「ねぇお兄ちゃん、“カゲ”ってなぁに?」
いつかの夕暮れ、我が家への帰り道で、そんなことを兄に聞いたことがある。
「“カゲ”って言うのは…ぼくたち人間の敵だ」
「人間の敵?」
幼いわたしはそう聞き返す。
「そう、敵」
兄は優しく繰り返す。
「どこからかやって来てどんなものも“カゲ”に変えてしまう、とても恐ろしい敵だ」
兄は淡々と続ける。
「人間はずっとずっと昔から、“カゲ”と戦い続けてきたんだ」
兄の言葉に対して、わたしはそうなの?と首を傾げる。
「そう」
兄はわたしの目を見る。
「だけどね、光の力を持つ戦士達…“スパークラー”が僕達を守ってくれているんだ」
わたしは思わず、“スパークラー”と繰り返す。
「そう、“スパークラー”は“P.A.”っていう武器を使って、“カゲ”と戦うんだ」
兄は前を見る。
「…スパークラーはぼくらのヒーローだ」
ぼくも来年から“STI”に入学して、そんなヒーローになるんだ、と兄は明るく言う。
「お兄ちゃん、来年から”STI“に行っちゃうの?」
寂しいなぁとわたしが呟くと、兄は笑いながらこう言った。
「水晶(みあき)も、僕みたいになるんだろ?」
兄ちゃんが先に“STI“で待ってるからさ、と兄はわたしの頭を撫でる。
「いつか2人で一緒に戦おうな」
「うん!」
わたしは大きく頷いた。
「…ち、みあきち!」
仲間の呼ぶ声で、わたしは我に返った。
思わず周囲を見渡すと、そこはわたしが通う“STI”のカフェテリアだった。
「どうしたの?」
みあきち、と髪を二つ結びにした少女が心配そうにわたしの顔を覗き込む。
「…ごめんなさい」
ちょっと考えごと、とわたしは答える。
「そっか」
二つ結びの少女はそう言って“部隊”のメンバー達に向き直った。
「じゃあさっきの話の続きね」
そう言って彼女は話を始める。
…いつか2人で一緒に戦おう、か。
わたしは仲間が話す様子を見ながらさっきのことを思い出す。
いつかの兄と交わした約束は、結局果たされることはなかった。
わたしは兄が通う“STI”…”澁谷學苑“を出て行ったのだ。
理由は色々あるが…周囲からの兄との比較に耐えられなかったことも大きな理由だ。
優秀な兄と凡才の妹。
優秀な兄の方が優遇されるに決まっている。
わたしはそれに耐えられずに、あの“STI“から逃げ出したのだ。
そしてわたしは今、このありふれた“STI”…“幕針文化学院”に通っている。
本当は一般の学校でもよかったのだが、そこは”名門“であるわたしの家が許さなかったのだ。
ともかくそこでわたしは高校生活を適当に過ごすつもりでいたのだが…
なぜか自分の“部隊”を持つハメになってしまった。
どうしてこうなったのか、話すと長くなるため割愛するが、わたしの平凡になるはずの日常は劇的に変わってしまった。
…これは平凡なわたしの”部隊“、”加賀屋隊“と数多の“スパークラー”達の、戦いの記録である。
どうも、テトモンよ永遠に!です。
突然ですが企画です。
タイトルは「鏡界輝譚スパークラー」。
謎の敵“カゲ”と戦う少年少女達“スパークラー”の果てしない戦いや日常を描く企画です。
開催期間は5/8 15:00〜5/26 24:00までです(多少の遅刻・フライングも可)。
ルールは公序良俗とこの後投稿する設定を守って、タグ「鏡界輝譚スパークラー」を付けてればそれでOK(タグミス注意)!
形式・投稿作品数は問いません。
難しい企画だと思いますが、皆さんのご参加お待ちしております!
さぁお次は”設定“です!
レスありがとうございます!
楽しそうと思っていただけて嬉しいです。
ご参加を楽しみに待っております。
〈世界観〉
我々の住む現実世界とほとんど変わらないが、地名の表記(東鏡、稚葉、彩玉など)が少し違ったりする世界。
人々はどこからかやって来る謎の敵“カゲ”におびやかされていた。
有史以前から人間達をおびやかす”カゲ“だったが、人間達もやられてばかりではいなかった。
人間達は遠い昔から、“スパークラー”と呼ばれる光の力を持つ者達によって、“カゲ”に対抗してきたのだ。
“スパークラー”は元来村落共同体やその地域を治める領主に直接所属していたが、近代化の流れで「誰でも平等に“スパークラー”になれる機会を与える」ことを名目に、世界各地にスパークラー養成機関、通称“STI”が設立される。
“スパークラー”として活躍できるのは主に10代後半の少年少女達のため、中等教育と“スパークラー”の養成を兼ねた“STI”に力を持つ少年少女達は所属していく。
これは“スパークラー”と呼ばれる少年少女達の戦いと日常の物語である。
〈用語〉
・スパークラー
人類の敵“カゲ”に対抗できる唯一の存在。
漢字文化圏では「輝士」とも呼ばれる。
光の力を持ち、その力を武器“P.A.”をもって出力することで“カゲ”を倒す。
光の力を1番宿すことができるのは主に10代後半の少年少女達で、そのほとんどがスパークラー養成機関“STI”に所属している。
スパークラーになるためにはある程度の才能が必要だが、努力次第でなんとかなる所もある。
光の力が切れると”P.A.“は使えなくなり、ただの人間と変わらなくなってしまう。
しかし光の力は時間経過で回復するし、薬物(エナドリのような物をイメージして頂ければ)を使うことでも回復することができる。
強いスパークラーほどアイドル的な人気が出やすい。
・カゲ
別名テネブリスとも呼ばれる、人類の敵。
どこからともなく現れては、ありとあらゆる物質を侵蝕し、カゲに変えてしまう。
また、光線を放ったり建造物を破壊したりする個体もいる。
大型の個体もいれば小型の個体もいるが、見た目は皆禍々しく黒っぽい見た目をしている。
人間はカゲに触れるとカゲとなってしまうが、光の力を持つスパークラーだけは例外である(ただし、光の力が切れてしまったスパークラーはカゲに対して無力)。
カゲの侵蝕によって陥落してしまった地域も少なくない。
カゲの体内にある心臓部「ダークコア」を破壊することで倒すことができる(ダークコアの大きさはどんなタイプのカゲであっても手のひら大の大きさで種類によってコアの位置が決まっている)。
陥落した地域は「ヌシ」と呼ばれるカゲを倒すことで解放が可能。
ちなみに意志があるかどうかは不明。
・P.A.
フォトニックアームズ(Photonic Arms)の略。
現代のスパークラーが使う武器。
これを通して光の力を出力することでカゲを倒すことができる。
「フォトニックコア」と呼ばれる光の力を制御する機構を持つ。
刃物型、弓矢型、銃器型、鈍器型、盾型と様々な種類がある。
一般的な武器と識別するためカラフルなものが多い。
・光の力
スパークラーの持つ力。
これをP.A.を通して出力することでカゲを倒すことができる。
この力を持っていることが、STI入学の1つの条件でもある。
光の力を持っていればカゲに対して実質無敵だが、力が切れるとカゲに侵蝕される恐れがある。
ちなみに光の力は健康診断などで保有量を測ることができる。
正体は未だはっきりしていない。
・STI(スティ)
スパークラー養成機関(Sparkler Training Institute)の略。
スパークラーを養成し、彼ら彼女らが所属する機関。
スパークラーは10代後半の少年少女がほとんどなので、中等教育も兼ねた学校となっている。
中高一貫校型が一般的だが、高校単独のもの、附属小のあるものと色々ある。
学科は戦闘訓練以外は一般の学校と変わらない「普通科」、P.A.について学ぶ「工業科」など、スパークラーのニーズに合わせた様々な学科が存在する。
いつ管轄地域内でカゲが出現するか分からないため、基本的には全寮制である。
また、どこのSTIにも“整備員”と呼ばれるP.A.の整備をする職員が所属している。
戦場においてスパークラーがどこのSTI所属か分かりやすくするために制服が存在する。
カゲを撃破すると撃破しただけ報酬がもらえる。
我が国においては公立のものより私立のものの方が多い。
なぜなら、公立のSTIが創設されるようになったのが他地域より遅いためである。
ちなみにSTIが管轄する地域のことを俗に「ナワバリ」と呼び、この「ナワバリ」の外で戦闘することを「遠征」と呼ぶ。
・部隊
スパークラーの集団戦闘における最小単位。
近年の研究で集団で戦った方がスパークラーの致死率が下がることが分かったため、集団戦闘をするスパークラーが増えている。
最小構成人数は5人。
STIによって選抜された「代表部隊」と有志によって結成された「自主結成部隊」の主に2種類に分かれる。
・フォトンウォール
街や地域、STIの敷地をカゲの侵食から守る、光の力でできた壁。
これを張ることで外部地域からのカゲの侵食を防ぐことができるし、万が一フォトンウォール内がカゲに侵食されても他地域への侵食を防ぐことができる。
しかしフォトンウォール内でのカゲの出現を抑えることはできない。
ちなみに人間や物は光の力でできたフォトンウォールをすり抜けることが可能。
首都圏に張られている「首都圏広域ウォール」が有名。
今回かなり難しめの企画になったので、「参加したくてもアイデアが思いつかない!」って方もいると思います。
そんな方のために、今回はアイデアが降って来そうな企画者の「アイデア帳」を公開!
いくつかのSTIとサンプルキャラクターの設定を投稿したいと思います。
という訳でお次は「アイデア帳」!
いくつか質問良いでしょうか。
・カゲに浸蝕された人間はヌシを倒した場合街などと同様に解放されるのか。そもそも『解放される』とはどのような意味か(カゲが取り除かれるだけなのか浸蝕されたものが元に戻るのか)。
・カゲのコア以外の部分を攻撃した場合、再生するのかそのまま破壊されるだけなのか。
・飛び道具系のP.A.の矢や弾丸は別途に製作されたものを使うのか自動生成されるのか。
・光の力を持っていた場合、P.A.無しでカゲにダメージを与えることは可能か。またP.A.を装備した状態で素手による攻撃を試みた場合はどうなるか。
・フォトンウォールは誰がどのような方法、道具を用いて展開するのか。
・STIに通うスパークラーにスパークラーとしての活動に対する報酬などは支払われるのか。
・P.A.の調達方法。
・野良のスパークラーがいたとして、STIに通っているスパークラーとどのような違いが発生するか。
他に何か追加で疑問が生えたらまた書き込みます。
レスありがとうございます。
では1つずつ答えさせて頂きます。
Q.カゲに浸蝕された人間はヌシを倒した場合街などと同様に解放されるのか。そもそも『解放される』とはどのような意味か(カゲが取り除かれるだけなのか浸蝕されたものが元に戻るのか)。
A.残念ながらカゲに侵蝕された人間はヌシを倒しても解放されません。カゲに侵蝕された生物は全て倒すしかありません。『解放される』とはカゲが取り除かれるだけであって侵蝕されたものが全て元に戻るワケではないのです。
Q. カゲのコア以外の部分を攻撃した場合、再生するのかそのまま破壊されるだけなのか。
A.カゲのコア以外の部分を攻撃しても再生するので、攻撃しても意味はありません。ただダメージを受けた場所を再生するのに時間がかかり、動きが止まる個体もいます。
Q. 飛び道具系のP.A.の矢や弾丸は別途に製作されたものを使うのか自動生成されるのか。
A.P.A.の矢や弾丸は光の力から生成されます。そういう機構がP.A.に備わっています。
Q. 光の力を持っていた場合、P.A.無しでカゲにダメージを与えることは可能か。またP.A.を装備した状態で素手による攻撃を試みた場合はどうなるか。
A.例え光の力を持っていてもP.A.なしでカゲにダメージを与えるのは無理です。P.A.を装備した状態で素手による攻撃をしても意味がありません。でも、籠手型のP.A.を装備してカゲを殴ればダメージを与えることは可能です。
長いので2つ目のレスに続きます。
1つ目のレスの続きです。
Q. フォトンウォールは誰がどのような方法、道具を用いて展開するのか。
A.フォトンウォールは公的機関が鉄塔みたいな建物に搭載されている機構を起動させることで展開します。
Q. STIに通うスパークラーにスパークラーとしての活動に対する報酬などは支払われるのか。
A.STIに通うスパークラーにカゲの撃破報酬は支払われます。ちなみに歩合制です。
Q. P.A.の調達方法。
A.P.A.を製造するメーカーが世界各地に存在し、そこで設計・製造されています。そこからSTIを通してスパークラー達に支給されています。ちなみにどんなP.A.が欲しいかスパークラー達の好みで選べます。
Q. 野良のスパークラーがいたとして、STIに通っているスパークラーとどのような違いが発生するか。
A.野良のスパークラーがいるとすれば、STI所属の子達と違って自分でP.A.を整備する必要があります(誰か整備してくれる人が別にいれば話は違うけど)。ただ自分でP.A.を整備するのはものすごいコストがかかるので野良での活動は難しいんですけどね。
以上になります。
分かりにくくてすみませんね。
追記、フォトンウォールについて。
街中に設置されているフォトンウォールは公的機関が動かしますが、STIに設置されているフォトンウォールはSTIの運営者(理事長とか校長とか)の権限で動かします。
紛らわしくて申し訳ない。
企画「鏡界輝譚スパークラー」に参加したいけど、アイデアが降ってこない!って人のためのアイデア帳です。
ここに載せてある設定は自由に使ってOKです(もちろん必ず使わなければならない訳ではない)。
・幕針文化学院(まくはりぶんかがくいん)
稚葉・稚葉市魅浜区海浜幕針にある中堅STI。
中高一貫校。
「普通科」だけでなく「国際科」「理数科」「美術科」「音楽科」が存在する。
制服は白いシャツ・ブラウスと明るい灰色のブレザーとスラックス及びスカートで、リボンやネクタイの色は、基本的に「普通科」は緑、「国際科」は赤、「理数科」は水色、「美術科」は桃、「音楽科」は黄、となっているが、普段はこのルールを無視して皆好きな色のタイやリボンを付けていたり、付けていなかったりする。
〈サンプルキャラクター〉
・加賀屋 水晶(かがや みあき)
所属:幕針文化学院高等部1年普通科
一人称:わたし
無気力で淡々としたスパークラー。
物事にあまり興味を持たないが、戦術理解はかなり高い。
元々は名門STI・澁谷學苑に通っていたが、色々あって幕針文化学院の高等部に入学した。
ひょんなことから部隊「加賀屋隊」のリーダーとなる。
刀型P.A.を使う。
加賀屋 石英は兄。
・東鏡臨海大学附属第一高等学校(とうきょうりんかいだいがくふぞくだいいちこうとうがっこう)
東鏡・洪東区有暁にある新興STI。
小中高一貫校。
開校してから日が浅いが、最新鋭の訓練設備を備えている。
男子は白いシャツと紺のブレザーとチェック柄のスラックス、女子は白いセーラーブラウスに紺のブレザー、チェック柄のスカートで、男女共にストライプの入ったネクタイを付ける。
〈サンプルキャラクター〉
・而 琉璃(じ るり)
所属:東鏡臨海大学附属第一高等学校1年
一人称:あたし
中国系のスパークラー。
仲間思いでどんな時も明るい。
幼馴染+αを集めて自分の部隊「ナギサ団」を作った。
槍型P.A.を使う。
・澁谷學苑(しぶやがくえん)
東鏡・澁谷区澁谷にある名門STI。
小中高一貫校。
ミッション系で良家の子女が多い。
制服は白いシャツ・ブラウスと茶色いブレザーとチェック柄のスラックス及びスカートとオレンジ色のネクタイ。
〈サンプルキャラクター〉
・加賀屋 石英(かがや せきえい)
所属:澁谷學苑高等部3年
一人称:ぼく
責任感が強く、人々を惹きつけるカリスマ性も持つスパークラー。
スパークラーとしては天才的な才能を持つ。
STI代表部隊「クルセイダース」のリーダー。
刀型P.A.を使う。
加賀屋 水晶は妹。
・赫坂女学園(あかさかじょがくえん)
東鏡・湊区赫坂にある女子校のSTI。
小中高一貫校。
お嬢様然としているが、一般庶民の子が多い。
制服は臙脂色のワンピース。
〈サンプルキャラクター〉
・黒巻 珊瑚(くろまき さんご)
所属:赫坂女学園高等部2年
一人称:私
真面目でしっかり者のスパークラー。
委員長タイプで苦労人。
STI代表部隊「スカーレット」のリーダー。
弓矢型P.A.を使う。
・高縁寺藝術学舎(こうえんじげいじゅつがくしゃ)
東鏡・椙並区高縁寺にある芸術系STI。
中高一貫校。
「美術科」「音楽科」があり、その中でいくつかの専攻に分かれている。
制服は白いシャツ・ブラウスと深緑の襟なしブレザーとスラックス及びスカートで男女共にサスペンダーが付いている。
〈サンプルキャラクター〉
・曽泉 理知弥(そいずみ りちや)
所属:高縁寺藝術学舎高等部2年美術科映像専攻
一人称:おれ
面倒臭がりなスパークラー。
両親が著名な芸術家で、半ば無理矢理高縁寺藝術学舎に通わされている。
彼のやる気を引き出すために友達が作った部隊「百華」のリーダーをさせられている。
マシンガン型P.A.を使う。
他にもアイデアがあるんだけど、これ以上は面倒なことになるのでやめときます。
皆の創作の参考になったら嬉しいです。
「さようなら」
「さよならー」
今日の授業も終わり、生徒達が教室から去っていく放課後。
教室に1人、短髪の少女…加賀屋 水晶(かがや みあき)が残っていた。
水晶はホームルーム後も暫く窓際の席でぼーっとしていたが、ふと時計を見て急に立ち上がった。
そして荷物をまとめて教室の外へ出て行った。
水晶が向かったのは、校舎の1階にあるカフェテリア。
カフェテリアは生徒でそこそこ賑わっている。
水晶はカフェテリアの端に4人の生徒を認めると、そちらの方へ向かった。
「あ、みあきち」
カフェテリアの端で駄弁っていた4人組の1人、二つ結びの少女…仁戸田 紀奈(にへだ のりな)は水晶に気付いて笑顔で手を振る。
「待った?」
「ぜーんぜん」
あたしもさっき来たばかりだよ、と紀奈は笑う。
「そう」
そう言って水晶は4人の傍に座る。
「ねぇねぇ、みあきちにもさっきの話をしようよ」
紀奈の右隣に座る小柄な少年…福貴迫 弾(ふきさこ はずむ)は紀奈に明るく言う。
「さっきの話?」
弾の言葉に水晶は首を傾げる。
「あー今日この街にあの澁谷學苑の代表部隊が来るって話」
紀奈がそう言うと、水晶は少し顔を曇らせる。
「澁谷、學苑…」
「何でも、うちのSTIとの交流会の準備らしいよ」
交流会でうちのSTIの代表部隊と模擬戦をするから、そのための下見みたいと弾は続ける。
「沈んだねぇ……」
カゲの奔流に沈み、フォトンウォールで急遽封鎖された町の、カゲに浸蝕されきらなかったビルの屋上で猟銃型のP.A.のスコープから目を離し、その少女、下野真理奈は呟いた。
「沈んだなぁ……一瞬だった」
戦槌型のP.A.を杖代わりにして、真理奈とほぼ同年代の少年、和泉宗司も彼女の隣で賛同する。
「ヌシどこ?」
「あそこ、あの大きい交差点のところだよ、アカリちゃん」
「『ちゃん』って言うなこれでも男だぞ」
「良いじゃない男で『ちゃん』付けでも」
鉄線銃型P.A.を構えた少年、月舘灯に真理奈が受け答える。
「あそこ、あのビル、中学校の屋上、青い家の屋根。この順番で結構近付けるかな」
真理奈がスコープを銃から取り外しながら言い、灯も鉄線銃の狙いを定める。
「宗司、あの距離届くか?」
「ん、……おう、余裕だな」
「助かる。お前の武器重いからな、先に投げとけ。……よっしゃ、行くぞ」
「おう了解。かどみー、出番だぜー」
宗司に呼ばれ、屋内から彼より少し年上に見える少女が出てきた。
「結構上ってきてたよ。そろそろキツイかも」
「了解、こっちで対処するからヌシは任せたよ」
真理奈の言葉に、後の3人は信じられないといった顔を向ける。
「……え、何?」
「いやいや真理ちゃん、狙撃銃1丁でそれを言うのは無理あるぜ」
宗司の言葉に灯も頷く。
「その上こっちに指示まで飛ばすつもりなんだろ? 自分は1人しかいないって忘れてるところ無い? かどみーだけでも置いてった方が良いだろ」
「たしかその銃、最大装弾数5発とかじゃなかったっけ?」
『かどみー』と呼ばれた少女、門見初音も心配そうにしている。
「大丈夫! そっちは正直スコープでときどき覗いてれば良いし、そこの入り口結構狭いからちょっとずつしか出てこれないだろうし」
狙撃銃とスコープを左右それぞれの手に持ち、真理奈はウインクをしてみせた。
企画参加ありがとうございます。
ハンマー投げってありますもんね、投げることは別におかしくないと思います。
早速大変なことになりそうですがここからの展開が楽しみです。
「……まあ、真理ちゃんがそう言うなら、俺らからは何も言うこと無えよ」
「あ、宗司お前、『ら』って言ったな! 俺はまだ賛成してねえぞ!」
「じゃあ多数決で負けね」
初音も真理奈の意見に従うようで、灯もすぐ押し黙り、鉄線銃を強く握りしめた。
「……じゃあ行くぞ、宗司、かどみー。遅れんなよ、落ちて死ぬぜ」
「おう」
「了解」
3人は同時に駆け出し、屋上の落下防止柵に跳び乗り、勢いのまま空中に飛びだした。
「っしゃ行くぞコラァッ!」
灯が掛け声と同時に鉄線銃を発射し、約30m先のビルの屋上にフックを固定する。そのワイヤーを掴んで引き寄せると、勢いで灯とその肩に掴まったあとの二人の身体はそのビルに向けて飛んでいき、3人は地上を蠢くカゲと関わることなくその距離を無事に移動した。
「よっしゃ、もう1発頼むぜ」
宗司に言われ、灯はワイヤーを銃の中に巻き取りながら答えた。
「ああ分かってるよ。今ワイヤー回収してるから待ってろ」
「はいはい」
先にこの建物の屋上まで投げておいた戦槌型P.A.を拾い上げながら、宗司もそれに応じた。
「……あ、そういえば」
思い立ち、初音はポケットから携帯電話を取り出して通話アプリを起動した。
「もしもし真理奈?」
『はいはいこちら真理奈。そっち見えてるよー』
「そっち大丈夫?」
『そこから見える?』
初音が元来た建物の方を見ると、猟銃を杖に、右手でスコープを持ち、肩と耳で携帯電話を挟み、片脚で屋上への入り口の扉を押さえている真理奈の姿が小さく見えた。
「大丈夫じゃなさそうなんだけど⁉」
『まあそろそろ限界かなー。そういうわけで、1度切るからまたかけ直して?』
「え、あ、うん……」
「おいかどみー、次行くぞー!」
初音が灯の言葉に振り向くのとほぼ同時に、真理奈の側から通話が切られた。
Ⅰ
鏡都府某所、私立大学附属STI集会場にて、一年生の緊急集会が行われた。
一通りの前置きの後、学年主任が言った言葉に集会場中がざわめいた。
そのざわめきの中に、善はいた。彼には状況がよく飲み込めていなかった。体育座りをしたままただ口を半開きにして呆然としていた。目は虚空を見つめる。その後の学年主任の話も耳に入らない。
「……ぜん、おい善!」
善の前に座っていたクラスメイトがずっと呼びかけていたらしい。半ば怒鳴ったクラスメイトの声にやっと気が付き身体をビクッと震わせ目線をゆっくり彼に向けた。善を見つめるその目は心配を言葉なくとも体現している。
善はキョトンとした顔で、やっと口を開いた。
「……な、にが、どう……って?」
「和樹が……和樹がっ和樹が死んだんだよ!」
尋ねられたクラスメイトは言うのを躊躇いつつ、涙をためながら至極はっきりと簡潔に告げた。
和樹が死んだ。
「そんな訳……そんな、そんなっ……」
裏返り嗚咽する声でそれだけ絞り出せた。
善は状況を受け入れられなかった。そして間もなく彼は集会場を飛び出していった。
企画参加ありがとうございます。
そもそも子ども達が戦う時点でこの企画の世界観は重めなので重い話でも大丈夫ですよ。
あと設定は大体合ってればOKです。
「うちのSTIも、戦闘経験を積むのに必死だな」
澁谷學苑の方が強くて負けが見えてるのに、と水晶の右隣に座るメガネの少年…熊橋 寵也(くまはし ちょうや)は言う。
「えーいいじゃん」
いい刺激になると思うのにーと弾は口を尖らせる。
「まぁそれはそうだけどさ」
寵也と弾がそう話していると、寵也の右隣に座るサイドテールの少女…呑海 巴(どんかい ともえ)は水晶の様子に気付いたのか、彼女に話しかける。
「加賀屋さん?」
どうかしたの?と聞かれて、水晶は慌てて顔を上げる。
「…なんでもない」
大丈夫、と水晶は言うが、他のみんなは心配そうな顔をする。
「…そう言えばみあきち、元々は澁谷學苑に通ってたんだよね」
ふと紀奈が呟いた。
「澁谷學苑の人が来るのは、ちょっとアレだよね…」
紀奈が暗い顔で呟くのを見て、水晶はそれもあるんだけど、と言う。
「代表部隊の隊長が兄さんだから…」
水晶がそう言った所で、突然サイレンが鳴った。
「管轄地域内でカゲの出現を確認」
出撃可能スパークラーは速やかに出撃せよ、場所は…と校内放送が流れる。
カフェテリアのくつろいだ雰囲気が、一気にピリつく。
「おっと、出撃か」
「騒がしいねぇ」
紀奈と弾は呑気に天井のスピーカーの方を見る。
「そんなこと言ってる場合か」
「そうよ、人が死ぬかもしれないのよ」
寵也と巴は険しい顔をする。
「はいはい分かってますよ」
んじゃ行こうか、部隊長、と紀奈は水晶の方を見る。
水晶は無言で頷き、そしてこう宣言した。
「加賀屋隊、出撃!」
人々が逃げ惑う街中。
無数の黒く禍々しいカゲが人の群れに向かって進んでいる。
「落ち着いてください、避難所はあちらです」
パニックに陥る群衆に対し、警官達が人々を誘導している。
…と、警官の1人に黒いカゲが飛びかかる。
「危ない!」
少女の叫び声と共に警官が背後を見た時、バババババと弾丸が発射される音が響いた。
「$|+]$\€‼︎」
カゲは悲鳴を上げて霧散する。
「大丈夫ですか⁈」
弩型P.A.を持った二つ結びの少女が警官に駆け寄る。
「あ、えぇ、ありがとうございます」
「それならよかった」
ここはあたし達がなんとかするんで逃げてください、と二つ結びの少女…紀奈は言う。
「分かりました」
君達も気を付けて、と警官は一礼してその場を離れる。
「グッジョブ寵也」
ハルバード型のP.A.を持った小柄な少年…弾に肘でつつかれて、マシンガン型P.A.を持ったメガネの少年…寵也は、当然のことをしたまで、と真顔で言う。
「そこの2人、呑気に話してる余裕はないわよ」
サーベル型P.A.を持ったサイドテールの少女…巴は、手に持つ武器を構える。
「加賀屋さん、指示を!」
「…了解」
巴に言われて、水晶は刀型P.A.を敵群に向ける。
「みんな、いつも通り…行くよ」
「了解」
「おっけー」
「分かったー」
「はいはい」
皆がそう返事すると、水晶は静かに頷いて敵に向かって駆け出した。
部隊のメンバーも駆け出し、周りにいる多くのスパークラー達も一斉に鬨の声を上げる。
戦闘が始まった。
それから更に2度空中を移動し、灯と宗司はカゲたちのヌシである大型個体と10mほど離れた家屋の屋根の上にいた。ヌシも彼らに気付き、眼球に似た器官をぎょろりと動かす。
「おーおー見られてるねー。行くぞ、灯、かどみー」
「おう」
灯は答えたが、その場にいない初音の返事は無い。
「……あれ、かどみーは?」
「え? そういや肩が軽かったような……あれ、いない。……どうすんのこれ」
「まあ……俺が倍働けば良いだけだしなぁ……」
ヌシの身体が少しずつ二人の方に向いていく中、灯の携帯電話から通知音が鳴った。
『ああ、もしもしアカリちゃん? 私だけど』
「あ、真理奈か。今ちょっとした問題が……」
『あー、かどみーのことでしょ? あの子なら大丈夫、途中で自分から離れてたから』
「大丈夫じゃねえ……」
『誰か生存者でも見つけたのかも』
『ごめん、勝手に離れて』
「うわあ⁉」
突然グループ通話に入ってきた初音に、灯が驚きの叫び声をあげる。その声に反応したのか、周囲のカゲたちが一斉に動き出し、灯たちがいる家に群がり始めた。
「うわやっべ引き寄せちゃった」
『ちょっと待ってて、援軍連れて行く』
「あー?」
通話こそ繋がっていたものの灯の疑問符に初音は答えず、灯は小さく舌打ちをして敵に相対した。
STI校内、そして防災庁特定特殊生物対策班の施設内に警報が鳴り響き、対策本部は警報と共に電源が入る。
「東鏡都瀬田谷区に大型デネブリスの出現を確認。政府より緊急事態宣言発令に伴うプラン11要求!」
「了解。瀬田谷区全域の河川及び公道にフォトンウォール展開、住民避難を開始します。」
「陸自班、空挺班は東鏡I.Cを中心に第1種戦闘配置!」
指示を出す澁谷分隊長は私たちの通う東鏡第1分校澁谷校の校長でもある鳴海晃司。かつてスパークラーとして第1線で活躍したエースだった男だ。今もその戦術眼は衰えることを知らない。
【空挺班より報告します。目標は現在双子田万川駅周辺を侵攻中。幸い侵食は国道246号線、都道11号線に囲まれた範囲内で抑えられています】
「その範囲なら住民避難完了しています」
通信と本部隊員の声が次々に飛び交う。
【澁谷分隊、全隊員配置完了。目標捕捉しました。】
「了解。総員、飽和攻撃体勢に移れ!」
隊長はその全てを聞き逃すことなく、的確な指示を出す。
【『了解』】
【空挺班、攻撃準備完了。いつでも打てます】
【同じく陸自班、いつでも打てます】
「GPS誘導弾発射準備完了。いつでも打てます」
さすがに特殊自衛隊。行動は迅速で乱れがない。
「住民避難完了のため、政府の承認は省略。飽和攻撃開始。打てぃ!」
隊長のその合図で発射、着弾の轟音が鳴り響く。
先程まで見えていたモニターはその爆撃の衝撃のためか、それを防ぐためか映像が途切れている。
その轟音は数秒間続き、その間も本部は忙しなく誰かしらが動いているが音は掻き消される。
その中で隊長は何か言伝を受け、少し口角が上がる。
「飽和攻撃終了。モニター、復旧します」
そのモニターに映ったのは爆発によって先程までとは少し形状が変化したデネブリスの姿があった。しかし本部の面々に動揺する様子はなかった。
「実弾、光弾共に全弾命中。目標のコアに損傷、認められません」
「結構。第2フェーズ移行への時間は稼げた」
そう言うと通信をアナウンスに切り替える。
「全隊員に告ぐ、これより作戦を第2フェーズに移行する。総員、配置に着け!」
隊長は再び通信をSTI校内の出撃準備室に切り替え、問いかける。
「2人とも、いけるな?」
企画参加ありがとうございます。
まぁ設定や趣旨は大体合ってればOKなので、大丈夫です。
それにしてもリアルで生々しい作品。
ここからが楽しみです。
tenebris(ラテン語で闇)
遡ること数十秒、空中移動中、ふと地面を見下ろした初音は、地上を埋め尽くすカゲたちの中に不自然に空いた隙間を発見した。
(何だろ、あそこ……)
目を凝らし、その正体に気付くのとほぼ同時に、初音は灯の肩から手を放し、そこ目掛けて飛び降りていた。
カゲたちをクッションにして着地し、それらを順番に斬り倒しながら突き進み、遂に初音は小さな空白の正体に辿り着いた。
ビビッドカラーの迷彩模様に彩られた、金属製の折り畳み防楯。ひょいと跳び越えて内側に入ると、まだ幼さの残る少女が必死で押さえていた。
「ねえ」
「! え、誰、何⁉」
「ごめん、私は門見初音。あなたと同じ輝士だよ」
「わ、私は田代小春。逃げ遅れたんだけど、私のP.A.がこの楯で良かった……」
「ある程度は斬っておいたから大丈夫。それより小春ちゃん、突然で悪いんだけど、ちょっとついて来てくれる?」
「え、うん、はい」
小春が防楯を畳んでいる間、初音がカゲたちを牽制する。
「はい、準備できました!」
その声に初音が目を向けると、小春は防楯を折りたたんで、背中に背負っていた。
「うん」
通話アプリを起動し、真理奈と灯の通話に参加する。
『あの子なら大丈夫、途中で自分から離れてたから』
『大丈夫じゃねえ……』
『誰か生存者でも見つけたのかも』
自分が勝手に離れたことについて話しているのだろう。そう考え、初音は声をかけた。
「ごめん、勝手に離れて」
『うわあ⁉』
突然の大声に耳を押さえながらも、状況を伝えようとして電話口から灯の声が聞こえてきた。
『うわやっべ引き寄せちゃった』
(……今の大声でカゲを呼び寄せちゃったのかな)
「ちょっと待ってて、援軍連れて行く」
『あー?』
電話を耳から離し、小春の方に振り返る。小春はカゲたちから逃げるように背後のブロック塀の上に避難していた。
「ちょうど良いや小春ちゃん、ついて来て。私の仲間が危なそう」
「あ、りょーかいです」
ブロック塀から屋根の上によじ登り、2人はヌシのいる方角に向けて駆け出した。
「2人とも、いけるな?」
出撃準備室に校長もとい澁谷分隊長の声が響く。
「俺はもちろんいけるよ、まぁ遅刻女はどうか知らないけど」
「うるさいなぁ、ライブだったんだってば!」
世にいう学生男女のノリだ、何故か男女というのはイジり合うことでしかコミユニケーションを取れない。しかしこんな学生に頼らなければならないというのもまたこの地球の不思議な現実だ。
【本部システム、作戦第2フェーズへの切り替え完了しました】
通信越しに聞こえる本部隊員の報告が聞こえる。
「了解。という訳だ、2人とも出撃準備だ」
その言葉を受け2人は目つきを変え、目を合わせ、タイミングを合わせて首に提げたチップのスイッチを入れる。
『解放』
このチップはSTIの学生証であると同時にスパークラーの光の力を制御するものだ。スイッチを入れるとその光の力が解放される。
2人はチップのついたそのネックレスを外し、チップを用意されたP.A.に挿入する。するとP.A.にある画面に
[AA0X02 Log in] [AA0X03 Log in]
とそれぞれ表示され、
一方は日本刀程もある刀身の刀型、
もう一方は苦無(くない)型
に形を変える。
【AA0X02、AA0X03、2名のログイン確認しました。ルート2.3番開放します】
通信の音が聞こえるが、2人は反応1つせず、変形したP.A.を素振りしている。
『AA0X02 五代ジョー、AA0X03 高田美空、両名出撃準備完了。出撃ルート確認しました』
訓練の時間に言い慣れているため、口を揃えるのは自然とできる。
【了解。出口2.3番開放します!】
「頼んだぞ2人とも」
2人に聞こえるかギリギリの音量で呟く。
「行くぞ」「行こっか」
2人も互いの目を見て合図する。
『出撃!』
STI側から提供された情報によると、今回襲撃してきたカゲ達は、小型のものがほとんどだと言う。
小型とは言え街を侵蝕することに変わりないのだから、早く倒さなければならない。
それでも出撃スパークラーの数から考えてみれば、あっという間に駆逐することは可能だろう。
そう考えながら水晶は刀型P.A.で次々とカゲに斬りかかる。
街を侵蝕しようとしていたカゲ達は避ける間もなく霧散していった。
「みあきちー!」
ふと呼ばれて振り向くと、弩型P.A.を携えた少女…紀奈が駆け寄ってきた。
「どう、調子は?」
「まぁまぁかな」
水晶は刀型P.A.で飛びかかるカゲを切り裂きながら言う。
「あたしもだよ!」
紀奈もまた、飛行型カゲを自身の武器で仕留めながら答える。
「今回は小型種がほとんどって聞いてたけど…」
この辺りはそんなにいないみたい、と水晶は呟く。
「うーん、じゃあここを片付けたら巴達の所へ行こっか」
巴達がいる所の方が大変みたいだし、と紀奈は笑う。
水晶は静かに頷いた。
…と、ここで耳に装着している通信機から聞き覚えのある声が聞こえた。
『加賀屋さん、聞こえる⁈』
「どうしたの呑海さん」
水晶は通信機に手を当てて答える。
『さっき大型種が出現したって情報が入ったわ』
方角は…と巴が言いかけた所で、紀奈が遮るように叫んだ。
「みあきち後ろ‼︎」
はっと振り向くと、そこには5メートルはある動く塔のようなカゲが光線を放とうとしていた。
「よしよし、こっからは俺の出番だぜー。そぉー……りゃっ!」
宗司は這い寄ってきた小型のカゲ数体を薙ぎ払い、返す一撃で錐状に尖った側の鎚頭を別のカゲの頭部に叩きつけ粉砕した。こちらは頭部に核があったようで、ぐずぐずと溶けるように消滅した。
戦槌を構え直す宗司の隙を狙って4体のカゲが飛びかかったが、2体は灯の撃ったワイヤーに貫かれ、あとの2体は二人の遥か後方からの狙撃によってダークコアを破壊され、大気中に掻き消えた。
『よし命中』
「お、ナイス狙撃。真理ちゃん無事だってー?」
そう尋ねる宗司に親指を立て、灯はワイヤーで捕えたカゲを引き寄せ、体組織を破壊され露出したダークコアを改めて破壊した。
「そろそろヌシとの距離がキツイな。俺がしばらく気を引いとくから、雑魚は任せたぜ、宗司」
宗司に告げ、灯は鉄線銃型P.A.による立体機動でヌシの周りを回り始めた。
「おう頑張れー」
宗司は向かってくるカゲたちを数度殴り飛ばし続けていたが、狙いの荒い打撃は核を破壊できず、敵の数は一向に減らない。
「宗司ーカゲ減ってねえじゃねえかー」
ワイヤーで跳び回りヌシの注意を引きながら、灯が文句を言う。
「コアが小さいのが悪い」
「もっと頑張れよ……お?」
「どうした?」
「着いたみたいだ、援軍」
「ほう」
「しぃーーるど、ばあぁあーーっしゅ!」
小春が防楯を身体の前に構えながら突進し、カゲ数体を屋根から弾き飛ばした。
Ⅱ
和樹がカゲになった。
和樹はSTIの基礎教育修了後一ヶ月もしない内に九州カゲ大規模出現のため遠征に行った。和樹は同級生たちの心配する声も真面目に聞かず(聞いたところで遠征メンバーから外れることはできないが)、憧れの一人前のスパークラーへの第一歩だと喜び勇んで輸送機に乗って行った。それももう先月のことだ。
そして2日前、カゲになったという知らせが鏡都の同級生らのもとに届いた。
今年の1年生の中では初めての殉死者であった。
彼らの間に衝撃が走り、彼の友人や家族は静かに泣き崩れた。
善もその中のひとりだった。
――善は和樹と小学生のときからの友人だった。2人は幼い頃から、命を賭して人々を守る若き勇士たちに憧れた。一緒に立派なスパークラーになって世界を守るのだという大それたことを誓い合った。そして2人は優秀なスパークラーを輩出していることで有名な地元のSTIに入学した。 基礎教育期間が終わると、善が鏡都宮下中隊第9自主結成部隊、和樹は第4自主結成部隊に配属されしばしの別れを告げた。その『しばしの別れ』が『今生の別れ』となるとは――
善はその結果に至る度、頭を抱えて奥歯を割れるほど強く噛み低い唸り声を上げた。全身が震えて、何かを殺してしまいたいような気分だった。
この2日間で何十回とこの思考回路を繰り返し、何十回と和樹が死んだという事実を否が応でも反芻し、もう善の頭はショート寸前だった。
彼は寮の一室で、ベッドに潜り込んで縮こまっている。2日前から訓練にも巡視にも行かず、食事にも殆ど手を付けず。
部隊のメンバーは、部隊長に放っておけと命じられているため何もせずにいた。それでもやはり弱りきった後輩の姿は見るに堪えない。9自成隊(自結隊は響き的に縁起が悪いためこの辺りではこう略す)のメンバー、去年入ってきた少年が部隊長に遂にそのわだかまりを打ち明けるため、彼を呼び出した。
マズい、そう水晶が心の中で呟きかけた瞬間、背後から声が聞こえた。
「伏せて‼︎」
後ろから無理矢理押されて倒れるように水晶は地に伏せる。
「“]^>;>;‘${$!.・‼︎」
伏せた水晶の頭上を光線が飛んでいった。
『加賀屋さん?加賀屋さん⁈』
通信機の向こうで巴が心配そうに尋ねる声が聞こえる。
「…」
水晶が起き上がると、懐かしい制服を着た少年が目に入った。
「水晶」
「兄、さん…?」
水晶が聞くと、少年は良かったぁ…とその場に座り込む。
「妹に目の前で死なれるかと思ったよ」
危ない危ない、と少年は呟く。
「で、大丈夫?ケガはない?」
どっか痛い所は…と少年は水晶に近寄る。
「…」
水晶はただただ呆然としていた。
まさかこんな所に、”兄“が現れるなんて。
「みあきち!」
…と、紀奈が水晶に駆け寄って来た。
「…と、どちら様?」
紀奈が怪訝そうに尋ねると、少年は紀奈に向き直って答える。
「澁谷學苑3年の加賀屋 石英です」
「えっ、加賀屋 石英⁈」
あの有名な…と紀奈はうろたえる。
「うちの妹がいつもお世話になっています」
そう言って石英が頭を下げると、紀奈はそりゃどうも…と頭を掻く。
やべっ、石英の名前にルビ振り忘れた。
加賀屋 石英は「かがや せきえい」と読みます。
地下に張り巡らされた出撃ルートを通り
指定された2.3番出口から2人は地上に参上する。
目の前には大型テネブリス。その異質な存在感は圧巻だ。
「これが今回の獲物ねぇ」
「映像見とけよ、共有されてたろ」
大型のカゲを前にしても2人のやり取りは変わらない。
しかしその目はきちんと臨戦態勢だ。相手の出方に気を配り、しかし緊張や気後れする様子もなく隙がない。
『輝士班2名より、これより攻撃を開始する』
報告などの事務作業は相変わらず一言一句ズレがない。
【了解。詳細情報を通達します】
その通信を聞きながら、2人は目を合わせ、口角を上げる。
『全開放』
2人は光の力を全開放し、走り出す。
その走力は常人のそれではなく、100m以上あるカゲとの距離を3秒もなく詰める。
【目標は全長14mで大型に分類。特定の形状を維持せず種族は不明。コアの露出も確認されません。本体の攻撃は主に触手による中長距離攻撃、近接戦は不明。侵食分身の攻撃は…】
走りながら2人は詳細情報と自分達の視覚情報を照らし合わせる。
『了解』
「んじゃ、私はまずこの厄介な侵食くんの数を減らしますか」
「なら俺は本体ってことか」
「さすがバディ、でっかい風穴期待してるよ〜」
そう言いながら2人は各々に別れ、それぞれの目標に向かってその武器を振るった。
高田美空はクナイを駆使して無数の侵食分身(カゲの侵食によってカゲ化した存在)を次々に倒していく。その姿はまるでステージで踊っているアイドルのようにさえ見える。それほどに綺麗に、的確に相手のコアを突いていく。
「ここでファンサ!」
背後のカゲに向かってクナイを投げる。
しかしカゲもバカではなく、その距離があればコアへの命中を外すことだってできる。
「あ!しまった!外した!」
クナイはカゲの体を掠めてそのまま飛んでいく。
そのためカゲは姿勢を変えず美空に迫ってくる。
「…なんてね」
飛んでいったように見えたクナイは方向を変え、カゲのコアを背後から貫いた。そのまま宙を舞うクナイが周囲のカゲを一掃。帰ってきたクナイを掴み、
「千の偽り万の嘘、これも私の武器だよ」
そう言ってクナイに口付けする。
【美空ぁ!!!!】
「うひぃ…」
当然こんな戦い方では校長からお叱りの通信が入る。
「あいつ…またやったのかよ…」
楽しそう! 参加しようと思います。