夏が近付き、日が出ている時間が長くなっても夕方の6時を越えれば辺りはそれなりに暗くなる。
特にこの街は田舎だから、中心部はともかく駅から離れた所はなおさらだ。
…別に、この街の治安は悪くないから平気なんだけどね。
それでも人通りが多いとは言えないので、小学校の頃から夜道には気を付けて、とよく言われる。
まぁ夜は何が起こるか分からないから仕方ない。
物騒な事が起きるかもしれないし、”普通の人が知らないモノ”が涼しい顔でうごめいているかもしれない。
でも、何が起きてもわたしは気にする事はないと思う。
…そもそも、最近身の回りでかなり現実離れした事が起きてるし。
しょうがない、”こういう所”に住んでいるのだ、諦めるしかない。
そう思いながら夜道を歩いていると、誰かとすれ違った。
何気なく振り向くと、見覚えのある後ろ姿が見える。
「…黎?」
思わず呼びかけると、相手はちらと振り向いた。
だが彼はこちらをチラ見しただけで、そのまま歩き去って行った。
「…あ」
珍しく知り合いと会ったのに、特に何も起きなくて少し寂しかった。
だが彼の姿にふと違和感を感じた。
…いつもはリュックサックを持っているのに、手ぶらで歩いている。
「いや、そんなにおかしい事はないか」
わたしはそう呟くと、もう結構暗いな、と家路を急いだ。
「そう言えば、この間会ったよね?」
いつもと変わらない日曜日、いつものように”彼ら”とショッピングモールで遭遇したわたしは、何気なく黎に話しかけた。
「…」
しかし、本人は沈黙。
「…何?」
どっかで黎に会ったの?とネロはこちらを睨む。
あーまぁね、とわたしは答える。
「この間、道端ですれ違ったんだよ」
特に話したりはしなかったけど、と答えると、ネロはふーんとだけうなずいた。
「何も話さなかったって、コイツとならよくある事だよ」
「それな、ってか黎はお前さんと関わる気ゼロだぜ」
耀平と師郎は苦笑する。
「…黎、コイツに会ったの?」
ネロがそう尋ねると、黎はまぁ、とうなずいた。
「会ったのかー」
まーでも面倒事に巻き込まれてなきゃいっか、とネロは黎の隣に座り込む。
「め、面倒事って…」
「お前がいると大概面倒な事が巻き起こるからだよ」
わたしの呟きに対して、耀平はムスッとした顔で答える。
「そりゃね、大体全ての事の発端はアンタだし」
ネロはわたしの方を指さして言った。
「いや若干ネロも絡んでるだろ」
「うぐっ」
師郎にそう突っ込まれて、ネロはうろたえた。
そんな彼らを見ながら、わたしはふとこの間の事を思い出した。
「ねぇ黎」
わたしの発言で彼らの視線が一気にこちらへ集まる。
「この間会った時、どこかに行ってたの?」
「…」
黎の視線が静かにわたしからそれた。
「だって手ぶらだったから…」
「おいおい、そういうの100%この人は答えないぞ」
わたしのセリフを遮るように耀平が突っ込む。
「え、別に良いじゃんそれ位…」
わたしは気にせず会話を続けようとしたが、急に黎が口を開いた。
「別にどうでも良くない?」
少し間が空いてからの返答だったから、わたしはビックリして、え、としか言えなかった。
「…そもそも話す気ねぇし」
お前とは特に、と黎は続ける。
その一言にわたしは凍り付いた。
黎らしいなと師郎は苦笑する。
まぁそーだろーねーとネロはうなずく。
「だって自分らの秘密を握っている人だもん…あんまり関わろうとは思わないだろうなー」
そう言ってネロはわたしの方を見た。
「だから”そういう人”に関わって来られるのはちょっとね~」
そして彼女は嫌みっぽく笑った。
「おいネロ、何か邪悪なモノが出てんぞ」
何やら黒いものがチラついたネロに対し、耀平はそう言って諫めた。
言われた側のネロは、はいはい、とそっぽを向いた。
「…ま、アイツは元々あまり他人と関わらないからな」
耀平はわたしに向き直る。
「自分の事を知られるの好いてないし」
そう言いながら耀平は笑った。
「あ、でも俺らはアイツの事結構知ってるじゃん」
師郎は思い出したように言った。
「アイツの好物とか、入ってる部活とか」
「いやそこら辺はお互い様だから」
耀平は真顔で返した。
「でも、いくら仲が良くてもあえて知らないままにしてる事もあるんだけどな~」
暗黙の了解的な奴で、と耀平は続ける。
「だからあんまり黎に干渉し過ぎるなよ」
異能力の存在全般に言える事だが、と付け足す耀平の顔から微かに笑みが消えた気がした。
…確かに、”常人”であるわたしが異能力に関わり過ぎてしまうのは、少しアウトかもしれない。
でも、それはそれで楽しいと思うから、わたしは彼らと関わっているのだけど。
「…あ、そう言えば黎」
不意に何かを思い出したようにネロが言った。
「”ロヴィン”見つかった?」
黎はちらっとネロの方に視線を向ける。
「…まだ」
ネロはそっかーとだけ答えた。
何の話してるんだろ、とわたしはつい思った。
しかし、ちょうど師郎が何やら喋り出したので、そちらの方に意識が向いてしまい、すぐにその事を忘れてしまった。
「”ロヴィン”、ね…」
塾からの帰り道、わたしは何気なく昨日聞いた言葉を思い出していた。
気付けば辺りは薄暗く、雨も降り出している。
”ロヴィン”、人名のようだけど、何の事だろう。
すごく気になるけれど、それについて話していたあの2人は答えそうにないな、とわたしは傘を差しながら思った。
ネロは、は? 別に良いじゃんって言ってきそうだし、黎はトコトン沈黙し続けるだろうし。
…そういえば、どうして黎はあんなにも喋らないのだろう。
わたしはふと立ち止まる。
ああいう人、時々いるから別におかしいことではない。
ただ…
「話す気ない、ね…」
わたしは昨日彼に言われた事を思い返した。
こっちからしたら、かなりグサッと来る発言だ。
でも、そこまで言う必要あるだろうか?
…わたしは確かに普通の人間だけど、”異能力”の事を知ってしまった例外だ。
危険視されて一緒にいる事を嫌がられても仕方ない。
でも何だかんだで一緒にいさせてもらってるし…
あれ待てよ、とわたしは顔を上げる。
嫌がられても仕方ないけど、話す気ないって言われちゃったし…
もしかして、とわたしは立ち止まる。
「わたしって嫌われてる⁇」
思わずわたしは声に出した。
「確かに薄々気付いていたけど…」
いざ意識するとちょっとキツイな、とわたしは呟く。
…こうなると、また彼らに会いに行こうとは思えなくなってくる。
まぁ、あちらとしてはその方が良いのかもしれないけれど。
…嫌な奴とは、誰だって会いたくないし。
でも、会うのをやめたとしてもここは田舎だ。
どっちにしろそこら辺で会うかもしれない。
そう思うと、ここが割と田舎である事がうらめしくなってくる。
道端でバッタリ会うのは気まずいし。
「どうしたら良いんだか」
やっぱり、仲良くするしかないのかな、とわたしはこぼした。
…彼らとどうしたら仲良くなれるかはさっぱりだけど。
その方法が見つかれば…と思いながら雨が降る街中を歩いていると、ちらりと裏路地が目に入った。
「…?」
何か、知っている人影がそこにいた気がして、思わず二度見した。
…確かに、後ろ姿しか見えないけれど、路地に誰かがいる。
「…」
そこにいるのは誰なのか、つい気になってしまった。
「…」
気付けばわたしは裏路地に足を踏み入れていた。
こちらが近付いても気付かないのか、人影は建物の壁に寄り掛かって動かない。
2、3メートル程路地に入って行った所で、そこにいるのが誰なのか何となく分かった。
…確実に面倒になる事は分かっていたし、わたしの見間違いかもしれない。
それでもその名を呼ぶ事にした。
「黎?」
人影は動かない。
聞こえていないのかな、と思ったがわたしはある可能性に気付いた。
まさか、と思ったが、一応”その手”を使ってみる事にした。
「…”サイレントレイヴン”?」
くる、とゆっくり彼は振り向いた。
その目は灰色がかった綺麗なアイスブルーに光っている。
「…!」
少しの間沈黙が流れたが、振り向いてやっと後ろに誰かいるのに気づいたのだろう。
彼はぱっと向こうに走り出した。
「あ、待って!」
急に走り出したものだから、思わずわたしは呼び止めようとした。
「ちょっと…」
少し走った所で彼は立ち止まった。
「”サイレントレイヴン”…」
どうして逃げるの…?と言おうとした所で、彼は何か呟いた。
「…長い」
「へ?」
彼は静かに振り返った。
「もう1つの名前は長い」
だから”レイヴン”で良い、と言う彼の目は冷たい。
あ、そう…とわたしは言いかけたが、ある事に気付いた。
暗闇の中、いつもと同じパーカーを着た彼の腕の中に何かいる。
わたしは思わず呟く。
「…ネコ?」
ぴく、と彼は反応する。
彼はあまり見られたくないのか、抱えている濃い灰色のネコをこちらから見えないようにした。
「ていうか、フード…被っていないんだね」
彼がいつもはパーカーのフードを被っているのに今は被っていない事に気付いたわたしは、何気なくそう言った。
彼は言われるまで気付かなかったのか、慌ててフードを深く被った。
「…」
いつものようにフードを深く被ったレイヴンは、無言でこちらを見た。
冷たい目を向けられて、わたしは凍り付いたように動けなかった。
暫くの間路地裏に微妙な空気が流れた。
…少しの沈黙の後、何を思ったかレイヴンはまた向こうを向いて歩き出した。
「あ、待って!」
傘…と言いかけた所で、彼は立ち止まった。
「傘、ないんなら入れば?」
ネコもいるし…とわたしは続ける。
「…」
彼は沈黙したままだ。
無視しているのかどうかは分からないが、こうなるのは何となく予想できていた。
嫌いな奴と帰るのは、誰だって嫌だろうし。
でもこの強くなり始めた雨の中、傘なしで帰るのはちょっとかわいそうだった。
「ていうか、むしろコレそのまま貸した方が良い…」
「別にいい」
急に彼が喋り出したので、わたしはついポカンとしてしまった。
「入りたくないし、使いたくない」
ド直球の発言に、わたしははぁ、としか言葉が出なかった。
彼は呆れたように近くにあった建物の軒下に入った。
いつの間にか、その目から光が消えている。
「でもそのネコ…」
「…ロヴィン」
「え、へ?」
黎がわたしの言葉を急に遮ったから、思わず変な声が出てしまった。
「ロヴィン…こいつの名前」
黎は自分の腕の中に目を落としながら言う。
わたしはその様子をただただ見ている事しかできなかった。
…まさか、この間言葉だけ聞いた”ロヴィン”が、ネコの事だなんて。
というか、この人ってネコ好きなのかしら?
「…家で、飼ってるの?」
何気なく尋ねると、まぁ、とだけ彼は答えた。
「暫く行方不明だったの?」
そう聞くと黎はぱっと顔を上げる。
「あ、いや何となくそう思ったんだけどね…」
わたしは慌てて付け足す。
「こんな雨の中、傘も持たずに歩いていたからさ」
だからそんな気がして、とわたしは続けた。
黎は無言で自分の腕の中のロヴィンに目を向けた。
また路地裏に沈黙が流れる。
…なんていうか、また微妙な空気になってしまった。
でも、実際に会話して、この人は意外と喋るんだなと思った。
一応喋るって前に聞いているけど。
…その気になったら、仲良くなれるのかもしれない。
「…ネコ、好きなの?」
仲良くなれそうな気がして、わたしは何気なくそう尋ねてみた。
だが彼は怪訝そうな視線を送る。
「…ソレ聞く必要ある?」
「え」
わたしが思わずそう言っても、気にせず彼は話を続けた。
「…お前と話す気なんかないし、関わりたくない」
「どうして…」
わたしが言い終える前に彼は答える。
「シンプルに関わる気がないだけ」
相手がどう思うか知ったこっちゃないし、と黎は付け足した。
「あとお前と関わると面倒な事が起こりそうだからってのも」
「うっ」
わたしはうろたえる。
…確かに彼の言う通りかもしれない。
わたしとの関わりによって、彼らにとって不都合な事が起きているのは事実だし。
でもそこまで言わなくても…
「人と関わるかどうかはその人の勝手、こっちが何を思ってもこっちの自由」
他人の思いなんて理解できないし、と黎は続ける。
「自由…」
わたしは思わず繰り返す。
確かに、その辺りはその人の自由だ。
黎はうつむきながらさらに言う。
「他人の感情なんかよく分かんないし、理解できない」
だから勝手に関わられても、基本的にはどうでも良い事、と黎は付け足す。
「でも…」
不意に彼は口ごもった。
わたしは何を言おうとしているのだろうと首をかしげる。
「お前だけは、何か干渉され過ぎそうで嫌…」
消え入りそうな声で彼は言った。
「…」
黎はこちらをちろと見た後、逃げるかのように駆け出した。
「あ」
わたしがそう言う頃には、彼は視界の外だった。
最後の方、何だったんだろ…
わたしは路地裏でただただ呆然と立ち尽くしていた。
あれから数日後、わたしはなぜか”彼ら”と共にいつものショッピングモールにいた。
「…何で呼んだの?」
「事情聴取って奴だよ」
わたしの質問に、ネロは間髪入れずに答える。
「…はぁ」
思わずわたしは呟く。
…何しろ、いつものようにショッピングモールをほっつき歩いていたら、急に捕まえられたのだ。
色々と状況を理解できないのも無理はない。
「でも”事情”って…」
「いや分かんねーのかよ」
わたしの言葉を遮ったネロに対して、わたしはうぐっとしか答えられない。
…まぁ実を言うと察しがついているんだけど。
「あれ、そう言えば黎は?」
いつものようにネロ、耀平、師郎…といるのに黎だけいない事に気付いたわたしは、何の気なくそう言う。
「え、あれ?」
「そう言えばいない…」
わたしが言って気が付いたのか、ネロと耀平は辺りを見回した。
「アイツ…逃げたな」
「ご同席願おうと思ってたんだけどな〜」
異能力使って探すか…と2人が話していると、不意に師郎が、あ、と呟いた。
「…あんな所に」
師郎が目を向けた方に見ると、ショッピングモールの通路の角からこちらを覗き込む少年が見えた。
「あれ、いつの間に…」
「ま、黎は気配消すの上手いから…」
でも異能力の気配はどうやっても消せないよね〜と、耀平とネロはのん気そうに言う。
師郎は仕方ないなーと言いつつ、黎の方に向かった。
「何であんな所にいるの?」
何気なくわたしが聞いてみる。
「そりゃ、アンタがいるから気まずいんだろう」
ネロは素っ気なく答える。
「アイツは都合が悪い事があるとしれっと逃げようとしたり隠れようとしたりするし」
「でもネロもそんなもんじゃん」
ネロの発言に対し耀平がそう言うと、彼女はそんな事言うなしー、と頬を膨らませた。
そうこうしている内に、師郎がこちらへ黎を連れて来た。
「ほれほれ、事情聴取始めるぞ〜」
そう言いながら、師郎は休憩スペースの椅子に座った。
その様子を見て、ネロも椅子に座った。
「んじゃ、気を取り直して事情聴取と行きますか」
とりあえず、この間の月曜何があった、とネロはこちらを睨んだ。
こちらを見るネロの目が怖かったから、わたしは仕方なく話すことにした。
この間の夕方、黎に会った事。
関わりたくないと言われた事。
あとネコを連れていた事。
「ふーん」
一通り説明し終わった所で、ネロは神妙な顔をする。
何か引っかかったのだろうか。
「どうかしたの?」
そう尋ねると、ネロはいや、と答える。
「…ロヴィン見つかったんだなって」
「え、そっち⁇」
わたしは思わずぽかんとする。
えーだってさ、とネロは言った。
「黎ん家のロヴィン可愛いんだも〜ん」
でへへへへ、とネロは嬉しそうな顔をする。
「ネロはネコ好きだもんな」
耀平はネロの頭を撫でながら言う。
「ロヴィンがいなくなったって聞いて、おれ達も探すの手伝ったし」
異能力を使ってな、と耀平は付け足す。
「でも全然見つからなかったから、一時はどうなるかと思ったよ」
とりあえず見つかって良かった、とネロは笑った。
わたしは目の前の状況にぽかんとしてしまった。
これって事情聴取じゃなかったっけ?
「…そう言えば事情聴取は?」
「あ、そう言えば」
ネロはハッとしたように向き直った。
「…それでさ、何で黎に関わられたくないって言われたのさ?」
ネロにそう聞かれて、わたしはうーんと唸った。
正直な所、なぜ関わりたくないと言われたのかは分からない。
ネコが好きなのかと聞いたら、聞く必要ある?と言われちゃったし。
「…よく分からない」
「まぁそんなもんだろうね」
わたしの答えに対して、ネロはそう呟く。
「そもそも黎は人と関わりたがらないし」
そうなの?とわたしは聞き返す。
「ボクらにも何でだか分からないけど、黎は人と関わるのが嫌いっぽい」
…そーだよね、とネロは黎の方を見やる。
黎は恥ずかしそうにちょっとうなずいた。
「過去に何かあったのかもしれないけど…ボク達が知る領域でもないし」
ネロの発言を聞いて、わたしはふと思った事を口に出した。
「ネロの能力でその辺分かったりしない?」
ネロは嫌そうな顔をした。
「…いや、それはちょっと」
どうして?と聞くと、ネロはだってさ、と呟く。
「友達の記憶は無闇に見るものじゃないし…」
ネロは続ける。
「それが原因で相手のトラウマを掘り返したら悪いし」
確かに、とわたしはうなずく。
トラウマや嫌な記憶を知られるのは弱点を晒すようなものだ。
それに、知られる側も傷つくだろうし。
「だから、ボクは友達の記憶を無理に漁らない」
それがボクの流儀だし、とネロは言った。
「…で」
本題どこ行った、とここで耀平がジト目で言った。
「そう言えばそうだった」
「確か黎に関わりたくないって言われた所までだよね」
わたし達はそう言って話の本筋に戻った。
「えーと、黎は他人と関わるのが嫌なんだよね」
わたしが改めてそう聞くと、ネロはまぁね、と答えた。
「じゃあ何でネロ達と一緒にいるの?」
黎がビクっと反応する。
ネロはうーんと唸った。
「それは…ボクらが同族だからかなぁ?」
「でも黎はそんなに付き合いのない異能力者には冷たいぞ」
じゃあ何でだろ、とネロと耀平は顔を見合わせる。
…どうやら、彼らにもよく分からないようだ。
分からないなら仕方ない、とわたしが言おうとした時、ここで師郎が口を開いた。
「…黎にとって、俺達は初めてできたマトモな友達だからじゃねぇの?」
ネロと耀平は思わず師郎に目を向ける。
「だってコイツ、俺達に出会うまでネコ位しか友達いなかったし…」
そう言った所で、黎は物凄く恥ずかしそうな顔をする。
「あー確かに」
「そう言えば、おれ達と出会ったばかりの頃の黎はネコに夢中だった…」
ネロと耀平はそう言ってうなずく。
「だから一緒にいても嫌がられないんじゃね?」
なぁ、と師郎は黎の方を見たが、当人はテーブルに突っ伏していた。
皆はその様子を見て沈黙する。
「…こりゃ当たりみたいだな」
耀平がそういうと、ネロはだね、と答えた。
「黎にとってはみんなの事が大切なんだろうね」
わたしは思わず呟いた。
「…」
黎はちょっとだけ顔を上げる。
急にどうした、とネロが聞いてきたので、わたしはええとね、と答えた。
「…一緒にいても苦にならないって事は、それ程居心地が良いんだろうな、大事なんだろうなって」
わたしにもそういう友達がいたらなって、とわたしは笑った。
「いや、アンタは面倒臭いからそういう友達ができないだけでしょ」
「うっ」
ネロが嫌みっぽく言ってきたので、わたしはついうろたえてしまった。
「まぁそうだろうな」
「仕方ない、そういう人って中々いねぇし…」
耀平や師郎も同意する。
「まぁいいや、これで事情聴取は終わり」
あとはもう好きにして良いよ、とネロが言った。
「やっと終わりか」
耀平はそう言って立ち上がった。
「この後どうする?」
ゲーセン行く?と耀平はネロに尋ねる。
「うーんどうしよっかな~」
ネロもそう言いながら椅子から立ち上がる。
師郎もそろそろ行こうかね、と席を立とうとした。
皆がそれぞれ立ち去ろうとする中、ネロがわたしに聞いてきた。
「そう言えばアンタはどうすんの?」
取り調べも終わったしさ、とネロは続ける。
「うーん」
欲を言うなら皆に付いて行きたいけど…とわたしは答えた。
ネロはえーっ、と嫌そうに言う。
「わざわざボクらと一緒にいる必要ないじゃーん」
「まぁ、そうだよね」
そう言うと思ってた、とわたしは苦笑する。
ネロはしょうがないとでも言いそうな顔で言った。
「…ま、ボクらの邪魔にならなければ、アンタの好きにしても良いんだけどさ」
「え?」
ネロの意外な一言に、わたしはつい変な声を上げてしまった。
「邪魔にならなきゃ良いんだよ、邪魔にならなきゃ」
皆は?とネロは他の3人に尋ねた。
「ま、良いんじゃね?」
「邪魔にならなきゃ別に良いぞ」
耀平や師郎はそう答えた。
「黎は?」
ネロがそう聞くと、黎はちらりとこちらを見た。
暫くの沈黙の後、黎は口を開いた。
「別にどーでも良い」
そう言うと、彼はスタスタと先に歩いて行ってしまった。
「おいちょっと待てよ」
そう言いながら、師郎は黎のあとを追う。
黎らしいな、と耀平は笑ってネロと共にそれに続いた。
流石、この4人は仲が良いな、と思いながらわたしは彼らの後ろを歩き始めた。
〈7.サイレントレイヴン おわり〉