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どきっとした。

この学校に通い始めて、10年ほどになります。毎晩毎晩、いろんな生徒さんの声を聴いて、いろんな感情をもって、今日まで鍵の学校に通っています。日々の授業で鍵を見つけて卒業していく生徒さんを見て、ああよかった、本当に頑張ってほしい、と思っている。そこでふと、自分の未来の鍵は見つかったのかな、と思う。特に開校記念日には毎年。正直、まだまだ見つかっていません。子供のころから『ラジオ関係の仕事につく』という夢がなんとなくあって。でも学生時代に放送部に所属していた、というわけでもなければ、そっち関係の専門学校に進んだわけでもない(すごく大雑把な括りでいけば大学はそっち関係)。だから「夢=未来の鍵」というわけではないと思うんだよね、もちろんイコールの人もいるけれど。じゃあ「未来の鍵」っていったい何だろう?って日々考えているけれど、答えは出ない。まだ見つけられてないです。今の職場は『ラジオ関係』という夢とはまったく関係のない仕事だし、日々つらいこともありつつ楽しく働いてはいる。でも「これでいいのかな?」ってときどき考えちゃう。そんな考えが浮かぶということは、まだまだ未来の鍵探しの途中なのかな。毎日、この学校があって、日々力をもらっています。生徒のみなさん、職員のみなさんには本当に感謝感謝です。すっかり掲示板からは遠のいちゃってるけど、ずっと生徒です。これからもよろしくお願いします。

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「…しまった!」っていう。

あの空気感。水曜日の授業の最後に、逆電に出ていた生徒さんの話を聞いて、共感する部分がある。私はぱっと見ではわからない(というか説明しても伝わりづらい)ハンディキャップを抱えています。それで普通に生活してるから、なおさら周りにはわからない。でも一緒に過ごしている人たちには、自分の障害のことを知っておいてほしいから、けっこう軽い感じで、周りに言ってみたりする。あるいは、話の流れでそういうような話題が出て「私、障害者なんです」みたいなことを言うと、周りの空気が固まる。そして「聞かないほうがよかったね、ごめん」的な言葉が飛んでくる。まさに水曜日に出ていた生徒さんの「施設で暮らしてるんだよね」「…ごめん!」みたいな話です。正直、大人になってもこんなことはあります。教頭が例として挙げていた、身内が亡くなったこともしかり。やっぱり人って、どこかで無意識のうちに『聞いたらいけない』みたいな線引きをしちゃってると思うんだ。でも本人にとっては普通の話で。だから、なんていうのかな、変な壁みたいなものはどうしたってあるし、すぐには消えないから。「自分はこういう状況です」っていうことを、言える範囲で、言える人だけに言えばいいと思うし。言われたほうはびっくりするけれど「ああ、そうなんだ」と受け止めることも必要だと思う。そんなすぐには腑に落ちないだろうけれども「そういう人もいる、そういうこともある」っていう考えが、自分の中に蓄積されると思うんだ。個々人みんな違うし、それぞれの考えで『ふつう』ってものがあると思うから。いろんな人とかかわって、いろんな価値観が取り入れられれば、自分自身も相手もより仲良くなれると思います。でも深入りしすぎはちょっと違うから。誰にでも一線を引くところはあるからね。でもまずは相手を知ること、それって素敵だし、大事だと思います。

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実感。

昨日の授業で、最後に逆電でお話されていた生徒さん、そして校長の言葉。すごく共感した。私は中学時代にちょっとしたいじめを受けて、それはすったもんだがあって解決はした。いじめてきたメンバーとも、その後はある程度うまくいっていた。でも一人だけ、いじめ行動こそなくなったけれど、ときどき嫌なことを言ってくるやつがいた、変わってくれないかしら、と心のどこかでは思っていた。そして時間は流れて成人式。中学卒業以来初めて、そいつに会った。やはり、嫌なことを言われた。その瞬間「ああ、こんなもんなんだ」と思った。突き放すような言い方になるけれど、結局変わらない人は変わらない、それはその人が何歳になろうが、変わらないんだよ。もちろん変わって、楽しく付き合えるようになる人もいるのだけれど。変わらない人もいる、そうなんだよ、悲しいけれど。だから昨日の校長の黒板ではないけれど、本当に自分に期待してあげること、これが大事だと思うんだ。自分に期待して、そうすると自分が変われる自身だってわいてくるし。自ずと行動にも出てくると思うんだ。その結果として、いい仲間と巡り合えるし、そんな嫌な人とのかかわりもなくなる。自分で切り開くしかないし、意外と切り開けるものだし。そんなに深く考えず、自分に期待してみよう、まずはそこから始めよう。明日から新年度、環境が変わる皆さん、学年が一つ上がるみなさん、幸せが多い新年度でありますように!

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年度末。

年度が替わると同時に、受験シーズンも終わる。まずは第一志望であれ第二志望であれ、合格を勝ち取ったみなさん、本当におめでとう。合格は、みんなが頑張った証です。新天地でいっぱい学んで、いっぱい笑って、たくさんのいい出会いがありますように。そして浪人を決めたみなさん、進学をあきらめざるを得なかったみなさん、本当にお疲れ様でした。努力が報われるとは限らないが、努力した人だけが報われるときが来る、そんなありきたりな言葉もあるけれども。実は、本当にその通りだとともう。浪人を決めた人はここまでの努力、そしてこれからの努力が、必ず結実する。そして進学を断念した人でも、今までの努力はきっと何らかの形で絶対役に立つから。あのときの経験がまさかこんなところで、なんてタイミングって意外とあるものです。そしてどんな道であれ、明日からの新年度、そして新天地でどう頑張るか、それがこれからにかかってくる。第一志望校の人はここで浮かれず、第二志望や浪人の人はそこで腐らず。結局学校って、人生では単なる通過点でしかないからさ。そこの学校に入った、じゃなくて、そこの学校でどう頑張ったか、が大事なんだよね。これは大人になって、本当に思うこと。受験だけじゃなく、学校生活を本気で楽しんだ人は社会に出てからも頑張れるし、学生生活をなんとなくで過ごしちゃったら、社会でもなんとなく過ごしちゃうし。目標をしっかり定めるないし、そこで目標を見つけてもいい。しっかり進もう、自分を確かに持って。まずは受験勉強、お疲れ様。そして4月から、行ってらっしゃい!

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夢か現か。

いよいよ、あの日から6年。その間にも日本国内ではいろんな災害が起き続けて、被害にあわれた皆さんには心からお見舞い申し上げます。あの日、福島県郡山市内にある大学のキャンパス内で被災して、一晩を大学内で過ごした。教室が開放されて、帰れなくなった学生や、アパートだと不安だという学生も集まってきた。同じ学科の友人が何人かいたのが、本当に救い。教室の固い椅子に横になり、緊急地震速報が鳴るたびに、みんなで校舎の外に飛び出す。誰かがテレビも映るパソコンを持ち込んで教室内に置いてくれたのだけれど、怖くて画面が直視できなかった。夜明けが来たのが本当にうれしくて、大学から朝食として配られたカップ麺が、いつもの何倍にも美味しく感じられたのは忘れない。幸い、私が居た、というか今も住んでいる地域は被害が少なかったほうだけれども、それでも街が混乱していて。ガソリンがない、スーパーは天井が落ちて店内に入れずほしいものを店員さんに取ってきてもらう…などなど。今目の前で起きていることが、本当に現実なのか、夢なのか、しばらくふわふわしてました。今ある日常が、明日も変わらずやってくる、そうとは限らない。それを本当に感じた。当たり前の尊さを、かみしめて生きよう。