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稲荷大明神〈肆の巻〉♯5

 腹を満たすと、幸福感が湧き、平和な気分が訪れた。単純なものである。
「幸せって、こういうものですよね」
 お茶をすすっている稲荷大明神に僕は言った。
 稲荷大明神はお茶を飲み干してから、おごそかに口を開いた。
「幸せは金では買えないと言うが、買えないわけではない。金に換算しにくいというだけだ。幸せを換金することはできないからな。
 幸せとは、漠然としたものではない。幸せを特別な高みに達した状態のように考えるのは幸せに普遍性を持たせたくないからだ。誰よりも幸せだと思いたいのが人間だからな。誰も本当の意味では幸せになれないなんてのもその裏返しだ」
 すっかり平和になった頭で稲荷大明神の言葉をありがたく拝聴し、うとうとし始めたところで。
 建物がいきなり激しく揺れ始めた。

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