怖かった。
人が。人が話す言葉が。
この世界中のありとあらゆる音が嫌いだった。
2年間、私は引きこもりだった。
昼から夜までただ、何もない壁にわけわかんないことをブツブツぶつけていた。
そんな日々だった。
そんなある日、家にいる母から呼び出された。
久しぶりに部屋から出ると、リビングの懐かしい匂いがして、コーヒーの匂いも漂っている。
椅子に座って、向かいの母に顔を向ける。2年越しの母はさすがに老けていた。電灯の白が、痩せこけた頬骨に陰を作っていた。
そして、母はテーブルのホワイトボードに手を伸ばした。
そして、すらすらと書き記した。
貴方、これからどうするつもり?
ホワイトボードとマーカーを手渡され、私は書いた。
わからない。どんな仕事があるのかも知らない。
私はこれからも、この生活を続けて、のろのろ死んでいくつもりだよ。
すると母は、
あんた。良い加減甘ったれんな!
私は目を見開いた。
これからどうするかなんて関係ない!
まず目の前のやるべきこと見つけて、それに向かって行動すんの。
遅いよ。
私はあんたを障害者だろうがなんだろうが対等に接するから。そうするから。
母が思い切り書いた言葉を、じっくりと読み直す。
「あんたなら出来る。生きる価値があるから。」
聴こえた。
今、母が喋った言葉。
鮮明に。たしかに聴こえた。
心が震える。振動が目に伝わる。
「ごめんあさい…ごめん」
自分の声は、聞こえなかった。
でも、たしかに聴こえた。母の言葉。
私は、思い切り泣いていた。
今日もライブは終わった。
さっきからこっちを覗いてくる女の子のことが、ライブ中ずっと気になっていた。
声を掛けてみようか。
そう思ったのも束の間、その人が僕のもとに近づいてきた。
とぼとぼとした足取りで、頼りない身長。
不安気な色が宿った黒い瞳がこっちを向く。
「あの、」
小さな声をかけた。
しかし、暫く経っても返事はない。
「あの!」
「あっ!!!!」
その人は驚いた。驚きたいのはこっちなのに。
すると、彼女は何やら大きなかばんから、ホワイトボードを取り出した。
そして、いそいそとペンで書き始めた。
暫く経って、ボードをこちらに向けた。
大きな丸い字で書いてある。
私、耳が聴こえないんです。
驚いた。
「あっ、えっ、そうだったんだ、、、あそうか。聴こえないんだよねごめん、えっとー、、」
僕はあたふたして、かける言葉に迷った。
すると、彼女はクスリと笑って、何か下に書き足した。
驚かせちゃいました?ごめんね。
笑いながら見せてくれた。
あっ、
この人と話がしたい。
(ちょっと、貸して)
身振りで示す。
そして、またその下に僕は書いた。
今度は最前列で観に来てください。
この街で路上ライブを始めて4日目。
午後4時。僕は今日もネットカフェで、遅めの昼食を食べている。
コンビニのサンドイッチは、味は申し分ないくらいおいしいが、機械の味がどこかする。
まあ、こんな生活ももうすぐ終わるさ。
そんな言葉をずっと繰り返して、今までやってきた。
ペットボトルのお茶でパンとため息を飲み込んで、僕は部屋を出た。
「こんばんは。つむぐです。今日もライブ始めます。」
道ゆく人は、マイクとギターの聴き慣れない音で振り向く。そして、路上ライブを始めたのだと察すると、忙しそうに通り過ぎる。大抵の人はそんなもんだ。
でも、今日は一人だけ、周りとは違う反応をする人がいた。
視界の端から見える、不安げな黒い瞳。
さらさらの黒髪は、顎のあたりでボブをつくっている、
何人かの人が、それを見て不思議がっているが、彼女はまるで気にも留めない。
ただ、黒目はじっと、僕を見据えていた。
「今日はありがとうございました。つむぐと言いま
す。名前だけでも覚えていってください!」
今日も。手応えなし。
そして今日も、昨日とは違う駅にいる。
僕、春風紡は、毎日全国を回って、全国各地の大きな駅でライブをしている。
大きな駅といっても、建物に入らせてもらう訳ではなく、人通りの多い改札口の隅で路上ライブをする程度の小規模だ。
今日は、いつもより立ち止まって聴き入ってくれるお客さんが多かった。あと一週間ほど、ここでライブを続けよう。
ギターケースにアコギをしまいながら、僕はそんな事を考えていた。
毎日6時、会社の定時がくる頃、僕はライブを始める。
会社から帰る疲れた会社員の皆さんに届けるように、一曲目を捧げる。
買い物や、幼稚園のお迎え帰りの親子に楽しくなってもらうために、ギターを掻き鳴らす2曲目。
こんな感じで、時間帯で歌う唄を選んでいる。
僕が一番大切にしたいことは、人のために歌を唄う。人がいるから歌が唄えることを忘れないことだ。
なんて、かっこいいことを考えてみたけど、僕にも生活がある。
今は各地のネットカフェを転々としながら、貯金を切り崩して生活している。本当は、人の心配なんてとても出来ない現状なのだ。
でも、これからもっと頑張れば、誰かが認めてくれる。そんな思いを支えにして、今日も僕は唄っている。
桜の花びらが舞って
声を掲げて、ギターにのせて
僕の唄が輝きだす。
それだけで何も要らなかった。
あの人と出逢うまでは。
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タイトル未定の週一連載始めます。
ゆる〜く行きます笑
お手柔らかに!
書き忘れてました!
このお話は、女の子のサイドストーリーです!