すごく突然ですが前に書いて投稿していたけど途中で途切れちゃった小説を再掲しようと思います。
あ、「ハブ ア ウィル」の方じゃないですよ(あれは再掲するのが難しいぐらい長いから…)。
確か去年投稿してたけど途中で途切れちゃった「緋い魔女」の方です。
本当はこんなことしてる余裕なんてないけれど、なんらかの形で生きる理由を作らないと、このままじゃ身が持たなくなるかもしれないから。
とりあえず、前に投稿したときより1回1回は短くなりますし、多少の加筆修正は入ってます。
あと、前回投稿したときと違って、各回は「Part〇」じゃなくて、「Act〇」にする予定。
そして途中で途切れたところからは完全新規のお話になる予定、です。
この書き込みを投稿したら、再掲版の投稿をしますね。
気が向いたら読んでね。
「おぉ、よくぞいらっしゃいました。ささ、な…」
出迎えの挨拶を無視するように、赤毛の少女は屋敷の大きな扉を通り抜ける。
「あぁ、そんなに急がなくても…」
出迎えた屋敷の主は慌てて制止しようとしたが、少女は気にも留めずに屋敷内へと入っていった。
早歩きする少女は振り向くことなく呟く。
「…別に、まだ依頼を受けるとは言ってないのだけど」
「えぇ、それは分かっています」
少女を追いかけながら屋敷の主人は答える。
「ただ、わざわざこんな所まで…」
屋敷の主人はつらつらと長話を始めたが、少女は気にすることなく歩き続けた。
そうこうする内に、2人は屋敷の広間に辿り着いた。
「…まぁ、とりあえずそこの椅子にでも腰かけてください。詳しい話は座ってからしましょう」
屋敷の主人はそう言って少女に椅子を勧めると、使用人たちにお茶を出すよう命じた。
少女が座った様子を見てから屋敷の主人は椅子に腰かけると、要件を話し始めた。
「…では依頼の話を。ここ暫く、領内では動物の不審死が相次いでおります。最初は森にいる鹿なんかが死んでいたりしていたのですが、やがて家畜にも被害が出るようになり…」
少女は屋敷の主人の話を聞きながら、周囲を見回していた。
地方の弱小領主とは聞いていたが、それにしても屋敷は広い。
屋敷の外観はかなり地味で、いかにも田舎の小貴族の邸宅、という感じがしたが、内装は随分豪華である。
これも”魔術”の成せる業か。
「…調査をしたところ、やはり精霊の仕業のようです。しかも土着の精霊ではなく、余所から来た精霊らしく、とても強力で…」
話を聞き流しながら少女は広間を見渡していると、ふと何かが目に留まった。
”それ”は広間の片隅、他の部屋に繋がる廊下への出入口付近にいた。
「配下の魔術師や外部の魔術師に対応を依頼しましたが、誰も歯が立たず…って、聞いています?」
もしや自分の話を聞いていないのではと、周囲を見回す少女に屋敷の主人は尋ねる。
「…あれは」
少女は屋敷の主人の質問には答えず、広間の隅っこを指さした。
「あぁ、あれですか?」
屋敷の主人は少女が指さす方を向く。
「あれは…まぁ、我が家の家宝のようなものでございます」
普段は別の部屋にいるはずなんですがね、と付け足す屋敷の主人に対し、ふーん、と少女は頷く。
そしておもむろに立ち上がった。
「あ、ちょっと…」
屋敷の主人は思わず立ち上がって少女を止めようとしたが、少女は構わず歩き出す。
少女が向かう先には、奇妙な人影が立っていた。
…ぱっと見たところ、人影は少女と同じくらいの背丈だが、屋内なのに足元まである真っ黒な外套を着こんでいる。
外套についている頭巾で顔を隠しているのも相まって、豪奢な広間の中で”それ”は異質なものに見えた。
少女は人影の前まで来ると、後を追ってきた屋敷の主人の方を振り向く。
「こいつ…」
「えぇ、まぁ…知り合いから貰ったものなのですが…」
屋敷の主人は気まずそうに言う。
そう、と少女は呟くと、目の前の人影に向き直った。
そして、何を思ったかその頭巾に手を掛けた。
「…‼」
少女は一息に目の前の人影の頭巾を引き剥がした。
一瞬の内に、頭巾の下から少年とも少女ともつかない顔が現れた。
…”それ”は、突然の出来事に目を真ん丸にしている。
「…やっぱりね」
少女はニヤリと笑う。
「…こいつ、あの有名な魔術師―”ヴンダーリッヒ”の”使い魔”でしょう」
…はい、と屋敷の主人は小声で答える。
「それに、貴方はこいつの”主人”ではない…」
「まぁ、そうですが…どうして…」
屋敷の主人が尋ねると、少女はクスクスと笑って答える。
「だってこいつは、あんまりにも言うことを聞かなくって、作った魔術師を除けばマトモに扱える人間がほぼいないことで有名なのだから」
貴方だって知っているでしょう?、と少女は屋敷の主人に目を向ける。
ええ…と屋敷の主人は答える。
「だから皆、こいつを扱いきれずに手元で持て余すか、他の魔術師に押しつけてしまうのよ」
少女はふふっと笑うと、屋敷の主人に向き直る。
「…そういえば、依頼ってどんなでしたっけ?」
依頼のことをすっかり忘れかけていた屋敷の主人は、慌てて答える。
「えぇと…簡潔に言えば、領内で害を為す精霊の退治…」
「…並の魔術師では対処出来ないから、私を呼びだしたのよね…」
少女はそう呟くと、少し考えるかのように宙を見上げた。
「貴方も太刀打ち出来なかったのよね?」
少女に尋ねられて、屋敷の主人は恥ずかしげに、まぁ、一応…と答えた。
そう、と少女は答えると、突然屋敷の主人を真っ直ぐに見据えた。
そしてこう言った。
「…その依頼、私に任せて頂戴」
さらに少女はニコリと笑って付け足す。
「その代わり、報酬は”こいつ”にしてくれないかしら?」
「…へ?」
屋敷の主人は想定外の言葉にポカンとする。
「別にいいでしょう? 使ってないようだし…それに、依頼にはそれ相応の報酬が必要でしょう?」
私みたいな”お雇い魔術師”はそうやって生きているのよ、と少女は笑いかけた。
「駄目かしら?」
少女にそう聞かれて、屋敷の主人は暫くの間考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「…では、よろしくお願いします」
それを聞いて、少女は目を細めた。
「…そう、じゃあ領内の案内をお願いできるかしら?」
精霊の出没場所とか被害を受けた場所とかね、と少女は言いつつ、さらに付け足した。
「あとこいつを借りるわ」
あ、はい…と答えてから、屋敷の主人はえ?と拍子抜けする。
「…この使い魔を借りるのよ」
少女は黒い使い魔を手で指し示す。
「便利な”武器”になり得るのに、使わずにいるのは勿体無いでしょう?」
別に持ち逃げする訳じゃないから安心なさい、と少女は微笑む。
そして広間の出入り口の方へ歩き出した。
「あぁ、ちょっとお待ち下さい」
屋敷の主人も少女の後を追う。
少女は気にすることなく進んだが、ふと立ち止まって振り向いた。
「…”お前”も行くわよ」
”お前”と呼ばれた使い魔は、はっとしたように顔を上げると、面倒臭そうな顔をしながら歩き出した。
その様子を見て少女は少しだけ笑うと、また広間の出入り口の方を向いて歩き出した。
テトモンさんがまた長編書いてる! 最近こういうのをやってくれる人がなかなかいなかったから、これから楽しみです!
レスありがとうございます。
またとは言っても前に載せたものの改訂版みたいなものだし、正直最後まで話を持っていけるか怪しいんですよね…(笑)
ついでに気付いたらテスト2週間前を切っていたのでこれから投稿が止まる可能性もあるし…
まぁせいぜい頑張ってみます。
「…こちらにございます」
この辺りを治める領主、もとい少女をこの地に呼び寄せたあの屋敷の主人は、雪深い森の入り口で立ち止まった。
そして少女の方を向いて話し出す。
「配下の魔術師達が近くで見張っております故、どうぞ存分にお調べください…まぁ、真冬ですからそうそう領民が近付くことはありませんが」
そう言って少女達を促した。
「ご案内ありがとう」
少女はそう言いながら屋敷の主人の傍を通り過ぎ、森の中へ入っていった。
使い魔も少女の後に続いていく。
暫くの間、少女達は黙って新雪の中を進んでいった。
しかし、少女はある程度進んだところで立ち止まる。
「…あいつ、逃げたわね」
そう呟いて、少女はもと来た方を向く。
「まぁ、あれでも貴族なのよね…弱小だけど貴族や魔術師同士の覇権争いで忙しいから、精霊なんかに命を奪われる訳にはいかないものね」
まぁ、邪魔が減ったからそれで良いんだけど、と少女はまた前を向いて歩きだす。
しかしすぐに足を止め、思い出したように振り返る。
「…そういえばお前…名前は?」
少女の後方にいる使い魔はふっと顔を上げる。
「知ってるんじゃないのか」
使い魔に真顔で言われて、少女はつまらなさそうに答える。
「まぁ、ね…未だに語り継がれる伝説的な魔術師の使い魔だものね…私でも、お前の名前は知っていて当然よ」
でもね、と少女は続ける。
「直接当人の口から聞いてみたいじゃない」
だから教えて下さいな、と少女は使い魔に目を向ける。
暫く使い魔は嫌そうに目線を少女から逸らしていたが、やがて諦めたように口を開いた。
「…”ナハツェーラー”」
ふーん、と言って少女は微笑む。
「あの魔術師らしいわね。自分が作ったモノに怪物…それも”吸血鬼”の名前を与えるなんて」
「何か文句?」
不機嫌そうに言われて、少女は笑いながらいいえ、と答える。
「ただそう思っただけ」
少女はそう言い終えると、また歩き出した。
「…ていうか、なんで報酬に俺を要求した⁇」
少女の後を追いながら使い魔は尋ねる。
「やっぱりあの”ヴンダーリッヒ”の最高傑作だから? それとも…」
少女は使い魔の話を遮るように足を止めた。
「別に、お前なんか欲しくなかったけど?」
その言葉に、思わずはぁ⁈と使い魔は叫ぶ。
「テメェ一体何を考えて…」
少女は溜め息をつきながら振り向いた。
「…大体、私に依頼を持ち掛けてくる人なんてね、自分たちの手に負えないような面倒ごとを、今話題の”緋い魔女”に解決して貰おうって考えてるのがほとんどなのよ」
それに、魔術の世界で”神童”だの”天才”だのって持て囃されてる魔術師が、自分の元に来るだけでも良い自慢になるでしょう?と少女は笑う。
「この間も1つ依頼を片付けたから、久しぶりに家でゆっくりしようかしらと思ってたんだけどね…ちょうどそこにあの領主が依頼を持ち掛けて来て…」
少女は不機嫌そうな顔をする。
「この間の依頼でそれなりに報酬を貰ったし、何しろ面倒臭そうな精霊退治を依頼されちゃったから、断ろうと思ってたんだけど」
そう言いながら少女は目を瞑る。
「あんまりしつこく手紙を送り付けてくるから、とりあえず話は聞くってことにしたのよ。それで、話を聞いた後に適当な理由をつけて断ろうとして…」
「そこに丁度俺がいた、と」
少女はふふっと笑う。
「報酬に置いてあるだけの”使い魔”が欲しい、って言ったらすんなり依頼を取り下げてくれると思ったんだけどね…」
まさかこうなるとはね、と少女は呟く。
「でも少し気になってたのよ。100年前、人々から”天才”と呼ばれた魔術師の”最高傑作”がどんなものか」
だからちょっとくらいは、主人をやっても良いかな〜って、と少女は続ける。
使い魔はふーん、とだけ呟いた。
「どっちにしろお前は借りるつもりでいたわよ…その逆さ十字の耳飾りを見た時から」
そう言って少女はにやりと笑ってみせた。
使い魔は、あの野郎…と腹立たしげにこぼした。
「作った人間のことをそんな風に言う使い魔なんて、初めて見たわ」
まぁ、悪趣味で有名な魔術師だし…と言って、少女はまた前に進み出す。
「…お前にだって容赦はしないからな」
別にまだお前の物じゃないんだし、と使い魔は少女を睨みつける。
「正式な主従じゃないから、敬意を示したり命令を絶対に聞いたりする必要もないだろう?」
そう言って使い魔は少女の後を追った。
少女はなら、と話を続ける。
「私だって容赦しないわ…お前が貴重品だろうと年上だろうと、あくまでお前を”武器”として使う」
…まぁ一応”借り物”だから、死なない程度に加減はするけどね、と少女は付け足した。
「分かったわね、”ナツィ”」
「ちょっと待て何そのあだ名」
少女の言葉に使い魔は思わず突っ込む。
少女はふふっと笑った。
「別に良いじゃない、フルネームじゃ呼び辛いし」
おあいこで、私のことは”グレートヒェン”と呼びなさい、と少女は言う。
「”マルガレーテ”だから”グレートヒェン”…魔術の世界ではそれで通ってるのよ」
少女はそう言って後ろを見やる。
少女の後を追う使い魔は、嫌そうにあーそうですかとだけ答えた。
その様子を見た少女はよろしいと言わんばかりに微笑むと、また前を向いて進んで行った。
「…見つからないわね」
森の中を探索し始めて幾ばくか、グレートヒェンはぽつりと呟いた。
「そっちは?」
グレートヒェンは振り向きざまに尋ねると、使い魔”ナハツェーラー”こと”ナツィ”はなんにも、と答える。
グレートヒェンはそう、と溜め息をついた。
「案外見つからないものね」
「そんなもんだろ」
そうナツィに素っ気なく返されたが、グレートヒェンは気にすることなく続ける。
「…別に、簡単に見つかるものだとは思ってないわ」
そんなのだったら、私の元に依頼なんてくるわけないし、とグレートヒェンは言って、ナツィを見つめる。
「そう言ってるお前とてどうなのかしら…まさか、感覚が鈍ってるってことはないでしょうね?」
ずっと屋敷の中に閉じ込められてたし、とグレートヒェンは相手を小馬鹿にするように笑う。
ナツィは思わずそっぽを向いて呟いた。
「やな奴」
「何か言って?」
グレートヒェンは笑顔で首を傾げる。
だがナツィは黙ったままだった。
「…ま、ここまで痕跡が見当たらないのはおかしいんだけどね」
そう言ってグレートヒェンはまた歩き出す。
「人間が住んでいる所には現れた痕跡があるのに、隠れていそうな森の中にはそれといった跡がない」
…まぁ、私が見つけられてないだけかもしれないけど、とグレートヒェンは呟く。
「痕跡が薄すぎて人間には分からない、とか?」
ナツィにそう聞かれて、グレートヒェンはそうかもしれないわね、と頷く。
「留まっている場所に残る魔力がやけに少ない、とか…もしかしたら人工のモノかもしれないわね」
人工精霊なら魔力がその場に残りにくくなるよう作ることができるし、と言ってグレートヒェンは立ち止まる。
「まぁ、今回は精霊退治がメインだから、精霊の正体とかはどうでも良いんだけどね…」
とりあえず、今日はこれぐらいにしておきましょう、とグレートヒェンはナツィの方を向く。
「そろそろ暗くなって来たし…第一かなり寒いし」
さぁ、戻るわよ…とグレートヒェンは元来た道を引き返そうとした。
しかし、すぐ何かに気付いたように足を止める。
「…?」
グレートヒェンの手の中にある魔石が、ぼんやりと光を放っている。
強い魔力に反応するように細工が為されているため、魔力の塊である使い魔に多少の反応を示すのはグレートヒェンも分かっていた。
だが、この光り方は明らかにすぐ側の使い魔よりも大きな魔力に対する反応である。
まさか…と思いつつグレートヒェンは振り向いた。
「‼︎」
背後にいたのは、半透明の狼のような巨大な獣…すなわち”精霊”だった。
「…」
精霊の金色の目と、グレートヒェンの目が合う。
やられる、そう悟ったグレートヒェンは叫んだ。
「ナツィ‼︎ 出ば…」
そう言いながらナツィがいる方を向いて、グレートヒェンは言葉を失った。
「…え?」
知らない間にナツィはグレートヒェンから少し離れた所にいる…というかその場から立ち去ろうとしている。
「…何?」
「何じゃないわよ」
ナツィの言葉に思わずグレートヒェンは突っ込んだ。
「正式な主従じゃないから必ず命令を聞くわけじゃないって最初に言ったんだけど」
ナツィは面倒臭そうに答える。
あっそ、とグレートヒェンは返した。
「…まぁ最初に言ってたものね、分かってたわ、分かってたわよ」
そして精霊に向き直った。
「それなら…好きになさい‼」
グレートヒェンはそう吐き捨てるや否や、懐から赤い石を幾つか取り出して地面に投げつけた。
石は雪原に着地すると共に白っぽい煙を上げ、見る見るうちに辺りを覆い隠してしまった。
「あまり時間がないから、これ位しかできないけど」
煙幕から離れ始めたグレートヒェンは、外套の内側から何かを取り出しつつ呟く。
「時間稼ぎ位なら‼」
グレートヒェンは手の中にある青い石を幾つか放り投げた。
術式が刻まれている青い魔石は光の糸で繋がり、さらに光の糸を広げていってあっという間に簡易的な防御結界を作り出す。
これで暫くの間はあの精霊の足止めはできるはず、とグレートヒェンは足跡を頼りに真冬の森を駆け出した。
ほとんど日も暮れて暗くなってきたが、森のどこを通ったかは覚えている。
このまま森の出口まで突っ切って行けば…とグレートヒェンが思った時、後方で何かが割れるような音がした。
「!」
まさか、と振り向くと、結界で足止めしたはずの精霊がすぐそこまで迫っている。
「さっき張ったのは簡単な術式だったけど…思ったより破られるのが早いわね」
仕方ない、とグレートヒェンは懐から黒い短剣を取り出す。
その時、グレートヒェンの視界に何かが映り込んだ。
ばさっと音を立てて現れた”それ”は、黒鉄色の大鎌を目の前の精霊に振りかざす。
突然の乱入者に驚いた精霊は、振り下ろされた刃が当たる寸前に姿を消した。
「…」
大鎌を携えた”それ”は、何もいなくなった雪原を見つめて立っていた。
「…お前」
グレートヒェンはぽつりと呟く。
「戻ったんじゃないのね」
”それ”ことナツィは無言で振り向き、こう答えた。
「別に…ただ、気になっただけ」
ふーん、とグレートヒェンは鼻で笑う。
「まぁ良いわ、助けて貰ったんだし」
にしても、とグレートヒェンはナツィが持つ大鎌に目をやる。
「蝶が象られた鎌、ね…」
やっぱり、”黒い蝶”と呼ばれるだけあるわ、とグレートヒェンは呟く。
それを聞いたナツィの手から大鎌が消えた。
「なぁに、隠さなくたって良いのよ」
お前の武器なのだから、とグレートヒェンは微笑む。
「…とりあえず、帰るわよ」
もう寒いでしょう、と言って、グレートヒェンは元来た方へ向かって歩き出す。
少し経ってから、ナツィは黙ってグレートヒェンの後に続いた。
「…という訳で件の精霊を見つけられたんだけど」
「逃した、と…」
まぁ仕方ないのよ、とグレートヒェンは食卓の上にティーカップを置く。
「もう辺りは暗くなり始めていたし、第一こちらもまだ準備が整っていなかった」
下手に抵抗するよりはマシだと思うのだけど、とグレートヒェンは真顔で言った。
…はぁ、と依頼主である屋敷の主人は答える。
「にしても、あの精霊が人工精霊かもしれないとは…」
「ま、あくまで仮定なのだけどね」
不安そうな顔をする屋敷の主人に、グレートヒェンはこう答える。
「どこかの敵対者が放った刺客かもしれないし、そうでもないかもしれないし」
そう付け足して、グレートヒェンはまたティーカップに口を付ける。
「別に今回の依頼は精霊退治なのだから、正体なんてどうでもいいんだけど」
出来るだけ、魔術師同士のいざこざには関わりたくないし、とグレートヒェンは笑ってティーカップをテーブルの上に置いた。
「まぁ明日もあることだし…今日はもう御暇させて頂くわ」
もっと領内の調査もしたいことだし…精霊を捕まえる罠も作らなきゃね、とグレートヒェンは言い終えて、ふと思い出したように屋敷の主人に尋ねる。
「そう言えば”アイツ”は?」
姿が見えないけれど…とグレートヒェンは辺りを見回す。
「あぁ、”ナハツェーラー”ですか」
屋敷の主人は静かに答えた。
「”あれ”でしたら、多分書庫の辺りにでもいるでしょう」
最近はああいう所に隠れてたりもするんでねぇ…と言って、屋敷の主人はグレートヒェンに向き直る。
「にしても、昼間”あれ”が勝手な行動を…」
申し訳ありません、元々ああいう奴で…と屋敷の主人は面目なさそうに言う。
それに対してグレートヒェンは、謝ることかしら?と首を傾げる。
「…別に、正式な主従ではないのだから、あれ位気にすることでもないと思うわ」
むしろ、とグレートヒェンは屋敷の主人の目を見ながらにこりとする。
「あんな性格だから、今まで多くの魔術師に盥回しにされてきたのねって、よーく分かったわ」
屋敷の主人は驚いたような顔をする。
グレートヒェンは気にせず話を続けた。
「様々な魔術師が大金やら何やらをはたいて自分の物にしては、その癖の強さに耐え切れず、無理に主従として契約しようにもすぐ魔術師が契約を切る代物…」
全く、噂通りだったわ、とグレートヒェンはクスクス笑う。
「そして貴方も、その癖に耐え切れず、従えられないまま…」
グレートヒェンの言葉に、屋敷の主人は恥ずかしそうに俯いた。
「…ふふ、まぁいいわ」
決まりが悪そうにする屋敷の主人を見て、グレートヒェンは話を切り上げて立ち上がる。
「それじゃ、今日はもうお休みさせて頂くわね」
グレートヒェンはそう言うと、屋敷の主人に小さく手を振って廊下へと去って行った。
暗闇の中、人影がゆらゆらと動いている。
明かりすらない部屋で、人影はまるで闇の中で目が見えているように本棚の間を歩き回っていた。
この部屋には多くの棚があったが、その中身は魔術書の類が殆どである。
普通の本も存在するが、ここにある本の多くは埃を被って眠っている。
そんな音一つ立たない書庫の中で、人影は当てもないように彷徨っていた。
「ここにいたのね」
闇の中から飛んで来た声に、人影はピタリと止まる。
「明かりもないのに、こんな所にいるなんて」
そう言いながら、赤毛の少女は姿を現した。
少女の右手では燭台が辺りを照らしている。
「探し物?」
そう尋ねられて、グレートヒェンが持つ明かりに照らされたナツィは別に、とそっぽを向いた。
そう、とグレートヒェンは呟く。
「何か用?」
今度はナツィがグレートヒェンに尋ねた。
「…ちょっと話があるんだけど」
グレートヒェンがそう答えると、ああそうですか、と言ってナツィは背後の棚にもたれかかった。
あっ、Act 21じゃなくてAct 20だった…
ちゃんと投稿前に確認するべきだったね…
「…で、話って何?」
そう言ってナツィは珍しくグレートヒェンの方に目を向ける。
その様子を見てから、グレートヒェンは用件を話し出した。
「まぁ作戦会議と言った所よ」
あの精霊をどう追い詰めるか、明日何をするか、とかね、とグレートヒェンは微笑む。
「とりあえず、今日の調査だけじゃ分からないことが多過ぎるから、明日も森や集落の調査をしようと思うの」
ある程度出てきた跡が残っていれば、現れる場所の法則性を掴めるし…と言って、グレートヒェンは話を止めた。
「…話、聞いてる?」
知らず知らずの内に俯いていたナツィは、びくっと顔を上げる。
「眠いの?」
グレートヒェンはそう尋ねながらナツィの顔を覗き込む。
当のナツィは気まずそうに視線を逸らした。
その姿を見て、グレートヒェンは静かに呟く。
「…”ナハツェーラー”は寝ないと身が持たない、か」
まさかとは思ってたけど、本当だったのね、とグレートヒェンは苦笑いする。
ナツィはあんまり言うんじゃねぇ、と恥ずかしげに呟いた。
「…自分じゃどうしようもないんだし」
そう言ってその場に座り込んだ。
「そんなに気にする事かしら?」
グレートヒェンはそう言って首を傾げる。
「確かに、大抵の使い魔は人工精霊に物質の身体を与えたもので、魔力の供給さえあれば動くから、眠る必要はないし睡魔に襲われることもまずないけど…お前は特殊だものね」
流石は”ヴンダーリッヒ”の傑作品と、グレートヒェンは笑った。
ナツィは少し顔を上げてグレートヒェンを睨みつける。
「人間って皆そういうこと言うよな」
”ヴンダーリッヒ”の最高傑作だの、貴重品だの、とナツィは続ける。
「…本当に面倒臭い」
そう呟いてナツィは膝に顔を埋めた。
「…」
グレートヒェンは暫く足元の使い魔を黙って見つめていたが、不意にこう尋ねた。
「…人間は嫌い?」
「嫌いだよ」
ナツィはすぐさまそう答える。
「ずっとずっと…作ったアイツの手元にいた頃から」