ここにいる生徒は全員味方だし、イジメは絶対に許さないと思う。自分ひとりが言ってるだけかもしれないけど辛い、苦しい、死にたい。そう思ったなら全力で助けるし助けたいし、何よりも自分がやられていた事があるからこそ親身になって寄り添える気がする。
イジメを受けていた人はやられた事を絶対にやらないし普通の人間より人一倍優しくなれる。
そこは誇ってもいいんじゃないかな
はやく起きて朝練に行って学校に行き部活も忙しくて気づいたら夜で家に帰っても課題などやることがあって気づけば寝る時間になって朝がくる。こんな生活やめたいし、しんどいです。
中学校時代、いじめを受けた経験があります。私の出身も田舎のほうで、学校はそこまであれているわけではなかったけれど、やっぱりいじめというのはあって。私はそのターゲットになってしまった。でも高校受験は頑張って、市外のちょっと遠い高校に進学した。そしたらいじめなんてなくて、勉強にも部活にも打ち込めて、何よりクラスメイトに恵まれて、楽しい高校生活が送れた。さっき「地元じゃない塾に通ったら、まるで世界が違った」という話があったけど、まさにその通り。自分のつらい場所から逃げる、そしてもっと遠くへ飛び出すには努力と時間が必要だけれど、その先にはきっと楽しい世界が待っているはずだから。まだ頑張れる気力があるのなら、選択肢があるのなら。行こう、無理しすぎしない程度に無理をする、自分が壊れない程度に。つらかったね、よくここまで耐えたね。話してくれてありがとう、あなたは強いよ。生きててくれて、ありがとう。
学校が嫌で、家も嫌なときも、
SOLには、自分の場所がある。
そう思えるから、生きていけます。
信じることってとても難しくて、時間も必要。
でもその信じていることを崩すのはとても簡単で一瞬。
中学の頃クラスでいじめがあった。どんどんエスカレートしていく。止めようものなら自分も巻き込まれる。そんなことは分かってたけど止めざるを得なかった。正義感でも何でもなく、一人の人間としてやめさせた。その時から標的は明らかに自分に変わった。当初いじめられてた子に『ごめんね』と言われた。違う。謝るのはいじめられてた側じゃないはずなのに。そう思ってただ『大丈夫』としか言えなかった。
その時から自分は信じることをやめた。友達も教師も親も自分自身も。
でも負けてたまるかという変な意地だけで学校に通い続けた。やられてもやり返さず、暴言を吐かれても右から左へ流した。
今考えると壮絶すぎる日々だった。
心の拠り所にしたのがSOLだった。
同じような目に合ってる人が居て、自分よりも強く生きようとしてた。だからこそ自分も強く在ろうと思えた。
あの時夜10時にラジオをつけなければこの文章を書くことも無かったんだろうなと思う。
何も信じなかった自分が確信してることは1つ。
自分が自分を信じてやらないでどうするんだと。
長文で失礼しました。
雪に耐えて梅花麗し
冬の寒さに耐えた必ず梅の花は美しく咲く。
大会なくなって学校にいけなくなったときに顧問の先生に言われた言葉を今でも頭に浮かんで辛いです。今もまだ引退してなくて先生たちは最後の大会がなくなってしまったわたしたちの気持ちをあんまり考えてなくて、部活の目的を失っています。とにかくどうしたらいいかわからないくて辛い