表示件数
0

黄昏時の怪異 その①

学校からの帰り、あの男性のアパートに立ち寄り、宮城さんはいないかと探してみた。宮城さんは今日もあの部屋の前に立っていた。
「あ、どうも宮嵜さん」
「どうも宮城さん」
この人はどうも、毎度私が挨拶する前に私の気配に気づいているらしい。
「ああ、そういえば宮城さん」
「はいはい何でしょう」
「昨日の夜中……いや、1時くらいだから今日なのか。宮城さんの姿のオバケみたいなものに会ったんですよ」
「何それ怖い。私は良い子なので、毎日夜11時には寝てますよ。昨日も例外ではありません」
「じゃあ、あれはマジでオバケだったのか……田んぼに引きずり込まれそうになったもの」
「生きてて良かったですね……。私もお友達には生きていてほしいです」
恐怖体験はあったけれど、そんなことより彼女からはっきりと「お友達」と言ってもらえたのが嬉しかった。これなら、たまにオバケと遭遇するのも悪くないと考えてしまうのは、流石に危険すぎるか。考え直せ、私。
「……なんでお前らは、何をするでも無く扉の前に屯してるんだ」
あの男性が部屋から出てきて、私たちと鉢合わせざまそう言ってきた。
「ちょうどいい場所で出会ったので、立ち話してました」
宮城さんが答える。
「そうか。まあ好きにしろ」
「はいはいお邪魔します」
2人の後に続いて、私も部屋に入る。部屋の中は相変わらず廃墟にしか見えなかったけれど、今日は知らない顔がいた。私や宮城さんより少し年上くらいの男の人。宮城さんが話しに行っているってことは、話しても大丈夫な人なんだろう。
「宮城さん、その人は?」
宮城さんに近付いて行って、そう尋ねる。
「え、そんな名前だったの?」
青年がびっくりしたように反応した。
「あ、はい。申し遅れてましたね。ミヤシロといいます」
「ああ、うん……」
「そうそう、この人が誰かでしたっけ」
突然、宮城さんの会話の対象が青年から私に移った。
「あ、はい」
「えっと、この人は……茨城さん?」
「千葉です」
青年、千葉さんは食い気味に訂正してきた。
「そうそう千葉さん。昔から千葉と茨城ってごっちゃになっちゃうんですよね」
「地名じゃなくて人名なんだよなぁ……」

0

不審者騒動 その①

結局、昨日はわざわざうちと反対方向にある友人の家まで、奴を送ってやることになってしまった。これはそれなりの返礼を期待しても罰は当たらないだろう。
そんなことより、今日は週に2度しか無い部活の日だ。気持ちを切り替えていこう。
そう思っていたのに、今日の部活は無くなってしまった。どうやら学校の近くに不審者が出るようになったから、遅くまで学校にいないでさっさと帰れって話らしい。
「まったく、ひでえ話だよなァ? 毎日部活がある運動部の連中なんかは喜んでたけどよー」
俺と同じ部活の友人も文句を言っている。
「お前なら、別に学校にいられるんじゃねーの?」
「いたところで部活そのものが無いんじゃ無意味だろ」
「それもそうだ」
校門前で友人と別れ、一人家路についた。学校で不審者の話なんぞ聞いたものだから、どうしてもビビる気持ちが心の隅にある。
近道をしよう。そう思い、大通りを出て時間の無い時によく使っている細い道に入った。
そして、離れた場所に立つ人影を見つけてしまった。
黒いパーカー、青いキャップ帽、使い捨てマスクで顔はよく見えないが、俺より少し背が高いくらいの、多分男。その風貌が既に不審者だと物語っている。学校を早上がりにさせられるほどの不審者が俺の前に現れた。その事実が、俺を一気に恐怖のどん底に突き落とした。

0

大道芸

学校からの帰り、道端に道化師が立っていた。正確には、道化師の格好をした大道芸人、だろうか。
4つか5つのボールでジャグリングをしているが、道行く人は誰一人として興味を持っていない。
ジャグリングを止めた大道芸人だったが、一瞬私と目が合った。大道芸人は目の前の地面に置いていた帽子にボールを仕舞い、代わりに風船と空気入れを取り出した。風船を素早く膨らませ、犬のバルーンアートをあっという間に完成させてしまう。彼が放り投げた風船の犬は、ふわふわと風に乗って私の手元に飛んできた。
風船の犬から大道芸人に目を離すと、大道芸人は帽子の中を探っていた。次は何が飛び出すのだろう。そう思っていると、今度は白い鳩が飛び出した。彼はその鳩を腕に留まらせ、軽く撫でてから空に放ってしまった。
鳩を跳ね上げるように振り上げた腕を下ろすと、その手の中には、いつの間にか一輪のバラが。数度揺らすと、バラの花はさまざまな種類の花を寄せ集めた、少し不格好な花束に変わってしまった。
それからも彼は、数多の手品や芸を披露し続けた。たった一人、私という観客のためだけに。もうすぐ日も沈もうかという頃、彼は全ての手札を見せ切ったらしく、演技臭い深々とした礼を私に向けてくれた。
私は拍手も歓声もあげられなかったけど、それでも何かを返したくて、ポケットに入っていた百円玉を、指で弾いて帽子の中に放り込んだ。

チャリン、と舗装された地面に小銭のぶつかる音。彼は満足したのだろう。
百円玉を拾い直し、またポケットに突っ込んだ。
(おひねりくらい、素直に受け取ってくれても良かったのに)
私のためだけの風船の犬。素敵な記念品を貰ってしまった。さあ、もう遅いことだし、早く帰ろう。夜は『彼ら』の時間なんだから。

2