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ヌーナの音に22

もう随分昔の話になる。
「ねえ、私がアイドルになりたいって言ったらどうする?」
浩太の部活が無い日に、渚と浩太は放課後よく一緒に帰った。そういった場合は殆どがテスト前だったので、二人の会話の内容も勉強とか夢に関係したものが多かった。浩太には明確な夢が無かったが、渚はアイドルになりたかった。
「アイドルって大変だろ?」
渚は質問に答えようとしたが、横断歩道の信号が点滅していることに気付いて、あっ、と声を漏らして立ち止まった。浩太も釣られて立ち止まった。一人のときだったら迷わず走って渡るが、浩太の前でそんな事はしたくない。
「どの仕事だって大変でしょ」
車の走行音で声が掻き消されないように、渚は大きな声で言った。
「いや、そうだけどさ。芸能人は特に」
渚はアイドルと呼ばれる人達に対して強い憧憬を抱いていた。具体的にどの部分に惹かれたのかは自分でも分からなかったが、歓声を浴びたいと願うことがあった。誰かに必要とされていると手っ取り早く実感したかったのかもしれない。
「頑張るよ、それくらい」
渚が言うと、そっか、と浩太は呟いた。
「お前がアイドルとか想像できねえな」
しばらく歩いてから、浩太はそう言って歯を見せて笑った。屈託の無い笑顔だった。
「やっぱ無理かな。可愛いとか可愛くないとか、分かんないし」
実際、クラスの女子が何を基準に可愛いと評価しているのか、渚には理解しかねる部分があった。鏡越しに見る自分の顔はある程度整っていると思っているけれど、それが可愛いものかどうかと訊かれると自信を持って答えることはできない。
「何弱気になってんだよ。できるよ、お前なら!」
浩太は渚の肩をぽん、と叩いた。そう言われると、本当にできそうな気がしてきた。ありがとう、と渚は呟いた。浩太は照れ臭そうに笑った。

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