いらっしゃいと聞きとりやすい美しい声が僕の鼓膜を突き破る。

慌てて注文をする。店主は阪神が勝ってるからかTVに釘付け。

僕は何を意識したのかいつもとは正反対のこの喫茶店で一番高いセットを彼女に頼んだ。

その時の店主の逆転満塁本塁打を打たれたかのような表情で僕を見つめた事と彼女の気持ちが良い返事はいつまでたっても忘れられないだろう。

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コーヒーブレイク②

こっちに越して3日目の時。
だいぶ部屋が片付いたから近所を散策してると
雰囲気のある喫茶店にたどり着いた。

ドアを開けると鳴り響く鐘の音。

それに気づいた店主がメガネ越しに僕を見つめる
70代くらいの痩せた老人。頭は綺麗な白髪。
それが僕の第一印象。

店内を見渡す僕にいらっしゃいと細い声で言ってすぐ珈琲をひくためうつむいた。

何か注文しなければ。そう思いメニューを見つめる。とりあえず店内で1番安い珈琲を注文する。
珈琲を知らない僕でも解る。ここの珈琲は昔ながらの方法でつくってる。

暫くするとカチャカチャと音をたて僕の前に珈琲カップを差し出す。ひと口飲む。思いのほかに苦い。何の意地なのかブラックが飲めないのかと思われたくないから平気そうな顔を意識した。

そして暫く僕が珈琲と格闘してると今にもパンから飛び出そうな程の量のタマゴを挟んだサンドイッチが出てきた。
驚いて店主の顔を見ると店主は笑っていた。

「おめー最近こっちに来たろ?見ねー顔だ。
ここ近くの大学生とみた。若けーうちはたんと食いな」

とうつむいて珈琲をひきながら僕に言う。
僕は嬉しくてすぐにかぶりつく。タマゴは皿にポトポトと落ちていく。
美味しすぎたサンドイッチ。また明日も来るよとそう言って勘定を済ます。

サンドイッチの衝撃的美味さと
それの代金をしっかりとられたことは
いつまで経っても忘れないだろう。