「奴の異能力…”オーベロン”は、”一定範囲内の他人を思いのままに操る”異能力だ」
奴はそれを使って、意のままにクラスメイト達を操った、と耀平は続ける。
「そしてネロを排除しようとした」
耀平は淡々と言う。
「最初は単に仲間外れにする所から」
最終的には悪質な嫌がらせ、陰口へとエスカレートしていったんだ、と言って耀平はイスの背にもたれた。
「…先生は、どうしたの?」
クラスの皆がそんな事してたら、先生も気付くんじゃないの?とわたしは尋ねる。
「どうやら先生はちゃんと取り合ってくれなかったらしい」
もっとも、先生もオーベロンに操られたらしいが、と耀平は付け足す。
「親もちゃんと取り合ってくれなかったみたいで、だんだんネロは追い詰められていったんだ」
そこまで言って、耀平は頭の後ろへ手を当てた。
「…それで、最終的にネロはどうしたの?」
わたしが恐る恐る聞くと、耀平はこう答えた。
「いじめに耐えられなくなって、アイツは学校に行くのをやめた」
最初は親に滅茶苦茶文句言われたらしいけどな、と彼は言う。
「元々アイツはクラスに友達があまりいなかったらしいから、突然学校に行かなくなっても誰も心配しなかったらしい」
耀平は続ける。
「…それでもアイツは完全に学校に行く事を諦めたワケじゃない」
耀平は後頭部に回した手を下ろす。
「さすがに中学校はちゃんと行かないと、進学に関わってくるからだろう…アイツは、中学にはちゃんと行こうとしたんだよ」
そのためにわざわざ同じ小学校の奴が通わないような遠くの学校に進学したんだ、と耀平は言う。
「でもさ」
耀平はテーブルに肘をつく。
「肝心のその進学先に、例の論手 乙女がいたんだ」
その言葉に、わたしは思わず何で?と尋ねる。
「何でって…偶然って奴だよ」
たまたまソイツがネロの進学先の学区内に引っ越しただけだ、と耀平は呟く。
「ついでに同じクラスになってしまったらしくて、ネロはどうにもこうにもソイツと関わらざるを得なくなっちまった」
その上、と耀平は頬杖をつく。
「ネロは論手 乙女から、あの時のいじめは自分が黒幕だった、と言われたらしい」
耀平は呆れたように言った。
「自分のトラウマであるかつてのクラスメイトと再会した上、”あの時のいじめの主導者は自分でしたー”なんて言われちゃ、猛ダメージだよ」
ネロにとっては良い迷惑だ、と耀平は続ける。
「それでネロはまた学校へ行けなくなった」
今度はいじめられることもなく…と耀平は呟いた。
わたしはこの話に、ただただ茫然としていた。
あのネロにこんな過去があったなんて。
わたしは少しも想像していなかった。
耀平はため息をつく。
「…以上がネロの過去だ」
重かったろ、と耀平はわたしに目を向ける。
「こういう事があって、ネロはこの間あんな事をしようとしたんだ」
耀平はまたイスの背にもたれる。
「でもいくら相手が復讐相手だからって、異能力を使うのは何か違うと思う」
耀平はポツリとこぼす。
「きっと相手の記憶を奪おうとしてたんだろうけど…そんな事をしたってネロの過去は変わらないのに」
ま、アイツもアイツで何か考えがあったんだろうけど、と耀平は言う。
「それでも、復讐は何か違うと思うんだ」
そう言って耀平はイスに座り直した。
「…それで、どうする?」
ネロを探しに行くかい?と師郎が尋ねる。
「えー」
ネロにあんな事言われちゃったし…と耀平はこぼす。
「ちょっと会いに行くのは…」
耀平がそう言うと、師郎はえーと返す。
「心配してないのかよ~」
「いやアイツのことは心配だけどさ」
ちょっと会いにくいと言うか…と耀平は目を逸らす。
「何だよソレ~」
師郎がそう言った時、不意に誰かが口を開いた。
「…会いに行ってあげたら?」
皆は一斉に声の主…黎に目を向ける。
「…どうして?」
耀平が聞くと、黎は淡々と答えた。
「実は今週の月曜にネロに会ったんだけど」
「え、は、え?」
黎の思わぬ発言に耀平は困惑する。
「どういう事?」
耀平にそう聞かれて、黎は静かに口を開く。
「…学校の帰りに、ネロに会った」
それでアイツと話した、と黎は続ける。
「何を?」
今度は師郎が尋ねる。
「何って…色々」
「いや色々って何だよ」
もうちょっと具体的にできない?と師郎が言う。
「…」
黎は黙りこくってしまった。
わたし達の間に、少しの間微妙な沈黙が流れた。
「…ネロは、どんな感じだった?」
沈黙に耐えられなくなった耀平がこう尋ねる。
「ネロは…いつもとちょっと違った」
あと、と黎は言う。
「ちょっと寂しそうだった」
「…」
耀平はその言葉に閉口する。
「だから、会いに行ってあげた方が良いと思う」
黎はポツリと呟く。
「耀平はネロの保護者なんでしょ?」
「うぐっ」
黎の言葉に耀平はうろたえる。
「た、確かにおれはアイツの保護者みてーなモンだけどさ…」
あんな事言われちゃさ、と耀平は頭をかく。
「保護者は被保護者を守るものでは?」
「うっ」
黎にそう言われて、耀平は気まずそうな顔をする。
「…行ってあげた方が良いと思うよ」
耀平、と黎は言う。
「うー」
耀平は暫くうつむいて考えていたが、やがて顔を上げた。
「…行くか」
アイツの所に、と耀平は呟く。
「まーアイツが家にいるかどうかなんて分からないけど」
とりあえず行ってやろう、と耀平はイスから立ち上がる。
「そうかい」
そう言って師郎も立ち上がる。
「じゃあ俺達も行くか」
師郎がちらと黎の方を見ると、彼は静かにうなずいた。
「あ、わたしも」
わたしも慌てて立ち上がった。
寿々谷市中心部から歩いて20分。
閑静な住宅街の片隅を、わたし達は歩いていた。
「ここだぞ」
とあるタイル張りの家の前で耀平が立ち止まる。
見ると表札には、”滋賀”と書かれていた。
「ここが、ネロの家?」
わたしが尋ねると、師郎はそうだぞ?と答える。
「ふーん」
そううなずきながら、わたしは住宅を見上げる。
…と、ピンポーンとインターホンの鳴る音が聞こえた。
耀平がネロの家のインターホンを押したのだ。
暫くの間、ネロの家の扉が開く気配はなかった。
そのため耀平はもう1度インターホンを押そうとした。
その時、ガチャンと扉の鍵が開く音がした。
「…」
家の扉が少しだけ開いて、中から小さな少女がちらとこちらを覗き見た。
「…」
耀平が驚いたように扉の隙間を見たが、ネロは耀平と目が合うと即座に扉を閉めようとした。
「ちょ、ちょっと待て!」
耀平は思わず扉の隙間に手を突っ込み、扉を閉めようとするネロを止めようとする。
「…」
「お願いだから閉めないでくれ」
な?と耀平は笑いかける。
「…」
ネロは嫌そうに目を逸らした。
「何しに来たの?」
ネロはふとポツリと尋ねる。
「…ボクを止めた割には何様のつもり?」
ネロにそう言われて、耀平はそれは…と呟く。
「…用がないなら閉めるよ」
耀平が答えあぐねていると、ネロは扉を閉めようとした。
「ちょ、ちょっと待てって」
耀平は慌てて扉を押さえつける。
「おれ達は、お前を心配してここに来たんだよ」
だから閉めんな、と耀平は扉にかける手に力を入れる。
「…」
ネロは増々嫌そうな顔をする。
「黎が、黎がお前に会った時、寂しそうだったって言ってたんだよ」
だから会いに来たんだ、と耀平は語気を強める。
「…黎、言ったの?」
ネロは扉の隙間から、黎の方に目を向ける。
「…」
黎は静かにうなずいた。
「…」
ネロは言っちゃったのか、と言わんばかりにため息をついた。
「ネロ、お前どうしてこの1週間連絡に応じなかったんだ」
何か、先週の件と関係してるのか?と耀平が尋ねる。
「…それは」
「それは?」
ネロは気まずそうな顔をしたので、耀平はネロに顔を寄せる。
「…スマホ行方不明になった」
「は?」
思わず回答に、耀平はポカンとする。
「だからスマホが部屋の中でどっかいっちゃったの!」
そう言って、ネロは恥ずかしそうな顔をした。
「…何だよ、ソレ」
耀平は呆れるあまり後ずさる。
「まぁまぁ、ネロの部屋はとっ散らかりがちだし」
しゃーないしゃーない、と師郎は咄嗟にフォローする。
「いや、それはそうだけど…」
まさかこんな時に…と耀平はうなだれる。
「1週間ずっと探したけど、結局見つからなかった」
だから皆と連絡できなかった…とネロは呟く。
「…」
耀平は呆れたように黙り込む。
「ごめん、耀平」
何か…色々と、とネロは申し訳なさそうに言う。
「だから、スマホ探すの手伝って」
ネロにそう言われても耀平は暫く黙っていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「…分かったよ」
そう言って耀平は顔を上げる。
「でも1つだけ約束な」
耀平がそう言うと、ネロは目をぱちくりさせる。
「先週の日曜日、何があったのか教えろ」
あの女と何があったか、全部と耀平は続ける。
「…分かった」
全部話す、とネロは答えた。
「それなら良いや」
とりあえず上がるぞ、と耀平はネロの家の扉を開け中に入った。
わたし達3人も、それに続いた。
ネロの部屋は確かに散らかっていた。
服やらゴミやらが散乱していて、足の踏み場がない程だった。
…とりあえず、わたし達は協力してネロの部屋を掃除することにした。
5人で掃除した結果、あっという間に部屋は綺麗になった。
そして彼女のスマホも見つかった。
「ネロ、スマホもみつかった事だし先週のことについて話してもらうぞ」
綺麗になった部屋の床に座りつつ、耀平は言う。
「うん、分かった」
ネロはそう言うとぽつぽつと話し出した。
「先週の月曜日、学校に久しぶりに行った時、アイツ…論手 乙女に案の定会ったんだ」
それで?と耀平はうなずきつつ促す。
「それで…死ぬ程嫌な事を言われた」
内容は口に出したくない位、とネロは続ける。
「だから、次会ったときは異能力でボコボコにしてやろうと思ってさ」
ネロは淡々と言う。
「先週の日曜日に見つけた時にとっちめてやろうと思ったの」
…なるどな、と耀平はうなずく。
「それであの時、おれ達から離れたのか」
耀平がそう言うと、ネロはうんとうなずく。
「…急に離れたりしてごめん」
でもあの時、本当の事を言ったら皆に止められそうだと思ったから…とネロはうつむく。
「まぁそんな事良いから」
続けて、と耀平はネロに言う。
ネロは静かにうなずいて続きを話した。
「アイツをどうにか説得して、人気のない所へ連れ出した」
そしてその場で復讐するつもりだった、とネロは言った。
「…で、そこにおれ達が辿り着いたと」
耀平はそう言いつつ腕を組んだ。
「…結局、耀平達に邪魔されたりして復讐はできなかった」
でも、とネロは呟く。
「ボク、アイツに復讐したい」
アイツから記憶を全部奪って、苦しませたいとネロは続ける。
「うーん」
耀平は背後の床に手をつく。
「復讐したってお前の過去は変わらないし…」
そもそも奴の異能力に勝つのは難しいし、と耀平は言う。
「そんな事は分かってるよ」
それでも…とネロは下を向く。
その様子を見て、耀平は黙り込んだ。
「…」
暫くの沈黙の後、耀平は口を開いた。
「じゃあ、こうする?」
耀平が急にそう言ったので、ネロはふと顔を上げる。
「…どうするの?」
ネロがそう聞くと、耀平は得意気に語りだした。
最初の内、ネロはその内容に驚いたような顔をしていたが、やがて笑みを浮かべるようになった。
「いいじゃん、それ」
ネロはうなずきつつそう言う。
他の皆もなるほどとか言ったりしてうなずいた。
「じゃ、来週の日曜日、決行するか!」
耀平がそう言うと、ネロはうん!と大きくうなずいた。
それから1週間後。
わたし達はショッピングモールの裏手に向かっていた。
「ねぇ、これ…上手くいくのかな?」
わたしが何気なく耀平に尋ねると、彼は大丈夫大丈夫と返す。
「おれ達ならできるから」
な、と耀平は隣を歩く小柄な少女に目を向ける。
彼女はもちろん、と笑う。
そうして歩いている内に、ショッピングモールの裏に辿り着いた。
人気のないそこには、背の高い1人の少女が立っていた。
「あら、皆お揃いなのね」
私をこんな所に呼び出して何の用なの?と少女…論手 乙女は尋ねる。
「まぁ、警告と言った所だよ」
耀平の隣にいる少女…ネロはそう答える。
「警告?」
論手 乙女はそう聞き返す。
「そうさ、これ以上ボクに手を出させないようにするための警告」
ネロはそう言って笑う。
「…警告って、私は滋賀さんにこれ以上何もしないわよ」
ただちょっとあの時はやり過ぎただけで…と彼女は言う。
「一応反省はしてるわよ」
「ホントに反省してる?」
ネロはうつむきながらそう呟く。
「実際は滋賀 禰蕗が悪い、そう思ってるんじゃないのか?」
ネロは静かに顔を上げた。
「そうじゃなかったら、”あの時のいじめは私が黒幕でした”なんて平気で言えないだろ」
ネロはそう言ったが、論手 乙女は眉を動かさずに言う。
「それはそうかもしれないけれど…」
彼女が言いかけた時、ネロはこうこぼした。
「そんな事聞いたら、”アイツ”は怒るだろうなぁ…」
それってどういう…と論手 乙女が言いかけた時、不意に彼女の背後から黒い人影が大鎌片手に飛びかかろうとした。
論手 乙女は気配を感じたのか思わず振り向く。
「⁈」
彼女はそれを咄嗟に避ける。
「あなた…」
論手 乙女は飛びかかってきた人物を見る。
彼女は顔を上げるとニヤリと笑った。
「よぉ、論手 乙女」
飛びかかってきた少女は、手に持つ鎌を論手 乙女の首に近付けた。
「これは…どういう事なの?」
論手 乙女は少女に向かって怪訝そうな顔をした。
するとネロはハハハハハ!と高笑いした。
「実は俺は滋賀 禰蕗じゃない」
そう言うと、彼女の姿は陽炎のように揺れて背の高い少年の姿に変わった。
「俺は、ネロの友達だ」
背の高い少年…師郎は笑う。
「…なるほど」
つまり他者に化けられる異能力者が滋賀さんに化けて私の気を引いて、本物の方は隙を突いて私に襲い掛かったワケね、と論手 乙女は言う。
「まぁ、そういうトコだね」
ネロは大鎌を論手 乙女の首から話しながら呟いた。
「アンタにもう2度といじめられないための脅しってワケだ」
ネロはそう言って笑う。
論手 乙女はふーんと答える。
「ま、私があなたにあれ以上の気害を加えるつもりはないのだけど」
は?とネロは論手 乙女を睨む。
下から6行目に誤字
×話しながら
〇離しながら
気をつけなきゃ…
「そんな根拠どこにあるんだよ」
アンタの異能力ならいくらでもボクに手を出すことができるだろ、とネロは言う。
論手 乙女はため息をつく。
「…もう、人をいじめても何も楽しくないからよ」
虚しくなっちゃったの、と彼女は呟く。
「あと」
論手 乙女は静かに続ける。
「異能力を使っても、本物の友達はできないからよ」
そう言って、彼女は宙を見上げた。
「あなたは良いわね」
どこまでも付き合ってくれる友達がいて、と論手 乙女はネロに目を向ける。
ネロは少し驚いたような顔をした。
「…そろそろ良いかしら?」
いつまでもこんな所にいるワケにもいかないし、と彼女はネロに言う。
「あ…まぁ、良いけど」
ネロがそう言うと、そうと答えて論手 乙女はわたし達に背を向けた。
そしてそのまま歩き去ろうとした所で、論手 乙女は足を止めた。
「滋賀さん、友達を大事にするのよ」
彼女はこちらをちらと見て、そのまま歩き去った。
「…」
わたし達の間に暫く沈黙が流れた。
だがふと耀平がネロに近付いた。
「ネロ」
名前を呼ばれて、ネロは振り向く。
「おれ達も行こう」
耀平がそう言うと、ネロはうんとうなずいた。
そしてわたし達は元来た道へと戻っていった。
〈15.オーベロン おわり〉
どうも、「ハブ ア ウィル ―異能力者たち―」の作者です。
この度、「ハブ ア ウィル ―異能力者たち―」の15個目のエピソードが完結いたしました!
いや~長かった…
3月の初めに投稿しだして気付けば4月の終盤に差しかかっていました。
時の流れは速いですね。
元々このエピソードは長くなる予定だったので覚悟はしていましたが、まさか2ヶ月近く、投稿回数36回もかかるとは思いもしませんでした。
正直精神的に疲れました…
このエピソードは初期の頃から考えていて、ストーリーの中盤で語る予定でいました。
ただ連載が途中で途切れたこともあり、再開しなければ危うくお蔵入りになる所でした。
なんとか日の目を見ることができて良かったです。
さて、今回の「ごあいさつ」では重大(?)発表があります。
それは、「番外編」と「キャラクター紹介」の投稿です。
「番外編」は15個目のエピソードの裏話的なエピソードになっています。
本来なら本編に含める予定だったのですが、語り部のサヤカが登場しないために番外編にすることにしました。
こちらはもうすでにできあがっているので近い内に投稿できると思います。
どうぞお楽しみに。
「キャラクター紹介」については、15個目のエピソードまでに登場した異能力者と語り部の紹介になっております。
一応15個目のエピソード時点で分かっていることの紹介になると思いますが、「ハブ ア ウィル」初心者の方にはもってこいのコーナーになっていると思います。
こちらはまだ完成していませんが、お楽しみに。
では少し長くなってしまいましたが、今回はこのくらいにしたいと思います。
次のエピソードも重要な回にするつもりなのでお楽しみに。
それではこの辺で。
…あ、質問など何かあったらレスちょうだいね。
テトモンよ永遠に!でした~