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世にも不思議な人々70 殴る人その4

那由多の小さく軽い身体から繰出された、しかし強烈な一撃は、確かに男の顔面中央に命中し、男を仰け反らせた。しかしそこまでだった。
「んなっ……馬鹿な、確かに思いっきしど真ん中に命中させたのに……」
那由多が呆然とするのも無理無い話である。
「……人間のステータスって、大きく分けて3つに分かれるんだわ」
男が仰け反った姿勢を直しながら話し始める。
「一つはパワー。攻撃力だ。一つはスピード。俊敏性だ。そしてもう一つは、防御力だ。どんなにパワーとスピードがあっても、それに耐えうる身体が無いと意味が無い。そして俺の能力は!パワー!スピード!それらに耐えうる耐久力!それらを扱う感覚機能!その全てを強化する!そこに死角など無い!」
「嘘……だろ……」
「しかし、まさか俺の攻撃をあれだけ躱し、更に一撃を返すたあ、やるじゃないか。俺の本気、思う存分食らえ!」
そう言って男は、地面を思い切り殴った。小さなクレーターができる。そしてその場で回し蹴りを繰り出した。しかし少し距離を置いている那由多には届かない。
(一体何をやって……)
その瞬間、背筋に嫌な寒気を感じ、咄嗟に那由多は左に身体をずらす。その瞬間、アスファルトの欠片が先程まで彼女の眉間があった位置を弾丸もかくやというスピードで通過した。
(はぁっ!?アスファルトを殴って飛んだ欠片を蹴り飛ばしたってのか!?そんなん運でしか避けらんないじゃん!)
次々繰り出されるその遠距離攻撃を、男の動きと直感から全て躱し切る那由多。しかしそこに先程までの余裕は微塵も感じられない。ただひたすらに回避に全身全霊を注ぐのみである。
(ぐっ……せめて何か刃物があれば、弾くなり防ぐなり出来そうなものなのに……。全部あいつのせいで取り出せなくなってるし、これじゃあまるで詰みじゃないか!)
そんな彼女の耳に、何者かの声が聞こえてきた。
『ヤアナッチャン。苦労シテンネエ。言ウテワチキモアイツ嫌イヤワア』
(む、『グラスホッパー物語』。こんなときに何だ一体?今死にそうなんだが。ダイイングなんだが!)
『マアマア、力、借リタイ?』
(借りるったって、刃物が無いじゃん!)
『ソウ焦ラナイノ。君ニハアイツニ勝テルダケノ力ガ既ニアル。ワチキガ後ハソレヲ活カシタゲル』
(そこまで言うならやってみろ!)