昼下がり、とある小さな喫茶店の店内にて。
カウンターからエプロン姿のコドモがティーセットを載せたお盆を持ち上げる。
そしてそれを持ったまま窓際のテーブルに向かった。
「ご注文の…」
エプロン姿のコドモことかすみがそう言いつつティーセットをテーブルの上に置いた所で、目の前のイスに座る明るい茶髪の少女がこう言った。
「ここ、いい店じゃない」
突然の言葉にかすみはへ?と拍子抜けする。
「内装といい、雰囲気といい、わたしは好きよ」
少女はそう言うが、かすみははぁ、と返すだけだ。
「あらあなた、ここの店員さんなのに良さが分からないって言うの?」
もったいないわね、と少女は溢す。
「何年ここで働いてるの?」
少女に尋ねられ、かすみはふと宙を見上げる。
「えーと…1年半、くらい?」
かすみは首を傾げながら言った。
「ふーん」
結構長いじゃない、と少女はティーカップに紅茶を注ぎながら呟く。
「まぁ、自分はアルバイトじゃなくてマスターのお手伝いみたいなものだから…」
あんまりここの良さとか考えたことなかったなぁ、とかすみは笑う。
「そう」
少女は窓の外を見ながら頷いた。
するとここで店内のカウンターの向こうに座る店主の老人がかすみの名を呼んだ。
はい?とかすみが振り向くと、店主は2階のあの子たちが呼んでる、と店の奥を指さした。
「あ、分かりました〜」
かすみはそう言うと、じゃあ自分はこれでと少女に一礼してカウンターの方に向かった。
人々が寝静まる深夜遅く。
「今日もいつも通りだったなぁ」
そう呟きながら、寝巻きに着替えたかすみが2階から屋上に向かう階段を上っていく。
…かすみにとっては、寝る前に屋上を見にいくのが習慣だ。
何せここには屋上から出入りする者もいるからである。
面子によっては夜中でもしれっとやって来ることがあるため、かすみはそれを気にして屋上へ上がるのだ。
そうこうしている内にかすみは屋上に繋がる塔屋まで来て、扉を開けた。
その時だった。
「?」
かすみは屋上の柵にもたれている“誰か”がいることに気付いた。
しかもその姿は見覚えのあるものだった。
「…」
かすみが扉を閉めつつその人物の様子を見ていると、柵にもたれる人物はふふふと微笑んだ。
「昼間ぶりね」
店員さん、とその人物は小さく手を振る。
かすみは最初誰だかよく分かっていなかったが、その言葉で誰か気付いた。
「…えーっと、あ、昼間のお客さん」
かすみがそう言うと、相手はそうそうと笑う。
「昼間にここの喫茶店に来た者よ」
柵にもたれる少女がそう言うと、かすみはえ、なんでここに?と尋ねる。
しかし少女はそれを遮るように続けた。
「突然だけどあなたにちょっとお願いがあるの」
少女はそう言いながらかすみに向かって歩き出す。
え、何…とかすみが困惑する中、少女は続ける。
「実は、詳しいことは言えないけどわたし今追われているの」
「へ?」
ポカンとするかすみをよそに少女はかすみに近付く。
「このまま逃げ続けるのも体力に限界があるわ」
という訳で、と少女はかすみの目の前で立ち止まる。
「わたしをちょっとばかしここで匿ってくれない?」
「…はぁ」
思わぬ言葉にかすみははぁ、と返す。
「もちろん長期間居座るつもりはないわ」
1日ほど隠れさせてもらうだけ、と少女はかすみの顔を覗き込む。
「対価は支払えないけど…少しばかりいさせてもらえないかしら?」
少女の言葉にかすみはうーん、と唸る。
「別に自分はいいけど、マスターが何て言うか…」
知らない人をここに上げたことがバレたら何を言われるか分からないし、とかすみは呟く。
「バレなきゃいいのよバレなきゃ」
ね、お願いと少女は懇願する。
「…」
少女の有無を言わせぬ勢いに、かすみは気圧されてしまう。
暫くの間かすみは黙り込んでいたが、やがてこう口を開いた。
「じゃあ、ちょっとだけ」
その言葉に少女はにこりと笑うと、それじゃ上がらせてもらうわねとかすみの横を通り過ぎて塔屋の方に向かった。
「え、ちょっと」
かすみは困り顔で彼女の後を追った。
朝、明るい日差しが辺りを照らす頃。
いつものように起きてきたかすみは何気なく喫茶店の物置の扉を開ける。
「グッドモーニーング」
物置の椅子には見覚えのある茶髪の少女が座って、かすみの方に手を振っていた。
「…えっと」
エマ、さん、ですっけとかすみはぎこちなく言う。
「おはようございます」
かすみが思わずそう返すと、もー固いじゃなーいとエマと呼ばれた少女は笑う。
「もっと適当でいいのよ」
おっはーとかさ、とエマは言うがかすみは何とも言えない顔をしていた。
何しろ昨晩急に押しかけて来たこの人物相手に、どうしたらいいのか分からないのだ。
何とも言えない顔になるのは無理はない。
それに、かすみが外の者と関わることはいつも同じような人が出入りする喫茶店の手伝いと、物置に集まる者たちとの交流くらいである。
実を言えば、かすみは外の人間との関わりに慣れていないのだ。
「かすみ?」
かすみが考えごとをしているような顔をしていたので、思わずエマが声をかける。
かすみはハッとしたように顔を上げた。
「なんでもない」
かすみは横に首を振ると、エマはそうと答える。
「…じゃあ自分はお店のお手伝いに行ってきますね」
かすみがそう言うと、エマははーい行ってらっしゃーいと返す。
「あなたをここに匿っていることはマスターに秘密だから、せめて自分の部屋に行ってください」
ここは昼間に人が出入りするから、とかすみは付け足す。
エマは分かったわ、と頷く。
「じゃあ、自分はこの辺で」
かすみはそう言うと物置から立ち去った。
エマはその様子を静かに見送った。
「…」
物置に1人きりとなったエマはさて、と呟く。
「これからどうしようかしらね」
あんまりあの子のお世話になる訳にはいかないし、とエマはテーブルに頬杖をつく。
「ま、ここにいる内に回復できれば…」
エマがそう言いかけた時、閉まっていた物置の扉のドアノブがガチャと音を立てた。
「?」
かすみかしら、と思いながらエマは扉に目をやった。
かすみが喫茶店が入る建物の1階の喫茶店に降りてすぐ。
かすみはカウンターに置いてある食器類の整頓をしている。
店の奥で開店の準備をしている主人を待ちながら、かすみはいつものように作業していた。
…と、上の階からガタンッと大きな物音がした。
「え」
かすみは思わず顔を上げる。
まさかと思いつつかすみは店の奥へ向かい、階段を駆け上がる。
そして勢いよく物置の扉を開けた。
そこには箒を持った明るい茶髪の少女と蝶が象られた大鎌を持ったゴスファッションのコドモが、それぞれが持つもので鍔迫り合いをしていた。
「ちょ、ちょ、ちょっ」
2人共⁈とかすみは声を上げる。
「何…して」
かすみがそう言いかけて、ゴスファッションのコドモがかすみ!と振り向いた。
「コイツ、どこのどいつなんだ‼︎」
ゴスファッションのコドモもといナツィはそう声を荒げる。
「何よ“どいつ”って、失礼じゃない‼︎」
わたしはただここにいさせてもらってるだけで…!とエマは箒でナツィの鎌を押す。
「うるせぇ‼︎」
ここは俺たちの溜まり場なんだぞ!とナツィは鎌でエマの箒を押し返す。
「溜まり場なんて知らないわよ!」
大体アンタ…!とエマが言いかけた所で、かすみがストーップ‼︎と叫ぶ。
2人はかすみの方を思わず見た。
「2階で騒ぐと下に響くから‼︎」
マスターに怒られちゃう!とかすみが声を上げる。
ナツィとエマはポカンとしたようにかすみを見た。
「だから、2人共静かにして」
かすみがそう言い切ると、ナツィとエマは互いの持ち物を下ろして顔を見合わせる。
「…んなこと言われても」
そもそもコイツ誰なんだよ、とナツィがエマを指さす。
「え」
あー、あー、えーとかすみは困惑する。
「そ、その人は…」
「わたしはエマよ」
かすみの知り合い、と言った所かしらとエマがかすみに助太刀をする。
「あ、そうそう!」
知り合いみたいな人!とかすみは慌ててエマに合わせる。
「…本当かよ」
怪しいと言わんばかりにナツィはかすみにジト目を向ける。
かすみはホントだよ〜と笑った。
「…」
暫くの間その場に微妙な沈黙が流れたが、やがて耐えられなくなったかすみが手を叩く。
「あ、もうすぐ開店の時間だ!」
そろそろ行かなきゃ!とかすみはわざとらしく言う。
「じゃ、また後でね」
そう言って、かすみはそそくさと物置を後にした。
「…」
またその場に沈黙が流れたが、ナツィが手に持つ大鎌を消してこうこぼす。
「お前、かすみの知り合いじゃないだろ」
ナツィの言葉にエマはふふふと笑う。
「あら、勘がいいわね」
ナハツェーラー、とエマは顔から笑みを消す。
ナツィは別に、と目を逸らす。
「何年生きてると思ってんだ」
お前のことだって、知ってて当然だぞとナツィは再度エマに目を向ける。
「そうねぇ」
わたし、有名人だもんねぇとエマは笑う。
「有名人て」
ふざけてんのか、この…とナツィが言いかけた所で、ガチャと物置の扉がまた開く。
2人が扉の方を見ると、ナツィにとっては馴染みのある3人組が立っていた。
「ナツィ?」
3人組の内の1人、金髪に白いカチューシャを付けたコドモ…キヲンが尋ねる。
「何してるの?」
キヲンに聞かれてナツィは、え…とポカンとする。
「な、何って」
「て言うかその人誰⁇」
キヲンがエマの方に目を向けると、エマはハ〜イと小さく手を振る。
「わたしはエマよ」
ご機嫌よう、人工精霊の皆さんとエマは笑いかける。
「もしかしなくても、かすみのお知り合い?」
エマがそう聞くとキヲンはうん!と元気よく答える。
「かすみの所にお茶しに来たの〜」
キヲンがそう笑みを浮かべると、あらそうとエマは言う。
「それじゃ、わたしはちょっとお邪魔かしらね」
そう言いながらエマは物置の出入り口に向かった。
「どこ行くの?」
キヲンがそう首を傾げると、エマはかすみのお部屋に行くわと答える。
「じゃ、皆さん楽しんで」
小さく手を振りながら、エマは入り口に立つ3人組の横を通り過ぎていった。
「…」
なんだったんだろうね、とキヲンが青髪のコドモことピスケスと赤髪のコドモこと露夏の顔を見る。
ピスケスも露夏も不思議そうにエマが去っていった方を見ていたが、不意にピスケスがこう言った。
「あの子、もしかして…」
「え、何」
お前の知り合い?と露夏がピスケスの顔を覗き込む。
ピスケスは暫く考え込むような顔をしていたが、やがてこう呟いた。
「ちょっと、調べたいことができたわ」
その言葉に、は?と露夏は返す。
「調べたいことって…」
露夏はそう言いかけたが、ピスケスは廊下に出て階段を下りようとする。
「えちょっと待てって!」
お前なんかアイツのこと知ってるのか⁈と露夏はピスケスを引き止めようとしたが、ピスケスは振り向かずにこう答える。
「別に」
ただ、なんとなくきな臭い気がしただけよとピスケスは言うと、そのまま階段を下りていった。
夜、日が暮れて暫く経った後。
かすみが客のいなくなった喫茶店内を箒で掃き掃除していると、店の裏口のインターホンがピンポーンと鳴った。
「?」
今喫茶店の主人は1階にはいないため、応対できるのは1階にいるかすみだけである。
こんな時間に誰だろうと思いながらかすみは店の奥に向かい、裏口の戸を開ける。
そこには見慣れない女が立っており、後ろには物々しそうな男が2人立っていた。
「こんな時間にすみません」
“鵜沼(うぬま)さん”はいらっしゃいますか?と女はかすみに尋ねる。
「いますけど…ここのマスターに何か用ですか?」
かすみが不思議そうに答えると、女は淡々と告げた。
「ちょっと鵜沼さんと我々だけで話したいことがありまして」
彼を呼んでくれませんか?と女はかすみに言う。
「あ、はい」
かすみはぱたぱたと2階へ行き、喫茶店の主人を1階へ連れてきた。
「こんばんは」
裏口へとやってきた喫茶店の主人である老人がそう女たちに挨拶すると、女たちはこんばんはと返しつつぴしりと背筋を正す。
「それで、なんのご用でしょう」
主人がそう聞くと、女はこう答える。
「実は我々、“魔術学会”の者でして…」
このような“人工精霊”を探しているのです、と女は主人に1枚の写真を見せる。
そこには明るい茶髪に白いワンピースの少女が写っていた。
「え…」
かすみは思わず後ずさる。
なぜならその写真に写り込む少女は、かすみがこっそり匿っていたあのエマそのものだったからだ。
「今日、ここにそれらしい人工精霊がいたという情報が入りましたので、我々は直接伺ったのですが…」
ご存知ありませんか?と女は主人に尋ねる。
「あぁ、確か昨日似たような人がお客さんに来ていたような気がしますが…」
今日は来てないよなぁ、と主人は傍にいるかすみの方を見た。
しかし既にそこにはかすみはいなかった。
「あれ?」
主人は思わずポカンとしてしまった。
「エマさん‼︎」
寝室の扉をばたんと勢いよく開け、かすみは自室へと飛び込む。
しかしそこには誰もいなかった。
「あれ…?」
エマさん…?とかすみは首を傾げる。
昼間に自室へ行くようかすみが言ったから部屋にいるはずなのに、エマは部屋にいない。
どこへ行ったのか…とかすみは一瞬考えるが、ふとあることに気付く。
「まさか」
かすみは慌てて自室を飛び出した。
そして向かった先は、この建物の屋上だった。
屋上への階段を駆け上がり、塔屋の扉を開けると屋上の柵から下界を見下ろす人影が見えた。
「…」
かすみが静かにその人影に近付くと、その気配に気付いたように人影は振り向いた。
「ハァーイ」
その人影…エマは小さく手を振りながらかすみに笑いかけた。
「エマさん、あなた…」
「ざーんねん、わたしの名前はエマじゃないの」
かすみの言葉を遮るようにエマがそう答える。
「わたしは“エマニュエル”」
“放浪の鷲”よとエマことエマニュエルは言う。
「かつてわたしはある魔術師の使い魔だったの」
驚いた顔をするかすみを気にせずエマニュエルは続ける。
「でもその魔術師とわたしは反りが合わなくてね…」
本当に大変だったわ、とエマニュエルは俯く。
「だからわたしは、その魔術師から逃げ出した」
こっそり彼の身体から魔力供給の術式を魔石に移し取って、それを持って逃げ出したのとエマは服のポケットから手のひらサイズの石を取り出しかすみに見せた。
その石は薄橙色の光をぼんやり放っており、その表面には細かい幾何学模様が刻み込まれていた。
「これを持って人間のふりをしながらあちこちを旅し続けたわ」
ざっと200年くらい、とエマニュエルは笑う。
「そうしていつの間にかここに辿り着いてしまったという訳」
手の中の物を服のポケットにしまいながらエマは言う。
かすみはその事実に茫然としていた。
「あなたがわたしの正体に気付かなかったのはビックリだったけど、これは好都合と思って利用させてもらうことにしたの」
ごめんなさいね、とエマニュエルは謝る。
「でもお世話になるのはこれでおしまい」
エマニュエルはそう言ってかすみに背中を向ける。
「そろそろ失礼させて頂くわ」
「あの!」
エマニュエルの言葉に対してかすみは声を上げる。
「これから、これから、どうするんですか?」
かすみの質問に、エマニュエルはちらと振り向く。
そして微笑みながらこう言った。
「さぁ、先のことは考えていないわ」
でもいいじゃないとエマニュエルは前を向く。
「行き当たりばったりな生き方も」
そう言って、エマニュエルは屋上の柵に上り、その上に立った。
「紅茶、おいしかったわ」
エマニュエルはそう言って振り向く。
かすみはなんと言っていいか分からず困惑するが、エマニュエルは気にせず前を向く。
そして広げた両腕を鷲のような翼に変化させると、思い切り屋上の柵を蹴って飛び立った。
かすみは1人、屋上でその様子を見送った。
〈逃鷲造物茶会 おわり〉
どうも、テトモンよ永遠に!です。
毎度お馴染み「造物茶会シリーズ」のあとがきです。
今回もお付き合いください。
今回のエピソードは主人公がかすみみたいなお話でした。
割と造物茶会シリーズのお話(構想中のものも含む)の中では珍しい、”ナツィが中心じゃない“物語でしたね。
一応このシリーズにおいてナツィは”主役“ということになっていますが、スーパー戦隊シリーズみたいに主役以外の主要キャラが中心になるエピソードがあってもいいということで作りました。
これからもこういった、“主役以外のキャラが中心になる”回が出てくるので、どうぞ楽しみにしていてくださいね。
という訳で、今回は短めだけどここまで。
「造物茶会シリーズ」第7弾(絶賛執筆中)をお楽しみに。
あと来週から「ハブ ア ウィル」の記念すべき20個目のエピソードを投稿し始めます。
昨日完成したての新エピソード、楽しみにしていて…なのですが、このエピソードを語る上で必要だろう番外編を今週末の土日に投稿しようと思ってます。
こちらもお楽しみに。
ではこの辺で。
現在開催中の企画「テーマポエムを作る会」への参加も待ってます!
それでは、テトモンよ永遠に!でした〜
あ、ミス発見。
企画名は「作る」じゃなくて「作ろう」でしたね。
スマホだと下から4行目(PCだと下から3行目)、「はぁ、と」じゃなくて「そう」にした方がよかったね。