ヌーナの音に16

研究室の三人は顔を見合わせた。
「カシユカです」
ストレートの女性が小さく手を挙げた。
「アーチャンです」
今度はポニーテールの女性が同様の仕草をした。
「ノッチです」
ショートボブの女性も二人に倣った。
「箱ならあるよ、ちょっと待ってて」
アーチャンは立ち上がって別の部屋へ向かった。戻ってきたアーチャンの手には小さな箱がちょこんと乗ってあった。指輪くらいしか入らないような、本当に小さな箱だった。
「はい」
アーチャンはその箱を丁寧にテーブルの上に置いた。
その箱は茶色っぽくて埃をかぶっていた。
「ここで開けていいですか?」
「もちろん」
ノッチの言葉を合図に、ヌーナは首から下げていた鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと右に回した。かちゃ、と音がした。呼吸を整えてから、その箱を開けた。
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃に襲われた。突然何かが頭の中に流れ込んできた。ここに来る前の記憶だった。あまりにも非情で、残酷だった世界についての、偽らざる記憶。
「うわあああああ!」
断片的な映像が次々と目の前に浮かんだ。片桐渚という名の少女についての映像だ。渚はクラスメイトの大半に嫌悪されていた。何を喋りかけても無視された。遠巻きにクスクスと笑われた。それでも幼馴染みの浩太は変わらず渚と接してくれた。ただ鈍感だっただけかもしれないが、渚が浩太を好きになるのにそれ以外の理由はいらなかった。
「うわあああああ!」
両親は汚物を見るような目で渚を見ていた。上手くクラスに馴染めない娘でごめんなさい、と心の中でいつも思った。その度に吐きそうになった。渚にとっては、浩太だけが希望だった。だから浩太に突き放されたら、そのときに死のうと思った。たった一人の味方を失ったときに命を絶とうと。
思っていたよりも、その日は早く来た。

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-05-18 06:52
  • 『ヌーナの音に』、めっちゃ面白いですね!!
    続きが気になります(*^ω^*)
    早く1週間経ってほしいです(。>ㅿ<。)

    ☆perfume中毒☆
    女性/17歳/大阪府
    2017-05-18 20:30
  • あ、マジすか!?
    ありがとうございます!!
    今ストックがあるのでもう少し早めに出せると思いますよ。
    ここらへんから話がちょっと重くなりますが、それでもよければついてきてください。

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-05-18 21:24

ヌーナの音に14

一軒の小屋が見えると、あれが研究室なのだとエジーは教えてくれた。研究室という言葉からもっと仰々しい建物を想像していたヌーナは拍子抜けした。
そこでエジーはじゃあ、と言って歩き出した。ヌーナはありがとうございました、とエジーの背中にお辞儀をした。
小屋をぐるっと見渡してもインターホンが見当たらなかったので、大きな扉をノックした。はあい、と女性が応答した。扉が開き、ショートボブの女性が現れた。
「あ、ヌーナさんね。ザッキーから話には聞いたわ」
イチローを看病していた女性にザッキーと呼ばれる女性がいたことを、ヌーナは思い出した。
「どうぞ、入って」
お邪魔します、と小さく呟いてヌーナは中に入った。白を基調とした綺麗なラウンジは、研究室という名前にはおよそ似つかわしいものではなかった。透明な窓越しに見える中庭に植えられている色とりどりの花。紅茶の香り。シャンデリア。
中にはその女性の他に二人の女性がいた。誰に言われるでもなく、三人はラウンジの椅子に座った。ヌーナも促されて向かい側の椅子に座った。
「よく来たね、ここまで」
一人の女性がそう労った。肩までかかるほどの黒髪のストレートが特徴的だった。
「大変だったでしょう」
ポニーテールの女性も同様の言葉をかけた。
「お菓子食べる?」
テーブルの上にはさまざまなお菓子が置いてあった。クッキー、マフィン、マカロンのいい匂いがした。
「これはどう?放課後ベリー味」
差し出されたのは細長いチョコ菓子だった。放課後ベリー味とは一体どんな味なのか予想できなかった。
「じゃあ、一つもらいます」
ヌーナはチョコ菓子を歯で半分に折って食べた。美味しかった。
「美味しそうに食べるね」
ショートボブの女性が微笑んだ。その笑顔に思わずヌーナはドキッとした。それを誤魔化すかのようにヌーナは喋り出した。
「あ、私ヌーナです。あの、ここに来たら箱が貰えると聞いたんですが」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-05-05 17:15

ヌーナの音に12

キャリーのショーが終わってからヌーナはアミに簡単な別れの挨拶を伝え、エジーと歩き出した。少しお腹が空いていた。
「さっき、目が輝いていた」
キャリーのことだ、とヌーナは思った。
「ああいう風になりたかったのか」
エジーはアミより歩くのが速く、意識を足に集中させないと置いていかれそうだった。
「昔はそうだったのかもしれません」
「今は違うのか」
「なれないと分かってるものになりたいと願うほど、莫迦じゃなくなっただけです」
「確かに君は賢そうだ」
次第に遊園地の喧騒が耳に届かなくなってきた。出口に近付いてきたのだろう。
「そろそろですか」
「まだ目的地じゃない」
エジーは歌うように言った。
「人生は自分の思い通りにはいかない。ときには何かを諦めることも必要だ」
エジーは歩きながらそう言った。ヌーナはエジーの後をついていくので、エジーの背中に向かって喋ることになる。
「よく聞く台詞ですね」
「大人はすぐに格好つけたがるからな」
「死ぬこともですか」
エジーは無言で歩き続けた。構わずヌーナは喋った。
「死ぬことも、諦める必要がありますか」
ここがどこか、もうヌーナには分かってる。
「どうせ死ぬだろ。急がなくても」
背中しか見えないから、エジーがどんな顔をして言ったのか、ヌーナには分からなかった。

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-04-21 07:26

ヌーナの音に10

「今アナウンスしたのはメイメイっていう女の子。可愛い声でしょ」
アミは心なしか興奮しているようだったが、可愛い声というのがどういう声なのか、ヌーナにはピンとこなかった。
二人が大きなステージとそこに集まる人々を確認してから間もなく、一人の女性がステージに登場した。女性はミルクティーのような色の髪を三つ編みにしていた。
「あの人がキャリーですか」
「そう」
突然大きな音楽が流れた。テクノポップの電子音。それに合わせてキャリーは歌い、踊り始めた。ステージに集まった人々の熱気が一つに収束するのが分かった。ヌーナは、おそらく他の聴衆もそうしているように、何も考えずにただ彼女の声に身を委ねていた。人々の歓声に向けて笑顔でパフォーマンスする彼女の姿は素敵だった。それはヌーナの意識に、まるで音叉が共鳴するように強く訴えた。
いつの間にか隣に男がいた。目を閉じて体を揺らしていたその人は、イチローの家で会ったエジーという人だった。エジーはイチローの看病をしていたから、エジーとヌーナがこれまで話をしたことは無かった。
エジーは何の前触れもなく目を開けた。
「こんにちは」
釣られてヌーナもこんにちは、と言った。
「イチローの看病が一段落した」
エジーはステージの方を向いたまま喋っていた。
「治ったんですか」
「安静にしていれば治る。まあ、ただの風邪だから」
「そうですよね」
「この歳になると風邪でも結構キツいんだけどね」
エジーは笑った。一体何歳なんだろうか、とヌーナは少し考えた。隣でキャリーに手を振るアミは充分若々しかった。
「まあ、そんな訳で、ここから先は僕が研究室まで先導することになった」
研究室に行けば謎が解けるというモッチの言葉を思い出した。自分はおそらくこの世界の人間ではないという予感があった。研究室に行けば自分がいるべき世界を教えてくれるのだろうか。

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-04-17 07:42

ヌーナの音に8

「わあ、凄い」
ジェットコースターや観覧車などのアトラクションと、それを楽しむ大勢の人々にヌーナは圧倒されていた。その様子を見てアミが笑った。
「悪いけど、時間ないから通るだけね」
「そうですよね」
研究室に行くように言われてから一夜明けて、ヌーナはアミと遊園地にいた。研究室には、遊園地を通るのが最も早く着くらしい。色々腑に落ちない点もあるが、モッチ曰くそこに行けばある程度謎は解けるという。
「あ、ラブ君」
アミは子供に風船を配っている人に声をかけた。ピエロのお面を付けているその人は、アミの声に反応して振り向き、おお、と声を漏らした。男性の声だった。
「アミさん、こんにちは」
「ピエロだ」
ヌーナは少し緊張した。
「風船いるかい」
「遠慮しておきます」
「あ、そうかい」
ラブと呼ばれた男はすんなり引き下がった。それから、アミを手招きした。二人はヌーナの目の前でひそひそと話を始めた。潜入とか、バレた、なんて言葉が聞こえたが、どんな内容の話なのかは全く予想がつかなかった。
「一応、報告しときました」
ラブがそう言うと、アミは、分かった、と重々しく応えた。
「何の話してたんですか」
「ただの業務連絡」
アミはヌーナの目を見ずにそう言った。ヌーナはそのことで若干不快に感じたが、アミの横顔がいつになく真剣に見えたのでそれ以上は何も言わなかった。
しばらくアミと並んで歩いていると、アナウンスが流れてきた。可愛らしい女の子の声だった。
「お知らせします。只今よりメインステージにて、キャリー園長によるショーが始まります」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-03-31 12:57

ヌーナの音に6

ヌーナはモッチから目を反らした。話が抽象的で辟易していた。それに、あまり良い予感もしなかった。
部屋の隅に積まれた数枚のTシャツが目に入った。イチローが着ていたものと同じだとヌーナにはすぐ分かった。白無地で長袖のTシャツ。
モッチはそんなヌーナの視線に気付いたのか、そのTシャツについて話してくれた。
「ああ、それイチローさんが買ってきたやつ。ヤバイTシャツ屋さんで」
「ヤバいとかあるんですか?Tシャツ屋さんに」
「いや、そういう名前の店なの」
イチローの咳の音が聞こえた。
「ヤバいTシャツを着たからイチローさんは風邪を引いたんじゃ?」
「そんな訳ないでしょ。どんなTシャツよ」
ヌーナの思いつきはアミによって一蹴された。
「なんか、魔法とか」
「着たら風邪を引く魔法?それとも、薄着で外に出たら風邪を引くと分かってても着てしまう魔法?どっちにしても、そんなことができたら神ね」
「神?」
モッチの表情が険しくなった。突然立ち上がり、件のTシャツを手に取って広げた。
「ヌーナちゃん、これ何に見える?」
「Tシャツに見えます」
「そうじゃなくて、プリントされてる絵だよ」
「絵って、白無地じゃないですか。何も描いてない」
ヌーナが答えるとアミはえっ、と驚きの声を上げモッチはやっぱり、と呟いた。
「不死鳥が見えないんだね?」
「不死鳥?」
どういうことだ。本当は白くないのか。ヌーナにはこの現象が理解できなかった。
「これってさ、つまり」
アミがモッチの方を振り向いた。モッチは深く頷いた。
「テチと同じだ」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-03-29 21:51
  • ワールドトリガー迅さんカッコいいです!

    知能高めのばか
    男性/17歳/長野県
    2017-03-29 22:16

ヌーナの音に4

「ヌーナちゃん。明日君には研究室に向かってもらう」
モッチという名の男がソファに座りながらヌーナに言った。肩まで伸びた長い髪が小さく揺れた。
イチローに連れられた場所は彼の家のようで、彼の仲間、あるいは同僚と思しき四人の男女がそこにいた。その家はやや広い印象を与えるものだったが、大人五人が住むことを考えると丁度いいのかもしれないな、とヌーナは思った。
イチローは風邪による体調不良で休むことになったので、二人がイチローの看病を、残り二人がヌーナに今後の説明をすることになった。
「研究室で箱を貰うの。手の平に乗るくらいの大きさの箱。その鍵は、その箱を開けるための鍵なの」
モッチの横で同様にソファに座っていた女が口を挟んだ。名前はアミと言っていた。ヌーナは自分の首に下げられている鍵に目をやった。
「研究室って、何を研究してるんですか?」
リビングには小さな音量でダンスミュージックがかかっていた。BPMは百を少し超えたくらいの、インストゥルメンタルだ。その音楽はヌーナの思考を邪魔することはなく、一定の規則の下で脳に適度な刺激を与え続けた。
「私も詳しくは知らないけど、世界だとか因果だとか、そういうスケールの大きなことを相手にしてるんじゃない」
アミはその研究対象について興味が無さそうだった。
「その箱が、研究に関係あるんですか?」
奥の部屋からごほっ、ごほっ、という声が聞こえた。それがイチローの咳の音だと気付くまで時間がかかった。ヌーナは何だか申し訳ない気持ちになった。
「君が気にすることじゃない」
モッチが突然言った。罪悪感が顔に出ていたらしい。
「体調に関しては自己責任だ。それはイチローさんもよく分かってる」
モッチの言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
「で、何の話だっけ?ああ、箱と研究が関係あるのかについてだったね」
「多分あるんでしょうね」
アミが即答した。
「箱の中には何が入ってるんですか?」
モッチはヌーナから目を反らさずに言った。
「答えだよ。君がなぜここにいるのかの」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-03-21 10:55
  • お疲れ様です!
    こないだの金曜日に書き込もうと思ってたんですが、パソコンの電源が切れてしまい。。。。。すいません言い訳ですね。。今日塾帰ってきたら頑張ってみようかなと思いまーす!!

    水瓶座のUFO
    女性/16歳/兵庫県
    2017-03-21 15:18
  • すいません、何か急かしてる感じになってw
    4月になったら頻繁には掲示板行けなくなると思うので、今頑張ってるだけですw

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-03-21 18:53

ヌーナの音に2

「今どこにいるの」
携帯電話を耳に当てながら、イチローは辺りを見渡した。波の音が心地よく響いた。
「海が見える」
イチローは黒縁の眼鏡を押し上げながら言った。
通話相手は納得したように、ああ、と声を上げた。
「ゲストがいたわけね」
その通り、とイチローは答えた。ゲストと呼ばれる人々を導くのが彼の仕事だった。
「どんな人なの」
イチローは側で屈んでいる少女に目をやった。少女はそれに気付いたのか、イチローを見上げた。大きな黒い瞳がイチローを捉えた。
「若い女の子。17歳くらいの。首に鍵をぶら下げてる。鍵にはヌーナって書いてあった。多分その子の名前。黒っぽい服装をしてる」
イチローは簡単な少女の特徴を伝えた。
「ねえ、鼻声じゃない?」
通話相手は心配そうに訊いた。
「あ。多分、風邪かな」
「薄着で外出るからよ」
そう言われて初めてイチローは自分の服装が薄着だったことに気付いた。Tシャツにダメージジーンズ。風当たりの強いこの日にこんな格好をして、風邪を引かない方がおかしいな、とイチローは他人事のように思った。それからイチローはすぐ戻る、と付け加えて通話を切り上げた。
「私、ヌーナって名前なんですか」
通話が終わったのを見計らって少女はイチローに質問した。イチローはしばらく考えるような素振りをしてから、少女と同様に屈み、視線を同じ高さにした。
「素敵な名前だと思うけど、もっと可愛いのが良かったかな」
「どうでもいいです。可愛いとか可愛くないとか、分かんないですから」
冷たく少女が言い放つと、わははは、とイチローは声を上げて笑った。その笑い方が予想だにしないものだったので、少女も思わず笑った。
二人がひとしきり笑った後で、イチローは言った。
「じゃあ、ヌーナちゃん。行こうか」

愚かな螺旋階段
男性/22歳/鹿児島県
2017-03-14 20:32
  • いやあ、やっぱりかっこいいですな!!
    しかもすごいペース!
    私も今週あたりちょっと書いてみよっかな(о´∀`о)
    頑張ってください応援してます!

    水瓶座のUFO
    女性/16歳/兵庫県
    2017-03-15 18:49
  • ありがとうございます!

    水瓶座のUFOさんのも期待してます!

    愚かな螺旋階段
    男性/22歳/鹿児島県
    2017-03-15 19:15