娘は笑顔になり、青年と腕を組んで歩き出しました。
「よかった。間に合ったみたい」
森の広場の、つるの巻きついた大木の前に、舞台がしつらえてあり、大勢の村人たちが幕が開くのをいまかいまかと待っています。
舞台袖から小人が出てきました。
「紳士淑女のみなさん。もうそろそろ始まりますよ。背の高い人は前のスペースをゆずってあげてくださいね。でないとわたくしみたいに小さい人はずっと後頭部を見せられるはめになっちゃう」
「あんなに雨が降ったのにもう地面が乾いている」
青年が不思議そうな表情になって言いました。
「森の神のはからいよ。座りましょ」
娘はそう言って青年の腕を引っぱり、座らせます。
「さて、今日の演目は劇団の最新作、蛙の王子です。悪い魔女のしわざで蛙にされてしまったある小さな国の王子が……おや、みなさん、しびれを切らしているように見えますな。わたしの前説などどうでもいいようで。けっこう。これ以上話すとネタバレのおそれがある。さあでは、お待たせいたしました。フィリップ一座の森の神祭り公演、始まり始まり〜」
幕が開きました。
村人たちの拍手が森にこだましました。
ではこれで。本当におしまい。
何かが崩壊している者さん、いつも素敵なレスありがとうございます。
実は書いている途中でスマホを失くしてしまうというアクシデントなどがあったのですが、無事、最終話までこぎつけることができました。
拙文に目を通してくださった皆様、最後まで掲載してくださったKGBのスタッフ様に感謝です!
レスありがとう。
そうか…。そういう考え方もあるのね。自分には思いつかなかったから面白かった笑
あと、このお話、一部しか読めてないけどそれでも面白かった。まとめとかにしてくれると嬉しい…笑
何はともあれおつかれ様でした!
三日月マカロンさん、レスありがとうございます。早速まとめたいと思います。
「わたしたちをどうするつもりだ」
「シンデモラウ」
「わたしはともかくエンリーケを殺す理由はなかろう」
「ワタシヲサガスノヲホウキシタ」
「どこにいたのですか」
エンリーケがききました。
「オウジノトナリニタオレテイタ」
「それならすぐにわかったはずですが」
「お前は意識が混濁しているのだ」
王子が言いました。
「ワタシハムカシ、ワルイマジョニヨッテ、キンイロノカミニゼンシンヲツツマレルトドングリニナッテシマウトイウマホウヲカケラレタノダ」
「そのお話、興味あるわ」
ラプンツェルが言いました。
「つまり、どんぐりになっていたと」とエンリーケ。
「ソウダ」
「どんぐりになってたんじゃわからんよ」と王子。
「では、いまのお姿は?」
「セイチョウシテ、クヌギニナッタ……シツモンタイムハモウオワリダ」
大木の枝が、王子とエンリーケを締め上げ始めました。そこにラプンツェルの髪が伸びます。大木が髪を払いのけます。王子とエンリーケは振り落とされました。
ラプンツェルの髪が大木にからみついていきます。
あたりが急に薄暗くなりました。
雷が鳴り響きました。
雨が降り出しました。
するとどうしたことでしょう。ラプンツェルの髪が緑色に変化していくではありませんか。
「つる植物になるのだな……」
王子がつぶやきました。
雨が激しくなりました。ラプンツェルの身体は完全に植物のそれになり、巨大化します。王子とエンリーケはその様子をただ見上げるばかりです。
枝を振りまわし、つると格闘していた大木が太いつるにてっぺんから根元までしっかりと巻かれ、動かなくなりました。
雨がさらに激しくなりました。
雨があがり、虹が出ました。一人の青年が、畑でくわをふるっています。そこに黒髪の若い娘がやってきました。
若い娘はしばらくもじもじした様子で青年の働く姿を見ていましたが、青年がくわをふるう手を止め腰を伸ばすと、意を決したように近づき、タオルを差し出して言いました。
「あんた、今日ぐらい休んだっていいじゃないのさ。森の神祭りなんだよ」
それをきいた青年は少し考えるようなそぶりを見せてからタオルで額の汗をぬぐい、娘を見つめてにっこりと微笑み、右ひじを曲げて突き出しました。
その後、五人が、かぐや姫の前に現れることはありませんでした。遭難したわけではありません。世界各国の美女たち、ブルーの瞳の知的なクール美女、褐色の肌のナイスバディ美女などを目の当たりにしたら、かぐや姫などかすんでしまうのが道理でしょう。なんであんな田舎くさいおかめのために俺たち頑張ってんの? いい女ぶって調子に乗りやがってちんちくりんが。あーもうやめやめっとなって帰国してからセレブたち、海外に会社をつくろうということになったのでした。お金持ちはこうして自己増強していくんですね」
「で、かぐや姫はどうなったんだ」
王子がラプンツェルの隣に立って言いました。
「わからない。続きが思い出せない」
「あの塔は、お前がやったのか?」
「だと思う」
「恐ろしいパワーだ」
「森の神から与えられたの」
「ところでお前はどうしてここにいるのだ」
王子がエンリーケを振り返って言いました。
「フェルナンデス様が戻らぬので来てみたのです」
「で、そのフェルナンデスは?」
「見つかりませんでした」
「雇い主が行方不明なのにのん気に自慢話をしていたのか」
「がれきのなかから王子を助け出したら力尽きてしまいまして」
「そんなふうには見えんが……それにしても、塔があんな状態なのに、なぜケガひとつないのだろう」
「ラプンツェル様の髪がクッションになっていたのでしょう」
エンリーケが二人に歩み寄って言いました。
「それにしても、わざわざわたしを助けるとは、お前も人がいいな」
「損得勘定でものごとを考えていると心がすさみますから」
三人はしばらく無言でがれきの山を見つめていました。
おしまい。
「いま、石が動かなかったか?」
王子がそう言って同意を求めるように二人に視線を移した瞬間、がれきから轟音とともに大木が出現しました。
大木が声を発しました。
「オウジ、ゴブジデ」
フェルナンデスの声です。
「フェルナンデス……なのか?」
王子が大木にききました。
「ハイ」
「フェルナンデス様、変わり果てたお姿に」とエンリーケ。
「片仮名でしゃべってるわ」とラプンツェル。
「マトモナジンカクヲウシナッテイルコトヲアラワスコテンテキナヒョウゲンダ」
大木はそう言って枝を伸ばし、王子とエンリーケをつまみ上げました。
弱さを認めて向き合うことで人間は初めて強くなれるのです。弱点、欠点、限界を否定するのではなく。
エンリーケ様は身も心もマッチョのようですね。
ははは。
わたしにも恋愛、できるのかしら。
もちろんできますとも。
再び目を開けると、青空が見えました。
「またおとぎ話か」
「いえ、実話です。王子、お加減はどうですか」
エンリーケが王子のそばに寄り、ひざまづいて言いました。
「一度生まれ変わって、またもとに戻った気分だ」
王子は立ち上がろうとしましたが、身体に力が入りません。
「けがをしているようだ。身体が言うことをきかない」
「筋肉が弱っているんですよ。長いこと閉じ込められていましたから。肩を貸しましょう」
エンリーケの肩を借りて立ち上がると、がれきを放心した表情で見ているラプンツェルの姿が目に入りました。
「遠い東の、島国に伝わるお話です。
むかし、美少女がいました。名はかぐや姫。月日が経ち、少女時代を終えたかぐや姫は美女になりました。もちろんあちこちから縁談が持ち込まれました。生活の変化を嫌うタイプであるかぐや姫は、養父母である翁、嫗と離れたくなかったのですべて断ろうとしたのですが、翁が、とりあえず毎日通ってくるセレブの五人に会うだけ会ってみろ、みたいな目つきでかぐや姫を見ているような気がしたのと、嫗も、そうしてみたらかぐやちゃん、なんて感じで微笑んでいるように思えると思えば思えたので会うことにしました。
五人は、さすがセレブだけあってオーラがありました。孤児で貧乏育ちのかぐや姫はそんな五人を妬ましく思いました。そこで五人に条件を出しました。ガンダーラ仏の仏頭くれたら結婚してあげる。ダイオウイカ釣ってきてくれたら結婚してあげる。アノマロカリスの化石が欲しいなどなど。
さて、五人。それぞれかぐや姫の望むものをさがしに出発するかと思いきや、そこはセレブ。庶民と違い、横のつながりが強いんですね。抜け駆けはフェアじゃない。それにみんなの造船技術、航海術を結集したほうが確実だと緻密な計画を立て、親御さんは反対したのですが海に出ました。
そのどちらでもない。お前にはまだ修行が必要だ。横になって力を抜きなさい。身体がぽかぽかしてくるぞ。
下半身が温かくなってきました。
それはもらしちゃったからだな。眠りなさい。
満月の夜、人魚が歌っていた。岩の上で。せつないメロディだった。瓶ビールを飲みながら、わたくしはきき入った。歌声がやんだ。わたくしは拍手してから言った。
「一緒にビール飲まないか」
「わたし、結婚してるんです」
人魚が戸惑った表情でこたえた。
「だから何だ」
「だから、ご一緒できません」
「どうして?」
「旦那いるんで」
「それがどうしたの?」
「そういうことなんで」
「わたくしは余命半年なのだ」
「飲みます」
わたくしは人魚の隣に腰かけ、瓶ビールを開け、人魚に手渡した。歌って、喉が渇いていたのだろう。たちまち一本空けてしまった。
「歌上手いね」
「ありがとうございます」
二本目のビールを、今度はじっくり味わうように飲んで人魚は、「歌、好きなんです」と言った。
上機嫌になった人魚は、夫とのツーショットの肖像画を見せてくれた。イケメンで、鍛えているのだろう、筋骨隆々だった。
筋肉は男らしさの象徴だが、見せるために筋肉をつけようとするのは女性的な行為だ。そもそも見た目で気を引こうとしている時点でそいつは男らしい奴ではない。
わたくしは長いこと社会がマッチョ化していると感じていた。よく考えたら社会はマッチョ化しているのではなく女性化しているのだ。
だからまあ要するに、わたくしは人魚の夫に勝ってるってことだ。
潮が満ちてきた。ハグして別れた。
おモテになるんですね。
それほどでも。ラプンツェル様はマッチョはお好きかな。
恋愛をしたことがないので。その心理がわかりません。
女性は身体的脅威または脅威に対する恐怖反応を恋愛感情に変換してしまいます。身体の大きないかつい男性がモテるのはそのためです。女性らしい女性ほどその傾向が強い。
男性の場合はどうなのでしょう。
男性が女性に身体的脅威を感じたら恋愛には至りません。だが男性が男性に身体的脅威を感じた場合、恐怖反応を恋愛感情に変換してしまう仮性同性愛というのがあります。
人間は弱いものなのですね。
今年最大のニュースは、何と言っても、嫌な記憶を消す薬が開発され、バカ売れしたことだろう。わたしはもちろん使用しなかったが。
嫌な記憶を消そうと薬を飲み、すっきりするかと思いきや、今度は二番目に嫌な記憶(この時点では一番嫌な記憶となっているわけだが)がわき、不快になり、薬を飲む。すると三番目の嫌な記憶がよみがえる。嫌な記憶は次から次。しまいに順番待ちの列に割り込まれた程度の記憶も異常に意識され、薬を飲み続けることになる。ストレス耐性がなくなってしまうのである。最終的に嫌な記憶は死にまつわるものとなり、死に対する恐怖がふくらみ、その恐怖感を消そうと薬を飲み、廃人になる。犯罪被害にあった等の嫌な記憶を消してしまったため、また同じような被害にあい、今度は亡くなってしまうなんてケースもあった。
生きものは生存のため、嫌な記憶のほうを強く焼きつけるようになっている。だから地球上に繁栄できるのである。
嫌な記憶を消す薬は販売禁止となり、取り締まりの対象となったが、未だに手を出す者が後を絶たないという。あきれたものだ。年をとれば、こんなものは必要なくなるのに。
はて、こんな出来事あったっけ。
「フィリップさん、早く食べちゃってくださいよ。片づかないじゃないですか」
でっぷり太ったシスターが、ベッドに腰かけ、スプーンを持ってぼんやりとしている老人に言いました。
「ああ、すまんね。もうすぐ食べ終える」
老人はこたえ、食事を再開しました。
いつの間にかこんな老いぼれになってしまった。親から受け継いだ財産を食いつぶし、残っているのはあちこち旅した思い出だけだ。結婚して、子宝にも恵まれたが、金の切れ目が縁の切れ目、妻とも子どもとも音信不通だ。わたしは何がしたかったのか。生きることに何か意味を見出すこともなく救護院で空虚な老後を送っている。何のために生まれてきたのか。
人間は意味で生きているのではない。生命力で生きているのだ。
名言だ。
アニメの受け売りだ。
あなたの声、どこかできいたような気がします。
思い出せぬかな。まあよい。
わたしを迎えに来たのですね。人生あっという間だったな〜。
そうだろう。
わたしは天国に行くのですか? それとも地獄?
大晦日の晩、一人のみすぼらしい格好の少女が、マッチの街頭販売をしていました。道行く人に、片っ端から声をかけているのですが、まったく売れません。わたしだったら、少女が寒いなか、ハナをたらしながらマッチを売っていたら、一つぐらいは買うと思うのですが、みすぼらしい格好があざとい演出ととられてしまうからなのか、それともハナをたらしているのがただでさえ清潔感のない顔にとどめを刺しているからなのか、誰も買いません。
売り上げがゼロのまま家に帰ったら、またお父さんにぶたれてしまう……寒いなあ。お腹減ったなあ。もう嫌だ。こんな生活。
少女は寒さと空腹ですっかり労働意欲をなくしてしまい。やけを起こしてかごからマッチを取り出し、暖炉にあたりたいなあ、と思いながら、一本、しゅっとすりました。
するとどうでしょう。目の前に暖炉が現れ、暖かさを感じることができました。
少女は、次は何か美味しいものが食べたいなあ、と思いながら、マッチをすりました。もちろんいままで食べたことのないごちそうが現れ、少女はそれを堪能しました。
次はイケメンの彼氏が欲しいなあ、と思いながら、マッチをすりました。すると少女好みの中性的なイケメンが現れ、少女を抱きしめてくれました。彼氏の腕の中で、次はセレブの友だちが欲しいなあ、と思いながらマッチをすりました。すると高級ブランドに身を包んだ、モデルのようなスタイルの美少女が現れ、彼氏とどこかに行ってしまいました。
やっぱり世のなかお金だよな、と思いながら、少女はマッチをすりました。すると、求人広告が現れました。
少女は求人広告に火をつけ、灰になるのを見届けると、家路につきました。結局この生活を続けるしかないんだ、と、自分に言いきかせながら。
人びとはどこに行こうとしているのでしょう。
神のみぞ知る。
あなたがその神なのでは。そういえば、ブリクティーのおばあちゃんの占いによると、わたしは神になるらしいのですが。
自分は人と違った存在だという意識は捨てることだな。お前も多くの人間のうちの一人でしかない。特別な人間などこの世に存在しないのだ。
でも、わたしにはあなたの血が流れているのでしょう?
神に血などない。
なるほど。では、わたしはこれからどんな一生を送るのでしょうか?
お前は何が望みで、何がしたいのだ?
わかりません。生まれたときから王子だったので。
王子だったころの望みは?
国民のために善政を。
そんなことを考えているから失脚するのだ。統治者として君臨するには権力へのあくなき志向がなければ。
それは身をもって知りました。そうだ。畑を耕してのんびり暮らしたいです。自然とともに生きていきたい。
都会の暮らしに疲れたOLの発想だな。
畑仕事が性に合ってるんですよ。
シンデレラの旦那は地主だから、息子のお前に畑仕事をさせることはないな。お前は土地を管理する側だ。
そうですか。うまくいかないものですね。
なにも親の決めた道を歩む必要はない。
それならば旅に出ましょう。見聞を広めるために。
親に大事に育てられた中流層の大学生の発想だ。見聞を広めてどうする。
知識は考える基礎です。見聞を広めればどう生きるかはおのずと導かれるのではないですか。
要するに畑仕事なんてそれほどしたいわけではないのだな。
すみません。わたしはまだ自我が確立されていないのです。
まあそう自己卑下するな。仕方がない。まだ赤ん坊だからな。だが人生はあっという間に過ぎるぞ。人間の生命などはかないもの。ゆっくり大人になるのも考えものだ……さて、もういい子はねんねの時間だな。子守歌を歌ってやろう。ね〜むれ♪ ねえぇ〜むれ♪
眠れません。
年が明けるまで起きているか。
今日は大晦日なんですね。ラプンツェルがきかせてくれた話を思い出します。
どこからか声がしました。王子はすぐに森の神の声だとわかりました。
人魚姫に同情する人が世の中には多いが、本当にかわいそうなのは人魚王子である。
人魚王子なんて知らない?
まあわたしも最近知ったばかり。
人魚姫が人間の王子に近づくことができたのは、この人魚王子が奔走してくれたおかげなのだ。
小娘一人の浅知恵では、人間の王子と恋愛することなど不可能であったろう。
もちろん人魚王子は人魚姫を愛していた。愛していたからこそ人魚姫の幸せを願ったのだ。
なんと奥ゆかしい。
人魚姫は美しく泡となって消えたが、人魚王子は人魚姫の恋愛を成就させることもできず、当たり前だが自分自身の恋もかなわず、おのれの不甲斐なさを呪いながら生き、救護院で明け方、誰にも看取られずに死んだ。生涯独身だった。
この話を知ったわたしは人魚姫を憎む。
こういう女がいちばんたちが悪い。
どうして海の中の世界で充足していられなかったのか。
みんな忘れないでほしい。人魚王子がいたことを。
いや、べつに忘れてもいいけどね。
さて、次はどんなお話をしてあげようか。
おとぎ話はもうけっこうです。わたしはどうなってしまったのでしょうか?
風邪をひいていたようだな。
そうではなくて。
お前は死んで生まれ変わったのだ。シンデレラの子どもとして。
シンデレラというのか、あの娘は。
再会できて嬉しいだろう。
夢中になった女ほど、冷めると色あせて見えるものですね。
キスもできないような男が生意気なことを。ひとつ屋根の下で暮らせるようになったというのに不満か。
こうした形でなければ素直に喜べたでしょうが。ラプンツェルは生きているのですか?
ラプンツェルはつる植物になった。森の一部として、永遠に生き続ける。
フェルナンデスは?
どんぐりになった。
国はどうなったのでしょうか?
王国は崩壊した。
では、いまは無政府状態ということですか?
民は聖典に基づいた法律による自治を始めたようだ。
聖典とは?
わたしから預かった言葉を収めた教典だ。お前はまったく世間を知らんのだな。
そのようです。政府はもう必要ないということなのでしょうか。
いまの自治もいずれ侵略者によって取り上げられる。
「あなたが森の神と王妃との間に生まれた子どもだからですよ。王は自分と血のつながりのないあなたに王位を継がせる気がなかった。王はラプンツェルが成人したら婿を取らせ、あなたを追放しようと考えていたのです。あなたが真実を知ってしまったら何かと不都合だからあなたの耳には入らないようにしていた」
王子は顔を両手でおおいました。
「なんということだ」
「ついでに教えましょう。困ったことに、あなたは国民からの信頼が厚かった。きっと生まれながらのカリスマなのでしょう。森の神の子どもですからね。王はそんなあなたを当然恐れた。いずれ誰かがあなたに真実を伝え、反乱をそそのかすかもしれない。そこであなたを殺すよう、従者たちに命じたのです。ところが、従者たちは王を支持する派と王子を支持する派に分かれていた……従者たちはクーデターを起こし、リーダー格を王座につかせることにしました。間を取ったわけです」
「つまり、こうなる原因を作ったのは」
王子は両手をおろし、床に視線を落として言いました。
「あなたです」
「…………」
「わたしは冷血漢ではありません。処刑の日までラプンツェルをここに通わせるつもりでいます。せいぜいおとぎ話を楽しんでください」
「……幸せとは、知らないこと、か」
王子はそうつぶやき、顔を上げると、思わず立ち上がり、呆然としました。
フェルナンデスが宙に浮いているではありませんか。
よく見ると、フェルナンデスの身体にラプンツェルの髪がまるで触手のように巻きついています。
ラプンツェルの髪がフェルナンデスを持ち上げていたのです。
フェルナンデスは髪から逃れようともがきますが、ラプンツェルの髪は見る見る伸びてゆき、抵抗もむなしく全身を包まれ見えなくなりました。髪はさらに伸びて部屋いっぱいになり、王子を飲み込むと、小窓を突き破り、塔にからみつきました。
しばしの静寂ののち、石のこすれ合う音がしたかと思うと、塔が崩れ始めました。
目を開けると、娘が不安げな表情でこちらをのぞき込んでいました。
舞踏会で知り合った娘でした。
何か言おうとしましたが、言葉らしい言葉が出てきません。
娘が王子の額に手を当てました。
「よかったわ。熱は下がったみたい」
娘は手を離してからそう言うと、視界から消えました。
今日はどんな話かな。
王と娘の話です。
むかし、ある王国に、娘がいました。娘は王に恋をしていました。かなわぬ恋でした。娘は美しかったのですが平民でしたし、王の好きなむっちりボディではありませんでした。娘は自分と同じ階層の男と結婚し、女の子を一人もうけました。
年月が経ち、王の霊力も衰え、新しい王を立てることになりました。霊力の衰えた王はどうなるのでしょう。神への供物として、殺されるのです。
王の側近が、供物として、王とともにささげる女を公募しました。条件は生娘であること。もちろん自薦他薦は問いません。娘が一人、差し出されました。
王と娘は小屋に閉じ込められました。こげくさいにおいについで、ぱちぱちと木のはぜる音がきこえると、王はパニックになりましたが、娘に抱かれると脱力し、目を閉じました。王はそのまま眠ってしまいました。娘は王を抱いたまま、じっとしていました。やがて煙が充満し、意識が薄れてゆきました。娘は幸せでした。母の恋愛を成就させることができたのですから。
「ずいぶん母親孝行な娘だ」
「そうですね」
「あなたもいずれ国民の不満のスケープゴートにされ殺されるのですよ」
いつの間にか、フェルナンデスがラプンツェルの背後に立っていました。
「それでも不満がおさまらなかったら?」
王子はベッドに座ったまま、とくに動揺することもなくききました。
「隣国と戦争を始めることになるでしょうな」
「もともとそれがねらいだったのだろう。だが戦争をするからには国への忠誠心が必要だ。正当な後継者でないお前に国民がついてくるかな」
「ご心配なく。わたしはこのラプンツェルと結婚します」
フェルナンデスがラプンツェルを立ち上がらせ、肩に手をかけて言いました。
「このお話の上手なラプンツェルは、あなたの妹なんですよ」
ラプンツェルは魂が抜けたような表情で動かないでいます。
「……そうか。やはりあれは、わたしの両親の話だったのか……しかし、そのラプンツェルがこの国の姫だと、どうやって証明する」
フェルナンデスは高笑いしてからこたえました。
「ラプンツェルのことも、この塔のことも、国民はみな知っていますよ。知らないのはあなただけです」
「そんな。なぜ」
「やれと言ったらやれ!」
「うわあああ!」
ドラゴンの首をロープで引きずって村に帰った若者を、村人たちは大歓声で迎えました。
若者には当然若い娘がたくさん寄ってきましたが、若者が相手にすることはありませんでした。ドラゴンの言葉が脳裏にこびりついていて、恋愛する気になれなかったのです。
身につまされる話だ。
むかし、髪の美しい女がいました。髪の美しい女は、美しい髪を保つため、毎日髪にバターを塗っていました。
貧しい男がいました。貧しい男は、髪の美しい女に恋をしていました。貧しい男は、こつこつ金を貯め、雌牛を購入しました。乳を搾って、バターを作ろうと思ったからです。髪の美しい女にプレゼントするために。
雌牛は、乳を出しませんでした。子どもを産んでいないからです。したがって、貧しい男は、髪の美しい女に何がしかのインパクトを与えることもかないませんでした。髪の美しい女は、三十手前で、金持ちの男と結婚しました。
貧しい男は、髪の美しい女の気を引くこともできず、嫁の来手もなく、一生貧しいままで人生を終えました。当然でしょう。雌牛は子どもを産まなければ乳を出さないのです。この程度の知識もないような馬鹿が金持ちになれる道理はありません。だけどそれがどうしたというのでしょう。雌牛はよくなついていましたし、馬鹿だったから誰のうらみも買ったりしませんでした。
つまり、幸せとは、こういうことだという話か。
幸せとは、知らないことです。
なぜ人は知ろうとするのだろう。
知ることは快楽だから、ではないでしょうか。
ドラゴンはお好きですか。
好きでも嫌いでもない。
むかし、ドラゴンに悩まされている村がありました。たまにドラゴンがふらっとやってきて、若い娘をさらってゆくのです。若い娘の数など限りがあるわけだからほっといてもいずれおさまる。命を取られるわけじゃないんだし、と中高年たちはあきらめていましたが、若者たちはそうはいきません。自分たちの種をまく畑を奪われてしまうのですから。
そこで、若者たちのなかでいちばん屈強なのが、骨董屋で手に入れた剣を腰に差し、ドラゴン退治に出向きました。
たいまつの火を頼りに洞窟の奥に進むと、ドラゴンはいました。近くで見るドラゴンは思ったより凶暴そうで若者はすくみあがってしまいました。
「お前を退治しに来た」
ふるえる声で若者が言いました。
「ああそう」
ドラゴンの返事が洞窟内に響くと、若者は完全にびびってしまい、腰に差していた剣を捨ててしまいました。
「お前もか……わたしを真近で見るとほぼほぼみんな身体的脅威または脅威、暴力臭、それらに由来する恐怖の裏返しによって愛、尊敬の念がわいてきてしまうストックホルム症候群のような状態に陥る。心拍数を増加させるホルモンが分泌されそこにさらに種々のホルモンが分泌された結果だ。やはり人間なんて生理現象の奴隷にすぎんのだな」
ドラゴンの見解にくやしさを覚えた若者は剣を拾い、「若い娘を襲うのはやめてほしいです」と、少し涙目になって言いました。
「襲ってない。合意の上だ」
「じゃあせめてもう少し年かさの女性をねらってください」
「中年女を見てもむらむらしない」
「なんでぇ?」
「お前だってそうだろう」
「まあ、そうですけど」
「動物は子孫を残すために発情するのだ。年をとった雌に発情して生殖しても子孫を残せるチャンスは低い。若い雌に発情するのは当たり前」
「とにかくもうやめてくださいよ」
「そうだな。そろそろ飽きてきた」
「何かべつの趣味を見つけるといいです」
「女性に対する幻想が消えるころ、狂おしい欲求はなくなり、それにともないすべての欲が衰えてゆく。もう生きるのにも飽きた。その剣でわたしの眉間のあたりを刺してぐりぐりやってくれ」
「……できません」
遠い東の、島国に伝わるお話です。
むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました。ところでこのどんぶらこというフレーズを最初に使ったのは誰なのでしょう。絶妙ですね。おばあさんは桃を家に持ち帰り、おじいさんと食べました。桃はあまり美味しくありませんでした。桃を食べ終えるとおじいさんはおばあさんに、愛してるよ、と言いました。おばあさんは、いつものようにきき流しました。六十過ぎて旦那に愛されているなんていうのは嫁にとってストレスでしかありません。年をとると男性は依存的になります。何もできない小さな子どもに愛されているようなものなのです。これでは疲れてしまうだけです。自分の生んだ子どもなら、無償の愛をそそげるのでしょうが。
今日のお話はいかがでしたか。
よく、わからなかったな。その国に興味はそそられたがね。
ジパングというのだそうです。
いつか行ってみたい。
お疲れ様でした。本当に色々な昔話がまぜこぜになってましたねー。面白かったです。