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母親と

今日、夕食を食べてる時に勇気を出して今日の授業でのことや休み時間のことを母親に話すことができました!妹が私が話をしやすい空気にしてくれて思いっきり話しちゃえ!と思い、話してみたら、すごくわたしの話を聞いてくれました。まだ父親は仕事だったのでまだ家族みんなに自分の話はできてませんが、いつか必ずしようと思います。妹にすごく感謝していますが、先日校長、教頭とお話をしてなかったら話せなかったと思います。本当にありがとうごさいます。

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私の令和二年

こっそりLINEで送りました。
送ってからは、届いてるかな、届いてたら嬉しいな、とずっとそわそわしていました。ついに今日。秋田ひろむ先生の来校日。
令和二年、悲しいことも変わってしまったこともあったけど、今日一日を嬉しい気持ちで終わらせられそうです。

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令和二年

突然の休校をニュースで見た令和二年。
みんなに会えなくなった令和二年。
当日リハーサル、当日本番の卒業式、令和二年。
入学したが、心はまだ小6だった令和二年。
マスク生活に慣れた令和二年。
思い通りに動かなかった令和二年。
"令和二年”を考える令和二年。

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そういえば

令和二年、何もないな〜、何もなかったな〜って考えてたら、本当だったら今月修学旅行だった事を思い出した……!!!!
沖縄行けたのにな〜。

とりあえず、2月に鹿児島に修学旅行行けることになったんだけど、2月にって寒くない??(笑)
まぁ行けるかどうかもわかんないけどね〜(笑)

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令和二年

私にとっての令和二年は「自分の足元が不安になった令和二年」でした。
実家を出て地方都市の大学に入学したはいいけど、講義は全部リモートで、
サークル活動も新歓もなく、オンライン講義とレポートばかり。
Zoomの画面で講師の顔と板書を眺めながら、画面に映った自分を見つめるような、人の顔と向き合っているようで、その実パソコンとだけ向き合っているような授業を受けていました。
「どうしてここにいるんだっけ、何をしにここまで来たんだっけ」と疑問に思ったりしながら、まじめ半分、惰性半分くらいの気分で勉強しています。
理由もなしに在籍しているわけではないはずなんですが、大学で勉強している理由を喪失したような感覚です。

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さかた校長、こもり教頭、職員さんへ

弱音吐いていいですか? 消えたい。生きていくのもしんどい。学校も病気もバイトも親とのことも先生のこともしんどい。傷ついてる。体も心も限界。今日、病気が悪化して薬増えました。ほぼ毎週 病院。嫌だ。毎日、夜 病気と戦ってる。患者会もいけない。誰も話せない。一人で抱えてる。悩み抱えてます。話し聞いてほしい。初逆電ください。

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何もかも「初めて」の令和2年、経験したくなかった令和2年

今年の高三で九年間暮らした施設から巣立ち、そして
三年間仲良くなった友達からも分かれます。
だからこそ今年は多く思い出などを作りたいなと思っていた矢先の緊急事態宣言。
長時間の自粛
今まで過ごしていた日常、今できていた事、当たり前のことがどれだけ尊いかを思い知らせれた令和2年。
でも
それを意識するには余りにも代償が大き過ぎた令和2年。
不安で怖いけど、自分に大丈夫って言うしかない令和2年
今年までしか入れないから、最後にこの場所で、ここの人たちで楽しいことをしたかったな、残念だな…

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令和二年

新学年になって学科ごとのクラスになった。知らない人と喋らないまま休校になった。キャっキャしている女子が多くて疲れるからクラスにいるのが嫌だなと思っていた。
でもいざ休校になると寂しく感じてしまった。人疲れしない程度にすればクラスにいることは楽しかったんだと気づいた。

何気ない日々もあっという間に変わってしまうものなんだと思った。休校が明けてからはうまく一人になるようにしている。友達には「一人にさせて」とまだ言えないけれど。

自分の性格について見つめ直せた令和二年。
来年は自分の感情ががいっぱいになる前に解消したり本当に辛いとき人に助けを求められたりするようになりたい。

外出ができなくて憂鬱なときなどスクールオブロックにも助けられました。
校長、教頭、アーティストLOCKSを担当しておられる皆さん、ゲスト講師の皆さん、ありがとうございます!

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死にたい

小6くらいから聞いていて今日が初書きこみです。
今日のテーマにも沿っていない内容で大変申し訳ないですが、僕の今の気持ちを書きたいと思います。


僕は生きていてとても辛いです。
周りのみんなは優しいしたくさんの声をかけてくれるし、いっぱい笑わせてくれた。
にいちゃんも母さんも俺のことをたくさん助けてくれたし、周囲の人たちには伝え切れないほどの感謝があります。
周りからすれば何不自由ないと思う人もいるかも知れません。
でも僕は辛いです。僕の起立性調節障害という病気は思った以上に僕に肉体的にも精神的にもダメージを与えます。
父さんが最初に僕の病気を知ったとき、気のせいだ、とか俺だってそんな経験をしたことがある、とか挙げ句の果てにはうそをつくなと胸ぐらを掴まれたことは今でも忘れていません。それが1つのトラウマとなり僕はどこか父親に対して恐怖心を持つようになってしまいました。
僕は今でも父親の帰ってくる車の音が聞こえると怖いです。
それを機に僕はこの家から出たい一心で勉強をするようになってきて、いつのまにか、体調もよくなり、高校に入って勉強するようになるにつれて勉強の楽しさを知るようになりました。
しかし最近になってまた病気の症状がひどくなり学校に行けなくなってしまいました。
そして今日、学校から単位がギリギリで、オーバーしている教科もあることが学校から通知されました。
学校での成績も一番をキープしていたのに、その努力はなんだったのでしょうか。一日10時間勉強していた日々はなんだったのでしょうか。
大学進学はおろか、高校の卒業も怪しくなってしまいました。本当に辛いです。
死にたいです。

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令和二年

修学旅行がなくなった令和二年..........
 コロナのせいで楽しみにしてた京都奈良修学旅行がなくなって......

その代わりに
一泊二日のディズニー旅行になった令和二年!!!!!!!!!!
 思い出づくりのために先生たちがプランを立ててくださいました!!!
 京都奈良よりいいかもしれない(笑)