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1

ビーバー

 二年ぶりにビーバーに会いに行った。ビーバーはダムをつくっていた。結婚するんだ。と、ビーバーは言った。
「君はまだあの女と?」
 ビーバーは流されぬよう、ダムの枝につかまりながら言った。
「続いてるよ」
「あんな腹黒女」
「腹黒どころかどす黒だ」
「どこがいい?」
「まあまあかわいい……ただ問題なのは、本人はすごいかわいいと思ってることだ」
 ビーバーは、はははと笑い。今夜は飲もうや。と言った。
「ちょっとアンタ」
 背後から、声がした。ビーバーの彼女らしきビーバーが立っていた。彼女ビーバーだ。彼女ビーバーは俺をちらっと見てから、ビーバー(彼氏ビーバーだ)に、今日はお正月の買い出しに行くってメールしたでしょ。と、ややいらついた口調で言った。
 ビーバー(彼氏ビーバー。べつに書かなくてもわかるか)はあわてて携帯を取り出し、メールを確認してから(確認したふりかもしれない)、悲しそうな表情になり、すまなそうな表情を俺に向けた。
 俺は黙ってうなずき、「じゃあ、また」とかなんとか言ってから駐車場に向かった。
 車に乗り、エンジンを始動させてから、彼女からメールが来ていたことに気づいた。そういえば正月、彼女の実家に行く予定だったことを思い出した。
 俺は携帯の電源を切り、車を走らせながら、ビーバーはまだ、ガラケーなんだな。ぼそり、つぶやいた。

0

出来事

 今年の一番の出来事は、なんといっても、嫌な記憶を消す薬が開発され、バカ売れしたことだろう。わたしはもちろん使用しなかったが。
 嫌な記憶を消そうと薬を飲み、すっきりするかと思いきや、今度は二番目に嫌な記憶(この時点では一番嫌な記憶となっているわけだが)がわき、不快になり、薬を飲む。すると三番目の嫌な記憶がよみがえる。嫌な記憶は次から次。しまいにスーパーのレジの列に割り込まれた程度の記憶も異常に意識され、薬を飲み続けることになる。ストレス耐性がなくなってしまうのである。最終的に嫌な記憶は死にまつわるものとなり、死に対する恐怖がふくらみ、その恐怖感を消そうと薬を飲み、廃人になる。犯罪被害にあった等の嫌な記憶を消してしまったため、また同じような被害にあい、今度は亡くなってしまうなんてケースもあった。
 生きものは生存のため、嫌な記憶のほうを強く刷り込むようになっている。だから地球上に繁栄できるのである。
 嫌な記憶を消す薬は販売禁止となり、取り締まりの対象となったが、未だに手を出す者が後を絶たないという。あきれたものだ。年をとれば、こんなものは必要なくなるのに。
 はて、こんな出来事あったっけ。

4

マッチ

 大晦日の晩、一人のみすぼらしい格好の少女が、マッチの街頭販売をしていました。道行く人に、片っ端から声をかけているのですが、まったく売れません。わたしだったら、少女が寒い中、ハナをたらしながらマッチを売っていたら、一つぐらいは買うと思うのですが、みすぼらしい格好があざとい演出ととられてしまうからなのか、それともハナをたらしているのがただでさえ清潔感のない顔にとどめを刺しているからなのか、誰も買いません。
 売り上げがゼロのまま家に帰ったら、またお父さんにぶたれてしまう……寒いなあ。お腹減ったなあ。もう嫌だ。こんな生活。
 少女は寒さと空腹ですっかり労働意欲をなくしてしまい。やけを起こしてかごからマッチを取り出し、暖炉にあたりたいなあ、と思いながら、一本、しゅっとすりました。
 するとどうでしょう。目の前に暖炉が現れ、暖かさを感じることができました。
 少女は、次はなにか美味しいものが食べたいなあ、と思いながら、マッチをすりました。もちろんいままで食べたことのないごちそうが現れ、少女はそれを堪能しました。
 次はイケメンの彼氏が欲しいなあ、と思いながら、マッチをすりました。すると少女好みの中性的なイケメンが現れ、少女を抱きしめてくれました。彼氏の腕の中で、次はセレブの友だちが欲しいなあ、と思いながらマッチをすりました。すると高級ブランドに身を包んだ、モデルのようなスタイルの美少女が現れ、彼氏とどこかに行ってしまいました。
 やっぱり世の中お金だよな、と思いながら、少女はマッチをすりました。すると、求人広告が現れました。
 少女は求人広告に火をつけ、灰になるのを見届けると、家路につきました。結局この生活を続けるしかないんだ、と、自分に言いきかせながら。

2

座禅

 森の中、わたのような白髪に、これまたわたのような白いひげの男が、大木を背に座禅を組んでいる。
 真面目な人間の共通点は視野が狭いこと、長期的なビジョンがないことだ。変化の激しい時代に……いかん、また雑念が。
「あの〜、すみません。サンタさんですかぁ?」
 白いひげの男が顔を上げると、リュックを背負った若い娘。若い娘の後ろに、バッグをたすきにかけた若い男。
「違うよ」
「りょう君、違うってえ」
「ばかだなあ。本物のサンタが自分からサンタだって言うわけないだろ」
「カナ、ばかじゃないよ……そっか、そうだよね。……えっと、サンタさんにぃ、ききたいことがあるんだけどぉ」
「なんだね」
「サンタさんはぁ、どうしてプレゼント配らなくなっちゃったの?」
「いい子がいなくなったから」
「嘘だあ」
「国から助成金が出なくなったからさ」
「どうして助成金が出なくなったの?」
「さあな。外圧かな」
「がいあつってなあに?」
「彼氏にきけ」
「りょう君、がいあつってなあに?」
「外国からの圧力だよ」
「どうして外国からの圧力で助成金が出なくなるの?」
「そういうもんなんだよ。とにかく、金がなきゃあ話にならん」
「だよねー。でもまたプレゼント配ってほしいなー」
「君は今年、いい子にしてたかな?」
「即答はできない」
 しばし間。若い男が口を開く。
「もういいだろ。行こうぜ」
「ちょっと待って……写真いいですかぁ?」
「いいよ」
「やった。友だちに自慢できる。今日友だちとディズニーランド行く約束してたんだけど、りょう君が有給取れたから急きょ予定変更したんですぅ」
 若い娘と若い男去る。どこからともなくトナカイが一頭現れる。白いひげの男、大木のうろからソリを引っ張り出しトナカイにつなぐ。まずはスポンサー探しだな。
 今年は本物のサンタさんが、あなたのもとにやってくるかもしれません。どうぞお楽しみに!

3

「いらっしゃいませ」
「とりあえず生ビールね……あと、やっこある?」
「すみません。ありません」
「じゃあ枝豆」
「すみません。きらしてます」
「なにかできるのは?」
「すみません。なんか適当に買ってきますんで、お客さん、店番しといてください」
「嫌だよ……仕事帰りで疲れてるのに」
「ですよねぇ。あ、ピーナッツならあります」
「乾きものかあ。まあいいか。……その水槽の魚はなんだい?」
「お出ししますか?」
「川魚みたいだね」
「さあ〜、なに魚なんだか。つぶれた店から水槽ごともらったんで」
「そんなわけのわからない魚食べるわけないだろう」
「名前はアイっていうんですよ。わたしがつけたんです」
「ペットを客に出そうとするんじゃないよ」
「へへへ」
「へへへって……ところでどうしてアイなんて名前にしたんだい?」
「コイって魚はいますよね」
「うん」
「でもアイって魚はいないじゃないですか」
「うん」
「だからです」
「うん、さっぱりわからない」
「愛ってなんなんでしょうね」
「生存本能由来の感情だろうな」
「愛って必要なんでしょうか?」
「過剰な愛は排他性を高めるからマイナスだな」
「なにごともほどほどが肝心ってことですかね」
「そうだな。……生ビールおかわり」
「お客さん、なにごともほどほどが肝心ですよ」
「俺の身体に気なんかつかわなくていいんだよ。どれだけ商売っ気ないんだ君は」
「すみません。生ビールそれで終わりです」
「じゃあ瓶ビールでいいよ」
「かしこまりました。すぐ買ってきますんで、店番しといてください」
「会計してくれ」

2

アイ

「いらっしゃいませ」
「こんばんは〜。あ〜、リョウイチさんこんばんは〜。
あ、ありがとう。わざわざ持ってきてくれたんだ。
え?……最近会ってないからわかんない。
はあっ⁉︎
雑誌買わな〜い。流行りは友だちが教えてくれるもん。
そうそうそうこのひとさあ、弁護士なのお。
お客さんなんだけど。
なんかさあ。はまっちゃいそうなんだよね。
リョウイチさん、この曲ってどんな曲?
この歌詞に出てくる娘がわたしに似てるんだって。
あ、マジで。
そっかあ〜。
そうなんだ〜。
マジかあ。
ヤバい。
ねえところでなにこの水槽?」
「果たしてあなたに真の友がいるのでしょうか?」
「はあっ⁉︎」
「あなたは他者をほんとに愛せるひとですか? 一見他者を愛してるようですが、あなたが愛しているのは自分自身だけじゃないのでしょうか?」
「はあっ⁉︎ なんなのこの魚?」
「申し訳ありません。すぐしまいます」
「わたしはアイです。いまわたしが言ったことを頭のどこかに、心のどこかに置いといてください。他者への愛のないひとに愛とはなんであるか、また、他者を愛する喜び、憎しみを愛に変える理論を伝えるのがわたしの仕事です。どうか……」
「オメーの仕事なんて、いまの日本にはねーんだよ‼︎」