気の遠くなるような 茹る夏の夜
頭だけに 伸し掛かる重さ
心だけに 刻み込まれた痛み
胸だけに へばり付いた苦しみ
虚しくなるような 寂びしい秋の夕暮れ
記憶だけに 空いた穴
燻んだだけの視界
思い出だけが 遠回りする
凍てついて感覚を失う 冬の部屋
脳だけに 覆い被さる言葉 その重み
身体だけに しがみつく熱
悪魔だけに 分かる暗号
風景画のような 春の明け方
夜だけに 熱を持つ雫
一筋落ちただけの雫 火照る頬
締め付けられる胸 溢れる熱
記憶にしがみ付く手
思い出だけが また遠回りする
誰か 痛み中毒の俺に錠剤をくれ
どうかしてるぜ 引っ掻いてみたところで
所詮はただの 弱い毒
この際だ 痛いくらいでちょうどいいのさ
遊びは大概にして もっと有意義な悦びを
馬鹿だな ただの危ない背伸びだ
そうさ 擦りむいた傷には 塩を塗るのさ
歓喜の声をあげるのは どこぞの悪魔か
いや 取り憑かれたこの俺か
そうだ 君にも 銀の刃の美しさを教えてやろう
もう止められないのさ 悲劇も喜劇も
君となら 分かち合える気がするよ
時々涙が出るのさ 胸の苦しみで
でも 痛いのが心地いいのかもしれない
病みつきになったら どうしてもやめられない
冷たい心でも 気にしちゃいない
誰か 痛み中毒の俺に錠剤をくれ
その錠剤すらも 毒でいい
昼間はなんの変哲もなかった
寝室は今や 突発性痛覚中毒症患者の病室
どうやらその異常は 彼らにとっては正常そのもの
締め付けられる胸の痛みだって もはや快感そのもの
太陽が昇る間は まともなフリ
でも 腕にある奇妙な痣は誤魔化せない
赤ボールペンも輪ゴムも 代わりにはならないようで
さあどうしましょうねなんて 彼には他人事
月が出始めれば 高揚感もひとしおだそうで
病室は今や 慢性的感覚異常症候群患者の住処
なにやらこの病気は 彼女らにとっては個性そのもの
異常というレッテルだって もはや勲章そのもの
太陽が沈むまでは 普通を装う
でも どうしても歪な痣は隠しきれない
カウンセリングは絆創膏にもなりやしない
ICUすらお手上げで 為す術もなく
さあどうしましょうねなんて 彼女には他人事
もう ほっといてくれねぇかな
俺はこれで幸せなんだ これが俺の幸せなんだ
もう 余計な世話はいらねぇんだ
アンタらの言う幸せにはうんざりさ
嗚呼 このささくれた心にも 優しく包帯を巻いてくれれば
あとはなんでもいいの
嗚呼 そんなことは覚えてないの
このごろのあたしは忘れっぽいのだから
今日もまた夜が寄り添ってきて 灯りを消して 目は閉じないで
病みと戯れたいのに 邪魔をするな 馬鹿にしないでよ
生きている悦びに浸りたいだけだ
これをしないでどうやって生きていることを証明すればいいんだ
虚しく淋しい心を満たしたいだけなの
だったらほかにどうやって心を満たすの? あなたが満たしてくれるの?
どうしてわからないのだろう? どうしてわかり合えないのだろう?
とっておきのおまじない 私だけのお守り
あの世に全部持っていけるなら 持って逝きたい 切符もお忘れなく
死に花を踏み潰されても これがあればきっと大丈夫
生きるのも死ぬのも同じこと
病室から病気のまま飛び出して 直す気もない睡眠障害も連れて
ようやく眠れるようになっても 大人しく眠る気は毛頭ないのよ
嗚呼 誰かこの私にお似合いな処方箋を!
甲乙丙丁並べるだけならば 誰でもできるでしょう?
用意しておいたこの呪文 俺だけの鎮魂歌
この世に何も置いて逝きたくない パスポートなら 何処でも置いてる
死に花は咲かないだろう 花はいらないから金をくれよ
起きるのも眠るのも同じこと
病床から病みが零れ落ちてきて 泣く気もない血も通わない夜で
やっと苦し紛れに言い訳できた だが実を言うなら信じたくない
嗚呼 誰かこの俺にぴったりな処方箋をくれ
くだらない御託はいらないさ いっそ毒でも盛ってくれ
喜びも怒りも哀しみも楽しみも さんざん喰べ尽くしたんだ
ただひとつある特定の種類の悦びをのぞいて お腹いっぱい
あらあなたも同じ駅へ? なら地獄の果てまでご一緒します
それとも新天地を探しにいきましょうか? それも悪くない
書きかけた処方箋 誰のものでも無くなった処方箋 ただの紙切れ
大層なことは書かれてないことはわかっているから はやく燃やせ
おかしいな 飲み込めない薬の名前ばかり なんの役にも立たない
悪魔に揺さぶられながら 堕ちていこうか どうせ何にもならない
手のひらから 処方箋が堕ちて行く 奈落の先の そのさらに奥で
同じように生きていこう 処方箋を持ってても捨てても同じことさ
誰かだけの 優しいふりの手
いたいの いたいの とんでゆけ
気休めにしかならない言葉
悴む指 吐息は白く
わたしだけの とっておきのおまじない
腕に 緋色の線を描こうか
眠らない住人の笑い声
震える胸 記憶は黒く
貴方だけの 美しい子守唄
人工言語を話す 白黒映画
眠れない住人の叫び声
溢れた熱の雫 流れる血は黒く 迫る死は白く
夢遊病患者に 降り注ぐ梅雨
街の情景がくすむ
敢えて遠回りを決め込んで
帰るのは 思い出してから
彼が私にくれた 効き目の悪い解熱剤
毎晩 微温い雨で流し込もうか
眠らない私は 眠れない私は
自分で胸を締め付けて 声を殺した
誰も聞いてくれない 雫の音
誰も見てくれない 熱の色
モノクロのフィルムが喋る 人工言語
吐息は白色 記憶は黒色
錠剤の白色 緋色の線
流れる血は黒色 死の色は白色
花の色も 溢れる雫も 孕む熱も 焦げ付いた胸の苦しみも
わたしだけのもの
「突発的に慢性的に刹那的にある特定の快楽を求める君には
とっておきのお薬を投与いたします。」
しかしどうやらそいつは聞くには聞くが
聞こえないふりをしているよう
その錠剤は効くには効くが
効き目には期待しない方が良さそう
本日もなにも変わらない一日
誰もが願っていた平穏 それはある意味永遠に叶えられていて
人それぞれの幸せがあって まともな形のモノから歪な形のモノまであって
今はそれで良いということにすればいいのか?
どうやら誰も見るには見るが
なにも見えていないようだ
ゆえに観察しても観察になっていない
本日もなんら異常なし
異常があることが正常です
その耳はなにも聞き取れなくて
その眼はなにも見えていない
そんな不埒な闘病生活は
連日変わり映えのない様相で
終日終夜 なんら異常は見受けられず
異常があることが正常ですので
その患者はいたって健康です