寿々谷駅前の商店街の裏は、少々不思議な雰囲気を纏っている。
というのも、表通りと違って変わった店や建物がひしめいているのだ。
…正直、慣れている人でないと歩きにくい。
人通りが少ない事もあり、そこはわたし達コドモの溜まり場ともなっている。
もちろん、そこには常人じゃない人間も多く存在するが。
…だから裏路地は独特の雰囲気を持っているのかもしれない。
そしてわたしは今、”彼ら”と一緒に商店街の裏路地にいた。
「ねぇ」
わたしは何か写真を持った小柄な少女に話しかけた。
「…それ、何?」
あーコレ?と少女ことネロは答える。
「今回のターゲットの写真だよ」
ターゲット?とわたしは思わず聞き返す。
「あ、ターゲットってのはな」
わたしの様子を見て、ネロの隣にいる耀平が説明し始める。
「異能力を使っている所を見られたから、見た人の記憶を消して欲しいっていう依頼がネロの所によく来るんだけど、そのターゲット」
つまりこの写真の人は異能力を使っている所を見てしまった一般人だな、と師郎が言い換える。
へーとわたしはうなずく。
「ちなみに依頼は情報屋経由なんだぜ」
「え、へ?」
耀平の思わぬ発言に、わたしは一瞬混乱する。
「え…情報屋?」
「そうそう情報屋」
思わず聞き返すと、耀平はうなずいた。
「情報屋は情報の融通だけじゃなくて、異能力者の斡旋もやったりするんだ」
結構何でもやるんだぜ、と耀平は笑う。
わたしは思わぬ場所で情報屋の話に出くわして、ついぽかんとしてしまった。
「ね、ねぇ、情報屋ってどんな人なの?」
わたしはここぞとばかりに疑問を投げかけてみた。
…異能力の存在を知ってしまった”わたし”の事を、寿々谷の異能力者たちに言って回る情報屋。
その正体が知りたいのだ。
「うーん、どんな人と言われても…」
耀平は宙を見上げながら少し考える。
「説明が難しいよね~」
ネロはそう言って苦笑した。
「だってアイツ、掴み所ないし、神出鬼没だし…」
連絡先も中々教えてくれないもん、とネロは続けた。
「何か説明しようがないよね~」
ネロの言葉に、耀平はだな、とうなずいた。
「行動が読めないからどうしようもないんだよな」
「ついでにこっちが何をしてもお見通しだし」
いっつも一枚上手なんだよな、と師郎は笑った。
「…そうなんだ」
何だか期待通りの答えが出なくて、わたしは少し落胆してしまった。
まぁいつでも物事が思い通りに進むとは限らないし。
情報屋の事もいずれ分かる事だろう。
そう歩いていると、不意にネロが足を止めた。
「…どうしたネロ?」
耀平は思わずネロに聞く。
「…いや、ここさっき通ったような気がして」
ネロは辺りを見回しながら答えた。
「えーそんなバカな…」
そう言いながら耀平は両の目を光らせる。
「あれ、異能力…」
わたしがそう言いかけると、師郎があぁと説明を始めた。
「あれはな、コマイヌの異能力で自分達の行動の”軌跡”を見る事で、さっきここを通ったか確かめてるんだよ」
…おいコマイヌ、どうだったか?と師郎は耀平に尋ねた。
耀平、もといコマイヌはこちらを振り向く。
「…確かに、ここはさっきおれ達が通った」
でも何で…とコマイヌは首を傾げる。
「別に道に迷ってるワケではないもんなぁ」
「おっかしーなー、何で何度も同じ場所通ってんだ~?」
彼らがその理由を話し合っていると、急にネロがもしかして、と呟いた。
「もしかして?」
わたしはつい聞き返す。
「いやもしかしたらなんだけど…」
ネロが話を続けようとした時、不意にフハハハハハ!と高笑いが聞こえてきた。
誰かと思って声がする方を見ると、小学校中学年から高学年位の少年が路地の真ん中に立っていた。
「そう、そうだとも!」
全てはぼ…と言いかけた所で、ネロがこう遮った。
「まだ何も言ってないけど」
「うっ」
少年はちょっとうろたえたが、気を取り直して話を続けた。
「まぁ良い、全てはぼくの手の上だからな…」
少年はカッと目を見開いた。
「そう! 全てはぼくのせいなのさ!!」
フハハハハハ! どうだー!と大げさに笑う少年に対し、わたし達はぽかんとしていた。
「フハハハハハ! どうだぼくの異能力は! すごいだろう!」
少年はさらに笑う。
「…ねぇネロ」
わたしは思わずネロに尋ねた。
「何なのあの子」
あーアイツ?とネロは真顔で答える。
「アイツは鱗 円(うろこ まどか)」
よく自分の異能力でボクの邪魔をしてくる奴だ、とネロは続けた。
「こっちが何やっても懲りないからさ、おれらも苦労してるんだよ」
耀平は呆れたように呟く。
「どんな異能力を持っているの?」
わたしがそう聞くと、耀平はこう答えた。
「アイツの異能力は”ウロボロス”」
一定範囲内の人間に同じ行動をさせ続ける異能力だ、と耀平は説明する。
「まぁ、少々厄介な異能力だな」
そう言って彼は頭の後ろで手を組んだ。
「何でネロ達の邪魔をしてくるの?」
わたしがそう尋ねると、ネロが面倒臭そうに答える。
「暇だからってよ」
あと自分の異能力の使い道がないからとも言ってたな、とネロは続けた。
「ま、ただの愉快犯だよ」
師郎はそう言って笑った。
「…とりあえず、ボクの邪魔をするのはやめてくれない?」
じゃないと具象体出すよ、とネロは脅した。
しかし相手には効かないようだ。
「ハハハッ! 具象体なんかもう怖くないもんね!」
ぼくの異能力で意味なくなるし~と円はネロを煽った。
「あーもう!」
ネロはぱっと手の中に具象体の黒鎌を出す。
「うぜぇ!」
そう怒鳴りつつネロは円に斬りかかった。
しかし彼はいとも簡単にそれを避けてしまった。
「へへっ、効かないよ~」
そう言いつつ円は路地の奥へと走り出す。
「こら待てぇぇぇ!!」
ネクロマンサーはそのまま円の後を追いかけだした。
「あ、ちょっと待てネクロ‼」
耀平はそう言いながらネクロマンサーの後を追う。
その様子を見て、師郎や黎も走り出した。
「あ、待って!」
わたしも置いて行かれまいと彼らの後を追った。
ネクロマンサー達に置いて行かれまいと走り出して暫く、わたしは路地裏を歩いていた。
「もう、皆どこへ…」
わたしが辺りを見回しながら歩いていると、少し離れた所に見覚えのある4人を見つけた。
「あ」
わたしはそう呟いて彼らに駆け寄る。
「あ来た来た」
わたしが駆け寄る様子を見て、ネクロマンサーはそう言った。
「どこ行ってたんだよ」
「皆こそ、どこへ…」
わたしは呆れたように呟く。
「だってネクロが急に走り出したからな」
仕方ねぇよ、と耀平はネクロマンサーの肩に手を置く。
ネクロマンサーはそっぽを向いて不満気な顔をした。
「まぁそれはともかく」
耀平がわたしに向き直って言う。
「また同じ場所に戻っちったな」
耀平がそう言うと、皆もそう言えばとうなずいた。
「確かに…同じ場所だな」
奴のせいか、と師郎は呟く。
「面倒くさ」
いつの間にか具象体を消していたネロはそう言ってため息をついた。
ウロボロス、同じ行動をとらせ続けるというのは面白そうな異能力ですが、如何にして元居た位置まで引き返させているんでしょうか。多分これから作中で説明されると思うので、楽しみです。
レスありがとうございます。
ウロボロスの異能力をちゃんと説明できるかな…
もしかしたら後々解説することになりそうですが、いずれ何らかの形で説明するので楽しみにしててくださいね。
「…で、どうする?」
耀平がネロに尋ねた。
「そりゃぁ、今回も捕まえてやるよ」
そう言って彼女は目を赤紫色に光らせる。
「そうかい」
耀平も両目を黄金色に輝かせた。
「んじゃ、行こうか~」
2人はそう言って歩き出す。
「あ」
しかしコマイヌはすぐに足を止め、くるりと振り向いた。
「しっかり意識して歩かないと、”ウロボロス”の異能力でまた同じ所を回るハメになるからさ」
気を付けろよ、お前、と耀平はわたしの目を見る。
「あ、うん」
わたしは急に話を振られて一瞬戸惑ったが、すぐにうなずいて答えた。
「じゃあ行こうかね」
わたしの様子を見て師郎はそう言って歩き出した。
わたしもうん、とその後を追った。
円さん(ウロボロスさん)、なかなか腹立ちますが憎みきれない人物ですね。
これからどんな風に物語が進んでいくのか、とても楽しみです!
※「腹立つ」という表現を不快に思われたらすいません!あくまでも個人の感想です...。
レスありがとうございます。
ええ、円はそういう奴なのです(笑)
むしろイラッとくるようであれば作者にとって本望なので。
鱗 円ことウロボロスを追いかけ始めて暫く。
わたし達は路地のあちこちを歩き回っていた。
時々気を抜いてしまって、1人だけ違う方向へ向かってしまったりもしたけれど、とりあえずは同じ所を通らずに済んでいる。
だが、今回探している人物は中々見つからない。
「…見つかりそう?」
わたしはつい気になってコマイヌに尋ねる。
コマイヌはうーんとうなった。
「さっきから痕跡は追えてるんだけど…相手が移動してるみたいで中々追いつけない」
まだ時間がかかりそうだな、と彼は苦笑いした。
「早い所とっちめよーよ」
ネクロマンサーはそう言ってコマイヌの服のすそを引っ張る。
コマイヌはそうだなと答えた。
「あ、ちょっとコマイヌ」
ふと師郎がコマイヌに呼びかけた。
「ちょっと…良いかな?」
師郎は横道を親指で指し示した。
コマイヌは最初、何だかよく分からなかったようだが、すぐにあー分かったと返事した。
その様子を見て、師郎は黎と共に横道へと向かった。
「…どこへ行くの?」
わたしは思わず尋ねたが、コマイヌはちょっとな、と曖昧な返事しかしてくれなかった。
「まぁとりあえず、おれ達も行こう」
そう言ってコマイヌはネクロマンサーと共に歩みを進めた。
また歩き出して暫く。
わたし達3人は相変わらず路地裏を歩き回っていた。
コマイヌ曰く、まだ円は移動しているようだ。
「アイツ…本当にどこへ行ったんだ?」
ネクロマンサーは疲れた顔で呟く。
「アイツがいそうな場所も探してみたけど、収穫はなかったな」
コマイヌも苦笑した。
もうそろ夕方だし、帰りやがったかな~とネクロマンサーは伸びをする。
「…ねぇ」
わたしはふとコマイヌに話しかけた。
「師郎達はどこへ行ったの?」
さっき離れて行ったけど、とわたしは聞く。
あーあの2人はな、とコマイヌは答える。
「ちょっと別行動を取ってるんだよ」
おいおい合流する予定、と彼は続けた。
「一応さっきから連絡は取っているし」
あの2人なら大丈夫、とコマイヌは言った。
「もしかしたら情報屋に手伝ってもらってたりして」
ネクロマンサーはフフフと笑った。
「いや、流石にそれはないだろ」
アイツの事だし、とコマイヌはネクロマンサーに突っ込む。
「さて」
不意にそう言ってコマイヌはまた歩き出す。
「また追跡再開といきますか」
「だね」
ネロもそう言って彼に続く。
わたしも彼らに続いて歩き出した。
…と不意に路地の角から飛び出してきた人物と目が合った。
「あ」
思わずそう呟く相手は目を淡い青緑色に光らせている。
「…ウロボロス‼」
ネクロマンサーはそう叫んだ。
「げ、やべっ」
ウロボロスはそう言って走り出す。
「あ、待てぇ‼」
ネクロマンサーはそう言いながら駆け出した。
コマイヌは慌てて師郎達に電話を掛ける。
「もしもし? 奴が見つかった!」
今追いかけてる所!と言いながらコマイヌはネクロマンサーの後を追う。
「あ、待って!」
わたしも置いて行かれまいと走り出した。
「待てぇ!」
ネクロマンサーは黒い鎌の形をした具象体片手に駆けていた。
狙っているのは目の前を走る少年だ。
少年、もといウロボロスは追いつかれまいと必死に走っている。
「捕まってたまるかよ!」
「いーや捕まえてやる!」
そう言い合う2人の後ろをわたしたちは走っていた。
「また言い合っているぜあの2人」
コマイヌは呆れたように呟く。
「…それにしても、師郎達はどこへ行ったんだろ」
わたしはぽつりと言った。
…と、急にウロボロスが立ち止まった。
どうしたのだろう、とわたし達は歩みを緩める。
「ちょ、ちょっとタンマ!」
少し休憩!とウロボロスは声を上げた。
ネクロマンサーは何だよと言いながら立ち止まる。
「今さら命乞いか?」
「いや違うって」
ウロボロスは苦笑する。
「まぁさ…こんな争い不毛だからやめにしない?」
な?とウロボロスは光る目を元に戻しながら言う。
「この通り、ぼくはもう戦う気はないし?」
だからネクロも…と円はネクロマンサーに手を差し伸べた。
ネクロマンサーは訝し気な目を円に向ける。
「今回はこれで停戦って事で」
ほら、と円はネクロマンサーに手を近づけた。
「…」
暫くの沈黙の後、ネクロマンサーはその手から黒鎌を消した。
そして仕方ないとでも言わんばかりに円の手を取ろうとした。
「…フフ」
瞬間、円がニヤリと笑った。
「…!」
まずい、と思ったネロは咄嗟に手を引っ込めようとした。
しかし手遅れだったようだ。
気付いた頃には、円の目を淡い青緑色に光っていた。
「隙あり‼」
ウロボロスはネロの手を掴んでそのまま引っ張ろうとした。
…その時だった。
ウロボロスの後頭部に、突然何かが直撃した。
「っ‼」
彼がぱっと振り向くと、地面には空き缶が転がっていた。
「…まさか」
ウロボロスがそのまま地面から目を上げると、そこには見知った2人組が立っていた。
「よぉ、ウロボロス」
師郎がちょっと手を振りながらにやりと笑った。
「…」
黎は師郎の隣で黙って立っている。
「…え、どういう事?」
わたしは状況が上手く理解できずついこぼす。
耀平は呆れたように説明した。
「あの2人は別行動してるって言ったろ」
「いや、まさか先回りしてるなんて…」
わたしは思わず呟いた。
「ま、それはともかく」
そう言って師郎は切り替える。
「そろそろ勘弁してくれないかね?」
ウロボロス、と師郎は笑う。
ウロボロスはうっ、とうろたえた。
「この通り、2方向から挟まれて動けないぞ?」
さぁどうする?と師郎はウロボロスに尋ねる。
…ウロボロスはちらっとネロの方を見た。
ネロはジト目でウロボロスの事を睨みつけている。
ウロボロスは暫く気まずそうな顔をしていたが、やがて観念したかのようにうつむいた。
「降参だ」
やっぱり、お前らには勝てないやと彼は顔を上げた。
その目はさっきのように光っていない。
「でも2方向から挟み撃ちにするのはずるいと思う」
「は⁈」
円の発言に対し、ネロは声を上げた。
「別に良いじゃねぇかそれ位!」
「そうだそうだ!」
ネロの言葉に耀平も賛同する。
「お前だって異能力が強力過ぎるじゃないか!」
「は? 仕方ねーだろ‼」
やがてネロと円は言い合いを始めてしまった。
どうしたら良いのやらとわたし達は見ていると、向こうから声が聞こえた。
「ちょっと円!」
円がぱっと声がした方を向くと、そこには円と同い年位の、彼によく似た少女が立っていた。
「何してんのよそこで!」
少女はずかずかと円に歩み寄る。
円はげ、環(たまき)…と後ずさった。
「ケンカは良くないって何度も言ったじゃない!」
そう言いながら、環と呼ばれた少女は円の耳を引っ張る。
「痛ててて」
もう何よみっともない!と環は円の腕を掴んだ。
そのまま環はその場から去ろうとしたが、ふとわたし達の方へ目を向けた。
「…ウチの円がすみません」
迷惑だったでしょう、と環はちょっと頭を下げる。
「え」
「別にアンタが謝らなくても」
皆は思わずそう言ったが、環は相変わらず申し訳なさそうな顔をしていた。
が、すぐに円に向き直ってこう言った。
「…とにかく、帰るわよ!」
環は円を引きずるようにその場から去って行った。
「…」
わたし達は突然の出来事に暫くポカンとしていた。
「…何だったの、今の」
「ははは」
わたし達は暫しの間、その場で立ち尽くすばかりだった。
〈10.ウロボロス おわり〉
どうも、「ハブ ア ウィル ―異能力者たち―」の作者です。
10個目のエピソード「ウロボロス」の完結を記念して、今回は特別編、作者からのごあいさつです。
まずは日頃の感謝から。
いつもいつも「ハブ ア ウィル ―異能力者たち―」を読んでいただき本当にありがとうございます。
どれくらいの人が読んでいるか分かりませんが、スタンプやレスにも感謝しています。
ストーリーの進行もローペース、面白いかどうかも作者にはよく分からないこの物語を、楽しんでくれてたら幸いです。
次にストーリーについて。
実はこの物語、長く投稿しているのに未だ折り返し地点に到達しておりません(笑)
あと少しなんですけどね…
まぁまだまだ先は長いので、のんびりと付き合ってやってください。
ちなみにこの物語は1つの長い物語と言うよりは、いくつもの長くも短くもないエピソードを積み重ねて作られる物語です。
1つ1つが単独のエピソードのつもりなので、基本どこから読んでも大丈夫なはずですし、飽きたら読むのをやめて頂いて構いません。
最後に今後の展開について。
「ハブ ア ウィル ―異能力者たち―」の物語は、ここから大きく動き出していく…はずです。
これからも色んな異能力者が登場する予定ですし、今まで明かされてこなかった謎も解き明かされていく予定です。
さらに、メインキャラ達の過去や日常を描いた番外編も投稿する予定です。
ただ、作者のリアルは忙しく、最近はあまり執筆が進んでいないのが実情です。
書き溜めはそれなりにあるので暫くは大丈夫なのですが、近いうちにまた投稿が止まる可能性があります。
もしそうなったら、どうか暖かい目で見守ってやって下さい。
さて、「ハブ ア ウィル ―異能力者たち― 10個目のエピソード記念!作者からのごあいさつ」はそろそろおしまいにしようと思います。
「ハブ ア ウィル ―異能力者たち―」の世界はこれからも広がっていきます。
どうかお楽しみに。
ではこの辺で。