寿々谷は、ありふれた街だ。
人口は数万人程で、駅前だけが栄えている微妙な所。
駅から離れてしまえば住宅地がずっと広がるし、他の市や町との境界付近には田園地帯が出てくる地方の街。
少し前まで、わたしにもそう見えていた。
…しかし、今は違う。
この街、寿々谷は常識の外側の存在が多く暮らす不思議な街だったのだ。
当たり前のように常人の目につかない所で常識の外の存在がその力を発揮している。
この街は、”普通の街”ではなかったのだ。
そんな街のショッピングモールの屋上で、わたしは”常識の外”の存在の会話を聞いていた。
「いや~小学校の頃から一緒の榮もヴァンピレスと繋がっているとは、夢にも思わなかったよー」
やー、大変大変と前髪をカラフルなピンで留めた短髪の少女、雪葉は頭をかく。
「…本当よ」
まさかあたし以外の異能力者であいつに協力している子がいるなんて、全くの想定外だったわと長髪にメガネの少女、穂積は呟いた。
「…ま、穂積はうちを守るために彼女に手を貸していただけだもんね~」
「ちょっ、恥ずかしいから言わないでよ‼」
雪葉にからかわれる穂積を見ながらわたしは苦笑する。
…この街は、常識の外の存在である”異能力者”が存在する街なのだが、ここ最近1つだけ問題がある。
それは他の異能力者の異能力を奪う異能力者…”ヴァンピレス”の存在だ。
どこからともなく現れては、気ままに他の異能力者襲いかかる厄介者。
ついでに本名を始め素性が全く不明なため、彼女に対抗することは非常に難しかった。
「…やっぱ、ヴァンピレス対策って難しいよね~」
ネクロマンサー位協力な異能力者じゃないと倒せそうにないし、と雪葉は空を見上げながら呟く。
「情報屋のミツルも彼女についてたくさんは知らないみたいだし」
もうどうしようもないよね~と雪葉は笑った。
「ホント、全くよ」
穂積もそう言って腕を組んだ。
…暫くその場に沈黙が流れたが、ふと雪葉がわたしの方を見た。
「そう言えば君…何であの4人とよく一緒にいるの⁇」
君、常人だよね?と雪葉は聞く。
わたしはへっ、と驚く。
「いやぁ、ね、ウチも噂で君の存在は前々から聞いてたんだけどさ」
わざわざ彼らと一緒にいなくてもよくない?と雪葉は尋ねる。
わたしは思わずうつむく。
確かにわたしはなぜ彼らと一緒に…?
つい考え込むが、不意に屋上に強い風が吹いてわたし達の足元に白いつば広帽が飛んできたことで、その思考は中断された。
「あ、すみませーん」
透き通るような声と共に、背の高い少女がこちらに駆け寄ってくる。
わたしは思わず足元の帽子を拾い、彼女に手渡した。
少女はありがとうございます、とお礼を言って帽子を被ると、そのまま屋上の下の階に続くエレベーターの方に向かっていった。
わたし達は静かにその少女の背中を見ていたが、突然穂積がこうこぼした。
「あの子…もしかして異能力者⁇」
急な言葉にわたしはえ?と聞き返す。
「確かに、あの子からは異能力の気配がした」
でも、と雪葉は続ける。
わたしはでも?と促す。
「変な感じだった」
まるで薄れているような、と雪葉は呟いた。
不思議な少女に遭遇してから暫く。
わたし達は”彼ら”と穂積と雪葉と共にショッピングモールの片隅にある休憩スペースにいた。
「…へぇ、薄れているような異能力の気配、か」
ネロは丸テーブルに両肘をつきながら呟く。
「確かに変な感じはする」
「でしょ?」
雪葉はそう言って続ける。
「遠くにいる異能力者の気配が近くにいる異能力者のものより薄く感じられるのはよくあるけど…」
あんな近くにいて薄かったのは初めてだよ、と雪葉は頬杖をついた。
「うーん、何でなんだろう」
ヴァンプレスの仕業ってワケでもなさそうだし?と耀平は首を傾げる。
「そもそも寿々谷ではあまり見ないような異能力者だから正直よく分からないのよね」
だから情報屋のミツルにも聞きようがないし、と穂積はこぼす。
「結局、何なんだろうな」
謎は深まるばかりだぜ、と師郎は腕を組む。
その隣で黎は静かにうなずく。
わたし達は皆でうーんとうなった。
…とここでネロが呟く。
「ま、こんな所っでいつまでも悩んでるワケにもいかないし」
とにかく行こう、とネロはイスから立ち上がる。
「やっぱり駄菓子屋?」
「せいかーい」
耀平とネロはそんな会話をし、他の皆もわたしもイスから立ち上がろうとする。
しかし、ここで聞き覚えのある声が飛んできた。
「あら?」
パッとわたし達が声のする方を見ると、つば広帽を被ったワンピース姿の背の高い少女が休憩スペースの入り口に立っていた。
「もしかしてあなた達…」
さっき屋上にいた…と彼女は呟く。
「あ、さっきの!」
わたしがそう言うと、ネロがもしかしてこの人が?とわたしに小声で尋ねる。
「うん」
さっき話してた人だよ、とわたしはうなずく。
ネロはふーんと少女の方を見やった。
少女はわたし達のひそひそ話を見て不思議そうな顔をしていた。
「…それにしても、どうしたんです?」
こんなショッピングモールの隅っこで、と雪葉がわたしやネロから彼女の気を逸らすように聞く。
少女はあぁ、と答えた。
「ショッピングモールのあちこちを周っていてね」
そうこうしている内にここへ辿り着いたの、と少女は微笑んだ。
「それにしても、皆はどこかへ行くの?」
少女が急に聞いて来たので、わたしはあ、はいとうなずく。
「これから商店街の駄菓子屋へ行くんです」
わたしがそう言うと、少女は駄菓子屋かーと反復する。
「昔行ったかしら…?」
少女が不思議な事を言うので、わたしは昔って?と何気なく尋ねる。
彼女はあーこっちの話、と笑った。
「私、昔は寿々谷に住んでいたんだけどね」
色々あって当時の事覚えていなくて…と少女は呟く。
「でもいいな~、駄菓子屋」
行ったら色々思い出せるかも、と少女は言う。
”色々あって”が少し引っかかったけれど、わたしは何気なくこう聞いた。
「…じゃあ、わたし達と一緒に行きませんか?」
「えっ」
わたしの言葉にネロと耀平が驚いたような声を上げる。
少女はえっいいの⁇と嬉しそうに聞き返す。
「こんな部外者の私がいて迷惑じゃないかしら…?」
「迷惑じゃないと思いますよ」
ついて行く位なら…とわたしが言いかけた所で、ネロはいやいやいやと突っ込む。
「何で見ず知らずの人を連れていくハメになるんだよ!」
おい、とネロはわたしを睨む。
耀平はその隣でうんうんとうなずく。
「べ、別に良いかなって…」
「良くない」
わたしの言葉に対しネロは口を尖らせる。
しかしネロは少女に目を向けた後、溜め息をついた。
「…仕方ない、ついてきてもいい」
お前、とネロは少女に目を向ける。
少女は本当ですか?と聞き、ネロはあぁと答えた。
「ありがとうございます!」
少女は笑顔でそう言った。
不思議な少女と再会してから暫く。
なんだかんだで少女と共に行動することになったわたし達は、いつもの駄菓子屋の前にいた。
「ここが駄菓子屋かー」
ここに来る途中で鯨井 あま音(くじらい あまね)と名乗った彼女は、駄菓子屋の店先を物珍しそうに眺めた。
そんな彼女を尻目にネロ達はいつものように店内に入っていく。
わたしもあま音さんも彼らに続いて中に入った。
「なんか、絵に描いたようなお店だね~」
すごーい、とあま音さんは商品が所狭しと並んだ店内を見渡しながら呟く。
「そうですか?」
「うん、すごいよー」
わたしの言葉にあま音さんは笑顔でうなずいた。
「わたしも昔はここに来てたのかな~」
あま音さんは駄菓子が平置きされた台を覗き込む。
彼女の言葉に相変わらず違和感を抱きながら、わたしは彼女の横顔を眺めていた。
「…お前、駄菓子は買わないのか?」
ふとネロに尋ねられて、わたしはハッとしたように顔を上げる。
そう言えば駄菓子屋に来ていたのに何も選んでいなかった。
その事に気付いたわたしは、慌てて品物を選び始める。
そしてわた選んだ物をレジに持って行って会計を済ませた。
あま音さんもそれを見てわたしに続いてレジに向かった。
「…やっぱり、あの子変な異能力の気配がする」
わたしが駄菓子を買って店の外へ出た所で、雪葉はそんな事をネロ達と話していた。
「まぁ確かに、あの女からはうっすらと異能力の気配がするけど…」
別に気にする程でもなくない?とネロは言いながら、買いたてのココアシガレットの箱を開ける。
「そうなんだけどさ」
気になるじゃん?と雪葉は頭をかく。
「もしかしたらヴァンピレスと関係あるかもしれないし」
雪葉がそう笑うとネロは少し顔をしかめる。
「…さすがに寿々谷の外から来てるみたいだからそんな事ないと思うんだけど」
ネロの言葉に、彼女の隣に立つ耀平はだなとうなずく。
「あのヴァンピレスが寿々谷の外で活動している話なんて聞いた事ないし」
てか何でも奴と結びつけんなよ、と耀平は呟く。
雪葉はごめんごめんと苦笑した。
…とここであま音さんがわたし達の元へやって来た。
色々と駄菓子を買ったのか、その右手には中身の入ったビニール袋がさがっている。
「皆、何の話してるの?」
何か寿々谷がどうとかって聞こえたけど、とあま音さんは尋ねる。
わたし達は一瞬どきりとしたが、すぐに機転を利かせた穂積がこう言いだした。
「あー、皆で寿々谷の街について語ってたんですよ~」
ねー?と穂積が皆に目を向けると、あ、うんとかお、おうとかとそれぞれぎこちない返事をした。
あま音さんはそれに違和感を感じなかったのか素直にへーとうなずいた。
「…皆は、寿々谷にずっと住んでるの?」
突然妙な事をあま音さんが言い出すので、わたしはま、まぁ…と答える。
あま音さんはそれを聞いてそっか~とまたうなずく。
そしてこう言った。
「じゃあ皆に寿々谷を案内してもらおうかな⁇」
「え」
思わぬ言葉にわたし達はポカンとする。
「ちょ、ちょっと時間いい?」
耀平がそう聞くと、あま音さんはいいよと笑顔で答える。
するとすぐに彼らはあま音さんに背を向けて話し始めた。
わたしもネロに腕を引かれて一旦後ろを向く。
「なぁ、これちょっとどうすんの⁈」
「知るかよ!」
耀平とネロはそれぞれそう言い合う。
「そもそもの話、コイツがあの人を駄菓子屋に誘ったのが悪いんじゃないの⁈」
ネロはわたしを指さし口を尖らせる。
わたしはえっわたし⁈と驚く。
「わたしは単にあま音さんが駄菓子屋に行きたそうにしてたから…」
「何だよソレ!」
ネロはわたしに対しそう突っ込む。
「とにかくどうする?」
ここで拒否するのも面倒な事になりそうだし、と穂積は自身が着る紫のスカジャンのポケットに手を入れる。
「もうこれはOKするしかないよね~」
雪葉はにやにやしながら言った。
それを見て黎もうんうんとうなずく。
「ネロ、耀平…お前らはどうする?」
俺は別に良いと思ってるぞ、と師郎は呟いた。
ネロと耀平は嫌そうな顔をしたが、少し顔を見合わせてこう言った。
「…どうする?」
「やっぱり付き合うしかない?」
2人は少し話し合うと、あま音さんの方を向いた。
「別に案内しても良い」
ネロがそう言うと、あま音さんはありがとう!と手を叩く。
しかしネロはだけど…と続ける。
「ボク達に迷惑をかけるような真似はするなよ?」
いいね?とネロが念押しすると、あま音さんは分かったわとうなずいた。
それからわたし達はあま音さんを連れてあちこちを周った。
…とは言っても寿々谷駅の周辺位だけだが。
何と言っても寿々谷市は広さの割に”名所”と言える場所が少ないのだ。
せいぜいある名所も寿々谷駅の周りに集中している位である。
だからわたし達は寿々谷駅の辺りの名所をひたすら巡っていた。
「へー、あま音さんて浅木小に通っていたんですね~」
「そうそう、小4の時までね」
「わたしも浅木小でした」
「本当?」
ネロ達と共に寿々谷の名所の1つ、寿々谷神社から市民の憩いの場、寿々谷公園に向かって歩く中、わたしとあま音さんは出身小学校の話で盛り上がっていた。
「じゃあ校庭の端っこにあるウサギ小屋とか覚えてます?」
わたし、あそこのウサギが好きで…とわたしが言いかけた所で、あま音さんはうーんと立ち止まる。
「私、当時の事覚えてないのよね」
「え」
わたしは思わずポカンとする。
周りの皆もふと立ち止まって振り向いた。
「それって、どういう」
「まぁ何て言うか…私、ある一時期以前の記憶が欠けてるんだよね」
あま音さんは淡々と続ける。
「家族が言うには昔突然行方不明になって、発見された時には記憶喪失に…」
あま音さんは呆然とするわたし達の方を見やる。
するとパッと明るい笑顔を見せた。
「あ、ゴメンゴメン」
暗い話しちゃったね、とあま音さんは手を振った。
わたし達は少し困惑するが、あま音さんはあ、とわたしのリュックサックに手を伸ばした。
「…このキーホルダー、私も持ってるよ」
彼女が手に取ったのは、わたしのリュックサックに下がっているウサギのキーホルダーだった。
「ほら」
あま音さんは自身の肩にかけているトートバッグのキーホルダーを指さす。
それはわたしのものと色違いだった。
「もしかしたら、私達友達だったかもね」
同じ小学校だったし、と彼女は笑う。
わたしは思わず目をぱちくりさせた。
周りの皆もその様子を静かにみていたが、ふとネロが何かに気付いたようにちらと後ろを見た。
「ネロ?」
耀平がそれに気付いてどうしたとネロに話しかけるが、ネロはパッと彼の方を見る。
「…ううん、何でもない」
ほら、行こうと言ってネロは公園の方に向かう。
わたし達にそれも続いた。
そうこうしている内に、わたし達は寿々谷公園に到着した。
休日の人々で賑わう公園内を周りつつわたしは昔の話をあま音さんとしていたが、あま音さんはことごとく覚えていないようだった。
周りの皆はそれを不思議そうな目で見ていたが、ネロだけはなぜか周囲を気にしていた。
「…今日はありがとうね」
色々とわがままに付き合ってもらっちゃって、とあま音さんは日の暮れかけた公園の隅のベンチで言う。
公園にいた人々は少しずつ帰り始めており、辺りの人気は減りつつあった。
「いえいえ、別に良いですよ」
わたしも楽しかったです、とわたしはあま音さんに笑いかける。
「…おれ達は付き合わされてただけだけどな」
しかし耀平はふてくされたように呟き、その隣に立つ黎はうんうんとうなずく。
わたしはそれを見て苦笑した。
一方そんな中でも、ネロは何かに警戒するかのように辺りを見回していた。
「お待たせ~」
…とここで、穂積と雪葉がお手洗いから帰って来た。
「あ、おかえり~」
「じゃあそろそろ行くかね」
耀平と師郎はそれぞれそう言う。
わたしもそうだねと言ってベンチから立ち上がろうとした。
その時だった。
「うっふふふふふ」
どこからともなく聞き覚えのある高笑いが聞こえてきたのだ。
わたし達は思わず辺りを見回す。
「ご機嫌よう、皆さん」
次に声が聞こえた時には、わたし達の目の前に白ワンピースにツインテールで赤黒い瞳を持つ少女が立っていた。
「アンタは‼」
ヴァンピレス!とネロは怒鳴る。
「え、誰?」
知り合い?とあま音さんはポカンとしたようにわたし達の顔を見やる。
わたしは慌てて何か言おうとしたが、何を言えば良いか分からず困り果ててしまった。
「さっきから妙な気配がすると思ったら、アンタだったのか‼」
ネロはそう言って両目を赤紫色に光らせる。
「…ねぇ、何なのあの子?」
ヴァンピレスのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、あま音さんは不安そうな顔をする。
それを見た耀平は、おいお前とわたしの方を見た。
「ネクロが奴を引き付けている内に、あの人を連れて逃げろ」
わたしは思わずえ、と驚く。
耀平は気にせず続けた。
「…あの人、本人が気付いてないだけで多分異能力者だ」
うっすらながら気配があるし、と耀平は付け足す。
「でもその事をなぜか忘れているから、下手に異能力の事を知らせたら混乱する」
だからお前が連れて逃げてくれ、と耀平はわたしに懇願する。
「…分かった」
有無を言わせぬ耀平の口調に気圧されたのと、せっかく仲良くなったあま音さんを守りたいと思ったから、わたしはうなずいた。
そして、行きましょうとあま音さんの腕を掴むと、わたしはその場から走り出した。
こうしてわたしとあま音さんは公園から逃げ出した。
あま音さんはちょっと待って!とわたしを止めようとするが、わたしは立ち止まらずに無心で走り続けた。
やがて寿々谷公園から少し離れた所にある川にかかる大きな橋にわたし達は辿り着いた。
「ここまで来れば大丈夫かな…?」
わたしが橋の中程で立ち止まると、すっかり疲れてしまったあま音さんは膝に両手を当ててへたっていた。
「ね、ねぇ、これはどういう事なの⁇」
あの女の子は誰なの?とあま音さんはわたしに尋ねる。
「えっと…」
わたしはどう彼女の事を説明すれば良いか分からず言葉に詰まってしまう。
どうしようとわたしが思った時、不意にうふふふふと高笑いが聞こえた。
わたし達が声のする自分達の走って来た方を見ると、白いワンピースのツインテールの赤黒い目を持つ少女が立っていた。
「どうして」
わたしがそう言いかけると、彼女…ヴァンピレスはどうしても何もと続けた。
「貴女達はわらわの策にはまったの」
貴女達が先程遭遇したのはわらわが他の異能力者から奪った異能力で作った分身、とヴァンピレスは言う。
「本物のわらわは、今ここにいるわらわよ」
ヴァンピレスの言葉にわたしはそんなと絶句する。
「…じゃあネクロマンサー達は」
わたしがそう言うと、ヴァンピレスはええと答える。
「彼女達は貴女達を逃がしたつもりみたいだけど、まんまとわらわの罠にかからせたみたいねぇ」
滑稽だわぁとヴァンピレスはわざとらしく笑った。
「…さぁ、自分が何者か忘れた異能力者さん」
ヴァンピレスはわたし達に向けていつの間にか出していた具象体の白い鞭を向ける。
「わらわの餌食になって?」
そう言ってヴァンピレスはわたし達に向かって白い鞭を振るう。
わたしは咄嗟にあま音さんの腕を掴みわたしの背後へ移動させた。
「⁈」
ヴァンピレスの鞭はぴたりとわたしの目の前で止まる。
「…何、貴女」
彼女を守る気?とヴァンピレスは首を傾げる。
「…そうだよ」
わたしは恐怖をこらえつつ言う。
「この人は…あま音さんは、わたしの友達だから」
だから、あなたには手を出させないとわたしは力強く言い切る。
「サヤカちゃ…」
後ろであま音さんが言いかける声が聞こえたが、言い終わる前にそれは途切れた。
わたしがパッと振り向くと、あま音さんはしゃがんでうずくまっていた。
「あま音さん?」
わたしが思わず声をかけてもあま音さんは反応しない。
「…何、これ」
私は…とただあま音さんは何かを呟くばかりだ。
「あの、大丈夫ですか?」
あま音さ、とわたしが話しかけようとした時、何ですの⁇と後ろから声が聞こえた。
「茶番はおやめにしてくださる?」
ヴァンピレスの言葉にあなた…とわたしは語気を強める。
「あま音さんは、あま音さんは…!」
わたしがそう言いかけた時、不意にサヤカちゃんとあま音さんのしっかりとした声が聞こえた。
わたしが振り向くと、あま音さんはよろよろと立ち上がっていた。
「あま音、さん?」
わたしが驚きつつ尋ねると、あま音さんはゆっくりと顔を上げた。
その目は、薄い緑色に輝いていた。
「…思い出した」
彼女はポツリと呟く。
「私が何者であるか、何で記憶をなくしたのか」
全部、全部と彼女は言いながらヴァンピレスに近付く。
「…あらそう」
本当に全部思い出したの?とヴァンピレスは首を傾げる。
「だとしても、わらわに勝てる見込みなどないわ」
何てったって、とヴァンピレスは鞭をわたし達に向ける。
「わらわは、ヴァンピレスなのだから‼」
そう言ってヴァンピレスは白い鞭を振るう。
しかしわたしの目の前にいる彼女はそれを易々と避けた。
「⁈」
ヴァンピレスが驚く間もなく、彼女はヴァンピレスに瞬く間に駆け寄る。
そして一瞬にしてヴァンピレスの襟首を掴んだ。
「‼」
ヴァンピレスはあっという間に身動きが取れなくなってしまった。
暫くの間、ヴァンピレスは離して!ともがいていたが、不意にヴァンピレスの襟首を掴む彼女は口を開いた。
「…私は。”ティアマト”」
異能力は、”目の前にいる者の記憶を消す”能力、と彼女は続ける。
「私の意志1つで、あなたの記憶は消える…」
ティアマトはそう言いながら、ヴァンピレスの襟首から手を離す。
ヴァンピレスは解放された拍子にバランスを崩してよろめくが、な、何よ!と後ずさる。
「記憶を消すって言ったって、貴女の記憶さえ奪ってしまえばわらわの勝ちよ!」
この…とヴァンピレスは白い鞭を出しながら言いかけるが、不意に彼女の後ろからおい!と聞き覚えのある声が聞こえた。
ヴァンピレスが振り向くと、そこにはネクロマンサー達が立っていた。
「貴女‼」
わらわの分身で足止めしたはずじゃ…とヴァンピレスは驚く。
ネクロマンサーはは?と首を傾げる。
「アンタの分身なんざさっさと倒したよ」
具象体の刃が当たったら消えたから、まさかと思ってコマイヌの力も借りて探したんだと隣に立つコマイヌにちらと目を向けた。
「そしたらまさかアンタが追い詰められてるなんて」
良い気味だなぁとネクロマンサーはにやける。
ヴァンピレスは何よ!と言い返す。
「明らかに異能力の存在を忘れている異能力者の異能力を奪おうと近付いたら、まさか思い出すなんて思ってもみなかったのよ⁈」
仕方ないじゃない‼とヴァンピレスは赤くなる。
「もういい‼」
帰るわ!と彼女はわたし達の方を向くとパッと姿を消した。
そしてわたしの真横を走っていくような足音だけが聞こえた。
「…アイツ、顔赤くするんだな」
「だね」
いつの間にか異能力を使うのをやめた耀平は、同じく異能力を使うのをやめたネロにそういって顔を見合わせる。
「…それにしても」
ここで師郎が耀平とネロの肩に手を置く。
「お前さん達、大丈夫だったかい⁇」
そう言って師郎はわたし達に目を向ける。
わたしはハッとしてティアマトの顔を見る。
その頃にはもう彼女の目は光っていなかった。
「?」
あま音さんはちらとわたしの顔を見て微笑む。
「大丈夫よ、サヤカちゃん」
私は平気だから、と彼女は続けた。
「ま、それならいいか」
師郎はわたし達2人の様子を確認するとくるりと背を向ける。
「じゃ、そろそろ帰りますかね」
もう日が暮れかけているし、と師郎は呟く。
だなとかそうだねと言いながら、ネロや耀平、黎、穂積、雪葉は彼に続いた。
わたしも彼らに続こうとしたが、不意にあま音さんがサヤカちゃん、と呼び留めたので立ち止まって振り向く。
「私、思い出したよ」
昔の事、と彼女は続ける。
「私…サヤカちゃんと友達だった」
小学校から帰る方向が同じで、同じキーホルダーをランドセルに付けていたから仲良くなったのと彼女は笑う。
「…でも、私。小4の途中で引っ越す事になっちゃって」
新しく通う事になった小学校に馴染めなくてさ、と彼女はうつむく。
「私、死のうとしたの」
でもそれじゃ私の事を知ってる人皆が悲しむから、私は自分の異能力で大切な人の”自分に関する”記憶を消すことにしたんだとあま音さんは呟く。
「それでサヤカちゃんの記憶も消したんだけど」
「え」
わたしは思わずポカンとする。
「そ、それって…」
「まぁ私達はずっと前に出会ってたって事ね」
あま音さんはそううなずく。
「それで、色んな人の記憶を消してたんだけど、一度に異能力を使い過ぎちゃって」
私、反動で自分の記憶を失ってしまったのと彼女は苦笑する。
「それで、ずっと私は過去が分からなかったんだけど」
こうして、思い出す事ができたと彼女は呟いた。
「…だから、今日は1日ありがとうね」
サヤカちゃん、とあま音さんは笑った。
わたしは暫くの間彼女を呆然と見ていたが、やがてあま音さんがいきましょうと言った。
あ、うんとうなずいて、わたしはあま音さんと共にネロ達のあとを歩きだした。
〈21.ティアマト おわり〉
お久しぶりです!レスありがとうございます(´˘`*)
テトモンよ永遠に!さんも最近暑いのでお気を付けて!
あら、企画中だったんですね!?
忙しくて参加出来るか分からないので検討します( . .)"
こんばんは!
すみません、レス一つにまとめられなかった(泣)
トッキュウジャー大正解です!!
そうなんですね…! わいは小さい頃多分最初に見た作品なので、思い入れが強いです(´˘`*)
公式配信は、最近最終回公開されて、あー最高だぁぁってなりました笑
あら、企画そうだったんですね!?前の書き込み見てみます…!ありがとうございます( ー̀֊ー́)b
レスありがとうございます。
トッキュウジャー本当に懐かしいです。
今見返すと敵の造形が雑魚枠だろうとよくできてていいなぁ〜と思っちゃいます。
今でも好きな特撮作品の1つです。
企画「Flowering Dolly」は今月末まで開催中です。
自分史上稀に見る鬼のような難しさなので参加したくてもできないのはしゃあなしかなぁと思いますが、よかったら参加して欲しいです(今度こそこの企画で企画開催は最後にしようと思ってるんで)。
まぁ別に企画参加作品を見守るのもいいかなって思います。
無理しないのが1番だからね。