昼下がり、とある大学の構内にて。
午後の授業が始まったばかりで人気のない校舎の外に、ベンチに座ってお喋りする3人組のコドモたちの姿が見える。
3人の見た目は普通のコドモのように見えるが、どこか不思議な雰囲気を纏っていた。
「それでね、地下にいたのは…」
「え〜、何それー」
「うっそだ〜」
3人はきゃっきゃと噂話で盛り上がる。
人の少ない授業中の大学構内に、コドモたちの笑い声が響く。
「それでそれで、その人はどうなったの?」
3人組の内の1人、白い頭巾を被り長い紅色の髪を持つコドモが右隣に座る薄手の白いパーカーのフードを被った水色の髪のコドモに尋ねる。
水色の髪のコドモはえっとねーと言って続ける。
「その人は精霊に襲われちゃったんだって!」
紅色の髪のコドモと水色の髪のコドモの右隣に座る白いマウンテンパーカーのフードを被った短い緑髪のコドモはえーっと声を上げる。
「そんなことあるのー?」
「ありえないよー」
2人はそう口々に言うが、真ん中に座る水色の髪のコドモはふふふ〜と笑う。
「これが怪談話って奴だよー」
水色の髪のコドモがそう言うと、あとの2人はえーと笑った。
するとここでみんな〜!と明るい声が近付いてきた。
3人が顔を上げると、金髪に白いカチューシャを付けたコドモがコドモたちの元へ駆け寄ってきていた。
「あ、きーちゃん」
水色の髪のコドモがそう呟くと、きーちゃんことキヲンはえへへ〜と笑う。
「なんの話してたの?」
キヲンがそう尋ねると水色の髪のコドモは怪談話だよ!と答える。
「“学会”本部で噂になってるような」
ねーと水色の髪のコドモが両脇に座る2人に聞くと、2人もそうだよと言ったり頷いたりする。
「へー」
ボクにも聞かせて!とキヲンはベンチの肘置きに腰かけながら3人を促す。
水色の髪のコドモはじゃあ最初から!と言って話し出した。
「“学会”本部があるこの大学には、普通の学生は知らない地下階層があるんだけど…それは知ってる?」
水色の髪のコドモがそう聞くと、キヲンはうん知ってる!と頷く。
「ピスケスから聞いたことあるよー」
キヲンが言うと、水色の髪のコドモは続ける。
「その地下には“学会”が収集したり押収したりした魔術道具や人工精霊が保管されてるんだけどね…」
実は、と水色の髪のコドモは笑う。
「そこに“学会”が他の勢力に対抗するための秘密兵器の怖ーい人工精霊がいるんだって!」
それに…と水色の髪のコドモは得意げに言う。
「その人工精霊が保管されている部屋に入ろうとすると、警備用の人工精霊に襲われちゃうんだってよ!」
だから前に何も知らない普通の人が入ろうとしちゃって、怖ーい思いをしたんだとか!と水色の髪のコドモは両手を顔の近くに持ってきて指先を下に向け、よくあるお化けの真似をした。
「ほえーん」
キヲンはポカンとしたような顔をする。
その様子を見て水色の髪のコドモは不思議そうに尋ねた。
「あれ、そんな怖くない?」
「うん」
キヲンはそう頷く。
「だって現実味が全くないし…」
キヲンが言うと緑色の髪のコドモはそうなの?と首を傾げる。
キヲンはうんと答える。
「なんか面白くないっていうか」
キヲンの言葉に思わず3人は沈黙する。
「…まぁ、確かに、きーちゃんからしてみれば面白くないかもね」
ポツリと紅色の髪のコドモが呟く。
「きーちゃんはいつも“すごい人たち”と一緒にいるんだから」
紅色の髪のコドモがそう言うと、緑髪のコドモは確かにと頷く。
「“学会”幹部の使い魔とか、“黒い蝶”とか…僕たち見習い魔術師の使い魔とは比べ物にならないような人たちばっかりだもんな」
「それはそうだけど…」
水色の髪のコドモは思わず俯く。
「“クロミス”」
わたしたちはあの人たちとは違うのよ、と紅色の髪のコドモは言う。
「あの人たちとは違って、わたしたちは弱い存在なのだ…」
紅色の髪のコドモはそう言いかけるが、そうだ!と水色の髪のコドモことクロミスは手を叩いた。
「みんな、今度“学会”本部の地下を探検しようよ!」
へ?とあとの3人はポカンとする。
「地下にいるっていう“人工精霊”を見つけられたら、あの人たちもビックリするよ!」
「でも“学会”にバレたら…」
紅色の髪のコドモは心配そうに呟くが、クロミスはバレなきゃ大丈夫!と笑う。
「だから地下にいる“子”に会いに行こう!」
見つからなかったら見つからなかったで噂はウソだったって分かるし、とクロミスは他の3人の目を見る。
「クロミスも行ったことない場所だから、きっと楽しいと思うよ〜」
クロミスがそう言うと、残りの3人は顔を見合わせる。
「どう?」
行かない⁇とクロミスは楽しそうに言う。
キヲンたち3人は暫く静かに考えていたが、やがてキヲンがじゃあ、と手を上げた。
「ボク行く!」
なんか楽しそうだし、とキヲンは続ける。
「“タイサンボク”と“中紅”は?」
クロミスが両脇に座る緑髪のコドモと紅色の髪のコドモを見やると、2人はうーんと唸った。
「ぼくはちょっと怖いかなぁ…」
緑髪のコドモことタイサンボクがそう呟くと、大丈夫だと思うよ!とクロミスが明るく言う。
「クロミスたち、ものすごく弱い訳じゃないんだし」
基礎的な魔術は大体使えるでしょ?とクロミスは聞く。
タイサンボクは…うんと頷く。
「わたしは行くわ」
紅色の髪のコドモこと中紅は毅然とした口調で言った。
「クロミスたちだけじゃ心配だもの」
中紅がそう言うと、タイサンボクは…じゃあ僕も、と恐る恐る手を挙げる。
「よしじゃあ決まり!」
クロミスはばっと立ち上がる。
「明日の夜、“学会”の本部の地下の探索しよっ!」
集合は夜6時ね!とクロミスが仲間たちを見ると、3人はうん!と大きく頷いた。
夜、日が暮れた頃。
とある大学構内の廊下を、2人の奇妙な雰囲気のコドモが歩いている。
「…それにしても、お前がここに来るなんて珍しいな」
普段は店のことで付きっきりなのに、と黒髪でゴスファッションのコドモことナツィが、隣を歩くジャンパースカート姿のコドモに目を向ける。
「今日は臨時休業だからね」
暇だろうから外へ行っておいでってマスターが言うから、とジャンパースカートのコドモ…かすみは微笑む。
「ふーん」
ナツィはそう頷いて前を向く。
「…ナツィは、今日も“ご主人”の付き添い?」
今度はかすみが尋ねると、ナツィはまぁと答える。
「別に俺はいいんだけど、あの人が一緒に行こうって言うから…」
ナツィがそう言いかけた時、不意に2人の進行方向から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
2人が声のする方に目を向けると、廊下の角から見覚えのあるコドモたちが歩いてくる。
「…それで、もしもの時はどうするの?」
「もしもの時はベニに…」
わいわい話しながら歩いてくる4人の内の1人である金髪のコドモは、反対方向からやって来るナツィとかすみに気づくとあっ!と手を挙げる。
「ナツィ! かすみ!」
金髪のコドモは笑顔で2人に駆け寄るが、ナツィはうっ、キヲン…と気まずそうな顔をした。
「何してるの?」
でーと⁇と金髪のコドモことキヲンは首を傾げる。
ナツィはい、いや違…と恥ずかしそうな顔をした。
「そ、そういうお前こそ、何してんだよ」
どこかに遊びに行くのか?とナツィが尋ねると、キヲンはうん!と大きく頷く。
「この後“学会”のち…」
キヲンがそう言いかけた時、背後からバッと紅色の髪のコドモがキヲンの口を塞ぐ。
キヲンはもごもごもごと声にならない声を上げた。
「ご、ごめんなさい、クロミスたち、急がなきゃいけないから…」
ほら、行こと水色の髪のコドモは緑髪のコドモと紅色の髪のコドモを促すと、キヲンを連れてそのままナツィとかすみの傍を通り過ぎていった。
ナツィとかすみはポカンとした様子で4人を見届ける。
「なんだったんだろうね」
かすみがナツィに目を向けると、ナツィは少し考え込むように俯いていた。
「ナツィ?」
かすみがナツィの顔を覗き込むと、ナツィはちらとかすみの方を見る。
「…ちょっと、ピスケスん所行って来る」
かすみはえ?と驚く。
「ピスケスの所って」
かすみはそう言いかけるが、ナツィはスタスタとかすみを置いて歩いていく。
「あーちょっと待ってよ〜」
かすみは慌ててナツィの後を追った。
「…ぷはっ」
大学の校舎の人気のない階段の踊り場で、キヲンは塞がれていた口を解放されてへたり込む。
「あうー、息が止まるかと思ったじゃーん」
ヒドいよーベニ〜とキヲンは紅色の髪のコドモこと中紅の方を振り向く。
「だってきーちゃんが探検のことを言おうとするからじゃない」
あの人たちを驚かすんでしょう?と中紅は腰に手を当てキヲンの顔を覗き込む。
頭巾を外したその頭には、狐のような耳が生えていた。
「そうだよ」
きーちゃんすぐに話そうとするんだもんと緑髪のコドモことタイサンボクがマウンテンパーカーのフードを外しながら言う。
タイサンボクの頭には、木々に茂るような葉が髪の毛のように生えていた。
「まぁまぁとにかく」
水色の髪のコドモことクロミスが手を叩いて3人の注目を集める。
薄手のパーカーのフードを外した頭には、魚のヒレのような耳が生えていた。
「さっさと探検を始めよう」
早くしないと遅くなっちゃうから、とクロミスは背後の地下へ続く階段を見やる。
そこから続く下の踊り場には“関係者以外立ち入り禁止”の張り紙が貼られた机がいくつかバリケードのように置いてあった。
「…なんか、物々しい」
「そうね」
タイサンボクと中紅はそう言って頷く。
「大丈夫」
クロミスたちはそんなに弱くないもんとクロミスは言うと、階段を下り始める。
あとの3人もそれに続いた。
バリケード代わりの机を乗り越え階段をさらに下っていくと、4人は真っ暗な広いスペースに出た。
暗くて何も見えないが、クロミスが持参した懐中電灯を灯すと長い廊下が見えた。
「…なんだかこの校舎の1階や2階とあまり変わらない気がする」
「うん」
キヲンの言葉に対しタイサンボクが頷く。
「でも、扉が上の階のより重たそうな気がするなぁ…」
クロミスは懐中電灯で辺りを照らしながら歩いていく。
キヲンたち3人もその後を追う。
地下階はしんと静まり返っており、キヲンたち4人の人工精霊以外には人の気配も、精霊の気配も感じられなかった。
「…なんか、お化けが出てきそう」
不意にタイサンボクが呟いたので、お化け?とキヲンが首を傾げる。
「そう、怪談本でよくあるような…」
「そんなこと言わないの」
タイサンボクの言葉を中紅が咎める。
「そもそも、お化けなんている訳ないじゃない」
基本的に一般人がお化けや幽霊だと認識しているのは精霊の類よ、と中紅は腕を組む。
「だからいる訳…」
「え、ベニってこういうの苦手なの⁇」
「うっ」
キヲンの質問に中紅は驚いたように飛び上がる。
「べ、べべべべ別に、わたしは幽霊が怖い訳ないのよ!」
ただこういう不気味な場所が苦手ってだけで…と中紅はそっぽを向く。
「えー怖いんだ〜」
キヲンはそう言って笑い、中紅は恥ずかしそうにしていた。
…とここでクロミスがあ、と声を上げる。
後の3人がクロミスの方を見ると、クロミスがいかにも怪しげなお札が貼られた扉を懐中電灯で照らしていた。
「なにコレ」
キヲンが近付くと中紅がちょっと待ってとキヲンを止める。
キヲンは?と振り向く。
「あれ…結界の術式が書かれてる」
中に何かあるわね、と中紅が真剣な顔で言う。
「結界、ってことはもしかして中に“学会”の秘密兵器が⁈」
噂は本当だったんだ!とクロミスは嬉しそうに飛び跳ねる。
「ちょ、ちょっとクロミス」
まさかドア開けるの⁇とタイサンボクが心配そうに言うと、え、まぁ…とクロミスは答える。
「こういう時は開けるのがお約束でしょ?」
「いやいやいや」
タイサンボクは慌てる。
「こういうお札みたいなのが貼ってある時って大体やばい時だから」
怪談本ではいつもそうでしょ?とタイサンボクは続ける。
「…確かにこういう時は開けない方がいいわ」
噂が本当なら警備用の人工精霊が出て来るはずだしと中紅も呟く。
クロミスはえーと口を尖らせる。
「開けたいんだけど〜」
そもそもクロミスたちは噂の人工精霊を探しに来たんだし、とクロミスは腰に両手を当てる。
「“学会”のセキュリティを考えたらそんなに強い人工精霊が出て来るとは思えないもーん」
そうでしょ、きーちゃん?とクロミスはキヲンに目を向ける。
「え、え?」
キヲンは急に話を振られてポカンとする。
「ボ、ボクはまだまだ魔術とか“学会”について知らないことばっかりだし…」
ボクよく分かんない…とキヲンは苦笑いした。
「えーそんな〜」
クロミスは思っていたのと違う回答に落胆する。
そして背後の扉の方を見た。
「…ちょっと開けるくらいなら、いいよね」
「よくない」
クロミスの発言に中紅はすかさず突っ込む。
「大変なことになったらどうするのよ」
中紅は呆れ顔で言うが、クロミスは扉に手を触れる。
「ちょこっと開けて中を見るくらいなら大丈夫」
もしものことがあったらベニになんとかしてもらえばいいし!と笑顔でクロミスは振り向く。
中紅はちょっと…と呟いた。
「だから大丈夫!」
ほんの一瞬開けるだけだから…とクロミスは扉のノブに手をかけた。
しかしキヲンたちは不意に何かの気配を感じた。
「?」
パッと4人は辺りを見回すが何もいない。
「…何?」
「気のせいじゃない?」
「だといいんだけど…」
中紅、クロミス、タイサンボクは口々に言うが、キヲンだけは何も言わず廊下の奥を見ている。
「きーちゃん?」
タイサンボクが尋ねると、キヲンは振り向かずに廊下の奥を指さす。
「あれ…」
キヲンが指さす先には鬼火のようにぼんやりと光る何かが浮かんでいた。
ナンバリング間違えました。
正しくは「Act 10」です。