「…もう、ちゃんと前を向いて歩かないから」
寧依が呆れたように腰に手を当てると、キヲンはえへへ〜と笑う。
一方ぶつかられた上着のフードを目深に被る人物は、キヲンの方を驚いたような表情で見ていた。
「…あの、大丈夫ですか?」
どこかケガは…と寧依はフードの人物の方に向き直る。
相手は一瞬ハッとして何かを言おうとしたが、すぐにその人物の近くにいる同じような上着でフードを被った人物がいえいえと優しそうな声で手を振る。
「こっちは平気ですよ〜」
ねー?と優しそうな声の人物が驚いた顔の人物に目を向けると、驚いた顔の人物はう、うんと頷いた。
ずっとずっと届かない
気まずい匂いだけ無視して
目を合わせるだけじゃ
なにも分かってやれないことだけずっと
簡単じゃないこと私にだってわかるけれど
でも単純に嗅ぎとる私がすごく、いやだ
私が生まれる遥か前
あの日あの時あの場所で
懸命に生きた人たちがいる
名前も知らない誰かが
誰かのために
紡いだ日常がある
少女時代を過ごした
思い出のあの地で
同じように
きっと誰かも生きている
小学校の壁に刻まれた
罅はきっと誰かの勲章