放課後。
私は一人で、いつものようにノートとにらめっこしていた。
「何、詩書いてるん?」
『え、いや、ちょっ、勝手に覗かないでよ』
「さっきから何べんも声かけてたで?
聞こえてへんかったん?」
”彼”は私の前の席の机にもたれかかった。
まだ”彼”の視線は私の手元のノート─中身は恥ずかしながら自作の詩ばかりである─に向いている。
「はぁ…ついに反抗期が来たんか」
『反抗期?
私、別にそそそそんな、こ…』
「こ?」
『こ、小林くんの子供じゃないんだから、
小林くんに対して反抗期なんて無いよ』
「んー…」
”彼”は顎を軽くさすって何かに悩んでいる。
「直らん?その”小林くん”ってやつ」
『直すってどういうこと?』
「もうさ、そろそろ”隼人”で良くない?」
『そろそろって…
私たち、その…付き合ってるんじゃないし』
「…ふーん。付き合ってない、ねぇ」
”彼”は少し苦しそうな顔で、外を見つめた。
なんとなく気まずくなって、どうしようか迷っていたところで、完全下校15分前のチャイムが鳴った。
帰ろう。
私はノートと鞄を抱えて教室を出た。
”彼”は追って来なかった。
昨日は気まずい空気に耐えられず、教室から逃げ出してしまった。
今日、絶対に謝ろう。
そう思っていたのに、”彼”は1日中、私の前に姿を現さなかった。
放課後。
机の上にノートを広げたものの、気持ちはノートに向かない。
いつもなら「何してるん?」と”彼”が声をかけてくるのに、今日はその声もしなければ、気配すらないからかもしれない。
『ごめんって…言おうと思ってたのになぁ』
そんな私の声も、誰もいない教室に空しく響くだけ。
ノートがめくられて、昔書いた詩が姿を現す。
〈蒼い空に天使の落とし物
白い羽根が空を舞っている〉
《xxxx年11月1日 君と僕との物語の始まりの日。》
おかしいな、と思った。
私はこんな詩を書いた覚えがない。
それにこれは私の字じゃない。
誰が書いたのか…。
しばらくして、この字に見覚えがあるような感じがした。
もしかして。もしかして。
私は机の中から、急いで1通の手紙を取り出した。
この人が書いたのかもしれない。
手紙を開く手が震える。
【続く】
手紙を開くと、私の予想していた通りの字が見えた。
そしてその筆跡は、私のノートに書き足された詩の筆跡と同じだった。
『なんでこの人が』
当然、誰も答えてはくれない。
手紙には、以下のように書かれていた。
以前読んだことはあるが、もう一度読むことにする。
《蒼井 詩様
お誕生日おめでとう!!
蒼井さんとは結局3年間、クラス一緒だね
クラスメートの為に毎日色々やってくれてありがとう
僕にも出来ることあったら言ってな~
プレゼントは
この前欲しいって言ってた筆箱と、
蒼井さんは文芸部やから使うかと思って、
ノートにしたよ!よかったらどーぞ!》
ここまで読んで、
封筒の中に何か入っていることに気づいた。
一回目に手紙を読んだ時には気づかなかったものだ。
『メモ…』
《蒼井さんへ
ノートの中のどこかに、僕が書いた詩があるんよ
その日付に見覚えがあったら、明日の放課後、
屋上まで来てください
見覚えなかったら忘れて! 小林 隼人》
『何これ…知らなかったよ…』
視界がぼんやり輝いた。
頬にしょっぱい雨が降る。
しばらく一人で雨の中にいた。
「なぁに手紙読んで泣いてんの」
後ろから声がした。
【続く】
「なぁに手紙読んで泣いてんの」
後ろから声がした。
『え?小林くん…』
振り返ると、
”彼”がいつもの顔で私を見つめていた。
「いやだからさぁ、隼人でいいやん」
『hhhh...ハヤト』
「そーそー。んで、何で泣いてんの
僕からの手紙読んでさ」
『これってやっぱり、こ…ハヤトが書いたの?』
ノートに書かれた詩を示す。
「そう…って手紙に書いてたよな?僕」
あっさり肯定した。犯人はこの人だった。
『この日ってさ』
「うん」
『私とハヤトが』
「…うん」
『一年生の頃に、初めて隣になった日?』
夕日が私の影を伸ばす。
教室が紅く染まっていく。
まいったなぁ、と呟いて、
”彼”は頭をかいた。
しばらくしてその頭がこくりと動いた。
「覚えてたんや、そっか…」
【続く】
「覚えてたんや、そっか…」
”彼”は私の『一年生の頃に、初めて隣になった日』という返答を予想していなかったのか驚いた様子で、嬉しそうにはにかんだ。
私も自然と微笑んだ。
『覚えてる、んだなぁ、これが不思議なことに』
「理由ってある?」
この際言ってしまうことにした。
『私、隼人のこと好きだったからさ』
静寂。
教室の冷たい空気に飲み込まれそうになりながら、
私は爆発しそうな心臓を抑えていた。
「それってやっぱり─そうか─」
少し躊躇いながら、”彼”は言葉を続ける。
「僕らは…」
『僕らは?』
「詩が、このメモにもっと早く気づいてて、
この日付覚えてるってなって、
僕が待ってた屋上に来てたら」
『…うん』
「僕が予定通り告白してさ
両想いに気づけたんかな」
『……うん
気づけたんだろうね』
「過去形なのが辛いところやな」
そう言って伸びをする。
そう。過去形。
夕日に伸ばされる、私の影。
影は一本しか伸びていない。
いや、一本しか伸ばせないのだ。
【続く】
夕日に伸ばされる、私の影。
影は一本しか伸びていない。
「あ…来たわ…」
”彼”はぽつり、と呟いて、胸を押さえた。
『今日はもう「来た」んだ…早いね』
”彼”は哀しそうに微笑んで、私を見つめた。
「僕が消えるところ、見たくないやろ
帰った方がいいんちゃう」
『見たくない、けど』
『けど、一緒にいたいから』
私がそう言うと、”彼”は恥ずかしそうに頬を染めた。
…ような気がする。
実際には夕焼けの色と混ざって見えないのだが。
「っ…幸せもんやな、僕は」
最後にふっと笑って、”彼”は夕焼けに完全に溶けていった。
私以外誰もいなくなった教室。
その静けさの中で考えを巡らせる。
あの日、私がメモに気づいて、
屋上に行っていれば─
考えれば考えるほど、
”彼”の存在の大切さが心に染みる。
チャイムが鳴った。
今日も私は、一人で帰る。
【続く】
一人の帰り道。
数ヶ月前までは、”彼”も一緒だった。
小林隼人。
コバヤシハヤト。
極度の人見知りの私に毎日飽きることもなく声をかけてくれた人。
大抵の人は、話しかけても反応出来ない私のことを
「つまらない奴」
と判断して離れていくのに、”彼”だけは毎日話しかけてくれた。
”彼”は「モテる」側の人間に入っていた。
”彼”に恋する女子は私のクラスにも数人いた。
優しくて、文武両道で、悪口に乗ることもなく、
顔も整っていて、自分から目立とうとしない人。
私も密かに想いを寄せていた。
3ヶ月くらい前から何となく流れで一緒に帰るようになり
隙あらば告白しようかと考えていた時もあった。
でも出来なかった。
”彼”はお星さまになってしまった。
悲しくて、でも誰にも相談出来ない私が
教室で泣いていた時に、
”彼”はいきなり私の前に姿を現した。
「なに泣いてんの」
お星さまになった”彼”が目の前に現れてから、
放課後が楽しみになった。
夕日が沈むまでの間が、私と”彼”が話せる時間だと知らされた。
「なに泣いてんの」
と彼が以前のように話しかけてくれることが
とても嬉しかった。
文芸部の活動も、私だけ教室でするようになった。
始めの頃、”彼”は
「やり残したことがあったから来てん」
と言った。
そして昨日、”彼”は消える前に言った。
「僕もう来れへんかも
やり残したこと、出来たもん
詩(うた)に気持ち伝えられたしさぁ」
「まぁ、な、一人で泣いてても似合わんし
笑ってな、笑顔似合ってるぞ~」
それから一週間経っても、”彼”は現れなかった。
本当に一人になってしまった教室で、
隼人からもらったノートを広げる。
冷たい風が頬を刺す。
今日は何を書こう。そろそろ吹っ切らないとな。
隼人が戻って来る訳でもないんだし、、
また、泣きそうになる。
泣かない。私には笑顔が似合うらしいから。
私は、今日も教室で詩を創る。
紡げ、詩。
【終】
あ。タグ間違えた。
自分の書いてる作品の題名間違えた…