寿々谷駅前には色々なものがある。
例えばバスロータリー、商店街、少し離れた所にはショッピングモールがある。
他にも病院や市役所などなど、多くの施設や機関が駅前に集結している。
だから、寿々谷で1番栄えてるって言われてるのだ。
わたしは今、そんな駅前を歩いていた。
と言うのも、駅前の塾に向かうためである。
…正直塾には行きたくないけど、親に何か言われるのも嫌なのでとりあえず通っている。
今日も面倒だな…と思いつつわたしが歩いていると、不意に見覚えのある少女とすれ違った。
「?」
わたしは思わず振り向く。
…この辺りではあまり見かけない制服を着た小柄な少女。
最初は誰だか分らなかったが、よく見ていると誰だか分かってきた。
「え、ネロ?」
少女はぴた、と足を止める。
そしてぎこちなく振り向いた。
「…何だよ」
少女は気まずそうな顔で言う。
「いや、どうしてここにいるのかなって」
わたしは彼女に近付く。
「何でって…そりゃあ家へ帰る所だよ」
ネロは嫌そうに言った。
「学校から?」
わたしがそう聞くと、ネロはまぁねと答えた。
「…学校、通ってたんだ」
「ああそうだよ何か文句⁈」
わたしの呟きに対し、ネロはぶっきらぼうに返した。
「いや、前にネロ学校通ってないって言ってたから…」
わたしは苦笑いしながら言う。
「…別に、最近先生から来いって催促がヒドくて」
だから渋々行ったの、とネロは頬を膨らませる。
「普段はこんな風に制服着て学校には行かねぇよ」
んじゃ、とネロは言ってその場を後にした。
「…」
わたしは1人彼女の後ろ姿を見送った。
それから数日後。
わたし達は人々でごった返すショッピングモールの通路を歩いていた。
「そう言えばネロ、この間会ったよね」
わたしが何気なくそう言うと、ネロはうっと気まずそうな顔をした。
「何、ネロに会ったのか?」
「どこで?」
耀平と師郎は不思議そうにわたしの方を見る。
ネロは嫌そうにため息をついた。
「…この間、学校からの帰りにコイツに会ったの」
マジでダルかった、とネロは言う。
「へーマジか」
「学校行った帰りはマジダルいな」
耀平と師郎はそう言ってうなずいた。
「だ、ダルいって…」
「だってそーじゃん」
わたしの呟きに対し、ネロはそう言い返す。
「お前といると大抵面倒な事が起きるし」
ネロにそう言われて、わたしはえぇ…とこぼした。
「まぁそんな事は置いといてさ」
ここで耀平は話に割って入った。
「ネロ、学校はどうだった?」
耀平がそう尋ねると、ネロはあー…と目を逸らす。
「…クソだった」
「やっぱり?」
耀平に聞かれて、ネロはうんと返す。
「先生も、生徒も、皆クソだったよ」
ネロはそう淡々と言って立ち止まる。
「…やっぱり、学校は行くもんじゃない」
ネロはポツリと呟いた。
「…ねぇ、ネロ」
わたしはふと気になる事があったので、聞いてみることにした。
「どうしてそんなに学校が嫌いなの?」
何かあったの?とわたしは尋ねる。
「…」
暫くの沈黙の後、ネロは口を開いた。
「別に、アンタが知る必要もないよ」
ネロはこちらに目を向ける。
「アンタは知らなくて良いし、ボクも語るつもりはない」
ネロはそう言ってわたしを睨みつける。
「…」
わたしは思わず閉口する。
「確かに」
コイツが知ってどうするって話だしな、と耀平は頭の後ろに手を当てる。
「え、皆は知ってるの?」
わたしがつい聞くと、あとの3人はまぁな、とかおう、と答える。
「何せネロとは2年の付き合いだしな」
知ってるも何も、と耀平は得意気に言う。
「まぁ何だかんだで知ってるよな」
師郎はそう言って黎に目を向ける。
黎は静かにうなずいた。
「…そうなの」
聞いていて、わたしだけ仲間外れのような気がして寂しかった。
でもそれも無理はない。
だって彼らとわたしはまだ出会って数か月しか経っていないのだ。
知らない事があっても仕方ない。
「ま、そんな事は良いからさ」
とにかくゲーセン行こ、とネロは前を向いて歩き出す。
わたし達も、そうだなとか言って歩き出した。
…と、ネロが不意に立ち止まった。
「?」
どうしたネロ、と耀平が彼女に尋ねる。
しかしネロは答えない。
「…」
ネロは先程わたし達とすれ違った少女達の一団の方を見ていた。
「ネロ?」
ネロ…おいネロ!という耀平の声で、やっとネロは我に返る。
「どうしたんだネロ」
誰か知り合いでもいたのか?と耀平はネロの顔を覗き込む。
ネロは驚いたような顔をしていたが、やがてうつむいてこう答えた。
「…何でもない」
「何でもないって…どういう事だよ」
耀平は思わずそう聞く。
「…」
ネロは暫く黙りこくっていたが、その内口を開いた。
「何でもないものは何でもないんだよ」
ネロはそう言って、また前を向いて歩き出す。
「あ、ちょっと…」
耀平は置いて行かれまいとその後を追う。
わたし達残りの3人も、その後を追った。
それから暫く。
わたし達はショッピングモールのゲームセンターにいた。
「昨日部活でさ~」
「何々?」
師郎や耀平は騒がしいゲームセンターでお喋りしており、黎はクレーンゲームをぼーっと眺めている。
そしてネロはクレーンゲームで静かに遊んでいた。
「…クソっ」
ネロはポツリとそう言って、クレーンゲームのボタンを拳で叩く。
「なぁネロ、無理してソレ取ろうとするの諦めたら?」
お前の財布も限界だろ、と耀平が言う。
「…」
ネロは黙ってそっぽを向いた。
「…なぁネロ」
府と耀平がネロに聞く。
「お前さっきからおかしくないか?」
普段クレーンゲームやってる時はもっと騒いでるのに、耀平が呟く。
「お前本当は何があったんだ?」
ちょっと言ってご覧よ、と耀平はネロに近付く。
「…別に」
何でもない、とネロはそっぽを向いたまま言う。
「何でもないって…」
耀平は呆れたように呟く。
「なぁネロ、どうしたんだ?」
耀平が心配してるぞ、と師郎もネロに尋ねる。
「…」
ネロは何とも言えない顔でこちらを見る。
「ちょっと、調子が良くないだけ」
ネロはポツリとこぼした。
「…ホントに?」
耀平は訝しげな顔をする。
「ちょっと調子が乗らないだけだよ」
ネロはそう言ってまたそっぽを向いた。
「…」
その場に微妙な沈黙が流れる。
誰もがその気まずさに耐えられなくなった時、ネロが不意にこう言った。
「ボクトイレ行ってくる」
え、あ、良いけど…と耀平は返す。
彼が言い終わらない内に、ネロは歩き出していた。
それから約30分後。
わたし達4人はクレーンゲームの台の前でネロを待っていた。
「…ネロ、戻ってこないな」
「だな」
「うん」
耀平の呟きに対し、師郎とわたしはそう返す。
「アイツ、ホントにトイレに行ったのかな」
耀平が不意にこぼした。
「どうして?」
わたしが思わず尋ねると、耀平はこう返す。
「いや、ネロってたまに黙ってどっか行っちゃう事があるからさ」
7月に新寿々谷に行った時とか、と耀平は付け足す。
「だから今回もそうなのかなって」
耀平はそう言って腕を組む。
「…それで、どうする?」
耀平、と師郎が彼に聞く。
「うーん、そりゃ…」
探しに行くだろ、と耀平は笑う。
「だよな」
そう言って師郎も笑う。
「じゃあ、行こうかね」
そう言って耀平は両目を光らせ歩き出す。
わたし達3人も歩き出した。
ネロを追いかけ始めて暫く。
わたし達はいつの間にかショッピングモールの裏手に来ていた。
「何でこんな所に…」
わたしが思わず呟くと、まぁよくある事さ、と師郎は返す。
「ホントどこ行ったんだよアイツ…」
コマイヌはぶつぶつそんな事を呟きながら歩いている。
…と、建物の角にさしかかった所で、コマイヌが足を止めた。
「?」
どうしたの?とわたしが言おうとした時、ある光景が目に入ってきた。
「…ネロ?」
わたし達から十数メートル離れた所で、ネロとどこかで見た背の高い少女が対峙している。
「何でいつもアンタはボクの邪魔ばかりするんだよ」
ネロは怒りを含んだ声で少女に言う。
「別に、悪意があってやったワケじゃないのよ?」
少女は腕を組みながら答える。
「ただあなたが少し目障りだったから…」
「…何だよ、ソレ」
ネロは静かに呟き、顔を上げる。
「そうやってアンタはいつもいつも…」
ネロはそう言いながら具象体の黒鎌を出す。
「ボクの尊厳を侮辱しやがって…‼」
ネクロマンサーは黒鎌を構える。
「アンタこそ、目障りなんだよ‼」
そう叫んで、ネクロマンサーは少女に向かって駆け出した。
「マズいっ!」
いつの間にか異能力を使うのをやめた耀平が走り出す。
しかしネロはそんな事もお構いなしに少女に具象体を振りかざした。
だが少女には当たらない。
「⁈」
ネクロマンサーは具象体をブンブン振り回すが、どうやっても少女には当たらなかった。
「クソっ‼」
ネクロマンサーは少女の脳天に向かって鎌を振り下ろそうとするが、刃が少女に当たる寸前で動きが止まる。
「…無駄よ」
少女はポツリと呟く。
目をつむっていた彼女がその目を開くと、淡い水色に輝く瞳が姿を現した。
「ぐっ」
ネクロマンサーは動きを止めたまま、声にならない声を上げる。
「だから無駄だと言ってるじゃない」
少女がそう言うと、ネクロマンサーは力が抜けたように後ろへ倒れた。
「ネクロ‼」
もうよせ!と耀平はネクロマンサーに駆け寄る。
ネクロマンサーはふらつきながら起き上がる。
「おい、アンタ‼」
ネクロマンサーは少女に向かって怒鳴った。
「どうして、どうしていつも…!」
ネクロマンサーが鎌を構えようとするので、耀平は待てネクロ!と彼女を取り押さえようとする。
「お前もうよせ!」
「うるさい‼」
耀平の言葉に対し、ネクロマンサーはそう叫ぶ。
「やっと、やっと復讐できるんだ」
アイツを、アイツに苦しみを…とネクロマンサーは耀平に抵抗しながら言う。
「ネクロ‼」
耀平はネクロマンサーの言葉を遮るように怒鳴った。
「それは本当にお前が望んでいる事なのか⁈」
ネクロマンサーの意志なのか⁈と耀平はネクロマンサーに問いかける。
黙れ‼とネクロマンサーは返す。
「これは、これはボクの意志だ‼」
ネクロマンサーはそう叫んで耀平の腕を振りほどく。
そして少女に向かって走り、鎌を振りかざした。
「ネクロ‼」
耀平は思わず声を上げる。
しかしネクロマンサーの鎌は少女にあたる寸前で消えた。
「…え?」
ネクロマンサーはついそうこぼす。
「…どれ位強力な異能力でも、私の前では無駄よ」
少女は静かに言う。
「私の異能力…”オーベロン”の前ではね」
その言葉と共に、ネクロマンサーは膝から崩れ落ちた。
「…そんな」
そんな、とネクロマンサーは震える声で呟く。
「だから復讐なんてハナから考えるべきではないわ」
少女はそう言ってネクロマンサーに背を向けた。
「ま、待て‼」
待てよ‼とネクロマンサーは呼び止めようとしたが、少女はスタスタと歩き去ってしまった。
「…」
その場に沈黙が流れる。
「なぁ、ネクロ」
耀平が声をかけると、ネクロマンサーは静かに振り向いた。
「…」
その目はもう光っておらず、涙だけが溜まっていた。
「耀平」
ネロはそう言ってふらふらと耀平に近付く。
「…どうして」
どうして、とネロは耀平に抱きついた。
「何で、何で…」
ネロは耀平に抱きつきながら暫くそう呟いていたが、やがて大声で泣き出した。
わたし達3人は思わず駆け寄る。
耀平は黙って泣きつくネロを見つめていた。
「…」
見かねた黎がネロの背中をさする。
しかしネロは声を上げて泣き続けた。
静かな建物裏に、少女の泣き声だけがこだました。
あれから1週間後。
あの後、わたし達は”今日はもう解散にしよう”と話し合って、早めに解散した。
泣き止まないネロは耀平が家まで送っていく事になった。
…わたしはこの1週間、彼女の事が気がかりだった。
あの”オーベロン”と名乗った少女とネロの間に、かつて何があったかわたしは知らない。
しかし、ネロのあんな姿を見てしまっては、何だか彼女の事が心配になってしまった。
彼女は大丈夫だろうか、そう思いつつわたしはいつものようにショッピングモールで”彼ら”と合流した。
「…あれ、ネロは?」
普段通り彼らが溜まるショッピングモールの休憩スペースのイスに座る彼らの元にやって来たわたしは、ネロがいない事に気付きそう尋ねる。
「あーネロ?」
耀平はそう呟く。
「今日は来てないぞ」
え、どうかしたの?とわたしが聞くと、耀平は分からん、と答えた。
「そもそも音信不通だし」
「え」
思わぬ言葉にわたしは唖然とする。
投稿お疲れ様です。
お題承りました!近いうち書きます。
レスありがとうございます。
こちらもあなた様から頂いたお題で頑張って何か書きます。
頑張ります。
「そ、それってどういう…」
「いや、電話かけてもメッセージ飛ばしても返事が来ねぇんだよ」
耀平が呆れたように言う。
「アイツ、一体どうしたのか…」
耀平はそう言ってウィンドブレーカーのポケットに手を突っ込む。
「他の皆は知らないの?」
わたしは師郎に目を向けたが、彼はいいやと首を横に振るだけだった。
「そっか…」
わたしはそうこぼしてうつむく。
「…情報屋のミツルにも聞いたけど、この1週間ネロを見たって奴はいないらしい」
ポツリと耀平が呟く。
「アイツは今家にいるのか、それとも…」
耀平はそう言いながら下を向く。
「ねぇ耀平」
わたしは気になる事があったので、思わず耀平に話しかける。
「ネロとあの子…”オーベロン”て子との間に、何があったの?」
わたしがそう聞くと、途端に耀平は眉をひそめた。
「お前が知る必要はない」
「耀平」
耀平の突き放したような発言に対し、師郎は思わずそう言う。
「…コイツにも言った方が良いと思うぞ」
俺達とここまで深く関わっちまったんだ、言っても損はないと師郎は耀平を諫める。
「…」
耀平は暫く嫌そうな顔をしていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「…仕方ない」
あんまり他人に言うなよ、と前置きした上で、耀平はぽつぽつと語りだした。
「アイツは…ネロはな、小3の時にヒドいいじめを受けてるんだよ」
クラスがのほぼ全員から、なと耀平は続ける。
「え…」
どうして?とわたしは尋ねる。
耀平はこう答えた。
「どうしてなのか、詳しい理由はネロでもわからないらしい」
まぁ小学生はしょうもない事で機嫌を損ねたりするからな、きっと些細な事なんだろ、と耀平は言う。
「でも、その”ほぼ全員”が皆自分の意志でネロをいじめてたかと言えば、そうではないらしい」
「え、どういう事?」
耀平の言葉に対し、わたしはこう聞く。
「…実はこのいじめには黒幕がいてな」
ソイツが皆を裏で操ってたんだ、と耀平は言う。
「そしてソイツの名は…論手 乙女(ろんで おとめ)」
またの名を、”オーベロン”と耀平は淡々と告げた。
「この間のあの女だ」
…そんな、とわたしは思わず呟く。
耀平は静かに続ける。
「ネロが小3だったある日、アイツのクラスにその論手 乙女が転入してきた」
そして瞬く間にクラスの中心人物になった、と耀平は言う。
「異能力を使って、な…」
「え異能力⁈」
わたしはつい反復する。
「異能力の発現は10歳前後だからな」
小3位で発現してても何らおかしくない、と師郎は解説する。