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ヌーナの音に15

キクラは右手の人差し指をこめかみに当てた。記憶を辿る仕草なのだろう。リサは正座したままキクラの言葉を待った。
「あれを斬ろうとしたのは本当か。花でできた壁。名前なんだっけ」
「フラワーウォールですか」
この世界を囲う壁。色とりどりの花で造られた美しい壁。誰が何のために造ったのか、そもそも人工物なのか自然の産物なのか。その壁に関する一切の謎は解決されていない。ただフラワーウォールという誰が付けたのか分からない名前だけが伝わっている。
「そうだ、フラワーウォールだ」
名前を思い出してキクラは満足気だった。
「斬ろうとした?」
「はい。大王に止められましたが」
大王とは政府軍を取り仕切る役職である。政府の人事にも一枚噛んでいるらしく進路室の大王などと呼ぶ者もいる。
「大王の誰だ?」
リサは少し間を置いて答えた。
「ヨーヘイさんです」
あー、とキクラは声を漏らした。ヨーヘイの戦闘力の高さは大王の中でも突出している。キクラがそれを知らないはずはなかった。
「運が悪かったな」
「そのときの私は仕事を辞めさせられて、何もかもが嫌になって、むしゃくしゃしてました。だから壁を斬ろうとしたんですけど。でも、そのときにヨーヘイさんが、政府の下で働かないかと誘ってくださったんです。だから運が悪いというわけでもなかったです」
リサは喋り終えてから、自分が必死に弁明をしていることに気付いた。
「へえ」
キクラは目を細めた。
「それから私は神の使用人として働きました」
「随分出世したな」
「異例のことだそうです。ヨーヘイさんが強く推薦していただいて」
「なんでだろうな」
「昔の自分に似ている、とだけ仰ってました」
リサはその真意をまだ理解しかねていた。

  • ヌーナの音に
  • ヨーヘイは某人気バンドのメンバーとは無関係です
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