ふわり、と建物の屋上に青髪の人物が舞い降りる。
建物の屋上に着地すると、その人物の背にある翼は消えてなくなった。
青髪の人物はこつこつと高いヒールの音を立てつつ屋上の塔屋の扉を開ける。
そしてその中の階段を降りていった。
「…」
階段を降りていくと、広々とした物置に出た。
物置の中ではどこか異質なコドモたちが古びたテーブルを囲んでいた。
「あ、ピスケス」
古びた椅子に座っている金髪にツノの生えたコドモ、キヲンが青髪の人物に気付いて声を上げる。
他の皆も一斉にピスケスに目を向けた。
「あら、皆お揃い?」
ピスケスがそう言うと、暇だからな、とキャップ帽に赤髪の人物、露夏が言う。
「お前も暇そうだな」
露夏が笑うと、ピスケスはそうでもないわよと返した。
「こっちも”学会“で忙しくてね…」
そう言いながら、ピスケスは席に着く。
そしてテーブルの上に何やらカラフルな液体の入った小瓶を置いた。
「?」
見慣れないアイテムにキヲンと露夏はテーブルに身を乗り出す。
「なぁにこれ?」
キヲンが尋ねると、ピスケスはふふと笑う。
「魔術道具よ」
綺麗でしょうとピスケスは言う。
「へ〜」
キヲンはそう言って小瓶を手に取った。
「ところでお前」
話が一段落した所で、ピスケスは目の前の黒髪のコドモに向き直る。
「急な依頼なんだけど」
黒髪のコドモことナツィは紅茶を飲みながらピスケスに目を向けた。
「何だよ」
ナツィにそう言われて、ピスケスはふふふと笑う。
「お前、誰でも簡単に魔術が使える魔術道具って知ってるかしら?」
聞かれて、ナツィは何だよそれと聞き返す。
ピスケスは続ける。
「最近この辺りで出回ってるらしいの」
こういうアイテムが、とピスケスは手元の小瓶を振る。
「その広まるスピードがとても速くてね」
”学会“が警戒するくらいには広まっているわ、とピスケスは微笑む。
「“学会”はこのままだと魔術を知らない一般人にまで広まることを恐れているの」
だから…とピスケスは続ける。
「今度そのアイテムの取引現場を襲撃する計画を立てているんだけど」
お前、この計画を手伝ってくれないかしら?とピスケスはナツィに提案する。
「もちろんそれ相応の報酬を…」
「断る」
ピスケスが言い終える前に、ナツィはピシャリと言い放った。
「…どうして?」
「どうしてもこうしても、俺が”学会“に手を貸す訳ないだろ」
テメェも”学会“も何考えてやがる、とナツィは吐き捨てる。
「そう言いつつ最終的には手伝うんでしょう?」
「手伝わない」
ピスケスの言葉に対し、ナツィは冷たく言う。
「何よ、手伝わないって」
「だから面倒臭いことはしたくねーんだよ」
ナツィはそう言って手元のティーカップに口を付ける。
「ふーん」
ピスケスはテーブルに両肘をつく。
「“学会”が収容しに来ても知らないわよ」
ピスケスはそう言って笑うと、ナツィはなっ、と気まずそうな顔をした。
「お前が“学会”に収容されずに済んでいるのは、定期的な協力があるからなのよねぇ」
ピスケスにそう言われて、ナツィは微妙な顔をした。
「テメェ…」
ナツィがそう呟くと、ピスケスはふふと笑う。
「と言う訳でお前、私達の手伝いをしてくれないかしら?」
お前のためにも、とピスケスは続ける。
「…」
ナツィは暫く黙っていたが、やがてため息をついた。
「分かった」
“学会”に手を貸す、とナツィは諦めたように言った。
「まぁ、ありがとうね」
ピスケスは笑顔でそう返した。
「ねーピスケス」
話が一段落した所で、キヲンがピスケスに切り出す。
「ボクも付いてっちゃダメ?」
「ダメだ」
キヲンがそう言うや否やナツィが嫌な顔をする。
「これは“学会”の任務だから、ついて行くのはダメ」
遊びじゃないんだし、とナツィは冷たくあしらう。
「えーやだー」
ナツィのケチーとキヲンはその場でじたばたする。
「ンなこと言ったってダメなモノはダメだ」
少しくらい我慢しろ、とナツィはそっぽを向く。
「むー」
キヲンは頬を膨らませた。
それから約1週間後。
いつもコドモ達が集まる物置がある喫茶店の裏で、青髪のコドモと赤髪のコドモが立っている。
…と、そこへ黒髪のコドモが服のポケットに手を突っ込みながら歩いてきた。
「…あら、遅いじゃない」
「ちょっと身支度に時間が」
「まぁそんなことより早く行こうぜ」
3人はそれぞれ言うと、青髪のコドモを先頭に歩き出した。
…と、彼らが歩き出してから暫くして、喫茶店の裏口の扉が少し開いた。
「…ピスケス達、行ったね」
「うん」
金髪のコドモ、キヲンとエプロン姿のコドモ、かすみがポツリと言う。
「…今の内に」
そう呟いて、キヲンは彼らの後を追おうとする。
「え、きーちゃんも行くの?」
かすみが思わず呼び留めると、キヲンは振り向きざまにうん!と答える。
「だって面白そうだし」
「いや面白そうって…」
かすみは呆れたようにこぼす。
「それにボク達だけ行っちゃダメなんてズルいよー」
見るだけなら別にいいと思うのになーとキヲンは口を尖らせる。
「えー…」
かすみは言葉が出なかった。
「かすみも行こう!」
ほら!とキヲンはかすみの腕を引いて歩き出す。
「え、ちょっと⁈」
かすみはよろめきながらも歩き出した。
喫茶店の裏で集合し、歩き出したピスケス達は駅から程近い所にある繁華街へ向かった。
今日の夜、繁華街の裏路地にある店で件の魔術道具の取引が行われるという。
“学会”はそこを狙って襲撃をかけるつもりでいるのだ。
「つくづく思うんんだが、この人数でなんとかなるのか?」
繁華街の人混みを歩きながら、ナツィはポツリと呟く。
「まぁなんとかなるんじゃない?」
私達以外にも“学会”の魔術師が数人、この襲撃に参加するって言うし、とピスケスは振り向きざまに笑う。
「そうかい」
ナツィは適当にそう返した。
「なぁ、おれって今回もいる必要ある?」
お前らに比べれば戦力的に劣るから、いてもいなくても変わらないと思うんだけど、と露夏がこぼす。
「もちろん、お前にもいる必要あるわよ」
お前は私の“狗”なのだから、とピスケスは微笑んだ。
「さて、着いたわよ」
ピスケスがそう言って、裏路地にある建物の前で立ち止まる。
見ると怪しげな3階建ての建物が立っていた。
「ここか」
建物を見上げて、ナツィはそう呟く。
「ここの3階に入っている店で取引が行われるらしいわ」
ちょうど取引が終わって荷物を持った人が建物を出た所を襲撃するつもりよ、とピスケスは笑う。
「…で、おれ達はどうするんだ?」
露夏がピスケスにふと尋ねる。
「私達は近くの物陰に隠れて待機するの」
どうせ取引する人間達も、用心棒か何かを雇っているだろうから、そいつらの対処に当たるって訳、とピスケスは言う。
「とりあえず、隠れるわよ」
ピスケスがそう言うと、あとの2人は頷いて別れていった。
「…なんか、潜入捜査みたーい」
近くの建物の陰から3人の様子を見ていたキヲンはそう呟く。
「潜入捜査って…自分達もじゃないの?」
かすみがそう言うと、キヲンはえへへーと小声で笑う。
「でもなんか面白くなってきたって感じー」
キヲンはそう言って建物の陰から身を乗り出した。
ナツィ達3人が建物の周りで待機し始めて暫く。
件の建物には動きがなかった。
ナツィとピスケスは近くの建物の上、露夏は近くの建物の陰でその時を待っている。
今回の作戦に参加する“学会”の関係者も、物陰で静かに待機していた。
そしてキヲンとかすみも、バレないように近くの建物の陰から見守っていた。
…動きがあったのは待機が始まって約1時間後だった。
件の建物の3階の扉が開いたのだ。
「…動いたわね」
ピスケスは近くの建物の上でポツリと呟く。
『ターゲットに動きあり』
作戦を続行する、と手持ちのトランシーバーから声が聞こえた。
「分かったわ」
ピスケスはトランシーバーに対してそう答える。
「抵抗するようなら私達がどうにかする」
ご武運を、とピスケスは呟いた。
それを聞いて、“学会”の魔術師達は各々隠れていた場所から動き出し、3階の扉から階段を降りてくる人物に近付く。
そしてその人物の前に立ちはだかった。
「こんばんは」
“学会”の者です、と魔術師達の1人が言う。
「少しお話をお伺いしても…」
魔術師の1人がそう言いかけた時、彼らに向かって”何か“が飛び込んできた。
「⁈」
魔術師達は思わず後ずさる。
そこには桜色の髪をツインテールにした少女が立っていた。
「うふふ」
少女はそう言って微笑む。
「なんだコイ…」
魔術師の1人が言いかけた時、彼は急に身動きが取れなくなった。
思わず自分の身体を見ると、桜色の蔓のようなモノで縛られている。
「マスター達の取引を邪魔されたくないの」
お帰り下さる?と髪の一部を蔓に変えた少女は首を傾げる。
「人工精霊か!」
気をつけろ!と魔術師の1人が叫ぶ。
「あら、抵抗するの?」
じゃあ仕方ないわ!と人工精霊は蔓に変化させた髪を伸ばして他の魔術師に襲いかからせる。
「サクラの蔓の餌食になりなさい‼︎」
人工精霊は笑いながらそう言った。
「散開!」
「援護を頼む!」
動ける魔術師2人はそう言って散開する。
「…出番か」
近くの建物の上で座り込んでいたナツィはそう言って立ち上がる。
そして背中に黒い翼を生やして飛び立った。
一方魔術師達は魔力式の銃を撃つことで猛攻を続ける人工精霊に応戦していた。