ヌーナの音に15

キクラは右手の人差し指をこめかみに当てた。記憶を辿る仕草なのだろう。リサは正座したままキクラの言葉を待った。
「あれを斬ろうとしたのは本当か。花でできた壁。名前なんだっけ」
「フラワーウォールですか」
この世界を囲う壁。色とりどりの花で造られた美しい壁。誰が何のために造ったのか、そもそも人工物なのか自然の産物なのか。その壁に関する一切の謎は解決されていない。ただフラワーウォールという誰が付けたのか分からない名前だけが伝わっている。
「そうだ、フラワーウォールだ」
名前を思い出してキクラは満足気だった。
「斬ろうとした?」
「はい。大王に止められましたが」
大王とは政府軍を取り仕切る役職である。政府の人事にも一枚噛んでいるらしく進路室の大王などと呼ぶ者もいる。
「大王の誰だ?」
リサは少し間を置いて答えた。
「ヨーヘイさんです」
あー、とキクラは声を漏らした。ヨーヘイの戦闘力の高さは大王の中でも突出している。キクラがそれを知らないはずはなかった。
「運が悪かったな」
「そのときの私は仕事を辞めさせられて、何もかもが嫌になって、むしゃくしゃしてました。だから壁を斬ろうとしたんですけど。でも、そのときにヨーヘイさんが、政府の下で働かないかと誘ってくださったんです。だから運が悪いというわけでもなかったです」
リサは喋り終えてから、自分が必死に弁明をしていることに気付いた。
「へえ」
キクラは目を細めた。
「それから私は神の使用人として働きました」
「随分出世したな」
「異例のことだそうです。ヨーヘイさんが強く推薦していただいて」
「なんでだろうな」
「昔の自分に似ている、とだけ仰ってました」
リサはその真意をまだ理解しかねていた。

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-05-11 15:44

ヌーナの音に13

シーアは目を覚ました。暖かい木の感触が心地よかった。いつの間にか覚えのない綺麗な衣服を身に纏っていたシーアは、横たわったまま辺りを見渡した。窓から光が射す空間の中で、シーアの視界は辛うじて胡坐をかいているキクラを捉えた。
「よお、目が覚めたか」
キクラは若干の笑みを浮かべた。この部屋にシーアとキクラ以外の人間はいなかった。
「ここは?」
「服屋。お前の服ボロボロだったから、ここの服を着せた」
シーアは自分が纏っている服に目をやった。水色のワンピースだった。
「着せたのはナシオだよ」
「ナシオ?」
「お前に注射した奴。そのせいでお前眠ってたんだろ」
そう言われて初めて、シーアは首筋の痛みに気付いた。痛む部分を触ると微かに腫れていた。
「覚えてないのか」
シーアは黙って頷いた。頭がズキズキと痛んだ。ふと目をやると、左手の薬指に絆創膏が巻かれていた。これもナシオという人がしてくれたのだろうか。
「あの、私をどうするつもりですか?」
声が震えていた。キクラがいつもより饒舌だったのが何かの兆候に感じられた。
キクラはそうだなあ、と呟くとシーアの目を真っ直ぐ見て言った。
「お前の扱いは俺に一任されている。スパイを仲間に入れようとした責任を取れってことだろう。誘ったのは俺だからな。けど、俺はお前をどうもしない。本当だ。生憎残虐なのは嫌いなんだよ」
その言葉に安心したが、どこまで本気で言っているのかシーアには分かりかねた。
「それに、お前の話を聴きたい」
「私の話ですか?」
「だって、牢での話はほとんど嘘だろ?」
シーアは頭を下げた。
「すみません」
キクラはまた微笑んだ。
「まずお前の本当の名前から教えてくれ」
キクラの目の前にいる少女は小さく息を吸い込んだ。
「リサ、です」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-05-02 07:34

ヌーナの音に11

「本当なのか、今の話」
場の沈黙を破るように初老の男が訊いた。その表情は険しかった。ここで嘘をついても意味はないな、とシーアは観念した。
「本当です。私は政府の人間です。神の殺害を計画する組織の一人が投獄されたと聞いて、囚人として牢獄に潜入しました」
こんなに上手く仲間になるとは思わなかった。そして、こんなに早くバレるとは思わなかった。シーアはこれまでの囚人としての日々を、つまりはキクラとの日々を思い返し、嬉しいような悲しいような気分だった。しかし、そんな感傷にも浸っていられない。未だ嘗てない危機的状況に陥っているのだ。
「俺達を潰しにきたのか?」
初老の男が訊いた。答えようによっては殺されるかもしれないな、とシーアは考えた。死ぬのは怖くなかったが、目的を果たせずに死ぬのは嫌だった。悔しかった。フカセの役に立ちたかった。シーアは心の中でごめんなさい、とフカセに謝った。
「ギレさん、そんなのんびりしてる暇ないよ」
キリュウが初老の男に言った。
「あの指輪って盗聴器?発信機?」
キリュウが顔をシーアの方に向けた。
「どっちの機能も備えてたやつだと思う」
左手から血が流れていたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「あちゃあ。じゃあ、信号が途絶えたわけだから政府の人達はじきにこっちに来るよね。このアジトが見つかっちゃったわけだ。タマサさん、先を見通して行動しないと」
タマサが鬱陶しそうに舌打ちをした。
「どこかに移動しよう。行き場に当てがある人手挙げて!」
キリュウは手を挙げて叫ぶと、辺りを見渡した。数秒経ってからダンガがゆっくりと挙手をした。
「うってつけのTシャツ屋さん、知ってます」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-04-20 08:24

ヌーナの音に9

「我々の目的は霊魂のバランスを無視した例のシステムを崩壊することだ。それを達成するためには、神を殺すことが必要不可欠である」
初老の男は両手を後ろで組んで立ったまま淡々と述べた。他のメンバーは彼を囲うように座り、目を瞑って彼の話を聴いていた。シーアも彼等に倣った。察するに、彼がリーダー格らしい。これは自分を歓迎する儀式なのかもしれないな、とシーアは思った。
鎖を斬って牢から脱出したシーア達は、がむしゃらに走ってキクラ達のアジトと思われる場所に着いた。着くや否や、初老の男はこの組織の目的についての話を始めた。
キクラが前に言っていた違和感の正体とやらはおそらく、この「例のシステム」に関係するのだろう、とシーアは話を聞きながら思った。そのシステムについてシーアは知っていたが、普通の人間であればまず知り得ないものだとも理解していた。この人達は一体どうやってこの事実を手に入れたのか不思議だった。
無意識のうちに左手の薬指にある指輪に目をやった。
「ちょっと待った」
鋭い声にシーアは反射的に体を仰け反らせた。その声の主は腕を組みながらシーアを睨んでいた。不快感を露わにした吊り目の男がそこにいた。嫌な予感をシーアが抱いたその瞬間、その男は立ち上がって高く跳躍し、シーアの左手を踏んづけるようにテーブルに着地した。
「痛いっ」
男は容赦せずに足に力を入れた。指輪が割れる音がした。
「この指輪、盗聴器か発信機だな」
男を支配しているのは怒りか、あるいは興奮だった。指輪についての男の発言によってダンガは動揺した。
「ちょっ、それ本当かよ」
初老の男はやめないか、と声を上げた。
「タマサ、一旦その足どけろ」
タマサと呼ばれたその男は、舌打ちをしながらシーアの左手から足をどかし、元々座っていた席に戻った。痺れるような痛みに悶えるシーアの視界の隅には冷静に一部始終を見ていたキクラがいた。
ヌーナもまた、ある点では冷静だった。自分の予想通りだった。キクラは最初から知っていたのだ。自分が政府の人間だと。神の側に位置する人間だと。知っていながら、仲間にならないかなどと持ちかけてきたのだ。

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-04-13 06:26
  • 今全部読みました!すごく素敵な世界観で、面白いです!こんな風にお話が書けるようになりたい…

    いちごたると。
    女性/18歳/東京都
    2017-04-14 18:50
  • あ、ありがとうございます!
    これからもダラダラつづけますので←オイ
    よければ読んでやってください。

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-04-15 07:27

ヌーナの音に7

「足に鉄球が繋がれてるって思わないよ、普通」
子供が笑いながら言った。ここが牢獄であることを忘れてしまいそうなほど、緊張感がない。
特にすることもないので、シーアは目の前のやりとりを眺めていた。
「言い訳はいいから、早く何とかしろよ!」
「何とかって言ったって、うちの武器だとキクラさん多分巻き込まれるよ」
ラカが自分の背中を懐中電灯で照らした。大きな槍が見えた。
「お前は?」
キクラがダンガの方を見た。
「僕も多分巻き込むと思いますよ」
「あ、そっか。爆弾魔だったな、お前」
今度は子供の方を見た。子供は刀を携えていた。
「キリュウ、その腰に下げてる刀は?」
子供はキリュウという名前らしい、とシーアは思った。
「ああ、これ。タマサさんの。鍛冶屋に行って貰ってきたんだ」
キクラの顔が途端に明るくなった。
「でかした!その刀を向こう側の牢にいるお嬢さんに渡してくれ。それで解決だ」
ずっと目の前で傍観していたシーアは、お嬢さんという言葉が自分を示しているものと分かると、いきなりのことに驚いた。
「は?その女に?」
ラカが不審な人物を見るかのようにシーアに視線と懐中電灯を向けた。光が直接当たり、反射的にシーアは手をかざした。
「その子、剣士」
キクラが誇るように言った。
「いや、だとしても。危険でしょう、赤の他人に自分達の武器渡すの」
「赤の他人じゃないぞ」
「え?」
「その子、俺達の仲間になった」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-03-30 13:20
  • 今日この書き込み見つけて
    最初から読んでみたんですけど
    面白いですね(๑˙꒳​˙๑)
    続きが気になる。

    ハチトマト
    女性/16歳/静岡県
    2017-03-30 15:44
  • ありがとうございます!嬉しい!

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-03-30 17:22
  • お疲れ様です!
    私は、なんとなく次のイメージはあるんですけど、まだ全然書いてません。。
    だから、書けるときにばばっとまとめて出すかもしれません笑笑
    これからも応援してます(*´◒`*)

    水瓶座のUFO
    女性/16歳/兵庫県
    2017-03-31 06:38
  • ありがとうございます!
    4月になったら忙しくなるので今のうちに軌道に乗せたいんですけど、、、
    無理そうだなーw

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-03-31 12:49

ヌーナの音に5

鳴り響く爆音でシーアは目を覚ました。振動が体中を駆け抜けた。かれこれ一週間近くこの地下牢にいるが、こんなことは初めてだ。
「どうやら仲間が来たようだ」
キクラがそう言うやいなや、まばらな足音が聞こえてきた。一人じゃなく、数人分の足音だった。懐中電灯から発せられたであろう光の揺らめきも視界に入った。光を見るのは久し振りだったので、シーアにはその光がひどく眩しく感じられた。光がキクラを照らすと、見つけた、と男の声がした。シーアはそのとき初めてキクラの顔を認識した。その野太い声からは想像できないような、顔立ちの整った男だった。
「助けに来ましたよ」
「おお、ダンガじゃないか」
キクラは嬉しそうに言った。
男は手に持っていた鍵でキクラの牢を開けたのだろうか、がちゃん、と音がした。
「キクラさあん」
ダンガと呼ばれた男の後ろから、もう一人の男の声がした。高い声で、ダンガより幾分幼い印象を与えた。まるで子供だった。シーアは驚いた。莫迦な。神を殺そうとした一味に子供が所属しているのか?
キクラに話しかけようとする子供を誰かが手を叩いて制止した。
「はいはい。感動の再会とかは後でやって」
女の声だった。どうやら三人で救出に来たらしい。
「えー」
子供が露骨に不服そうな声を上げた。母親に欲しいものを買ってもらえず駄々をこねる姿を想起させた。
「まあ、ラカの言う通りだ。急がないと」
女はラカという名前らしい、とシーアはぼんやり考えていた。
「じゃ、行きましょうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「何?」
「鉄球。足に繋がれてる」
キクラは自分の足を指差した。
「ダンガ、鍵」
ダンガは声を上げて笑った。
「いや、これ牢獄のやつだよ」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-03-22 13:12
  • お疲れ様です。
    私やっと書き込みましたよ!!そのうち載ると思います笑笑
    お暇であればご覧下さい!

    水瓶座のUFO
    女性/16歳/兵庫県
    2017-03-22 15:10
  • レスありがとうございます。
    満を持して登場ですね。見ますよ笑

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-03-22 18:41

ヌーナの音に3

「神」
少女は思わず反芻した。神を殺そうとした、と男は確かに言った。その存在こそ公になってはいないものの、少女は神を名乗る集団について知っていた。自分の鼓動が高鳴るのが分かった。思わず自分の左指に嵌めてある指輪に目をやった。月をモチーフにしたその指輪はすっかり錆びていたが、それでも銀色の光沢を放っていた。
少女が驚いたのは、予想外の答えが返ってきたからではない。予想通りの答えがかえってきたからだ。
「この世界の創始者って言われてる有名な奴等だがな。本当のところはどうか知らない。何人かの仲間と協力してそいつらを殺そうとしたけど、呆気なく失敗したよ。みんな一目散に逃げたけど、俺だけ捕まってしまったんだ。鈍臭いだろ」
男はスラスラと語ったが、最後の方は自嘲気味だった。
「どうして神を」
「多分、あんたが壁を斬ろうとしたのと同じだよ」
「同じ」
「あんたは何で壁を斬ろうとしたんだ」
少女は言葉に詰まった。男は少女の答えを待たずして更に問いかけた。
「この国に違和感を抱いたからじゃないのか」
少女は男のことを不気味に感じた。暗闇の向こうにいる男の姿は見えない。男の方も同様に、自分の姿など見えない筈だ。それなのに、男に自分の全てが見透かされている。そんな心持ちがした。
「俺達は、その違和感の正体を知ってる」
えっ、と少女は漏らした。
「お前、名はなんだ」
男は唐突に訊いた。
「シーアです」
「いいねえ。名乗るときはまず自分から、なんて御託を並べないところがいい」
はあ、と少女は相槌を打った。
「俺はキクラだ。シーア、一つ提案がある。じきに、仲間がここに俺を助けに来てくれる。その時に、あんたも付いてくるか」
俺達の仲間にならないか、と男は付け加えた。

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-03-17 11:43
  • 今回もお疲れ様です!♪( ´▽`)
    私も今日あたりお話の設定を書き込もうかなと思っているので、気が向けばご覧になってください。

    水瓶座のUFO
    女性/16歳/兵庫県
    2017-03-17 18:23
  • いつもレスありがとうございます!
    水瓶座のUFOさんの話も是非、読みたいです!

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-03-17 18:42

ヌーナの音に1

少女は目を覚ました。冷たい土の感触が体中に伝わった。薄汚れた衣服を身に纏ったその少女は横たわったまま、辺りを見渡した。光の射さない空間の中で、少女の視界は辛うじて格子を捉えた。自分が地下牢にいるということは容易に想像できた。自分がそんなところにいる心当たりもあった。
それから少女はゆっくりと体を起こした。じゃらじゃら、と音がした。足元に目をやると、鎖が足首に繋がれていた。鎖の先には自分の顔ほどの大きさの球体があった。おそらく鉄だ。
「新入りか」
格子の向こう側から野太い声がした。暗くてその声を発した人間の姿は見えなかったが、聞き覚えのある男の声だった。
「あんた何やったんだ」
野太い声はなおも続いた。どうやら男も囚人らしい。囚人は喋り相手がいなくて退屈なのだろう、と少女は同情した。
「外に出ようとしました」
少女は男の質問に答えた。少女の発言は、少女がこの国の外側に向かおうとしたことを意味した。この国の外側に向かうことは罪だ。発覚すれば命を落としかねないほどの。
「壁を登ったのか」
この世界を囲うようにそびえ立つ壁のことだ、と少女は思った。
「いや。斬ろうと」
少女は剣の腕には自信があった。自分の身体を拡張したものとして、それを扱うことができるほどだった。
「面白いことするね。どうだった、斬れたか」
男は楽しんでいるようだった。それだけに、その続きを語るのが少女には忍びなかった。
「斬る前に政府軍の男にやられました」
少女は淡々と述べた。まるで覚えた台詞を暗唱するのに手一杯な役者のように。
「そっか。ま、成功してたらここには来ないよな」
明らかに男は落胆していた。少女は男の娯楽を奪ったことを少し申し訳なく感じた。その感情の埋め合わせとして、今度は少女が質問した。
「あなたは何したんですか」
しばらくして男は、俺は、と切り出した。
「神を殺そうとした」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-03-13 20:10
  • すごいです!!
    私もうかうかしてられませんな!笑笑
    独特の世界観がすごい。
    難しそうなのにそれが成り立ってるのがすごい。
    本当にすごい。
    これからも頑張ってください!!

    水瓶座のUFO
    女性/16歳/兵庫県
    2017-03-13 20:28
  • ありがとうございます!
    めっちゃ褒められて気分いいっす!笑

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-03-13 21:10
  • 単純に面白いって思える作品でした!!
    文章、文体がかっこいいです。
    難しそうな話になりそうですが、続きも頑張ってください(*‘ω‘ *)応援してます!
    楽しみに待っていますね^_^

    ミント^^
    女性/18歳/東京都
    2017-03-14 17:40
  • ありがとうございます!

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-03-15 19:14