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LOST MEMORIES CⅦⅩⅥ

「もう、ハメたってことですか長谷川さん?」
普通に聞いてくれたら良いのに。そう頬を膨らませる瑛瑠は、横にいる望と帰路についていた。
ごめんねと謝る望は、ぼく信用ないでしょ?誤魔化されないかとおもって。自嘲的にそんなことを言う。
膨らんでいた頬は元に戻り、瑛瑠はきょとんとする。
「私、長谷川さんのことは初めて話したときから信用していますよ?」
「……ウルフなのに?」
「……それの何が関係あるんです。」
思わず立ち止まって目を合わせる。望が先に吹き出した。
「ほんと、そういうところだよ、瑛瑠さん!」
楽しそうに笑って歩を進める望を瑛瑠は追いかける。
今のどこにツボがあったのだろうか。
スカートが揺れる。
ふわっと風がふたりの頬を撫ぜた。
「ねえ、瑛瑠さん。」
隣で歩く彼を見上げる。柔らかそうなそのくせっ毛が、微かに揺れている。
彼の瞳が、視線が、声が、優しくて柔らかい。
望が立ち止まるから、瑛瑠も立ち止まる。
彼の唇に乗せられた言葉。
「瑛瑠さんのことが、すごく、好きだ。」

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LOST MEMORIES CⅦⅩⅤ

静かで落ち着いたその声は、瑛瑠を離さない。
「瑛瑠さんのこと、避けてるか避けてないかでいえば、避けてるのかもしれない。」
教室でも聞いた言葉だった。
「ぼくが原因で瑛瑠さんを困らせてたことを知って、恐くなったんだ。近くにいると、困らせると思って。」
哀しそうに微笑む望。
窓から、暖かい光が入ってきた。望の視線から解放されふと外を見ると、夕焼けと呼ぶにはまだはやい赤みがかった青い空が見える。
瑛瑠の視線の先に気づいて、望は先程より柔らかい声で訊ねる。
「綺麗だね。帰ろうか。」
さすがに驚く。まだ望はここへ来たばかりである上に、話も始まって間もない。何か理由があってここを指定したのではないのか。
口ほどにものを言う瑛瑠の澄んだ眼に望は苦笑する。
「ここを指定した理由は3つ。1つ目は、人が少ないから他人の目を気にしなくて良いということ。2つ目は、待ち時間が暇にならないような場所であること。最後が。」
一度切ったことで、瑛瑠の眼は再び望を捉える。
「瑛瑠さんが、何について調べているのかを確かめるため。」

4

LOST MEMORIES CⅦⅩⅣ

妖孤のランクについてページを進めようとしていたところで望が来た。
「ごめんね、瑛瑠さん!」
図書室のため声は抑えているが、申し訳なさ全開の表情からそれは伝わる。
望は瑛瑠の隣に腰かけた。
「いえ、興味深いことがたくさん学べました。大丈夫ですよ。」
開かれたままのページを望は目で訊ねる。
見てもいい?
瑛瑠が差し出すと、心得顔になる。瑛瑠がほんの少し目を丸くする羽目になった。
「やっぱり、瑛瑠さんとちゃんと話さないと。」
ぽつりと零れるその声。
窓の外からは、色々な音が聴こえる。この声は、運動部だろうか。遠くでは、楽器の鳴る音が聴こえるような気がする。
それでも、静かなその声に耳を奪われる。
横にいる望と視線が交わる。目を逸らすことは叶わない。
「ぼくは、ワーウルフだ。」

2

LOST MEMORIES CⅦⅩⅢ

狐を、聖霊や妖怪と見なす民族はいくつかあるという。その中でも、ここでは文化,信仰といえるほど関係が親密であるらしい。あるときは、人を化かす悪戯好きの動物と考えられ、またあるときは神の遣いとして信仰されたりしている。さらに、100歳になると女に化けるとか。
信仰の対象として霊孤と呼ばれることがあるようだが、一般に哺乳類ではなく超自然的存在として捉えられた場合、それは妖孤と呼ばれるらしい。また、妖孤は大きく二つに分けられる。善孤と野孤。一般に、善孤が良い性質で野孤が悪い性質とされるようだが、逆になることもままあるようなので、性質による違いはそこまで重要ではないように瑛瑠には思えた。では、その二種の違いはというと、野孤はある一定の位までしかいけないということだ。

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LOST MEMORIES CⅦⅩⅡ

「今日は、長谷川さんとの約束があるんです。ごめんね、ふたりとも。」
英人は妙に納得した様子で、そうか,と一言。
「もう大丈夫だろう。指輪もあるしな。」
微笑んで送り出す英人。一方の歌名といえば、不満そうに口を尖らせている。
「そんな。やっと瑛瑠と仲良くなったっていうのにー。」
そんなことを言いながらも、最後にはにっこり笑って、
「また体調崩したら承知しないからね。」
ぽんと肩を叩いて、じゃねと手を振る。
「じゃあ、フラれた者同士仲良く帰ろうか英人くん。」
「そうだな。また明日、瑛瑠。気をつけて。」
二人に手を振り、瑛瑠は図書室へと歩を進める。
後ろでは歌名が賑やかだ。
「ねえ英人くん、また明日ってどういうこと!?休みだよね!あと、さっきスルーしたけど指輪って!?ねえ!」
明日のことを歌名は知らない。しかし、共有者として、友だちとして、歌名と知り合ってしまった。夢に歌名は見つけられなかったけれど、繋がっているのだろうと、何ともなしに思う瑛瑠。
混乱を回避して少しずつ紐解いていくためにも、明日は英人と答え合わせをしたい。きっと聞いたところで、案外聡い歌名のことだ。深入りはしてこないだろうと思うも、上手く返してほしいと瑛瑠は願う。同じ魔力持ちとして、それ以前に友だちとして、歌名を傷付けたくないと思ってしまった。存外、英人にかなり信頼を置いていることを自覚し、微かに笑う。これから会う望とも、そんな関係が築けていけたら、そんなことを考えながら、扉に手をかけた。

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LOST MEMORIES CⅦⅩⅠ

「瑛瑠さん、仕事残ってるから先行っててくれる?」
望に指定された放課後が来た。瑛瑠が準備を終えて声をかける前に、申し訳なさそうな顔をした望は、振り向きこう言ってきた。
ちなみに、食べ損ねた昼食は、6時限目、7時限目の前の10分休憩で食べ終えていた。
「お仕事、手伝いましょうか?」
瑛瑠の問いかけに、首を振る望。
「すぐ終わるはずだから。大丈夫。」
「わかりました。頑張ってください。待ってますね。」
元々行くつもりはなかったが、都合がいい。こちらでの狐の存在について、少し調べてみよう。
そんなことを片隅に置きながら、教室を出る。
「瑛瑠?」
後ろから聞こえてきた声は英人のもの。
「帰らないのか?まだ本調子じゃないだろ、送ってく。」
瑛瑠は苦笑して応える。
「先客がいるので。」
英人は少し目を見張った。
「歌名か?」
そして申し合わせたかのように出てくる歌名。
「瑛瑠ー!一緒に帰ろ!」
瑛瑠は苦笑いを重ねる。
「ごめんね、これじゃあトリプルブッキングになっちゃうよ。」
英人と歌名は顔を見合わせた。

4

LOST MEMORIES 番外編

「秋の哀しい心、ねえ……。」
黒板に残る字を見て、ふと瑛瑠は呟く。先程の授業は国語であった。
そういえば、最近は秋桜を見かけるようになったっけ。
「歌名は、秋を哀しく思います?……歌名?」
瑛瑠はランチボックスを開けながら、向かいにいる歌名に尋ねる。勿論、チャールズお手製だ。
何やらがさがさとやる歌名は瑛瑠の声など聞こえていない。
「歌名、それは何?」
歌名が持つのはビニール袋。そして、いつものお弁当箱が見当たらなかった。
「一回、やってみたかったんだ!」
取り出したのはおむすび。
見ててね,そう言って、仰々しく包まれたおむすびを手に取り、奇妙な開け方をし始める。
瑛瑠は思わず凝視してしまう。
「じゃーん!海苔がぱりぱりのコンビニおむすび!」
呆気にとられた瑛瑠は、無惨な姿に成り果てた包みを手に取る。
「の、海苔が乾燥したまま入ってたってことですか……!?」
忘れがちだが、パプリエールはお嬢さまなのである。
「ふっふっふ、科学の進歩は凄まじいのよ!
あとね、スイーツも美味しいらしいの!今日の帰り寄ってみない?」
きらきらと効果音が鳴るレベルには目を輝かせている瑛瑠に、歌名は笑いかけた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「さっき瑛瑠さんが話してたのって、このことだよね?」
黒板の白い字を消しながら望は言う。投げ掛けた言葉の相手は、教卓へプリントを置きに来た英人で。
「少なからず、今は哀しいなんて感情とは程遠いだろうな。
こういうの、何て言うか知ってるか?」
――食欲の秋。
「今日、柿持ってきた。」
「……食べたい。」
望は一言そう返し、『哀愁』をそっと消した。

3

LOST MEMORIES CⅦⅩ

「わっ!お弁当食べ損ねた!てか、私の話長くてごめん!」
やっとお腹が空いていたことに気付く瑛瑠だったが、楽しい,と思う気持ちが強く、どうしても笑えてきてしまうのだった。
今までの意味深な表情や言動、英人の“聞かなかったことにして”発言も納得がいく。歌名から直接聞くべきだと気を回してくれたのだろう。
午後の授業は酷だぞ、そう思うとまた笑みが零れる。
あたふたする歌名を引っ張った。
「行こ、歌名!」

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LOST MEMORIES CⅥⅩⅨ

瑛瑠は考える。
ウィッチは瑛瑠のこと、ウルフは望のことだろう。
力を貸してくれ、とは。
「私は、エアヒューマンです。」
にっこりと。さっきも聞いた内容であるが。
「……防御型、ということですか。」
瑛瑠は呟く。繋がった気がして、一つずつ確かめる。
「副委員長になったのは、」
「攻撃型とは相性がいいから。」
歌名引き継ぐ。
「長谷川さんの近くにいたのは、私が特殊型だから……?」
「大変だったよお、瑛瑠鈍いから。」
くすくすと笑う。鈍いなんて初めて言われた。
「英人さんが大丈夫って言っていたのは、歌名がいたから……。」
「実はガーディアンでしたっていうね。」
歌名が副委員長になったのは、委員長のストッパーになるため。望の近くにいたのも同様に、だ。
「朝のは、私に二日間の状況を伝えるためという目的も含まれていましたね?」
“風邪って聞いたよ”は、“風邪ってことになってるよ”の裏返しだ。
予鈴が鳴る。

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LOST MEMORIES CⅥⅩⅧ

「うん、瑛瑠は笑うと凶器だね。」
うんうんとひとり頷きながら、踊り場の掲示板に背を預ける。
「まず、英人くんに話しかけられたのが最初なの。」
これまでの経緯を話してくれるようだった。
「彼のアンテナは最上級だね。隠れるのは得意だから、声かけられてびっくりしちゃった。
『君、人間じゃないだろ。』ってさ!」
たぶん今、もの真似が入った。
どうやら英人は誰に対してもあのスタイルは崩さないらしく、瑛瑠は知って はあ,となんとも気の抜けた返事をしてしまう。
「そんなことを聞くってことは魔力持ちなんだなって思って。」
「……正体を明かしたんですか?」
信用するには早過ぎやしないかと思うも、
「私、エアヒューマンなんだけどね、正直気付かれない自信しかなくて、自分で探す気満々だったんだ。それで気付かれちゃったからねー、凄いアンテナだなあと思ったら信じちゃったよ。」
ちゃんとした根拠を持っていて。
彼女も、できる子だ。
そう、瑛瑠は確信した。
「でね、」
何かを企むかのようにら含みのある笑みを溢した歌名。
「ウィッチとウルフを見付けたんだけど、ふたりが近いんだって言うの。誰のことか聞いたら、確かに近くてね。そこで初めてふたりを認識したの。
ウィッチにとってウルフは相性が悪いし、自分も相性が悪い。彼女はきっと自分を信用していない。でも彼女は必要だから、力を貸してくれ。そう、言われたんだ。」

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LOST MEMORIES CⅥⅩⅥ

それは、わざわざ昼にこの人気の無い場所へ連れてきたことと関係あることであろうと考える。
「魔力持ちということしか。」
言いたくないと少しでも思ってしまった自分に、まだまだ子供だなあと自嘲的に思う。
「それじゃあフェアだね!」
しかし歌名は、対照的に笑った。
フェア、とは。
「アンテナ鋭いめちゃすご英人くんに気付かれたのは、そこに秀でてるんだからもう諦めるけど、」
素晴らしいネーミングセンスに瑛瑠は感動する。
「他の人に気付かれちゃうとか、私のコントロールどうなってんのって話だもんね。まがいなりにも送られてきたんだからさ、自信なくしちゃうっての。
私も、瑛瑠ちゃんがウィッチだってこと気付けなかったよ。だから、そんなに悔しそうにしないで。」
けらけらと笑う歌名。しかし、ウィッチと言ったではないか。それに、英人のことも。
物言いたげにしている瑛瑠の様子を察したのだろう。
「うん、瑛瑠ちゃんに話さなきゃいけないんだけど……その前にさ。」
神妙な面持ちの歌名。
瑛瑠は黙って待つ。

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LOST MEMORIES CⅥⅩⅤ

「友達になろ!」
思いもよらぬところから飛んできたボールに、とっさの判断ができない瑛瑠。
「え、あ、あの、」
歌名といえば、顔を文字通り林檎のように真っ赤にして、弁解を始める。
「も、もー!こういうシナリオじゃなかったんだもん!」
そう言ったが最後、瑛瑠の言葉などお構いなしに、機関銃のように捲し立てて説明を追加していく歌名。
「こんな年になってまで友だちになろうとかほんと恥ずかしいことだし、そもそも友だちってこういうものでもないと思うけど、でも瑛瑠ちゃんに話しかけようとするとその場にはいっつも望がいるし、ほんとはもっと早い段階で仲良くなりたかったんだけどいつの間にか2週間たつし、瑛瑠ちゃん自体結構神出鬼没で――!」
「ま、待ってください!」
落ち着くよう促す。支離滅裂とは言わないにしても、逆接に逆接を重ねすぎてぐじゃぐじゃだ。
神出鬼没、そんな風に思われていたのか。
そうではなくて。
望のいるところに歌名がいたのではなく、望がいるときに居合わせてしまっていたということか。用があるのは望ではなく瑛瑠だった、と。
「今朝、邪魔しないでって言ってたのは……。」
まだ何か言いたげにしている歌名へ、引き継ぐように聞く。
歌名は目線を少し下げ、
「聞こえてたか。今日、いつもより早く出て瑛瑠ちゃんを捕まえようとしたのに、また望が来ちゃったから。」
恥ずかしくて、友だちになろうとか言えないじゃん……なんてぶつぶつと呟く。
「瑛瑠ちゃん、一線引いてるから、言わなきゃ伝わらないと思って。」
バツが悪そうに微笑む。
思い出す歌名とのシチュエーション。哀しそうに微笑ったのは、瑛瑠と望コンタクトに失敗したそれだったのかと腑に落ちる。
「私のこと、どこまで気付いてる?」
今度は瑛瑠が覗きこまれた。

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LOST MEMORIES CⅥⅩⅣ

どうやら今日は予定が立て込む日らしい。望との会話終了に間髪を入れず名を呼ばれる。声の主は歌名。ちょっと来てほしいと何やら堅い面持ちで、所謂呼び出しを受けた。怒りは感じられないものの、緊張がひしひしと伝わってくる。
「伊藤さん、その……私、何かしましたか?」
心当たりがないものだからこう聞くしかなくて。
階段の踊り場で、歌名は止まった。
身構えた瑛瑠は、やっと開かれた歌名の口から出る言葉に拍子抜けすることになる。
「と、」

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LOST MEMORIES CⅥⅩⅢ

「避けてる?僕が?瑛瑠さんを?」
「はい。」
見事な鸚鵡返しと重ねクエスチョンに一言で返す瑛瑠。
そして、少し考える素振りを見せた望は、華麗に瑛瑠の質問をスルーした。
「放課後、図書室に行くの?」
誰かさんにも似たようなことをされたなあと思いつつ、今日は行くつもりはなかったです,と律儀に答える。
「ちょっと寄れない?僕、瑛瑠さんと話したいことがあるんだ。」
雰囲気が変わった気がするのは、気のせいだろうか。
「わかりました。放課後、図書室、ですね。」
そこで、瑛瑠の質問に答えてくれるということだろう。
「瑛瑠さん、」
会話を終わらせようとしていたのを引き留めるように望は続ける。
「さっきの。避けているように感じたのなら、たぶんそうなんだと思う。
嫌な気持ちにさせていたらごめんね。でも、瑛瑠さんが何かしたとかじゃないから。」
正直、これだけ聞ければ十分だ。
胸を撫で下ろし微笑む。
「はい。図書室で、ちゃんとお聞きしますね。約束、です。」
すると望は、困ったような悲しいような、それでも少し嬉しそうに、
「うん、約束。」
そう返した。

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LOST MEMORIES CⅥⅩⅡ

おかしい。おかしいといったらおかしい。
瑛瑠はお昼前最後の授業を受けながら、授業内容とは全く違うことを考えていた。二日の授業遅れはどうにかなると判断したこともある。それ以上に、集中できないほど気になってしまうことがあった。
長谷川望。彼は、朝の授業以来言葉を交わしていない。後ろを一度も振り返ってこないのだ。こうも急に避けられるような態度をとられてしまったので、悶々としていた瑛瑠。
終業を告げるチャイムと共に、望の背をつつく。瑛瑠から話しかけるのは初めてかもしれなかった。
振り返る望は、変わったところは見受けられない。つまりはいつも通り。
「瑛瑠さんから話しかけてくるなんて珍しいね、どうかした?」
「あの、私、長谷川さんに何かしましたか?」
周りではクラスメートが動き始める。やっと来たお弁当の時間。瑛瑠はその前に確認したかった。
ガタガタと机を移動させる音を横で聞きながら尋ねる。
「長谷川さん、私のこと避けてますか?それって、私が何かしたから?」
理由もなく避けられるのは、辛い。
目の色が弱くなっていることに、自分では気付いてはいない瑛瑠。
一方の望といえば、思ってもみなかった、そんな言葉が聞こえそうなほど目を丸くしていて。

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LOST MEMORIES CⅥⅩⅠ

祝瑛瑠思考停止。
では、あの反応は何なのだ。訝しげな目、そしてその目を丸くしたのは確かに見た。
そもそも、夢の中の少年エルーナの面影をバリバリに残したお前は一体誰だと言いたくなる。
否定されるとは、万が一、いや億が一にも予想していなかったので、続ける言葉が迷子である。
では、あの夢はあくまで夢だったということだろうか。
チャールズの夢を思い出す。そして、考えを元に戻した。
たとえ夢だとしても、何らかの意味がある。そうでないと、チャールズの様子に説明がつかないから。
「明日、」
学校は休みだ。
瑛瑠は一言。
「私に付き合ってください。」

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LOST MEMORIES CⅥⅩ

すっかりご機嫌斜めな祝瑛瑠さん。
しかし、目的があって彼のところへ来たのを思い出しました。
「あの、英人さん。」
声を発したものの、どこから聞こうかという思考へと足を突っ込んでしまった瑛瑠。
本当に確かめたかったこと、それは夢の内容。10年前のこと、英人のこと、会ったことがあるのかということ、イニシエーションのこと。
どれも重い。そして、できれば時間をとって話したいことだ。
「瑛瑠?」
「英人さんには、」
軽くて、yes/noで答えられ、導入にもなる質問。あるではないか。
「お姉さんはいらっしゃいますか?」
英人は訝しげにこちらを見る。たしかに、家族のことに関してはいきなりではあったかもしれないと、音にしてから反省する。ある意味で踏み込んだかもしれない。しかし、これが導入になるのだから、答えさせなければならない。
「それも、10歳ほど年の離れた。」
今度は目を丸くする。
沈黙は肯定ととるぞ、イケメンヴァンパイア霧英人。
しかし彼から出た言葉は、予想を見事に裏切ってくれた。
「僕に姉なんていない。」

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LOST MEMORIES CⅤⅩⅨ

教室に入ると、前の席には鞄が置かれてある。歌名の手伝いへ行ったのだろう。歌名の席にも、ストラップがついた彼女のであろう鞄が置かれてある。自分も手伝うと申し出たらよかっただろうかと席につきながら思う。
登校時間は比較的早い瑛瑠だが、本を読んでいる彼はそのさらに前についていたのだろうことが伺える。
瑛瑠は鞄だけ机の上に置き、彼の隣の席を借りることにした。
「おはようございます。」
声をかけると、ここへ瑛瑠が来ると見越していたように、驚くこともなく読みさしの本を閉じてしまう。
「おはよう。体調は?」
「お陰様で。……邪魔をしてしまってすみません。」
英人は僅かに首を振った。
「あの、お借りしていたリングはネックレスにして持ち歩いています。ありがとうございます。このまま私が持ち続けていてもよろしいんでしょうか?」
瑛瑠が確認として聞くと、何を今さらと微笑う。
「勿論。持っていていい。」
やはり余裕そうな彼だが、心配は拭えない。
「何かアテでも……?」
すると、ぴくりと形の整った眉をあげる。
「聞いてないのか?」
何を、だろう。
こんな質問をされるくらいだ、聞いていないということだろうと思うが、生憎何のことか見当がつかない。
英人は苦笑して、
「ごめん、聞かなかったことにして。」
なんて言うものだから瑛瑠は不貞腐れる。
「何のことですか。」
「そのうちわかるから。」
やっぱりこいつ、気に食わない。

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LOST MEMORIES CⅤⅩⅧ

歌名は魔力持ちだ。種族は何だろう。そこまでは探れなかった。
邪魔?望に対して言ったのだろうが、何に対する邪魔という言葉だろう。
私に、何かしようとしていた?
そういえば、と思い起こす。歌名は何か言いかけていた。あの続きは何だったのだろう。
息をついた瑛瑠。英人なら何か知っているだろうか。そう思うも、何だか癪になったので考えるのをやめた。英人には、確かめなければいけないことがある。
チャールズに夢を見た旨を話したとき。
碧玉のような眼を丸くし、少し体が強ばったようにさえ見えた。何か思い当たる節があるかのように、今日の夜聞かせてくれますか?とだけ伝えられる。声が堅いよ,そんなこと、言えるはずがなかった。
あんまり反応が薄いようなら、お兄ちゃんと呼び掛けてみようかなんていう悪戯心が働いていたが、ここまで好反応だと面白がることもできないではないかと、瑛瑠は大人げなくも思っていた。どうやら、彼の弱点のひとつに瑛瑠がいるようだから。

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LOST MEMORIES CⅤⅩⅦ

「おはよう。瑛瑠さん、歌名。」
聞き覚えのある声。
「おはようございます、長谷川さん。」
そっと制服の上から指輪を握りしめる。
大丈夫。そう、自分に言い聞かせる瑛瑠。
「……邪魔、しないでよ。」
背筋に何かが走った。暖かい春の気温の中に、1ヶ所氷点下の地点がある。
思わずぎょっとして歌名を見るが、先の殺気じみた氷点下はなくなっていた。
見据えるその目の先には望。
「おはよ、望。」
にっこり笑う歌名は、会ったばかりの雰囲気そのものだった。
この子も、何かある。
正直、歌名には何のアンテナも張っていなかった。どんな子だろうかと今までを思い起こすと、望と話しているときにしょっちゅう同じ場に居合わせているのだ。
「あ!私、昨日先生に頼まれていたプリント、コピーするの忘れてた!
望、お願い、手伝って!ひとりで敵う量じゃないの!」
さっと青ざめた歌名は望の腕を引っ張る。
この子、表情豊かだ。そして、わかりやすい。
「え、ちょ、待って!歌名!?」
「瑛瑠ちゃんごめん!先学校行ってる!」
つんのめる望は引っ張られるがまま。朝から元気だなあなんて考えてしまうのは、2日間のブランクが原因だと思いたい。
台風のような勢いで去っていったその場に残された暖かい空気は、春を告げていた。
そして、またひとりに戻る。

2

LOST MEMORIES CⅤⅩⅥ

「おはよ!」
ぽんと肩を叩かれる。
朝のやりとりを回想していたことと、今までされたことがないということ、さらに後ろからというのは意外と心臓に悪いもので、驚いて振り返ってしまう。すると、叩いた本人が一番驚いた顔をしていた。
「ち、ちょっと!驚きすぎだよー!」
「い、伊藤さん……!?」
肩につかないほどの茶色がかった髪を揺らし、目を丸くしている歌名。
「びっくり、しました。おはようございます。」
ばくばくしている心臓を落ち着かせるように、努めて落ち着いた声を出す。
「ごめんね、前歩いてるの見かけたからさ。
一緒に行こ。」
にっこりという言葉が合う、お手本通りの眩しい笑顔を向けられた瑛瑠は、不意を突かれて言葉が喉を通り抜けなかった。
歌名とふたりきりで話すのは初めてだ。ごめんねとは言うものの、反省する気は無いらしく、からっと笑いかけられる。その笑顔は、もしかしたら初めて見るといっても過言ではないような、そんな笑顔だった。
「風邪って聞いたよ。大丈夫?」
チャールズか、英人か。情報源は鏑木先生だろうか。
とりあえず、風邪ということになっているらしいことは把握できた。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
歌名は一瞬、少し哀しそうな顔をした。
「授業のノート、いつでも貸すからね!」
瑛瑠が見逃すはずもなければ、見間違いのはずもない。
しかし、思い当たる節もなければ、言及しようとも思わなかった。
歌名が、また笑顔に戻ったから。
けれど、この顔は見たことがある。所謂、作り笑いってやつだ。
「瑛瑠ちゃん。」
声が固い。
「……どうしましたか?」
思わず身構えてしまうのは許してほしいと思う。
「あの、さ――」

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LOST MEMORIES CⅤⅩⅤ

では、これを運んでください,と渡されたので受け取る。綺麗な黄色い卵焼き。人間界へ来て初めて出されたそれはとても美味しく、瑛瑠の好きな食べ物へのランキング入りを果たしたひとつである。ちなみに、白だしを使うと絵に描いたような黄色になるのだそう。絶賛したところ、なかなかの確率で食卓に並ぶようになった。
「お嬢さまの中で私は、お嬢さまの付き人として限定的に送られた存在とは考えられないんですか。」
仮眠はとったのだろう、数時間前より幾分かよくなった顔色のチャールズからは、苦笑いが送られる。
確かにそうなのだが、
「チャールズ、やけに生活感あるから……。」
ずっと人間界にいたのではないかと、そう錯覚してしまうのだ。
「鋭いのは良いことです。」
ふっと目を伏せ、キッチンへ向き直る。
この反応は――
卵焼きののったお皿をそっと置く。
「チャールズ。私、夢を見たの。」

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LOST MEMORIES CⅤⅩⅣ

やっと、太陽さんおはようだ。馴染みのなかったこの言葉にも、そろそろ違和感を感じない。シャワーを浴び、早くも制服に着替え、顔を出したばかりの太陽を見る。太陽はやはり暖かい。
再び、窓を開ける。朝の冷たい空気を欲している。今度は合法である。別に、夜に開けることが違法とかではないのだが。
まだ人の気配は無い。人間の活動時間には少しばかり早すぎる。
そのはずなのに聞こえる物音。それも家の中から。
「どうして起きているの、チャールズ。」
まさかと思ったけれど、ちょっと早過ぎやしないか。
リビングへ行くと数時間前に言葉を交わした彼がキッチンに立っている。
「おはようございます。」
華々しいその微笑みは、なんだか久しぶりに感じる。それもそうかもしれない、数時間前は疲弊していたわけだし、2日間瑛瑠は、文字通り夢の世界へ身を預けていたのだから。
しかし、睡眠というよりかは仮眠ではないのかこの付き人。
ふと生じる疑問。
「おはよう。
……チャールズは、どれくらいの間こっちにいるの?」
朝食を作っているときの音は、人間界へ送られてからよく聴くようになった。その良い音をBGMに、チャールズに尋ねる。ついでに、何か手伝おうか?と付け加えるのも忘れずに。

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LOST MEMORIES CⅤⅩⅢ

忘れかけていたが、自分にとっての日常はこちらである。様々な色が飛び交っているあの時間ではなく、黒一色にちょっぴりの飾りが煌めいているこの時間。
久しぶりに見上げる見慣れた空。そのはずなのに、どうしてこうも特別輝いて見えるのだろう。
なんだかひどく独りを感じてしまう。決して太陽より暖かくはない月は、やはり暖かくはない。
今この瞬間、この景色は瑛瑠のものだ。
アルクトゥルス、スピカ、デネボラ。
呟きながら線で結ぶ、春の大三角。
ちょっとくらいならいいよね。
窓を開けると、寒いながらも昼には暖かさを運ぶ、確かな春の夜風が入る。
「夜って、どこまでが夜なのかしらね。」
ふと、夢を思い出す。
「……あなたが教えてくれるのかな、東雲さん…?」
空が東雲色に染まるまで、まだもう少し。