この国はかつて戦争をしていた。
数年前に習った記憶なので詳しく覚えていないが、目的は確か領土の拡大だったと思う。
現代人にとっては「そんなことで?」と思うような理由で、実際歴史を習っていた時の自分も「そんなことで?」と思うくらいの理由で、でも当時の人たちにとっては多分とても大事だったのだろう。あるいは一部の人たちだけかもしれないが、それはともかく。
この国はかつて戦争をしていた。長く、激しく、国の誰もが疲弊し、そして誰も何も望むものを得ることができなかった負け戦だ。
いよいよ戦争も終盤という頃には敗色濃厚だったにもかかわらず、「敗戦」の二文字から目を逸らし続け、その勢いでがむしゃらに戦い続けた。やめておけばいいのに、誰かが起こしてくれるかもしれない奇跡を願って死地に兵を送り出し続けたのだ。
その結果、血みどろで泥沼の戦いとなった内の一つにその戦いは数えられる。
空に浮かぶ無数の火の玉と、説明書きに「すべての戦闘機が撃墜された」という文字。教科書にはその戦いを切り取った白黒写真が掲載されていて、戦いの名前は思い出せないのにそっちのイメージは強烈に覚えている。
「…………」
そんなことを思い出したのには理由があって、イツキは呟けずにいる口そのままに空を見渡した。
イツキの瞳を、オレンジ色の炎が揺らす。
燃える空に浮かぶ黒い影が火の玉となって墜落していった。
「大賢者っ! ひっ飛行機っ、墜ちてきて……ぇぇえええあああああっぶねええ!!」
自分たちのもとへ一直線に墜落する火の玉を避けようと、イツキはハンドルをいっぱいに回して軌道から逸れる。すぐ真横を通過していくのを生きた心地がないまま見送ると、続く二つ目が接近中であることに気が付いた。
「落ち着けイツキ。そいつは我々には当たらな――」
「ああああああああぶつかるーーーーー!!!!!」
「人の話は聞こうか」
ゴンッ、とイツキの頭が鈍い音を立てる。イツキの口からはヴェッという音が漏れた。
首の後ろでも叩いて気絶させようかとも思ったが、頭頂部への鉄拳制裁だけで黙ってくれた。悶絶しているようにも見える。
「あれはシオンの魔法だ。シオンが操っているから私たちに当たることはない」
「……。……何でも暴力で解決しようとするのやめない? あなた大賢者でしょ?」
「逆にイツキが下手にハンドルを動かしたりするとシオンの予想を外れて当たりかねない。できれば停車させてくれないか」
「聞いてねえんだよなぁ……」
「シオンの魔法は現実を歪める力だ」
さてと前置きをして、目の前で繰り広げられる惨劇を前に大賢者が語りだす。
「具体的には、”自身を内包する霧の範囲を彼女の思い通りに書き換える”能力。霧が深ければ深いほど、広ければ広いほど、彼女は思い通りに現実を書き換えることができる」
現実を歪められたこの海は、今や激しい戦場と化していた。
戦闘機から吐き出された閃光が次々と煙を引き裂き、戦艦を容赦なく叩きつける。戦艦の至る所に設置された砲台は凄まじいマニューバで飛行する戦闘機を捉え続け、次々と撃ち落してゆく。
空から落ちる燃えた屑鉄が海へと落下し、凄まじい衝撃とともに水の柱が上がる。轟沈した戦艦からは爆発が起き、黒々とした煙が空を覆いつくしていた。
耳を聾するほどの轟音が四方八方から絶えず鳴り響く。地響きのような重低音と空気を切り裂く甲高い金属音が組み合わさり、容赦のない暴力が骨の髄まで打ち据える。激しい衝撃は脳を揺らし、耳鳴りと頭痛を引き起こす。
撃ち落されても撃ち落されても戦闘機からの攻撃は止むことがなく、戦艦からの砲撃も苛烈さを増す。海へ叩きつけられる鉄の残骸は増える一方で、攻撃に耐えきれなかった戦艦も次々と沈み炎を撒き散らす。
「その圧倒的な万能性からファントムを屠れる数で言えばまず間違いなく五指に入るほどの、非常に強力な魔法だ」
炎は火の粉とともに空まで昇り、大気を焼き尽くさん勢いで煙を赤黒く染めてゆく。
にしても。
(戦争だよな、これ。どうみても)
この国のかつての国旗が描かれた戦闘機と、海に浮かぶ重厚感漂う真っ黒い戦艦。当時の新聞か本でも読んだのだろうか、それにしてもすごい完成度だと感心する。さっきまでの静謐な空気は雲散霧消し、まるで戦争モノのCG映画の中にいるかのような錯覚を覚えた。
また一つ、儚く散った戦闘機の残骸が海へ落下していく。
流れ落ちた屑鉄は命無き亡霊兵を巻き込み、海の底へと引きずり込んでいく。雨垂れのように、落ちては砕けファントムを破壊する。今や奇麗に整列していたファントム兵たちはもう見る影もなく、明らかに壊滅状態だった。
(……あれだけいたファントムがたった一人の魔法使いの手で壊滅、か。ほんと、何でもできすぎて嫉妬してしまいそうだ)
霧の魔法使いは何かを誇る顔一つすることなく、おそらく今も閉じた瞳の奥で飛行機を落とし続けているのだろう。
その気になれば自分たちのもとに銃弾や砲弾の一つでも届かせることができる……いや、もっと単純に、自分の死を想像されれば私は死ぬのだ。何でもできるとはつまりそういうことだ。
だからこそ、なぜ戦争を再現なんかしたのかなんて単純な疑問も浮かぶ。
(不謹慎なこと言うなら効率悪いし。私だったら海を丸ごと奈落にしてしまうとか。全部魚とか鳥とかに変えてしまうのも魔法使いっぽくていいな)
何でもできるのならば問答無用でファントム丸ごと消してしまえばよかったのにと思う。わざわざこんな大掛かりなことしなくても、もっとスマートな方法があるのは確かだ。
なぜなのか……は、でも何となく分かる気がする。後部座席に座る小さな女の子は、あれはあれで100年も昔からやってきたようなものだ。当時の大量破壊の象徴と言えば戦争を置いて他にない。彼女的にも戦争によってファントムが破壊されていく様をイメージしやすかったのだろう。
そう考えると一抹の寂しさを感じる。
「……ほんと、すごい魔法なのにな」
呟きは轟音にかき消されて、自分の耳にすら届かなかった。
魔法使いたちを襲った大攻勢は、目立った損害もほとんどなく魔法使い陣営の勝利に終わった。
変わったことと言えば沖合に突如出現した謎の濃霧を偵察隊が捉えたそうだが、目立った動きはなくほどなくして消滅したらしい。おそらくファントム側の攪乱作戦が不発に終わったのだろうと多くの者がそう考えた。いずれにせよ勝ったのだから問題はないと誰も深く考えなかった。
霧に隠されたもう一つの大攻勢。一人の少女が抹殺したファントムは深海の底に消え、誰の記憶にも残ることはない。
霧の魔法譚<終>
***
大変大変長い間が空きました。覚えている方いるでしょうか。いたら嬉しいです。
夏からの課題(!)、何とか無事終わらせることができました。終わりましたよテトモンさん!
本当はもっと短く、こう、フランクな感じで終わる予定だったのですが、書き込みを引き延ばしているうちにグダグダと内容まで長くなってしまい……。お話の展開まで暗くなってしまいました。クリスマスイブにお目汚し失礼します。
霧の魔法譚は以上で終了です。見てくださった方、反応していただいた方、そして長文を載せてくれたKGBさん、長らくお付き合いいただきありがとうございました!
7月から大体半年の長期間、執筆お疲れ様でした。
毎回毎回が楽しみにしてました。
終わるのは寂しいですが、無事完結できて何よりです。
企画へのご参加、本当にありがとうございました。
初めての人は初めまして、そうでもない人はこんばんは、どうもテトモンよ永遠に!です。
突然ですが、7月に開催した企画「魔法譚」、覚えているでしょうか?
一応、企画終了後にあとがきのようなものを書きたいと思っていたのですが、気付けば年末になっていました…(^^;
いっそこのまま書かなくても良いような気がしましたが、書くって言ってしまったので少しだけ、裏話をさせて頂こうと思います。
もともと、この企画は今年の4月ごろのちょっとした空想がベースになっています。
この時点ではちょうど放送が終わったばかりの魔法少女アニメや鬼リピートしていた某STGのエクストラステージの道中曲の影響で、「魔法使い」じゃなくて「魔法少女」が出てくるようなお話でした。
ちなみにもうこの時点で「大賢者」やマジックアイテム、主人公たちを襲撃する怪物(名前はまだなかった)、大人になっても魔法少女を続けている人などは存在していました。
途中で女の子だけじゃつまんないから男性陣も…いやいっそ企画でも良いかも…と色々とこの空想は広がっていったのですが、知らない間に放置していました。
それをふと学校の帰り道に思い出したのが7月3日、ちょうど予告編を投稿した日です。
そうだ、企画をやろう!と電車内で思い立ち、あと3週間でテストだから、開催は来週からしかないな!とそのまま勢いで開催を決定してしまいました(笑)
今思えば、もっと余裕を持って開催すべきだったなとか、開催者が出しゃばりすぎたなとか後悔は色々ありますが…楽しかったです。
さて、すっかり遅くなりましたが、企画「魔法譚」はいかがだったでしょうか?
これを以って、当企画は本当の意味で終了とさせて頂きます。
参加者の皆さん、ありがとうございました。
また今度企画をやる可能性はかなり低いです。
来年には高3だし…
でも、近いうちに「魔法譚」のまとめを作ると思います。
そちらもお楽しみに。
…では。
読んでました!お疲れ様でした!たいへん面白かった!