後日、日曜日の昼下がり。
墓石がずらりと並ぶ広大な墓地の細い道を、背の高い1人の老人とどこか異質なコドモたち5人が歩いている。
ひと気のない墓地を歩く一団がやがてそこそこ立派な墓石の前で立ち止まると、先頭の老人が不意に振り向いた。
「ここが、我が家のお墓なんだ」
結構立派だろう?と老人が微笑むと、後ろを歩く金髪のコドモ…キヲンがすごく立派〜と飛び跳ねる。
それに対し空気読めよキヲン、と前を歩くナツィは呆れるが、先頭の老人…ナツィの保護者がほら、ナツィと声をかけてきたので、ナツィは不満げな顔をしつつ抱えていた花束を墓前に供えた。
「…それにしても、ナツィがお友達とお墓参りしようって言うなんて、おじさんびっくりしたよ」
老人がふとナツィたちにそう言うと、ナツィは、別に友達ってつもりはないし…とそっぽを向く。
「そもそもかすみが一緒に行こうって提案してくれたんだもん」
ナツィが隣に立つかすみに目を向けると、かすみはえへへと笑った。
「じゃ、なんで保護者のじいさんのところに帰らなかったんだよ」
「うっ」
露夏に聞かれて、ナツィはついうろたえた。
どうなんだよお前〜と露夏に顔を覗き込まれて、ナツィは少し嫌な顔をするがやがて…嫌だったんだよ、と呟く。
「ばあさんの墓参りに行くの」
ナツィがそう言ってそっぽを向くと、露夏はな、なるほど…?と首を傾げた。
「恥ずかしいのか?」
露夏がそう尋ねると、ナツィはいやそうじゃないしと呟く。
「やっぱり、いない人のことを思うと悲しいし…保護者に優しくされるのがちょっと嫌だから…?」
「なんだよそれ」
ナツィの言葉に、露夏は低い声で返す。
「お前、身近な人との時間は大事にした方がいいと思うぞ」
お前は人間より長生きしちゃうんだろ?と露夏は腰に手を当てる。
「だから、保護者の爺さんとの時間は大事にしろ」
じゃないと後悔すんぞ、と露夏はナツィの目をじっと見た。
「…でも、ちょっと一緒に行くの恥ずかしいし、気まずいし」
「お前は反抗期か」
「でも…」
「でもじゃない」
言い訳を連ねるナツィに露夏は呆れるが、ふとかすみがあ、と呟く。
「ナツィ…こうしてみたらどう⁇」
かすみの急な提案に、ナツィは目をぱちくりさせた。
「ナツィは、優しいね」
「ふぇっ⁈」
驚くナツィを見てかすみは微笑む。
「どうし、て」
「だってナツィは人間のことを想えるから」
だから、優しいとかすみはナツィの頭を撫でた。
「…っ」
ナツィの顔は一気に赤くなる。
「べ、別に優しいっつったって自分が好きな奴限定だからな!」
どうでもいい奴らには、優しくしないしとナツィは続けた。
「別に俺は保護者の爺さんのことなんて、正直どうでも」
「じゃあこの前あの方が危ない目に遭ったときに野良の人工精霊にケンカを売りに行ったのは⁇」
「ちょっ黙れよピスケス!」
ピスケスに突っ込まれたナツィはついそちらを睨む。
ピスケスはふふふふと口元を手で隠し、他の仲間たちも微笑ましくその様子を眺めた。
ナツィは恥ずかしそうな顔をしていたが、やがて足元をまた見やる。
「…まぁそういうわけで、俺は誰かに優しくされるのが嫌でお前らを突き放した」
でも、とナツィは続けた。
「お前らのお陰で、変わってきてる、かも」
「へー、そうなのか〜」
ナツィの言葉に露夏はにやける。
「結局、“事情”っていうのは…」
「うぐっ」
ナツィは驚いたように顔を上げる。
「確かに話の核心まで辿り着いてないな」
「おばあちゃんが大事なのはわかったけど…」
露夏とキヲンもそう不思議がる。
「あらあら、気づいたら話がだいぶ逸れちゃったじゃないの」
ピスケスはそう茶化すようにナツィの顔を覗き込む。
ナツィはべ、別にこの話も重要なんだし…と恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「で、ナツィはどうして構ってほしくないなんて言ったの?」
教えてほしいな、とかすみはナツィに少し近づく。
ナツィはかすみを見て少し顔を赤らめるが、すぐに顔を逸らしてこう答えた。
「それは…その、やっぱり誰かを失うのが怖いから、かな」
うん、とナツィは頷く。
「だって、俺は特別な存在だから人間や他の人工精霊より大事にされるし、それで大事な人たちより長生きしちゃうから…」
大事な人たちは、みんないなくなっちゃう、とナツィは両手の人差し指を突き合わせながら続ける。
「それで昔の大切な主人も、俺を外へ出してくれたばあさんも、いなくなっちゃったから…」
そ、その、とナツィはしどろもどろになり始める。
その様子を仲間たちは不思議そうに見ていたが、かすみだけはナツィの隣にそっと移動してナツィ、と呼んだ。
「なんで…」
「あのおばあさんは病気だったのよ」
急にピスケスが話に割り込んできたので、ナツィの話を聞く3人はそちらに目を向ける。
ピスケスは淡々と続けた。
「ナハツェーラーを引き取った時点で、あのご夫人はもう先が長くなかった」
それでも引き取ったのは、あの夫妻には子どもがいなかったからみたいなんだけどね、とピスケスは呟く。
「最期くらい、子どもがいる生活を送ってみたかったのでしょう」
それでコイツと暮らすことを選んだ、とピスケスは足元に座り込むナツィを見下ろす。
ナツィは膝を抱えて黙っていた。
「それじゃ、ナツィは…」
「アイツはもう先が長くないこと、俺に黙ってたんだ」
入院したときだって、すぐ帰るって言ってたのにとナツィはこぼす。
「それなのに、アイツはいなくなってしまった…」
ナツィは抱えた膝に顔を埋める。
「それに、アイツだけじゃなくて、俺の保護者…あの爺さんも、俺にアイツの先が長くないってこと、黙ってたんだ」
だから裏切られたみたいで、俺は…とナツィは消え入りそうな声で続ける。
仲間たちはナツィの昔話を聞いて、つい沈黙する。
ナツィは膝に顔を埋めたまま震えている。
誰もが続ける言葉を見つけられずにいる中、ふとかすみがねぇ、と尋ねた。
「ナツィのところにおばあちゃんがいること知ってた⁇」
「いや、知らないけど…」
ピスケスは知ってたの?とかすみがピスケスに目を向けると、まぁそうねとピスケスは口元を手で隠しながら答えた。
「…で、話に戻るんだけど、俺は当時誰かに引き取られるのがすごくどうでもいいことだった」
だって引き取られたって俺は貴重品扱いで自由も利かないし、なにより人間が嫌いだしとナツィは足元を見る。
「だから俺はアイツらに引き取られてこの街に来ても、ずっとアイツの家にいるつもりでいたんだ」
でも、とナツィは自らの足先を見つめた。
「あの婆さんは、俺を外に引っ張り出した」
アイツは俺がずっと家の中にいるのはよくないと思ってたみたいだし、なにより俺を人間のコドモのように扱っていたんだ、とナツィは続ける。
「俺は人間が嫌いだから人間みたいに、ましてやコドモ扱いされることなんて嫌だったのに、アイツは俺を何度も外へ連れ出した」
そしてそのうち、俺もアイツらに気を許すようになったんだとナツィは呟いた。
「でも、アイツは…死んでしまった」
不意にナツィがそう呟いたので、キヲンは、えっと声を上げ、かすみや露夏も驚いたような顔をする。
「なんで?」
「いや、シンプルにその親戚は屋敷に俺がいるってことを聞いてなかっただけだし」
イチイチ驚くな、とナツィは露夏を睨む。
露夏は…あ、うんとぎこちなく頷いた。
「それで俺の存在を知らなかった屋敷の持ち主は、“学会”に連絡しようと思ったんだけど…その前に俺の保護者が件の屋敷のある街に来て、俺の噂を聞いて屋敷に来たんだ」
ナツィは続ける。
「アイツは興味半分で俺を見に来たらしいんだけど…なんていうか、たまたま同行していた“アイツの奥さん”が俺を気に入ってしまって、それであの保護者の元に引き取られることになったんだよ」
「…ちょっと待て、“奥さん”⁈」
お前じーさんだけじゃなくばーさんもいたのか⁈と露夏がナツィの話に割り込む。
ナツィは、別に驚くことでもないしアイツらは俺の祖父母じゃないんだがと不快そうな顔をした。
それはそうだけど…と露夏は言うが、その間キヲンはねぇかすみ、と隣にしゃがむかすみに声をかける。
「今の保護者が、俺が閉じ込められてる屋敷の噂を現地の魔術師から聞いて行くことになったんだよ」
それで、俺に出会った、とナツィは呟いた。
「その屋敷の持ち主は魔術師の一族で、随分前の当主が俺を引き取ってたんだけど“強力な人工精霊”だってこともあって、怖くなったのか屋敷の奥に閉じ込めてたんだ」
それで俺は長いこと日の目を見られなかった、とナツィは続ける。
その言葉にかすみ、キヲン、露夏は言葉を失う。
その様子を見てナツィは、別にびっくりすることねぇよと頬杖をついた。
「俺は閉じ込められてる間のほとんどを寝て過ごしてたんだ」
別にそこまで退屈とか思ってないし、とナツィは目を逸らす。
「…で、本題に戻るけど、俺が長年閉じ込められてる間に屋敷の当主が代替わりして、そのうちに跡取りがいなくなったらしいんだよ」
その結果、親戚の人がその屋敷を預かることになったんだけどさ、とナツィは淡々と言う。
「その人は俺が屋敷の奥にいるってこと、知らなかったんだ」
「えっ」
ナツィの発言に、露夏が思わず声を上げる。
「ナツィがなにを抱えていても、自分は変な風に思わないから」
だから大丈夫、とかすみは座り込むナツィに目の高さを合わせるようにしゃがみ込む。
「…かすみ」
ナツィは少し驚いたような顔をした。
「あときーちゃんや露夏ちゃんもその“事情”ってものを聞きたいだろうし」
ね、とかすみは後方を見やる。
そこには食べかけのアイスバーを持ったキヲンと露夏が立っていた。
「お、お前ら…」
ナツィは一瞬嫌そうな顔をするが、一呼吸置いてから話し始めた。
「俺は今の保護者に引き取られる前、海外にいたんだ」
それで、ある屋敷にずっと閉じ込められてた、と続ける。
「閉じ込められてた?」
キヲンはそれを聞いて不思議がるが、ピスケスが実はね、と付け足した。
「コイツは“学会”にとって、ずっと所在不明の人工精霊だったのよ」
伝説的な魔術師が作り上げた最高傑作なのに、いつからか持ち主がわからなくなったせいで“学会”が血眼になって探していたの、とピスケスは優しく言う。
キヲンはへぇ、と頷き、露夏は、で、どうして表に出てきたんだ?と尋ねた。
ナツィは、それは…と目を逸らす。