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1

LOST MEMORIES CⅩⅡ

英人は頷いた。
「ついこの前。人間界に来る前、だが。
だから、イニシエーションなんておかしいんだ。」
「あら、英人くんまだいたの?心配なのはわかるけど、休ませてあげなさい。」
戻ってきてしまった先生。
瑛瑠は驚きすぎて言葉がでない。
英人はすみませんと応え、今度こそ出ようとする。
はっと思う。随身具無しにワーウルフの魔力を浴びてしまうことになるのではないか。それでは、危ない。
ここには無関係の先生がいるため、変な言葉やものの名前は出せない。ということで、名詞の名前は伏せて英人に伝える。
「英人さん!私に貸していただけるのはありがたいですが、あなたが持っていた方がいいと思います!だって――」
「僕は大丈夫。」
何を根拠に大丈夫なんて言っているのだろうか。
「お大事に。」
その言葉と指輪を残して保健室を出ていってしまった。
「英人くん、あなたにゾッコンねえ……若いって羨ましいわ。」
黙って眺めていた先生は、書類を整理しながらそんなことを言った。
さらに取り違えた瑛瑠が、
「自己犠牲に同情してくれたのかもしれません。」
なんて返すものだから、これは前途多難だわとため息をつかれる。
指示されたベッドに入り、先ほどの会話を思い出す。
すでに成人を迎えた英人が、イニシエーションと称されてここへ送り込まれた。もはや通過儀礼でないのは一目瞭然。ついこの前成人を迎えたということは、瑛瑠と年は変わらないだろう。なぜおかしいと知りつつ英人は来たのだろうか。
やはり、今日話したかったと悔しい気持ちでいっぱいになる。瑛瑠の力を認めてくれたから、声をかけてくれただろうに。
お礼を伝えるのを忘れたな,そんなことを思いながら、ふっと目を瞑り、眠りに落ちる。
そして瑛瑠は、夢を見た。

10

LOST MEMORIES CⅩⅠ

混乱する瑛瑠。全く状況が飲み込めない。
「え、あの、これって」
「左手の薬指は心臓に直結している。その指輪が、きっと君を守ってくれる 」
瑛瑠に最後まで言わせずに英人は言う。
「おかしいと思わなかったか?君だけ体調が悪くなるなんて。僕が何型かは知っているだろ?」
たしかに、ウィッチもヴァンパイアも同じ特殊型である。てっきり、瑛瑠へ向けられたものだからだと早合点してしまっていたが、あの様子を見ると英人への嫉妬心も少なからずあったように見えた。英人が望の力の影響を受けてもおかしくなかったのに。
「それが守ってくれていた。」
思い当たるのはひとつしかない。左手を翳しながら聞く。
「まさか、随身具ですか?」
「ああ。」
瑛瑠はふと考える。
「……ちょっと待ってください。
英人さん、成人してらっしゃるんですか!?」

7

LOST MEMORIES CⅩ

望の言葉を思い出す。望から距離を置くために放った解釈違いの言葉を。
「いや、あの、ひとりがいいってそういうことではなくて!」
慌てて弁解する瑛瑠に、微かに笑う。英人が笑った顔は初めて見た。
「そうじゃない。自己犠牲を躊躇わないコケットだったってこと。」
思わず英人の顔を見つめてしまう。
「……馬鹿にしてます?はたまた貶していますか?」
それにはなんとも答えず、英人から礼を言われる。
「さっきはありがとう。かばってくれようとしていただろ、目をつけられないように。」
「かばったことがバレるほど恥ずかしいことはないですね。」
「結果的に嫉妬心を逆撫でただけだけど。」
「……うるさいです。」
ふて腐れたような瑛瑠の声にくすりと笑みをこぼす。
「それだけ言い返せる元気があるなら大丈夫だ。ほら、保健室。」
入ると、微かな薬品のにおいが漂っている。
英人が状況の説明をし、瑛瑠は言われたように熱を測る。
一回お休みしましょうかとベッドへ促され、英人とはここで解散となるも、養護教諭の先生が何やら必要なものがあったらしく保健室を出る。それと一緒に出ていこうとした英人は、思い出したように振り返り、まだ椅子に座っている瑛瑠の元へ。瑛瑠は不思議そうな顔をする。
「手、出して。」
両手を出すも、英人がとったのは左手。さらに、その薬指へ、自身が付けていたリングネックレスの指輪の部分を外してつける。
「僕の大切なものだから、なくしたら許さない。」

3

LOST MEMORIES CⅨ

英人が咄嗟に瑛瑠の腕を掴んで抱きとめていなければ、今頃机の海にダイブだっただろう。
「瑛瑠!?」
「大丈夫、です。」
意識はある。さすがにクラスメートもざわつき始める。
立てるか?という英人の問いかけに、英人の腕につかまりながらも はいと応える。
目眩は一瞬。今はたぶん大丈夫。
瑛瑠に手を貸す英人は、厳しい目付きで望を見る。
「長谷川、クラスメートに落ち着くよう伝えてくれ。瑛瑠なら大丈夫だから。」
黙りこむ望を睨む。
「委員長だろ。」
保健室へ連れていくと言葉を残し、瑛瑠は英人に連れられて教室を出る。
「すみません……。」
何か言わなければと思って口をついたのがその言葉。足取りはしっかりしている。本当に、先の一瞬だけだった。
「いや、ごめん。僕が悪い。まだ君の性格をちゃんと把握しないで不用意に近づいた。」

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LOST MEMORIES CⅧ

「昨日はごめんね。」
開口一番に望は瑛瑠に謝ってきた。申し訳なさそうな様子からは、謝罪の気持ちしか見てとれない。
「いえ、こちらこそすみませんでした。」
あの別れ方は礼儀としてなっていないと、瑛瑠も反省した。昨日の瑛瑠の拒絶のためか、気持ちに抑えがかかったのかもしれない。魔力は少しも感じられなかった。
午前の授業が終わるまでは。
午前中の授業が終わったあと、英人が話しかけてきたのだ。
「瑛瑠、少し話したい。昼休み、抜けられるか?」
瑛瑠が気付いたことに気付いて話しかけてきたのだろうと察する。だから、二つ返事で応えるはずだった。
ここで、思わぬ邪魔が入る。望だ。
望はそれまで頻繁に後ろを振り返ることをやめていたため、英人のその言葉に気付いて今日初めて振り返った。
「瑛瑠さんはひとりがいいんだよ、霧。不用意に近づくのはやめてあげなよ。」
思わぬ解釈のされ方だった。自分の発言に混乱する瑛瑠。たしかにひとりにさせてとは言ったが。
どうやら、望に対する拒絶というより、周りへの拒絶と受け取られているらしい。
「いえ、私がお願いしたんです。行きましょう、英人さん。」
英人まで目をつけられるのは避けたい。なんせ、彼も特殊型だ。さらに、情報は掴んでおきたい。これはチャンスなのだ。
立ち上がり、英人の服の端を掴んで促す。もしかすると、この行動がいけなかったのかもしれない。はたまた名前呼びか、英人を優先したことか。
激しい目眩に襲われ、瑛瑠は卒倒した。

2

LOST MEMORIES CⅦ

「正解です。つまり、そういうことです。」
そういうこと、とは。自分と同じ型では、魔力自体アップしても、攻撃型との相性は悪いままである。それはきっと、チャールズのものじゃない。では、誰のものだろうか。
「私の随身具があれば迷わずお嬢さまに貸すのですが、これでは何の解決にもなりませんからね。」
さらに頭を悩ませるチャールズ。しかし瑛瑠は、チャールズの随身具が気になって仕方がなかった。誰のものなのか。そして、チャールズのはどこへいってしまったのか。
結局、できるだけ刺激をしないように、近づかないようにするというあまりにも進展のないものしか出せなかった。そりゃ、二人のうち片方の頭脳が別のことでいっぱいなのだから仕方ない。
ベッドに入ってからも考えていた。チャールズは、自分のがあれば瑛瑠に貸すと迷わずいい放った。少なからず蔑ろにしていい代物ではないはずだが、純粋に自分を想ってのことであると理解できたし、チャールズは簡単にそういうことをする人物ではないのもわかっているつもりだ。そうして悶々と考えているうちに眠りについてしまったらしい。
頭のなかが混沌としている瑛瑠は、この日身に起こることなど知る由もなかった。

2

LOST MEMORIES CⅥ

その夜に行われた次の日の予定確認では、チャールズはやけに難しい顔をしている。
「近づくなというのは無理な話でしょうが……。」
解決策が出てこないのだ。しかし、力駄々漏れ状態のワーウルフにウィッチを近づけるのは苦である。
「随身具(ずいじんぐ)でもあれば良いのですが……。」
随身具、それは成人の儀でもらえる護身用のアクセサリーのこと。自分に相性のいい力が宿されている。相性の悪い力から身を守るために。つまり、パプリエールが成人すると、防御型の力の宿ったものが授けられる。それを身に付けることで、攻撃型の力を防ぐ力が補われるということ。しかし、瑛瑠はまだ成人していない。
「生憎、私の随身具はここにありませんし……。」
瑛瑠はふと疑問に思う。チャールズの首元のそれからは、魔力が感じられる。
「チャールズ、そのネックレスは随身具ではないの?私、てっきりそれがそうだとずっと思っていたのだけれど……。」
チャールズは、ああ,と言って外してみせる。チャームも何もついていないネックレスを、テーブルの上に置く。
「この魔力が何型かわかりますか?」
本来であれば、ウィザードは防御型の魔力を宿した随身具であるはずだが、瑛瑠の感じたものは違った。
「……特殊型?」

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LOST MEMORIES CⅤ

無意識に手をのばしていた白桃烏龍は、もう半分もない。
ここまで誘導されてわからないチャールズではないし、そもそも話を聞いてはじめから察していたようにさえ感じる。
「いつになっても色恋というのは面倒なものですねえ。」
「俯瞰しているのね、チャールズさん。」
渦中にいる瑛瑠は笑えない。冷ややかな目を向けると、微笑みが返ってくる。
「でも、得るものは多いんですよ。」
優しく微笑んだまま言葉を紡ぎ出す。
「そこでしか得られないものもあります。お嬢さまは縛られた立場ではありますが、否定されていいものではありません。
学校生活では、何があるかわかりませんから。」
ね?とウインクするチャールズ。これはどのように受け取ったらいいのだろう。
「チャールズも何かあったっていう解釈でいいのかな?」
ちょっと口角を上げて尋ねると、カップを置きソファに身を沈め腕を組み、
「おませさんですね。そんなにオトナの恋愛を訊きたいですか?」
なんていうから堪らない。
「お、オトナって……高校のときの話をしてるの!
そんな色気撒き散らして変なこと言わないでバカ!」
顔を紅くして横のクッションを投げつけて出ていく瑛瑠は、チャールズがしばらく笑いが止まらなかったことなど知る由もない。

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LOST MEMORIES CⅣ

ただし、重要なのは争い時のみの話であるということ。大きな戦争なるものは、瑛瑠が覚えている限り、生まれてから起こってはいないはずであり、チャールズのように種族関係なく関わることが求められている。
そんななかでも、相性の良し悪しには逆らえないのだけれど。強い力にあてられると体調に支障をきたすことがある。当人に向けられたものであるならなおのこと。瑛瑠は、そこに思い至ったのだった。
ずっと望が近くにいて、彼の言動には疑問を感じることもあった。増していく頭痛の原因は、彼の魔力。今日の帰り、確かに感じたワーウルフのそれに、完全に気づいてしまった。いや、それよりも前に気付いていたのかもしれない。瑛瑠が気付きたくなくて、目をつむっていただけで。
きっと望は瑛瑠を想っている。そしてそれは、力の制御に頭が回らなくなるほどに。

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LOST MEMORIES CⅢ

魔力には3つのタイプがある。攻撃型と防御型、そして特殊型だ。
ワーウルフやゴーレム、レオといった種族は攻撃型。血気盛んで、争いになると力で押すタイプだ。名の通り、攻撃的な力が強い。
「血気盛んを体現しているような者はたしかにいますが、攻撃型でも冷静沈着で聡明な者もいますからね。性格は種族じゃわけられませんよ。」
きっと、友人を思い描いているのだろう。瑛瑠は改めて、いかに自分が狭い範囲でしかものを知らないのかと思ってしまう。
防御型に当てられるのはエアヒューマンなど。チャールズに諫められてしまうだろうから、性格については割愛。こちらは、防御的な力が強い。
そして、瑛瑠たちウィッチ,ウィザードは特殊型に当てられる。ヴァンパイアやヴァンピールもここに当てはまる。攻撃と防御のどちらも兼ね備え、しかしどちらかに突出した種族よりは魔力が弱い。そのため、魔力を補うための知能に長けているのも彼ら。
そんな種族には、争い時のみの力関係がある。攻撃型に特殊型は弱く、特殊型に防御型は弱い。そして、防御型に攻撃型は弱いという力関係。逆もまたしかり。
しかし、これはそれぞれの魔力が同じ水準だったときの話。魔力が強ければ強い方に軍配は上がる。そして、権力者に近いほど生まれ持つ力は強い。

4

LOST MEMORIES CⅡ

「特殊型のウィッチは、攻撃型のワーウルフとは相性が悪い。」
黙ってしまったチャールズを、横から盗み見る。すると、一見穏やかそうに見えるその顔から、目だけが後からつけたかのように浮いて見える。瞳だけが穏やかじゃない。
「チャールズ、お茶、溢れてるよ。」
完全に心がどこかへ行ってしまっていた。
慌てて、傾けていたティーポットを置き、すみませんと立ち上がった。
タブーだったのは、きっとワーウルフだ。あの瞳は、怒りか憎しみか。悲しみの色もあったかもしれない。聞きたいけれど、あんな顔させてはいけないような気もして。
布巾片手に戻ってきたチャールズに、何もいうことができなかった。
「あとは、ゴーレムとかもウィッチやウィザードとは力の相性が悪いですね。」
淡々と言うチャールズに、先ほどの色は毛ほどもない。
瑛瑠は言葉を探してしまって、沈黙が生まれた。
それを察し、チャールズは拭きながら笑みをこぼした。
「相性悪いなんていっても、私の友人にはゴーレムもレオもいますし、なんなら逆の立場のエアヒューマンだっています。関わる上で、種族に問題なんてありません。」

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LOST MEMORIES CⅠ

「確認してもいい?」
行きなり切り出す瑛瑠は、ほぼ元通り。
「どうぞ。」
ソファの前のテーブルでお茶の準備をしながら応えるチャールズは穏やかだ。
「恋愛感情は、自分の意思では抑えが利かなくなることもあるよね。」
「そうですね。」
「強い感情にもなり得るよね。」
「はい。」
瑛瑠は少し間をおいてから、もうひとつ確認する。
「魔力が制御できなくなるほどの強い感情にもなり得る。」
「はい。」
華やかな白桃が部屋中に香る。瑛瑠は、少し気が削がれた。
「今日は白桃烏龍?」
横にいるチャールズを見ると、微笑んで頷く。
「よくご存じですね。そうですよ。」
張りつめていた気持ちがほぐれていくのを感じる。少し肩に力を入れすぎていたようだ。
「相性の悪い種族がいる。人間に1番近いウィッチは、攻撃型の種族にあてられることがある。だから、種族でまとまって過ごすようになった。」
「はい。」
部屋に静けさが立ち込めた。聞こえるのはカップに注がれるお茶の音だけ。

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LOST MEMORIES C

「ごめん。」
チャールズの胸元を押して離れる。
瞼は重く、目も鼻も赤いだろうことがわかっているので、チャールズの顔を見ることが出来ない。ただ、チャールズが微笑んだのは、雰囲気でわかった。
「いつまでもここにいるわけにもいかないので、とりあえず中に入りましょうか。」
今度はお姫様抱っこなんてしなかった。
リビングに行くと、いつものテーブルではなく、ソファへ座るよう促される。チャールズの横に腰かけた瑛瑠は、正面で話すのを避けてくれたささやかな気遣いにお礼を言った。
「チャールズ、ありがとう。」
すると、
「そっちの方が嬉しいですね。」
と優しく言うのだった。

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LOST MEMORIES ⅨⅩⅨ

玄関に座り込んだ瑛瑠は、チャールズに待てをする。
「私は犬じゃありません。」
「またお姫様抱っこされたらかなわないもの。」
「……お嬢さま。」
「っ!」
チャールズのひんやりとした両手が、瑛瑠の頬を覆う。ずっと伏せていた顔を、チャールズによって無理矢理上げさせられた。自分でも視界がぼやけているのがわかる。
「どうしてっ……どうしてこんなに関係が拗れるの!?どうしてこんなに嫌なことがあるの!?」
思わずチャールズにぶつけてしまう。八つ当たりだとはわかっている。でも、抑えられない。涙がとめられない。
「私が悪いの?縛られているように感じるのはなぜ?私は誰かのものなの?」
瑛瑠の体が強張る。チャールズが抱き締めたのだ。迷子になってしまって、出口が見つからない瑛瑠を落ち着かせるために。
「こんなことになるなら気付きたくなかったよ……。」
チャールズを受け入れた瑛瑠は、やっと静かに泣き始めた。

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LOST MEMORIES ⅨⅩⅧ

帰りは、多少の頭痛のために大事をもって早く帰ることにした。できるだけ、人に会わないようにすぐに教室を出たはずなのだが。
「あれ、今日は図書室に行かないんだね。」
「……はい。」
なぜ今日はここにいるのだろう。
「もう帰るんだよね?送っていくよ。」
「いえ、今日は大丈夫です。」
望は目を丸くした。どうして,と言いたかったのだろうが、それは明るい声に阻まれた。
「いんちょー!あ、瑛瑠ちゃんだ!ふたりとも帰るの?
なら途中まで一緒に帰ろー。」
瑛瑠が口を開く前に望が口を開く。
「ごめんね、歌名。瑛瑠さんと一緒に帰るんだ。」
「え?」
一緒に帰るなんて言っていない。歌名がいることに言及なんてしていない。
「だから、一緒に帰れないんだ。」
歌名は悲しそうな顔をする。
「そっか……。」
慌てて望の腕を掴む。
「待って、長谷川さん。私、あなたと一緒に帰るなんて一言も言ってないです。」
望は望で顔をしかめる。
「いつも一緒に帰ってるよね?」
どうしてそんなこと言うの?まるでそんなことを言いそうな顔である。
頭痛が増していく。
「一緒に帰ろう。」
掴んでいた腕と反対の手で瑛瑠の手が掴まれる。
思わず振り払ってしまった。
「ひとりがいいんです……ひとりにさせてくださいっ……!」

0

LOST MEMORIES ⅨⅩⅦ

瑛瑠の欲しいもの。きっと共有者のことだろう。同じ境遇であろう英人もそうだろうと考えるのは容易い。
目の前にある とは、英人自身がなるという解釈でいいのだろうか。
では、最優先事項とは。
英人は、今1番気付くべきこととも言っていた。その前には まだ、とも。
似た台詞を聞いたことがある。
"どうせ気付いてないんだろ?"
彼の正体がヴァンパイアだと、そういうことではなかったのだうか。まだ気付いていない に引っ掛かりを覚える。
上手と言った英人が直前に気付いていると言ったことは、瑛瑠の体調不良の原因。
瑛瑠は何か繋がりそうなのをひたすら紡いでいく。
挨拶の後に1番に言われたのは体調についてだ。瑛瑠がわかりやすいかどうかの前に、すでに知っていたのだ、原因となりうるものを。それに瑛瑠が気付いていないから、警鐘を鳴らした。
しかし瑛瑠は、その事実を受け入れたくなかった。そしてその理由が非常に人間的なことが、自身を苛立たせた。
慣れが早いのか、流されやすいのか。
ようやく瑛瑠は、現実に目を向け始めた。

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LOST MEMORIES ⅨⅩⅥ

正直、何を基準しているのかわからないが、ここで下手に出てはいけないだろう。そして、彼に仮面の笑顔は通じない。だからこそ、にっこり微笑んでみる。この精一杯の嫌味が伝わるだろうか。ここまでの思考およそコンマ5秒。
「あなたと同じか、それ以上です。」
一瞬の驚きを見せたが、ふっと嘲笑った。
「やっぱり賢いのか。ただ現時点では、君の体調不良の原因に気付いている僕の方が上手。」
体調不良の原因。わざわざ口に出すほどでもない疲れやストレスといったことではないと英人は言いたいのだろうか。
「霧さん。」
「英人でいい。」
「……英人さん、あなたはどこまで掴んでいるのですか。」
何でもないといったように言う。
「まだ1週間だし、特には。」
優秀者の余裕、だろうか。先の自分の言動を省みて恥ずかしく思う。
「祝。」
「瑛瑠でいいです。」
せめて、対等に立ちたいと思った。
既視感ある状況に、横を歩いていた英人が少し顔をこちらへ向けた。
「……瑛瑠、まだ君は1番気付くべきことに気付いていない。」
前のような嫌味の色は抜けていた。
違うな,そう小さく呟いたのを瑛瑠の耳はキャッチした。
教室の扉の前で立ち止まり、瑛瑠を向いた。
「気付こうとしていない。君のその頭があって、なぜ気付けない?」
英人は視線と語意を強くして言う。
「君が欲しがっているものは目の前にある。
最優先事項を見謝るな。」

3

LOST MEMORIES ⅨⅩⅤ

無理しないでくださいねと送り出された瑛瑠は、朝の調子はよかった。むしろ、久しぶりの外で清々しい気さえする。
名前を知ってからまだ口の聞いたことのなかった霧英人と、何日かぶりに玄関でご対面。何も言わないのはおかしいので、仕方なくおはようございますと声をかける。彼は無表情でおはようと返してきた。棚の扉を閉めた彼は口を開く。
「体調、大丈夫?」
この人も予言者だろうか。それとも、
「私、そんなにわかりやすいですか?」
体調を崩したのは3日前。言葉も交わしていないその日に体調を崩し、後2日は顔すらあわせていない。となると、その言葉を交わしていない3日前から瑛瑠の不調に気づいていたということだろうか。
瑛瑠も扉を閉める。何ともなしに英人の横に並ぶ。英人が待っている風だったから。
「君、今どのくらいカードを持っている?」
こいつもか,と思わないでいられなかった。自分で話しておいて質問に答えない。
チャールズでの慣れもあり、思考の切り替えは早く、その台詞の意味へとすぐ繋がる。
たぶん、情報のこと。

4

LOST MEMORIES ⅨⅩⅣ

今思えば、その手の話をかわしたいだけだったのかもしれない。しかし、チャールズのことだ。何があってもおかしくないと考えを改めた。
そして、昨夜の華やかな笑みに共存していた儚さを想う。一変した魅惑的なそれを思い出し、朝ながら小さくため息をつく。チャールズの過去に触れるには、自分は幼すぎる。それを悟った瑛瑠は、いつも通りチャールズにおはようと声をかけた。

2

LOST MEMORIES ⅨⅩⅢ

きっと、瑛瑠が驚き、それでもはにかむように微笑んでいたことに気付いたのだろう。
少し自嘲気味の笑みを溢したチャールズ。
「ですから、お嬢さまにもきっとそんな存在が現れますよ。」
ここへ持っていきたかったらしい。見事な帰着に瑛瑠もにっこりする。
確証もないありがちな言葉は、今の瑛瑠にとって何よりも嬉しいものであった。
「チャールズから自分の話をするのは初めてだったから、嬉しかった。」
ぽろっと零れた言葉がチャールズに苦笑をもたらした。
「少々語りすぎました、すみません。」
瑛瑠がいかにも興味津々といったように碧い眼を覗きこむ。
「個人的興味として、チャールズの恋愛を聞きたいのですがっ……!」
そんな瑛瑠をいつものように
「はいはい、それはまたの機会に」
とあしらっていたのだが、言いかけて止まる。
すると、微笑んで言うのだ。
「お子サマには少々刺激が強すぎると思われるので話せません。」
成人したらお話ししてあげてもいいですよ?と、そんなことを口走る。その笑みがあまりに魅惑的であてられそうになった瑛瑠は、顔を引きつらせておやすみと言わざるを得なくなった。

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LOST MEMORIES ⅨⅩⅡ

「高校です。」
瑛瑠と同じとき。
「それって、」
「人間界に来たときですよ。」
今度の笑みが儚げに見えたのは瑛瑠の取りようだろうか。
「彼らは、すごく大切な存在です。」
初めて、瑛瑠が聞いてないことを、自分の言葉で紡ぎだすチャールズ。
「無条件に信じられる、そんなそんな存在。」

0

LOST MEMORIES ⅨⅩⅠ

「どんな人?」
形の整った眉をちょっとあげ、考える風にする。
「馬鹿でお調子者でどうしようもなくて、」
おっと。貶しているのだろうか。
「とてもかっこいい人です。」
「……褒め言葉?」
「もちろん。」
チャールズはとても楽しげだ。こんな表情もするのかと思う。
「あとは、腹が立つぐらいかっこいいやつもいますね。」
「かっこいい人がいっぱいいるのね。」
「かわいい人もいますよ?」
とんでもない皮肉めいた言い方。しかし相変わらず楽しそうな表情。チャールズにこんな顔をさせる友人とは、さぞ、
「素敵な人たちなんでしょうね。」
華やかに微笑むチャールズは肯定しているということなのだろう。
「ねえ、チャールズ。その人たちとはどこで知り合ったの?」
僅かな間があった。

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LOST MEMORIES ⅨⅩ

正直、近づくなと言われても無理な話である。瑛瑠が気にしているのは、今後どう対応していくべきかということ。
少し思うところがないわけではないが、好い人であるという感想は変わらない。今、気まずくなりたい人物ではない。
「暗に牽制するなんてことはできますか?」
これまた無茶なことを。
瑛瑠の表情を見て苦笑いのチャールズ。
「1度、断ることを覚えましょう。ひとりがいいと伝えるのです。図書室へ行くときなんてベストじゃないですか。傍に居させてくれる存在を1度離れ、あくまでクラスメートを振る舞う。
そうですね、お嬢さまは正直ひとりでやっていけるのはわかりますが、女の子の御友人がいれば心強いと思いますよ。まあ、作ろうと思って作るものではないですが。」
友人とは。考えたこともなかった。
自分は驚くほど大人に囲まれた生活だったのだと自覚する。またもや難題がつき出された気分だ。
「チャールズにはいるんだよね?そう呼べる存在。」
「はい。」
久しぶりに柔らかく微笑うチャールズを見た気がした。

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LOST MEMORIES ⅧⅩⅨ

「それは、ヴァンパイアの彼に気を付けろと言われた人物ですか?」
やはり質問には答えてくれない。
「そうだよ。」
「いつから一緒にいましたか?」
「……初日から。前の席って、言わなかったっけ?」
「そうでしたね。あと、鏑木先生には何と言われたんでしたっけ。」
「体調管理には気を付けろと……。」
なぜこんなことを聞くのだろう。
「お嬢さまはその彼についてどう思いますか?」
彼とは望のことでいいのだろうか。さらに、どう,とは。
「好い人だなと思うけれど……ねえ、どうしてこんな質問をするの?」
チャールズにまっすぐ見つめられる。もちろん、質問には答えない。
「明日もし体調が悪くなったら、すぐ鏑木先生へ伝えてください。いいですね?」
チャールズの目には、珍しく余裕の色がなかった。頷くしかない。チャールズも予言者になろうとしているのだろうか。
悩み事はと聞かれたから答えたのに、これでは解決になっていない。
「つまるとこ、私はどうしたらいいの?」

0

LOST MEMORIES ⅧⅩⅧ

鳩が豆鉄砲を食らったような顔。
「は……?お嬢さまは恋をしたんですか?」
「もう、また質問に質問で返す。」
ぷうっと頬を膨らませる瑛瑠と、動揺を隠せないチャールズ。
「あの、お分かりかと思いますが、」
「私が自由に恋愛できないことくらいわかっています。」
私じゃなくて,と切り返す。
「何かっていうと、すごく気にかけてくれる人がいるの。最近、帰りは途中まで送ってくれる人。
一昨日、クラスの女の子にその彼と付き合っているのか聞かれて。私はこの生活をしたことがなくてわからないのだけれど、周りからはそんな風に見られているのかと思ってね。
もしも彼が想ってくれているなら、私のこの態度は思わせ振り?相手に失礼な態度だったのかな。そもそも、彼のこの態度はそういうことでいいの?自惚れであるならそうであってほしいのだけれど。」
一気に話す。
仮にも一国の姫。そして、パプリエールには存在を知るだけのフィアンセがいた。自由に恋愛をできるはずがないのは、幼いときから言い聞かせられてきたことでもある。だから、経験がない。
もしもチャールズにそのような経験があるのなら、望の行動の真意がわかるのではないか、そう思っての言葉だった。
一瞬、チャールズは目を光らせた。

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LOST MEMORIES ⅧⅩⅦ

「何か、悩みはありますか?」
この、ほぼ軟禁状態だった2日間、学校であったこと、調べたことを、細かいところまでチャールズに報告していた。瑛瑠だけでは意図を図りかねた他人の言動など。例を出すなら、鏑木先生の性格を加味した上でのあの発言だ。
たしか、それを教えてから、チャールズは外に出てはいけないという2日間命令を出したはずで。鏑木先生が瑛瑠を見て何か思ったのかと思いつつも、人の体調不良を予言できる人がいようか。
そんなわけで、瑛瑠の中では出し尽くした感があった。だからこそ、ここで可愛いげのない回答をすることも容易だったのだ。イニシエーションについて、共有者について、ヴァンパイアの彼について。しかしそれは、チャールズの厚意にそぐわないのを知っていた。
だから、大丈夫だよと言おうと思ったのだが、ぶつかったチャールズの視線にそんなことは許されなくて。
そうして沸き上がってきたひとつのこと。
「お嬢さま?」
「ねえ、チャールズ。」
姿勢を正す。
「チャールズは恋をしたことがある?」

2

LOST MEMORIES ⅧⅩⅥ

この2日のふたりの、主にチャールズの合言葉は絶対安静。瑛瑠としては、ピークがその日の夜だっただけに、外へも出してもらえないのは多少のストレスでもあり。
過保護だと言う瑛瑠に対し、お嬢さまの身に何かあったら旦那さまに顔向けできませんと言うチャールズ。そもそも学校にいればどうもできないのにと言い返したくなったが、それは違う気がしたので口をつぐむしかなかった。
瑛瑠の頭痛の原因がわからないことを、どうやらチャールズは気に病んでいるようで。ただの疲れだよと言う瑛瑠の言葉を、最後まで良しとしなかった。逆に思い当たる節があるのかと言いたくなる。
この2日でほぼ治った瑛瑠は、休日最後の夜を過ごしていた。この日はダージリンティー。チャールズの気遣いが見てとれる。
「大丈夫ですか?」
「もう大丈夫。」
口をつけると、ふわっとベルガモットが香る。相変わらず美味しい紅茶を淹れるなと感心していると、チャールズが尋ねてきた。

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LOST MEMORIES ⅧⅩⅤ

「ただいま……。」
思わず玄関に座り込み、壁にもたれかかる。
いつもは出てこないチャールズが、リビングから姿を表した。
「お嬢さま!?」
さすがに様子がおかしいと思ったらしい。すぐかけより、瑛瑠の額に手を当てる。ひんやりとしたその手は心地よかった。
「大丈夫。少し頭が痛いだけなの。」
心配させまいと微笑んで見せる。するとチャールズは、失礼しますねと一言言ったかと思うと、慣れたように瑛瑠の腰に手をまわし、膝裏に自分の腕を通した。嫌な予感がする。
「ちょっと、チャールズ!?」
そのまま横抱きにされ部屋へ直行。強制連行された瑛瑠は完熟トマト状態。
「さすがに着替えは手伝ってあげられないので頑張ってください。ちょっと無理をしすぎちゃいましたね。明日明後日は絶対安静としましょう。ね、お姫サマ。」
くしゃっと頭を撫でられ、悪戯めいた瞳を残して出ていく。
「病人にそれはキツいよー……。」
即行で着替え、倒れ混むように横になり、瑛瑠は顔を枕に押し付けた。

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LOST MEMORIES ⅧⅩⅣ

瑛瑠はふと気になって口を開いた。
「仲が良いんですね。」
特に深い意味はなかった。不意に口をついただけ。
しかし、望が驚き慌てる。
「そう呼んでって言われたからそう呼んでるだけで!別にぼくたちの間に特別な何かとかないから!」
何も言っていない。
思わず頭痛を忘れる。おかしくて笑ってしまった。
「私、何も言ってません。逆に、何か隠しているみたいじゃないですか。」
笑う瑛瑠に、表情を固くした望。
「ねえ瑛瑠さん、」
チャイムはいいところで鳴るものだ。
開きかけた口を閉じ、無理しないでねと言って前を向く。
瑛瑠は、今紡がれようとしていた言葉を恐れた。少しはやすぎる事の顛末に動揺もした。そして、とりあえずほっとする。
勘違いであって欲しい。いっそ、自惚れであってほしいとさえ思う。
頭痛だけではないような痛みに瑛瑠は耐えていた。

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LOST MEMORIES ⅧⅩⅢ

望が、一瞬顔をしかめたように見えた。
瑛瑠のまばたきのあとは普通だったから、見間違いだったのだろう。
「さっき先生に捕まっちゃってさー、」
委員会の仕事だろう。
いつかのように瑛瑠は二人を眺めている。歌名の笑顔が眩しいと、今日もまた思う。
話に終止符がついたのか、望が振り返った。
「ごめんね、帰り送れなくなっちゃった。」
心配そうに、申し訳なさそうに言う望。
瑛瑠は、増してきた痛みに我慢して微笑む。
「ひとりで大丈夫ですよ。」
それでもまだ心配そうだ。自分が今どんな顔をしているのかわからなくなる。
「ごめん、歌名がいっぱい仕事もらってきちゃったみたいで、」