夏の思い出
お金を握って
歩いていった
蝉時雨のなか
暑い夏の朝
カラン、とお店のベルを鳴らせば
あの人は掃除の手を止めて
「おはよう」と
出迎えてくれる
ハサミを手に持って
髪を切っていく規則正しい音に
少し眠気を覚えながら
学校のことや
習い事のこと
いろんな話をした
お客さんが徐々に増えて
ぼくが口をつぐんでしまうと
あの人は可笑しそうに笑った
その年の秋
伸びた髪を伸びた髪を切ってくれたのは
知らない人だった
あの人はもういなかった
さよならも言わず
さよならも言えず
夏が来るたびに
思う
けれど
今になって
思う
人との出会いは偶然ではないのかもしれないということ
そのひとつひとつが僕をつくっていくということ
そして
別れはまた新しい出会いを繋いでくれるということ
夏が来るたびに
思う