いつか大きくなって、色々な疑問や矛盾と出会うやろうけど、何で生まれてきたんやろって思うような生き方はして欲しくない。
そんな時は自分の周りを見て。
周りには小さな幸せがいっぱい転がってるから。
そんな幸せをいっぱい集めて生きて欲しいな。
お父さんが、小6の私宛に書いてくれた手紙。
今ふと思い出して読んでみたら、こんなことが書いてあった。
私は1年くらい、お父さんと話していない。
だからこの言葉も素直に受け入れていいのかわからない。
だけど何回この手紙を読んでも、内容が分かってても、絶対に涙が溢れてくる。
これがお父さんが伝えたいことの全てなんだろうな。
だからお父さんが私のことを何と思っていようとも、一生私に勇気を出させてくれるのはこの手紙。
私のお父さんになってくれて、ありがとう。
私は、中学3年のとき、不登校になりました。
原因は、いじめられたとかではなく、なんとなくクラスに馴染めなくて、先生ともうまくいかなくてっていう感じでした。
そして今高校3年になったのですが、高校も、やはり心から楽しいと思える場所ではありませんでした。
話せる子は1人だけで、いろんな子と楽しそうにおしゃべりしてる人とか見るとどうしても息苦しくなります。
でも、そんな時は本を読んだりして、気持ちを落ち着けるようにしています。
卒業まであと約半年。学校は息苦しいけれど、ちゃんと卒業するために、できるだけ前向きに考えて、好きなことして、少しづつだけど頑張っていこうと思います。
私には不登校の友達がいます。
クラス替えがあり、同じクラスだった友達がいなかった私に声をかけてくれたとても優しい子です。
友達は一学期の終わりぐらいから来なくなり、今日、先生から学校をやめる方向に話が進んでいると聞いて何とも言えない気持ちになりました。
LINEなどの連絡手段が消されていて、連絡が取れない状態です。話しをしたい。どんな他愛のない話でも。。
一学期中に友達の心の変化に気づければよかった…。嫌な思いを嬉しい、楽しい思い出で塗り替えられればよかった…。
中学の時、私も不登校を経験しました。そこから私は通信制に通っています。そして11月に
宣言メイトで夢に向かって頑張ることを宣言してから約9ヶ月経って私は今、通信制に通いながら様々な事に挑戦しています。
今年でお世話になって10年目の児童館で
お手伝いをしたり、中学に入ってからは
触れていなかったカメラを再開して、コンペに
応募してみたりなどなど。そして本当に
やりたいことは何なのかを探して頑張っています。
これらには行けなかった経験があったからこそ
見つけられたものが沢山あります。
だから学校や教室に行けない、いわゆる不登校だったとしても、それは逃げている訳ではなく、自分がやりたいこと、自分が好きなことを探している途中地点だと私は思っています。
学校に行くのが正義とは自分は思いません。
自分の為にならないと思った場所に無理して行くことに意味はあるのか。そう思います。
けれどこの意見が通用しないのが今の社会でもあると思います。
行かない事によって悲しむ人もいます。
自分の人生だけど、自分の力だけで生きてきた訳ではありません。
必ず支えてくれた人がいます。
私もそうです。
だからこそ自分だけの意見で行動するのではなく、まずは周りの人に心境を打ち明けて少しずつ理解を得て貰らう事が大切だと思いました。
そして、自分の人生を心から支えてくれる親に改めて感謝をしたいと思う事が出来ました。
貴重なお話ありがとうございました。