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旋律#6

アイカちゃんはよほどショックだったのだろう。
「蓮に嫌われた、律ちゃんのせいで」と周りに言いふらした。あまりにも抽象的な言葉だったけれど、顔を真っ赤にして涙を浮かべる彼女が言うと、周りは変に悪い方向へ想像力を働かせてしまうのだった。

 「だから、みんなちょっとよそよそしいんだと思う。みんな、律ちゃんが何かしたと思ってるんだよ」
どうして美亜がそんなことを知っていたのか、今でも時々疑問に思うけれど、いつも真相はわからないまま忘れてしまう。
 おそらく、美亜が聞いた母親たちの噂話と当時の私の想像とが入り混じって記憶されているのだろう。
 結局今でも、あの日アイカちゃんが休んだ理由も、なぜみんなが私がアイカちゃんに悪いことをしたと思ったのかも、分からないままだ。

 次の日、アイカちゃんをあの時と同じ園舎の裏に呼び出した。唯一ちがうのは私と彼女の立場がすっかり逆転していることだった。
「ねえ、アイカちゃん。私がアイカちゃんに何かしたってみんなに言ってるでしょ。私なにかした?」
彼女はうっすらと涙を浮かべてこちらをにらんだ。
「アイカ、蓮に無視されたの。律ちゃんがジャングルジムから落ちたから。蓮はアイカより律ちゃんを好きになっちゃったじゃん。律ちゃんのせいだよ」
私はどうしてこんなにも罵られなければならないのかと、珍しく怒りを覚えた。
「私、何もしてない。アイカちゃんが私を押したんでしょ」
そう言って、彼女の左肩をとん、と押した。軽く後ろによろけたアイカちゃんは、驚いたように私を見た。私が手を出すとは思わなかったのだろう。
「私は、何もしてないんだから。蓮くんがあなたを好きじゃないのは、私のせいじゃないんだから」
その先は迷ったけれど、口から滑り落ちて止まらなかった。
「蓮くんがアイカちゃんを好きじゃないのは、自分のせいでしょ」
 呆然とするアイカちゃんを残し、私は教室へ向かった。

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旋律 #5

 そして、その時にふと気がついたことも尋ねてみた。
「あと、アイカちゃんは?おやすみ?」
その子は周りを少し見渡してから答えた。
 「マオもよくわからないんだけど…、アイカちゃんは、お休みだよ」
「なんで?」
「え?律ちゃん、知ってるんじゃないの?」
もともと大きな目をさらに広げて言う彼女に、私はさらに目を丸くした。
「なんで?なんで私が知ってると思ったの?」
「だってさ、アイカちゃん、金曜日帰る時ずっと『律ちゃんのせいだ、律ちゃんひどい』って言ってたもん」
 そう説明されても、私はただ首をかしげるばかりだった。
 アイカちゃんに何かした覚えは、ないんだけどな。

 とりあえずその子にお礼を言って、次は美亜を捕まえた。
「ねえ、なんかみんなが変な感じなんだけど。あと、アイカちゃん、金曜日何か言ってたんでしょ。何を言ってたの?」
 畳み掛けるように質問する私に、美亜は少し驚いていた。
「えっとね、みんなが変なのは多分アイカちゃんが原因だよ」

 美亜は私がジャングルジムから落ちた後の話と、金曜日のアイカちゃんのことを教えてくれた。
 幼稚園児の話すことなので辿々しく、とても長い話だった。要約すると、アイカちゃんは私がジャングルジムから落ちたせいで貴方から嫌われた、と騒いでいたらしかった。

 私が病院へ運ばれた後、アイカちゃんとそのお母さんは私の家に来た。その時母は私に付き添っていたので、少しの間留守番していた貴方が出た。
 隣でお母さんが必死で謝ってるのに、アイカちゃんは特に気にすることもなく、ワンピースの汚れを払ったりと退屈そうにしていたらしい。
 アイカちゃんのお母さんが電話か何かで外に出た時、アイカちゃんはいつも通り貴方に甘えようとした。でも貴方が彼女に向けたのは、悲しみと怒りとが入り混じったガラス玉のような瞳だった。
 そして貴方は、無言で病院へ向かった。