理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 壱

ぱち、と目を覚ますと見慣れた天井が見える。
暫くの間そのままでいたが、やがて誰かの気配を感じて窓の方を見た。
「よぉ」
そこにはカラスが留まっていた。
「随分と寝てたみたいじゃないか」
そう言って、カラスはケタケタと笑う。
「…」
畳の上に寝転んでいる黒髪の人物は、静かに起き上がった。
部屋のゼンマイ時計を見ると、午後2時を指している。
「どうだいお前、よく眠れたかい?」
夢でも見てたのか?とカラスは笑いながら言う。
「…別に」
見てたとしても忘れてるよ、と黒髪の人物は素っ気なく答える。
「そうかね?」
お前がそう言う時は大体…とカラスが言いかけた所で、黒髪の人物は立ち上がった。
「…おっと、どこへ行くんだい?」
部屋の出入り口へ向かおうとする黒髪の人物を、カラスが引き留める。
「ちょっと散歩」
あんまりいい寝覚めじゃないから…と黒髪の人物は部屋から出ようとする。
「じゃあオレ様も連れてってくれよ、黒羽(くろは)」
お前1人じゃ心もとないだろ?とカラスが言うと、黒羽と呼ばれた人物は窓に一瞥もせずこう言った。
「好きにしたら」
カラスはその答えを聞くと、バササッと黒羽の肩に飛び乗った。
「へっへっへ」
やっぱりこの場所は落ち着くなぁとカラスは笑う。
黒羽はカラスがちゃんと肩の上に乗ったのを確認してから歩き出した。

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-17 22:48
  • テトモンさんだ! 参加ありがとうございます!

    何かが崩壊している者
    男性/21歳/埼玉県
    2023-02-20 15:53
  • レスありがとうございます。
    入試直前の3日くらいで書き上げた物語ですが、どうぞお楽しみに。

    テトモンよ永遠に!
    女性/20歳/東京都
    2023-02-20 19:27

理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 弐

ガラス戸を開けて外に出ると、外は曇り空だった。
雨じゃなければいっか、と黒羽は肩にカラスを乗せたまま歩き出した。
…黒羽の住む街外れはとにかく和風建築だらけだ。
昔からある古い家ばかりで、いつも見ていると飽き飽きしてくる。
しかし流行りの洋風建築が増えている街の中心部も、なんだか黒羽には性に合わない。
だからこの街外れに留まっているのだ。
もちろん、街の中心部には自分の居場所なんてどこにもないからと言うのもあるのだが…
「…」
黒羽は見慣れた街並みを眺めながら歩き出した。
「なぁ、お前」
左肩に乗るカラスが黒羽に話しかけてくる。
「さっき夢は見てないとか言ってたけど、本当は見てたんだろ」
黒羽は思わず足を止める。
「…やっぱり、見てたんだな」
オレ様にはお見通しさ、とカラスは笑った。
「で、どういう夢を見てたんだ?」
教えておくれよとカラスは黒羽の顔を覗き込む。
「…」
黒羽は暫くいやそうな顔をしていたが、すぐに諦めてこう語り出した。
「昔、屋敷にいた頃の夢だよ」
そう言いながら黒羽はまた歩き出す。
「正妻の子じゃないからって理由で疎まれて、屋敷の離れに閉じ込められていた、あの頃の夢」
そう聞いてカラスは、今もあまり変わらなくねぇか?と呟く。
「だってお前、ちょっと前に屋敷から追い出されて、街外れのあの家に引っ越してきたばかりだろう?」
場所が変わっただけで、屋敷の人間から疎まれていることに変わりないじゃねぇか、とカラスは続ける。

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-20 22:32

理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 参

「…今の方がマシだよ」
自由に外へ出られるしね、と黒羽は呟いた。
「ふーん」
でもさ、とカラスは言う。
「お前屋敷を出てから命を狙われてばかりじゃないか」
そういう意味では屋敷に閉じ込められてた方がよかったかもな、とカラスは黒羽の方を見る。
「別に構わないし…」
そう言いながら、黒羽は目の前を通りかかった黒い蝶に手を出す。
軽やかに舞う黒い蝶はふわりと黒羽の指先に留まったが、その途端にぽとりと蝶は地に落ちてしまった。
「あー今回もダメだったかー」
「お前本当に力の制御下手だな」
力を持ち始めて何年になるんだよ、とカラスは文句を言う。
「仕方ないもん、練習する機会ないんだし」
黒羽がそうぶつぶつ言っていると、彼らはふと妙な気配を感じた。
「これって…」
「ああ、もしかして」
黒羽とカラスがそう話し合っていると、急に物陰から黒い何かがとびかかってきた。
「!」
「下がってろ黒羽‼」
黒羽の肩に乗るカラスがそう言いながら黒い何かに飛びかかる。
その姿は黒いボロ布のような姿に変わった。
「コイツ‼」
カラスの姿をしていたモノがそう言いながら、黒い何かに覆い被さる。
黒い何かは暫くジタバタしていたが、すぐに動きは大人しくなった。
カラスの姿をしていたモノがふわっと飛び上がると、そこにはボロボロになった黒ネコがひっくり返っていた。
「ネコ…」
黒羽は思わずこぼす。

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-21 22:42

理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 肆

「ネコっちゃネコだが…こりゃ異能に操られたネコだな」
黒いボロ布の姿をしていたモノがカラスの姿に戻って言う。
「お前の実家はこの世の裏で活動する異能者とも繋がってるから、さしずめそういうのを雇ってお前に差し向けたんだろう」
カラスは羽繕いをしながら言った。
「…」
黒羽は息絶えたネコに手を伸ばそうとした。
「おっと、ソレには触らない方がいいぜ」
カラスに言われて、黒羽はぴたと手を止める。
「…周りに少なく見積もって十数体、コイツみたいなのがいる」
確実にお前を狙ってるぜ、とカラスは黒羽の肩に飛び移る。
「抜け道も塞がれて、逃げ場もない」
カラスは黒羽の耳元で囁いた。
「じゃあどうしたら…」
「どうしたらって、オレ様がなんとかしてやるよ‼︎」
そう言ってカラスは飛び立つ。
それと共にカラスの姿は大型犬の姿に変わった。
「ニ゛ャー‼︎」
直後に周囲の物陰からネコが飛びかかってくる。
「黒羽!お前は物陰にでも隠れてろ!」
大型犬に怒鳴られて、黒羽はうん、と近くの建物の陰に隠れようとする。
しかしその建物の陰からネコが飛び出してきた。
「ニ゛ャー‼︎」
「⁈」
黒羽は後ずさろうとして足元の小石につまずき、後ろに向かって倒れる。
「しまった!」
大型犬がそう叫ぶ声が聞こえたような気がしたが、黒羽の意識はすぐに遠のいた。

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-22 22:40

理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 伍

黒羽は不思議な子どもだった。
地元では有名な地主の子どもだったが、妾の子だったがために父方の家からは疎まれた。
それに黒羽の周りではいつも不思議なことが起こった。
小動物が次々と死ぬのだ。
あの子は死神だ、周りの人々は皆こう言った。
やがて実母が亡くなり、身寄りもなかった黒羽は父方の家に引き取られた。
黒羽についてあまりいい噂を聞いてこなかった父方の家は、黒羽を屋敷の離れに押し込めた。
それから10年くらい経って、黒羽は屋敷を追い出されるような形で街外れの古民家に引っ越した。
理由は簡単、黒羽が不気味だからだ。
黒羽が触れたハトが死んだ。
黒羽の傍でネズミが死んでいた。
黒羽の部屋にあった植木鉢の植物が枯れた。
もしかしたらあの子は本当に死神かもしれない。
このままでは自分達も殺されるかもしれない。
そう思って、屋敷の人々は黒羽を追い出した。
でも黒羽にとって、それでよかったのだ。
ずっと屋敷の離れに閉じ込められてているより、外へ出られた方がマシなのだから。
しかし平穏は長く続かなかった。
黒羽が、街外れで”獣“に襲われたのだ。
何の動物だったかは分からない。
ただ明らかに、街中にいるような生き物じゃないことは確かだった。
「…」
その時、“獣”に襲われて血だらけの状態で黒羽は道端に仰向けになっていた。
このまま死ぬんだろうな、と人気のない道端で黒羽が思っていると、声が聞こえた。
「よぉ」
見ると建物の垣根にカラスが留まっていた。
「お前そんな所でどうしたんだ」
カラスが話しかけてくるのは不思議だったが、それを気にする体力はその時の黒羽になかった。
「…さっきお前が襲われる様子を見たんだが、アレは“異能者”の仕業だな」
“異能者”、聞き慣れない単語に黒羽は身じろぎする。

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-23 22:13

理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 陸

「さしずめ動物を操る“異能者”辺りの仕業だろう」
全く、何があったんだかとカラスは呆れたように言った。
「それにしてもお前…これからどうするんだ?」
そんな状態じゃ保って数時間と言った所だろう、とカラスは呟いた。
「…せっかくなら、助けてやろうか?」
不意にカラスが言ったので、黒羽は思わずカラスの方を見た。
「オレ様の異能は“カタチの支配者”だ」
あらゆる生物・非生物の“カタチ”を操作することができる、とカラスは笑う。
どういう、こと、と黒羽が尋ねると、カラスはこう答えた。
「簡単に言えば、異能を使う対象の見た目や性質を自在に変えることができるんだ」
まぁ実際に見てもらった方が早い、とカラスは続ける。
「どうだい、お前…オレ様に助けてもらうかい?」
別にオレ様はどちらでもいいんだが、とカラスは聞いた。
「…」
黒羽は黙って空を見上げる。
このまま死んでもいいと思ったが…せっかく外へ出られたのにここでは死ぬのはもったいない気がする。
それに、誰かが自分を殺そうとしているのは許せない。
「たす、けて」
考え終わる前に声が出た。
カラスはその様子を見てケラケラ笑った。
「じゃあ助けてやるよ」
人間、とカラスは黒羽の傍に飛び寄る。
これで助かるのか、と黒羽はホッとして力が抜けてしまい、すぐに意識が飛んでしまった。

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-24 22:57

理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 漆

「おい、おい!」
お前大丈夫か⁈と誰かの声が耳元で聞こえる。
ハッと目を覚ますと、カラスが黒羽の顔を覗き込んでいた。
「あーよかったー」
てっきり死んじまったかと思ったぜ、とカラスは言う。
「ぼくは死なないよ」
黒羽はムクッと起き上がりながら呟く。
「君の異能のお陰で傷の治りが早くなったからね」
黒羽がそう言うと、ああそうだったなとカラスは笑った。
「…それで、“あいつら”はどうなったの?」
黒羽が尋ねると、カラスはそうだな、と答える。
「アイツらは全部オレ様が倒したぜ」
この通り、とカラスは黒羽の肩に飛び乗る。
黒羽が辺りを見回すと、あちこちに黒ネコの亡骸が転がっていた。
「まぁ今回は数が少なめだったからすぐ片付いてよかったよ」
もっといたら大変だったぜ、とカラスは笑う。
「さ、そんな所に座り込んでないで立てよ」
今日はもう帰ろうぜ、とカラスが促す。
そうだね、と黒羽は立ち上がった。
その時だった。
「ニ゛ャーッ」
鳴き声が聞こえたので振り向くと、黒いネコが1匹襲いかかってくる。
咄嗟に黒羽は避けたが、手を引っかかれてしまった。
「やべぇ‼︎」
カラスがそう叫んで飛び上がる。
ネコはサッと方向転換してこちらに飛びかかってきた。
「!」
黒羽は思わず飛び込んできたネコを捕まえた。
「おい!」
お前何やって…と塀の上でカラスは言いかけたが、黒羽は気にせず黒ネコをがっちりと掴む。

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-27 22:29

理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 捌

「…大丈夫」
ぼくの異能なら…と黒羽は己の手に意識を集中させる。
ネコはジタバタと黒羽の手の中で暴れていたが、やがて糸が切れたように動かなくなった。
「…ふぅ」
黒羽はその場に座り込む。
「お前随分と無理したろ」
カラスは黒羽の足元に舞い降りる。
「ただでさえ異能の制御がおぼつかないのに、無理矢理使うなんてダメじゃないか」
失敗したらどうするんだ、とカラスは呆れる。
「だって身体が勝手に動いたんだし」
仕方ないよ、と黒羽は手の中のネコを地面に下ろしながら言う。
その手にあったはずの傷跡は、いつの間にか治っていた。
「…“死の指揮者”か」
触れた生物の命を絶つことができるとは、いつ聞いても物騒だ、とカラスは呟く。
「お陰様で、ぼくもずっと苦労してるよ」
黒羽はそう言って苦笑する。
「オレ様は自分に“不死身”の性質を与えているから大丈夫だが…大抵の動物はお前に触れただけで容赦なく死んでいくもんな」
全く、困ったもんだ、とカラスは呆れる。
「でも人間に使おうとすると結構な確率で抵抗されるから使いにくいんだけどね」
だからこの異能は好きじゃない、と黒羽は苦笑する。
「まぁまぁ、その影響でオレ様と連めているようなモンだけどな」
ハハハとカラスは笑いながら黒羽の肩に乗る。
「…さて、家に帰りますかね」
「うん、帰ろう」
そう言って、1人と1羽は元来た道を引き返していった。

〈おわり〉

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-28 22:29

理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 おまけ 壱

「理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫」のおまけ…と言うか解説編です。

・黒羽(くろは)
異能:死の指揮者
一応この物語の主人公。
作中ではあまり描いてないが長い黒髪で黒地に柄の入った和服を着ている。
明言し忘れたが、一応男。
元々は街で有名な地主の子どもだったが、妾の子だったために家族から疎まれていた。
そのため実母の元で幼少期を過ごしていたが、母親が亡くなったことで父親の家に引き取られることになった。
しかし幼い頃から異能を持っていたために、無自覚の内に小動物や植物を殺すことを繰り返していたため、家族から恐れられ、最終的に実家から追い出されてしまった。
実家から追い出された後も実家の人間から命を狙われることは多く、一度死にかけたこともある。
その時にカラスに出会い、カラスの異能によって傷の治りが早くなる“性質”を与えられたことによって生き永らえている。
現在は街外れの古民家に住んでいる。
なお、カラスに出会うまで異能と言う概念は知らなかった模様。
異能“死の指揮者”は触れた生物を死なせることができる異能。
ただ、人間に使おうとすると抵抗されることが多い。
黒羽自身はあまり制御できてないようだ。

・カラス
異能:カタチの支配者
黒羽の友達(?)。
ただの気まぐれで黒羽を助けた結果、黒羽と連むようになった。
カラスの姿をしているが、喋ったりするようにその正体はカラスではない。
真の正体は物質の身体を持たない神霊のような存在。
遠い昔から存在し、その異能で長い時を過ごしてきた。
カラスの姿をしているのは、今はそういう気分だから。
異能“カタチの支配者”はありとあらゆる生物・非生物に様々な性質を与えることで、性質や見た目を変えることができる異能。
回想では黒羽に“傷の治りが早くなる”性質を与えることで死の危機から救ったりした。
カラス自身には“不死身”とか“発話”とかの性質を与えることで現在の姿を保っている。
ちなみにカラス自身に“名前”は存在しない。
“カラス”という名前自体は通称みたいなものである。

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-28 23:12
  • 参加していただき本当にありがとうございます。
    設定の時点で地味に示唆されていた人外存在の異能者の存在に気付いていただけたのか、人間じゃない異能者が現れてくれて僕はとても嬉しかったです。
    テトモンさんの書く長編作品は面白いものばかりで、どのシリーズも楽しみにしながら読んでおりました。これからも応援しております。

    何かが崩壊している者
    男性/21歳/埼玉県
    2023-03-04 18:56
  • こちらこそレスありがとうございます。
    設定はキッチリ読み込むタイプなんでね、最初から異能を持つ人外の存在には気付いておりました。
    あと自分が描く拙い作品を面白いと言ってくれるのは嬉しいです。
    応援ありがとうございます。
    これからもよろしくお願いします。

    テトモンよ永遠に!
    女性/20歳/東京都
    2023-03-06 17:10

理外の理に触れる者:蝶と鴉と猫 おまけ 弐

〈執筆に至った経緯〉
ナニガシさんの企画に参加したくて、自分の中にある創作アイデアのストックを漁っていたら、高1の時に国語の授業で「城の崎にて」(山手線に撥ねられて死ななかった人の話…と言っても分からないか)をやっていた最中に作品にインスパイア(?)されて作った話を少しいじって異能が出てくる話に作り変えました。
最初の設定では「死神」とその眷属になった人物が出てくる話だったのだけど、異能ものにする過程で異能者と異能を持つ人外になりました。
一応黒羽(のベースキャラクター)のイラストは描いたハズなんだけど、行方不明になってしまいました(笑)
時間があれば黒羽の絵をまた描くかもね。

以上です。
何か質問などあればレスからお願いします。

テトモンよ永遠に!
女性/20歳/東京都
2023-02-28 23:21