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RAIN 短編小説

セカオワ先生の「RAIN」をベースに、短編小説を書いてみました!
 世の中にはどうしても「絶対」というものがある。それはときに希望であり、絶望だ。全知全能の神は存在しないのに、どうしてこんなものができてしまったのか。
 「魔法って、いつか解けてしまうから、魔法というのでしょうね」
彼女は、ファフロツキーズの夢に跳び起きた僕にそう言うのだった。
 彼女と出会ったことも、一種の魔法なのだと思う。何十億分の一という確率の中で彼女と出会えたことは、奇跡という言葉では言い表せない、魔法なのだろう。
 「だから……」
彼女はフッと視線をあげ、僕の目を覗き込んだ。
「だから、泣いていたんでしょう?」
土砂降りの雨の中、傘を差しだすようにゆっくりと、それでいてはっきりと彼女の桃色の唇は言葉を転がす。
「とりあえず、顔洗ってきなよ。涙の跡がついてるよ」
 洗面所で鏡をのぞくと、まだ新しい涙が、音もなく頬を伝って、顎から落ちた。手に持っていたタオルに、小さな丸いシミが一つできた。その様子が無様で、そっと鏡から顔をそむけた。
「虹って、いつかは消えるよね。だから、あれも魔法の一種だと思う」
ピアノを弾く彼女に、僕はそういった。すると、曲の途中だったにも関わらず、彼女はこちらを向いた。
「本当は、この世は魔法であふれているのかも。誰かと出会うこと、涙を流すこと。全てが、様々な要素がうまく絡み合った奇跡であり、魔法なんだと思う。でもその魔法もいつかは解けてしまう。そのことに気づいた私は、幸せ者で、それでいてすごく不憫なのかもしれない」
彼女はもう一度ピアノに向かった。僕は誰にも聞こえないように呟いた。
「僕は君にいろんなことを教わった。そんな僕も、幸せ者であり、不憫な者なのかな」
目を閉じると、小さな涙がそっとあふれた。
大丈夫、きっと大丈夫だ。「魔法」という名の虹が消えても、涙という名の雨はいずれ花を咲かすはずだ。それだけは魔法ではないと信じたい。

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マーメイドラプソディー #2

前回の続きです。知らない方は検索してもらえると嬉しいです!!
       —2話  アクアリウムー
 海の中は地上とは別世界、と「人」は思っているけれど、実際は、ただそこが水中だということ以外、陸地とほとんど同じなのだと思う。それでも、そこにあるのが空気ではなく水ということだけで、「水」と「陸地」と半分ずつだと言われてしまうのだった。それも、中途半端で嫌だった。
 「人々」は私たちの住む場所を「アクアリウム」と呼ぶ。「水生生物を飼育する場所」という意味のこの言葉を、みんなはとにかく毛嫌いしていた。それはおそらく、「人」が「人魚」を「飼育」するという意味合いが生まれてしまう言葉だからだろう。
 しかし私は、この言葉をひそかに好んでいた。時折私たちを見つける「人」たちの反応は、動物園でおびえる珍しい生き物を見物する表情に似ていた。知的好奇心とも、単純な同情とも違う、様々な意味を含んだ笑顔。「アクアリウム」という言葉は、そんな人間が自分たちを自虐的な皮肉で表現しているように思えた。
             —3話 サンテグジュペリ―
 「ねえ、今日は二日月がきれいだよ。見に行こうよ」
友人のテグジュペリは、その雪のように美しい笑顔で私を誘う。
 ほとんどの同級生が、不愛想な私に冷たい目線を投げつける中、なぜか彼女は私に笑顔を向けた。
 海面からそっと顔を出すと、すぐ前にいるテグジュペリの絹糸のような柔らかい金の髪が、月光に照らされて輝くのが見えた。私の、ウェーブがかったセミロングヘアとは対照的で、同級生にストレートパーマをかけていると信じられているほど、まっすぐで癖のないロングヘアだった。
 「二日月って、三日月よりもずっと細い、夜の闇をナイフでスッと切ったような月なんだよ。金髪の束のようで、きれいなの」
そう教えてくれたのも、彼女だった。

今回はここまで!

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マーメイドラプソディー #1

こんにちは!今回は、龍璃ちゃんにいただいたリクエストで「マーメイドラプソディー」をベースにして小説を書いてみました!第4弾です☆彡ではどうぞ!!
           —序章―
 -昔々、ある所に、それはそれは美しい人魚姫がいました。コバルトブルーの髪は軽くウェーブがかかっていて、差し込む朝日に照らされ、海底に落とされたガラスのように、輝いていましたー
 深い海の底は、人間たちが思っているよりずっと繊細で、美しい。
 「自分が美しい光景の一部であることに酔いしれ、あたかも、その限りなく広がる海が、無限の可能性も秘めているように錯覚してしまう。そんな人にはならないで」
そう締めくくられていたあの本は、一体いつ失くしてしまったのだろう。
           ー1話―
 中途半端なことがきらいだった。
 読みかけでとじられた本や、飲みかけでキャップをしめられた缶コーヒー。
 やるなら最後までやればいいのに。他人事のようにそう言って冷たい視線をぶつけた相手は、「自分」という物体を作り上げてしまった、いわゆる「神」のようなものだったのではないだろうか。
 そもそも私は、「神」の存在など信じていないのだけど。
 「神」に祈りをささげる人たちを見ると、なぜだか涙が出そうになる。その反面、どうしようもなくイライラして、その人たちに怒鳴り散らしてやりたくなる。
「神なんて存在しないんだ。もし存在したとしても、それはみんなが想像している、願いを聞いてくれる『神』なんかじゃない。第一、私は、生まれたいと願った覚えはないもの」
 私は、物心ついた時から「中途半端」を嫌っていたと思う。
 それは、自分のことを「中途半端」だと認識していたからではないだろうか。
 「人」と「魚」とが半分ずつになっている体の私たちを、「人々」は「人魚」と呼んだ。「人」は美しいと称賛するけれど、私はそれが「中途半端」に思えて仕方なくて、嫌で嫌でたまらなかった。

今回はここまで!