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新体操の妖精

 空腹で、変な時間に目を覚ましてしまった。ミネラルウォーターをひと口飲んで、再び眠りにつこうとしたが、全然眠れない。朝練があるのに。寝不足でけがをして、やめざるを得えなくなった娘のことを思い出す。
 太りやすい体質なのに、どうして新体操なんてスポーツを選んでしまったのか。スープが残ってないかと望みをかけ、キッチンに降りる。ない。母は若いころバレエをやっていたから体重管理に協力的なのだ。誘惑に負けて食べてしまわないように、大会が近づくと残りものは基本的に全部捨ててしまう。インスタント食品のたぐいも、置かない。着替えて、そっと家を出る。
 缶のスープと栄養補助スナックを購入し、自動ドアから一歩足を踏み出したわたしは凍りついた。セーラー服を着たおじさんが、街灯の下に立ってこちらをじっと見ていたからだ。
 踵を返し、店員さんに助けを求めようとしたが、なんと言ったらいいのかわからない。何かされたわけではないのだ。
 雑誌を物色するふりをして、外の様子をちらりとうかがう。おじさんは、こちらをじっと見ている。ターゲットはわたしだ。決意を固め、店員さんに近づく。
「あの。すみません」
「はい」
 よさそうな人だ。勢いづいてわたしは続ける。
「外に、変なおじさんが立ってて」
 店員さんがレジから身を乗り出し、外を見る。
「誰も、いませんけど」
 一応警察に通報しておきます、と奥に消え、戻ってきてからほどなくして、パトカーがやってきた。一緒におまわりさんに説明すると、無線で何やらごにょごにょ言って去った。
 怖かったが、いつまでもコンビニにいるわけにはいかない。わたしは店員さんに礼を言って家路についた。帰宅すると、結局スープとスナックには手をつけず、気絶するように眠ってしまった。
 そんな出来事から三か月、インターハイで、わたしは優勝した。初出場で個人が優勝するのは十年ぶりの快挙だそうだ。
 興奮さめやらぬわたしの耳元で、コーチがこう言った。
「あなたも見たのね。セーラー服おじさん」
 わたしは微笑むコーチを見返し、驚くのと同時にがっかりした。このまま続けていても、せいぜい高校新体操部のコーチで終わるのだ。

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すずめの宿

 小鳥のさえずりであなたはゆっくりと目覚めるはずだったのだが、掃除機のモーター音で強引に起こされた。
 わざわざアンリーズナブルな山奥のリゾートホテルを選んだのに、これじゃあビジネスホテルと変わらない。
 いらいらがおさまらないあなたはガイドを断り、山道に向かった(ホテルの企画のメインが、地図から消された旧道をゆくなのだ)。
 案の定、迷った。方向オンチのあなたには無謀すぎる選択であった。
 かなり長いことうろうろしてへとへとになり、朽ち木に腰かけて途方に暮れているとそこに、すずめがやってきた。
「ヘイヘイへ〜イ。こんな所でどうしたんだい彼女」
「迷子なの」
「そりゃあ、いけないね。どこから来たの?」
「〇〇リゾート」
「関東の人?」
「うん。東京」
「仕事は何してんの?」
 うぜえすずめだなと思い始めたあなたはぼそっと、「医療関係」とだけ言って立ち上がった。
「ホテルまで送ってあげようか」
 やや躊躇してからあなたは、「いいの?」とあえてすずめと目を合わさずに言った。いまさら説明するまでもないが、あなたはプライドが高いのだ。
 先に立ったすずめは羽ばたいたりホッピングしたりを繰り返しながらたまに振り返り、しきりに話しかけてくる。
「ガタイいいよねえ。大きくなる人に共通してる要素は栄養状態じゃなくてけっこうな年になるまで寝る時間が早かったってことらしい。子どものころ、深夜番組なんて見たことなかったでしょ? いまでも見ない?
 医療に従事する人たちって社会に貢献してる、いいことをしてるって意識が強いから傲慢だよね。権威に評価されることをモチベーションとして勉強してきた人たちだから自分がない。いや、もともと自分がないから権威に従順なのか。自分があるからいろんな価値観を吸収できて、謙虚になれる。僕はそんな視野のせまい人たちに命を預けたくないなあ。あ、着きましたよ」
 すずめが翼で指し示した先に見えたのは、木造三階建ての、大正ロマン漂う温泉旅館だった。なぜ温泉旅館だとわかったのかというと、あちこちで湯気が上がっていたから。
「すずめのお宿です」
 悪びれる様子もなく、すずめは言った。
「……カード使える?」
「もちろんですとも」
 宿は、とてもよかった。あなたは一週間滞在し、ごきげんな気分で都会の喧騒に戻った。

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ドラニキとシャラポワ

 世界中の飢餓を救い、不毛と考えられていた極寒の地への民族の進出を促進し、また、その地における人口の増大にもつながった生命力の強い作物といえば何か。
 じゃがいもである。
 その性質、人類への貢献度から花言葉は、恩恵、慈愛、慈善、情け深い、である。ちなみに、五月一七日の誕生花。五月一七日生まれの人の誕生日にはぜひ、じゃがいもの花を贈ってほしい(じゃがいもの品種は二,〇〇〇種類以上あるそうだから選ぶのも楽しいね)。
 そんなじゃがいもの消費量世界一はベラルーシ。生産量も当然多く、ウォッカの原料としてロシアに輸出もしている。 
 そうそう、じゃがいもは酒の原料にもなっているのだった。
 飢餓を救ったばかりでなく、日々のうさを晴らす薬のもととしても重宝されるじゃがいも、果てしなく懐が深い。
 ところで、ベラルーシだけでもじゃがいも料理のレシピは一,〇〇〇におよぶといわれている。ベラルーシほどレパートリーが豊富な国はまずないだろうが、民族の数だけじゃがいも料理があるわけだから、もしかしたら卵料理よりも多いかもしれない。いや、多いに違いない。
 わたしのおすすめのじゃがいも料理は、ドラニキである。ロシアやウクライナにもあるが、発祥はベラルーシ。じゃがいもを使ったパンケーキだ。
 千切りもしくはすりおろしたじゃがいもと、みじん切りにした玉ねぎを卵、薄力粉、ベーキングパウダーと混ぜ両面をきつね色になるまで焼く。それ、卵が入っているから卵料理でもあるよね、なんて突っ込みは無用。あくまでメインはじゃがいもなのだ。これにサワークリームをのせ、いただく。両脇にはベラルーシ美女、なんて演出も欠かせない。
 ベラルーシ美女といってもぴんと来ないという人はロシアの元プロテニスプレイヤーのマリア・シャラポワ(両親はベラルーシ人)を思い浮かべてほしい。知らない人は検索してね。
 だいたいあんな感じ。
 お顔、スタイルはともかく、ベラルーシの女性の平均身長は一七八センチ(シャラポワは一八八センチ)だから日本人男性は萎縮してしまうかもしれない。
 そうですね。ベラルーシ美女のことは忘れてください。
 さて、つらつらじゃがいもについて書いてきたが、カレーが好きな人はともかく、意外とそんなに普段、じゃがいもって食べないよね。みんなはけっこう食べる? 俺は食べない。

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てぶくろ異説・冬を越す雪下の2匹

「ただいま、カエル君」
この手袋の拠点の中に声をかけながら、我が相棒ネズミ君が拠点に帰ってきた。これ幸いとすっかり冷めきっていた寝床から這い出す。
「やァ、危うく凍え死ぬところだったんだ」
「馬鹿言え。せっかく僕が作った防寒着を着ておきながら、凍え死ぬってことは無いだろうさ」
ネズミ君は笑いながら、自慢の毛皮についた雪を払って拠点の外に蹴り捨てた。
たしかに彼の手先は器用だ。外で拾ってきたという何かの毛皮の欠片を、これまた外で拾ってきたという植物を解した繊維で縫い合わせたこの防寒着を着ていれば、ただ寝床で丸まっているよりは随分とマシな気分になる。しかし、我がカエルの身体はひんやりと湿っていて、防寒着の内側に溜め込む熱を生み出すには向いていないのだ。ネズミ君の体温は我が生命維持にきわめて重要なのである。
「ネズミ君、今回の収穫はどうだったい?」
「ああ、いくらか毛皮と植物片を拾ってきたよ。これから肉を削いで、もう少し頑丈な防寒着を作ろうかと思ってね。そうすれば、君も雪掘りに出てこられるだろう?」
「ああ、2匹がかりなら多少は危険も避けられような。我が足技が唸るぜ」
「ははは、期待しているぜ。それじゃあ、僕は防寒着づくりに取り掛かるよ」
ネズミ君はそう言って手袋の奥へ引っ込んでいった。手袋の四指の側は彼の休息と製作作業のための空間になっている。彼は毛皮を作業台の上に伸ばし、石の欠片のナイフを用いて毛皮を洗い始めた。
さて、彼がああして疲れた体に鞭打って働いてくれるわけだし、彼を労うために疲労回復の膏薬でも作り溜めておくとしようか。植物片を拾ってきたと言っていたし、我が観察眼を以てすれば有用な薬草の1つや2つは見つかるだろう。

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理外の理に触れる者:だいぶ遅れてご挨拶

先月いっぱいを目安として「理外の理に触れる者」という企画を立ち上げたナニガシです。だいぶ遅れてしまいましたが、終わりの挨拶くらいはしておこうと思いまして書き込もうというわけでして。
今回は未完成の全知全能さん、赤い思想さん、テトモンよ永遠に!さんの3名に参加していただけました。
登場人物を「時の異能者」のみに絞り、戦闘シーンを重点的に描写してくれた未完成の全知全能さん。ナニガシは男の子なのでバチバチの戦闘シーンとか大好きなので助かりました。
怪奇・ホラー的要素の中に異能者の設定を混ぜ込んだ赤石奏さん。ナニガシは少し前からホラーやら怪談やらにお熱なので好みの世界観で楽しかったです。
そして、よく長編小説を投稿していらっしゃるテトモンよ永遠に!さん。人外の異能者の存在は最初の設定でほんのちらっと示唆していたんですが、どうやら拾っていただけたようでたいへん嬉しかったです。
また良さげなもの思いついたら何か企画しますし、他の人が何か企画してくれたら参加させていただきたいと思っております。
そういうわけで今回はこれっきりです。参加してくださった皆さんありがとうございました。

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能力モノの設定を思いついたので誰か書いてください その②

・二つ名
異能者が自称したり他の異能者から呼ばれたりする異名。どこかの異能者が「何かかっこよくね?」みたいなノリで付けたところ、他のノリの良い異能者たちも便乗し始めた。現在では全異能者のうち、実に6割が二つ名を持っている。そのうち半分程度は他の異能者にも知れ渡っている。基本的に支配者レベルの異能者の二つ名には「王」「皇」「帝」「神」などの文字が使われることが多い。それより下の位階の能力者がそれらの文字を使った二つ名を名乗ると、よほど実力が無い限りは表で陰で思いっきり叩かれる。実際の支配者の人たちは王や神なのでそんな細かいこと気にしないでくれることも多い(たまに狭量な人も居る)。

能力詳細
・各位階は具体的に何ができる?
 観測者にできるのは良くてせいぜい能力対象と意思疎通ができるようになるところまでです。その結果、対象が意思と自ら動作する能力を持つ場合は、もしかしたら交渉して望む行動をしてもらえるかもしれません。
 干渉者にできることは簡単に言うと「動作の依頼、定義への干渉」です。飽くまでも「依頼」であり、絶対に言うことを聞いてくれるとは限りませんが、無生物や概念相手でも使える上、あまり大規模な動作でなければ基本的にはやってくれます。また、能力対象になるためには干渉者以上の位階が必要です。
 指揮者にできることは簡単に言うと「操作・使役」です。ある程度の強制力があります。支配者級の異能者に妨害されない限り、その指令は基本的に実行されます。干渉者以下にできることも大体できます。
 支配者は何でもありです。以上。
 たとえば「霊体」が対象だった場合、観測者はそれらを認識でき、おしゃべりも可能かもしれません。干渉者は彼らに触ることができ、もしかしたら軽く追い払ったり呼び寄せるくらいできるかもしれません。幽体離脱とかもできるかも。指揮者は彼らを使役できます。召喚したり祓うことも可能です。支配者は霊絡みでさえあれば何でもありです。

この世界観、設定で何か書いてみても良いよって方がいたら、書いてやってください。タグに「理外の理に触れる者」と書いていただければ幸いです。

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能力モノの設定を思いついたので誰か書いてください その①

異能設定
肉体年齢3歳以上の人間または人外存在に、大体2d6振って6ゾロが出るのと同じくらいの確率で何の前触れもなく唐突に発現する。人外存在の場合は若干確率が上がり、人間の倍くらいの確率で発現する。平均して学校の1クラスに1人か2人はいるくらいの確率。
能力名は以下の2要素によって説明される(「○○の●●者」みたいな感じで)。
・能力対象
異能で干渉する対象。1d100でファンブルするのと同じくらいの確率で同じものを対象とする異能者が現れることもある。
・位階
干渉の程度の強さ。4段階に分かれる。能力の強制力は上の位階ほど強く、能力同士が干渉した場合、より高い位階の能力が優先される。
能力の使用には代償が必要で、基本的には体力の消耗という形で処理される。稀にそれ以外の方法でどうにかしている能力者もいる。位階が上がるほど代償は大きくなるが、その分できることの幅も大きくなる。
また、能力を使い続けることで上の位階にランクアップすることもあり得なくは無いが、一つ位階を上げるためには普通にやったら大体数百年から数千年の年月が必要なので、人間には基本的に不可能。それこそ時間の異能者でも無ければ無理。ランクは以下の通り。
観測者:最も低い位階。対象を知覚認識する異能。所謂「霊感」「未来予知」「読心」などはこれに当たる。能力者全体での割合は2d6振って4以下が出る確率と同じくらい。
干渉者:2番目に低い位階。対象に触れ、その動作に干渉する。できることはあまり多くは無いが、能力使用による代償も少ない。能力者全体での割合は2d6振って5~7が出る確率と同じくらい。
指揮者:2番目に高い位階。ある程度の強制力と威力を以て能力対象を操作するもの。能力使用時、改変の規模に比例してより大きな代償が必要になる。能力者全体での割合は2d6振って8~11が出る確率と同じくらい。
支配者:最高位階にして能力の完成形。指揮者以下にできることは大体できる上、絶対的な強制力を持っている。威光による命令であるため、代償も存在しない。能力者全体での割合は、2d6振って6ゾロが出る確率と同じくらい。

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優しさと悲しみと花言葉

ある日の事、私の学校に転校生が来た。名前は飛我。
名前だけ聞けば男の子だと思うだろうがこの子は女の子だ。おてんばで天然でふわふわしてる子で誰にでも優しい女の子だ。私と席が隣で瞬く間に私と飛我は仲良くなった。私は人見知りで人に反抗というか怒る事ができない性格。いつも男子たちに何か言われては殴られていた。そんな私を助けてくれたのが飛我だった。ある日学校に行くと飛我がいじめられていた。あんなにクラスの男子を叱っていた、私を庇ってくれてた飛我が反抗できなくなっていた。そんな姿を私は教室の扉のガラス越しに見ていた。"守りたいのに、助けてあげたいのに、私にそんな事はできない。"そんな自分の未熟すぎる思いに怒りを覚えていた。そんな時、男子が飛我を殴った。飛我は窓ガラスに激突した。それを見た時、私の中の何かが"ばん!"と花火のように弾け、私は教室に入り男子の胸ぐらを掴んで思いっきり怒鳴った。私も想像できないぐらい、怖いぐらい大きな声がでた。男子はびっくりしていた。その声を聞いて先生が来た。男子たちは先生に叱られ、私と飛我に謝った。わたし達は許した。
放課後、飛我は私にピンクのバラを渡して来た。私はそれを受け取り、さよならした。私は飛我を助けられてよかったなと思った。その日の帰り途中飛我が走って来た。飛我は私に勿忘草と金盞花、かたくりの花、ミヤコスワレの花を渡して来た。何でこんなに花を渡してくるんだろうと思いながら今度こそ別れた。その後私は交通事故で亡くなった。5輪の花を大事そうに握りしめながら。死んだ私は涙を一粒流しながらも優しい顔をしていたと言う。

ピンクのバラ→感謝 勿忘草→私を忘れないで
キンセンカ→別れの悲しみ ミヤコスワレ→別れ

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ユーラシア大陸縦横断旅〜あとがき〜

受験勉強の傍ら、クリスマスまでに全て書き上げる予定で執筆を始めた「ユーラシア大陸縦横断旅」シリーズでしたが、予定の4日遅れで書き上げることに成功しました。
自分は旅行に行ったら写真や動画で記録して文字には記録しないタイプの人間なので、本格的な旅日記の形式は初めての取り組みでした。
僕が中学2年の頃に世界地図を見て、上手く列車を乗り継げば東南アジアのシンガポールからフィンランドのケミヤルヴィ、ロシアのムルマンスクといった北極圏の諸都市、ルートによってはユーロトンネル経由でスコットランドのエディンバラまで鉄道で繋がっている事に気付き、中学の卒業旅行としてこのユーラシア大陸の端から端までを鉄道で旅することを計画した体験、中国とラオスを結ぶ国際鉄道計画の発表、コロナ禍の影響とロシアのウクライナ侵攻に伴うシベリア鉄道に乗車できなくなった現状に加えてオープンチャットで知り合った理想の異性とやり取りできなくなって半年経った今でも忘れられない恋にまつわる経験、そして企画「Romantic trains」で憧れだったロシアの鉄道やかつて訪れた所の鉄道を紹介する機会をいただいた経験が重なったことが端緒となり、思い出の場所やまだ見ぬ憧れの場所を大好きな鉄道で想い人と巡るという理想の旅行を題材に執筆しました。
約10年前、実際にマレーシアのクアラルンプールやヨーロッパを家族で旅行した経験と世界地図、それから海外の鉄道路線図から得た情報と海外に関する既存の知識だけを参考にして今まで出会った人達も登場させるというコンセプトのもと書き上げた結果、致命的なものも含めた様々なミスはあったものの、初めてにしては上出来だと思える作品が完成しました。
今後も想い人と日本国内は勿論、世界各地様々な場所を巡る旅を題材とした作品を投稿する予定です。
シベリア鉄道の英名「Trans Siberian Railway 」のように、今後は訪れる国や地域ごとにシリーズを分けて「Trans European travelogue」という形の旅行記として投稿したいと思います。
現在、日本、オーストラリア(NSW)、台湾、韓国、フィリピンでの旅の大まかなアイデアは出ているので文章として纏まり次第投稿したいと思います。

以上、旅行とプロ野球の巨人軍が大好きな日本一の美男子(自称)、ロクヨン男子でした。

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ユーラシア大陸縦横断旅67〜最終回〜

ロンドン最後の夜が明け、いよいよ思い出の街にも別れを告げて故郷に帰る日が来た
世界でも指折りのハブ空港の一つ、ヒースロー空港の国際線ターミナルは広大なため早め早めの移動が必要だ保安検査所へ向かう5分前、涙を堪えて「先行ってるよ。江戸小路で会おう」と告げると彼女は無言で抱きついてくる
彼女がもう一つのターミナルへ向かう頃、俺は出国を済ませて飛行機に乗り込む
時差ボケ防止でしばらく寝て機内マップを見るともうウラル山脈を超えてシベリア西部にある元カノの1人の出身地上空を飛んでいる
機内食を食べる間にも飛行機は進み、北京、大連、ソウル、チェジュと幼い頃から成田空港で見てきた国際線の行き先の街の名前が地図に表示される
対馬海峡を越えて福岡の上空に至り、そこから福岡、広島、高松、大阪、名古屋、浜松の地名が見えてきた
「海外行く時、帰る時に必ずマップに出る地名だ。もう帰って来たんだな。エスカレーター降りて泣かないと良いんだがな」そう言う間にも飛行機は硬度を下げる
左手に故郷で幼い頃からずっと観て来た高層ビル群が見えて感慨深くなると、成田空港に着陸した
お馴染みの入国審査場までの下りのエスカレーターから見える看板を見て毎度のように泣く
この看板には様々な言語で「日本へようこそ」という意味の文が書かれているが、日本に帰国した全ての人の目に入るように一際目立つ大きさの柔らかいフォントで書かれたひらがな7文字の言葉を見て泣かない人は少ないだろう
この言葉が見えた瞬間、俺が生まれてから今までお世話になった全ての人と一緒に彼女もその言葉を言ってくれるような気がした
「「おかえりなさい」」

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放課後コンプレックス

「なぁ 恋する気、ない?」
そう言ってしまってから、それだけ伝えたらただの告白じゃないかと後悔した。
案の定清水さんは固まって、耳を赤く染めながら聞き直してきた。

『それは…どういう…』

「んぅ、」
焦りすぎて、声とも呼べない息のような音が喉から絞り出されていった。
それでも彼女は、一音でも聞き逃すまいというようにこちらをじっと見つめていた。

「あ、いや、違うくて」
一瞬彼女の目に浮かんだのは何の色だったか。
この空気から逃げようと、必死に言葉を編んだ。
「ほら!俺、文学部なんやけど」
『…あぁ』
彼女は何かを察知したようで、そそくさと鞄を持ち、帰る姿勢を見せた。

放課後、よく知らないクラスメートに突然、【恋する気、ない?】なんて言われた。
うん。すごく怖い。それは帰りたくもなる。
だけどまだ帰す訳にはいかないのだ。

「文学部で、恋愛小説を書くノルマが出たんよ」
『…うん』
「けど俺恋愛なんて分からんしさ」

ばん、と机を叩く。
ここからが重要だ。
「恋する乙女に意見を伺いたくて」
続ける。
「清水さん、香坂のこと好きやろ」
どやぁ、と言わんばかりに胸を反らすと、そこには今にも泣き出しそうな顔をした清水さんがいた。

鞄を握る手が震えている。
マスクをしているから分からないけれど、彼女が明るい表情でないことは明らかだった。

『大橋くん』
まっすぐ俺の目を睨んで(?)彼女は続けた。
『言っていいことと、悪いことがある』

「そう、やな、、、」

『じゃあね』


遠ざかっていく彼女の足音は、心なしかいつもより大きかった。
やってしまった、と思った。

俺は放課後が苦手だ。
こうやって、黒い思い出が増えていくから。

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コロナ前最後の帰省

学校の終業式を終えて帰宅し、既に纏め終わった
荷物を持ってNRTに直行し
2時間のフライトを終えて親子3人
仁川国際空港第二ターミナルに降り立った
平昌オリンピックの前後だったな
オリンピックのマスコットがお出迎え
親父数日後に合流の予定
到着は夜の9時前後
空港鉄道で二駅ほど
ウンソ駅前のホテルに1泊
クリスマス前後の夜、非常に冷え込むので
駅の入り口側の食い物屋で串刺しのおでんとその場で蒸してくれる水餃子を人数分一パックずつ注文して部屋で窓から見える列車を見ながら食べる
一夜明け、叔母の住むソウルへ
しばらくは叔母の家に泊めてもらうことに
その後,母の郷里の田舎町へ向けてソウル駅へ
客車の窓が四角い客車列車の急行ムグンファ号南行麗水EXPO 行き
ソウル駅を出てからおよそ数分,龍山を過ぎたあたりで凍った川にかかる鉄橋を渡る
そう、この川は俺にとって思い出に残った出来事が多くまた韓国有数の大河として有名な漢江だ
そして、永登浦を過ぎるとソウルの郊外へ出る
世界遺産の城として有名な城のある水原に着く
懐かしいなぁ
この地にある世界遺産のファソン(華城)には家族4人で行ったことがある
台風のせいで華城列車という移動手段が使えなくて山のように建つ城壁の頂上から歩いて入り口まで雨の中傘もなく下りたのはいい思い出さ
そんな思い出の町を過ぎ、祖父母と俺と母さんとまだ幼稚園児だった弟と海を見に行ったアサン(牙山)の街まで南下して来た
ここまで来れば、禮山の町はすぐだ
大型の温泉保養施設で夏にはプールもやってる大型施設のパラダイススパの最寄り駅、道高(トゴ)温泉までやってきた
ここの駅は昔移設された経緯があって今の位置にあるそうだ
旧駅跡には廃線跡を活用したレールバイクの施設で親戚一同集まって遊んだっけ
そんな今までの母方の実家へ帰省した時の思い出に浸る12歳の日韓ハーフの少年、
目的の駅に着くまであと数分ということで下車準備をする弟,迎えの親戚から駅に着いたと連絡を受けた母親の3人を乗せてムグンファ号は田舎町、禮山の中心地から一駅手前の駅に着いた
数日後、親父を迎えにソウルの玄関口と言える空港に向けまた北上する
今度は客車の窓が楕円形のセマウル号が親子3人と故郷からソウルに戻る若者を乗せて北へ向かう

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乗ってた時間こそ短いが

家族4人,2回台湾の地を踏んだ
1回目は、台湾の成田空港と言っても過言ではない桃園の飛行場から台北へ
2度目は、小港飛行場こと高雄国際空港から高雄市街へ
どちらもタクシー移動がメインだったけど、高雄と台南の往復の移動で乗った自強号や花蓮からの帰りで乗ったタロコ号、市街地の移動ではMRTの地下鉄は今でも記憶に残ってる
歴史の街,台南と港湾都市の高雄はかなり近いけど観光客も通勤客も運ぶ重要区間
島の西海岸にあって南端に近い中で1番栄えている港が高雄、そのやや北にあるのが歴史の街
まるで京阪間みたいだな
車窓も大都市とベッドタウンを結ぶような風景さ
タロコ号の沿線は、原住民が今も暮らし、国立公園があるタロコの山から流れた川が生み出した綺麗な海岸線がしばらく続く
海の反対側には山がそばにある関係で車窓はまるで伊豆みたい
いつか彼女ができたなら
見せてやりたいこの車窓
鈍行列車でノロノロと
乗れば海の風景を2人で独占できるはず
高雄の空港降りたなら
まずは地下鉄
北に行き
君に見せたい美麗島
駅の改札の天井は
ステンドグラスの装飾が
俺も一度は行ったけど
忘れられない美しさ
今もスマホの待ち受けに
そこから一駅
高雄駅
自強号で1時間
台南越えたらすぐに着く
嘉義の街にも行きたいな
不屈の闘志を示した高校の
球児が過ごした街なのさ
お茶の山地で有名な
阿里山行くにも都合がいい
そのあとガオティエ乗り込んで
着いた駅は
台北だ
ここはよく混むターミナル
だから俺の手離すなよ
MRTの赤線で
着いた駅は101
あの有名な
観光地
タワーから見る街の夜景
美しいこと間違いなし
台湾の
古い呼び名はフォルモサで
美しい島という意味の
ポルトガル語が由来だよ
自然と歴史,多様な文化が織りなして
できた魅力が溢れてる
島より素敵な君だけは
絶対手放す気はないよ

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思い出の鉄道は、数年の時を経て蘇る

ここはデンマーク、コペンハーゲン中央駅
スーツケースを持って俺と弟と母が横並びに3人、ここから出るハンブルク行きICE列車を待っている「本当に、列車ごと船に乗り込むの?」「そうだよ。かつて日本で、本州と北海道を結んだルートに準えてドイツの青函連絡船って呼ばれてるよ。俺、一度は乗ってみたかったから楽しみだなぁ」そんな話に「2人とも、今日の景色は一生に一度きりかもしれないから、よく目に焼き付けてね」と母親が言う。
そして、親子3人を乗せた特急はこの旅のメインルート,大ベルト海峡の航路、いわゆる渡り鳥ルートを過ぎてハンブルクに着いた。
親子の旅はまだまだ続き、場面は変わってオランダのアムステルダム中央駅
「まるで東京駅だ。東京が恋しいなぁ」そう呟く俺の声は母の耳に届いたようだ「ベルギーではハズレだったけど、こっちには美味しいと評判の和食屋があるから、寝台列車までの時間で食べに行こうか」そんなたわいもない会話を経て一家はCNLペガスス号のアムステルダム発チューリヒ行き寝台特急に乗り込んだ。
それから数時間,オランダのユトレヒトも、ドイツのアーヘンもボンも過ぎてスイスのバーゼル付近を走行中、俺は電車酔いに悩まされ、宿泊地のグリンデルバルトで体調を治してスイスの旅を楽しんだ
それから数ヶ月後、このドイツを中心に走るCNL寝台列車が全系統廃止された。その3年後、今度はコペンハーゲンとハンブルクを直線的に結ぶ渡り鳥ルートが廃止になった。
渡り鳥ルート休止の2年後に当たる2021年12月,名前をナイトジェットと変えてオランダ〜スイス間の寝台列車が復活した。
そして2022年現在、かつての渡り鳥ルートを船を介さずに結ぶ橋やトンネルの建設が進められており、ドイツからのICやICEが走る日も近いそうだ。
俺たち兄弟の思い出を乗せた列車は名前を変え、車両を変え、ヨーロッパを巡る旅人を乗せて新たな時代のヨーロッパを駆け抜けてゆけ!

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沢山を貰った推しへ…いいえ、貰った沢山の教え

今日推しが卒業を発表した
そのことを知ってからタイムフリーで追いかけることしかできない自分に今日ばかりは腹が立つ。
アイドルを好きという人はいるが、よっぽどアイドルを目指していない限り、尊敬していると言う人はそうそういないんじゃなかろうか。
正直、彼女に出会わなければいくらドルオタと言えど、生き方を尊敬するなんてことを思わなかったんじゃないかとさえ思う。
「真ん中だけがアイドルじゃない」
「王道じゃないアイドルが市民権を得るまで」
彼女はいつも惜しみない努力と数え切れない希望を僕らに見せてくれていた。
彼女は功績を自分のものとはついに一言も言わなかった。
感謝を必ず述べ、レギュラー番組の告知は必ず主語を複数形で書かれていた。
求められることに全力で応える。
口にするのは簡単だし、誰だってそのつもりでいるだろう。
でも彼女は誰かが望むこと、それがたとえ少人数でも、手が空けば、可能ならば必ず応える。
「王道じゃないから」
そんな言葉は彼女になかった。
最後までそれを突き通し、メンバーを思い、リスナーを思い、関係者を思い、全ての人を尊重した彼女はかっこよかった。最後までかっこよかったんだ。
こんな感情はなかなか出会えないだろう。
ならば今、僕がすべきことは悲しむことや縋ることじゃない。

はじめて尊敬したアイドル、
彼女の新たな門出を前向きに送り出すこと。
彼女の意志を尊重したい。
彼女の真意を少しでも汲める自分でありたい
そういうファンであることが
彼女を尊敬する者としての礼儀だと思うから