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ヌーナの音に20

あの日の言葉は耳にこびりついて離れない。自分の意思とは無関係に、何度も何度も再生された。
お前、俺のこと好きなの?気持ちわりい。
クラスを包む嘲笑、罵倒。どうして。
ヌーナには分からなかった。自分がここまでの仕打ちを受けなければならない理由が思いつかなかった。
ただナイフのように鋭く尖ったその悪意は渚の心を否応なく傷つけた。心からは血が流れた。比喩ではなく、本当に自分の命を構成する要素が流れたのだ。生きる気力が流れたのだ。ただ見えないだけだ。見えないから、事の深刻さが他人には理解できないだけだ。
「他の人からしてみれば、くだらない理由なのかもしれません。たったそれだけで死ぬのかよって。でも私には全てだったんですよ。大袈裟に言ってるんじゃなくて、そのときは、その人が私の全てだったんですよ」
浩太が味方ではなくなったあの世界に戻ろうなどとは思えなかった。後悔はしていない。
しかし、途方も無い虚しさに押し潰されそうだった。全く空虚な人生だった。何も無い。生きてて良かったと思ったことなんかない。死にたいといつも思っていた。日常の中で巡り合う些細な嬉しい、楽しい出来事も一応はあったのだろうが、それらは余すところなく虚無感につるりと呑み込まれ、思い出そうとしてもその記憶の片鱗を掴むことができない。息苦しい、辛い感情ばかりが記憶を占領している。
でも、それで良かったのだ。この先生きていたってどうせ一人なのは変わらないし、いいことなんか起こらないのだから。ここで終わった方がマシだ。
そう自分に言い聞かせた。これが最善の策だ、と。
そう、言い聞かせたかった。
「どうして…」
ヌーナは嗚咽した。全てのことから目を背けたかった。
その夜、渚は夢を見た。

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