15年
校長教頭こんばんは。
私は15年前の震災の日、小学生でした。あの日の記憶は、今でも覚えています。もう二度とあんな思いはしたくないです。内陸に住んでいるので津波はこなかったものの、ライフラインが止まったので大変でした。3月の東北はまだ寒く、何着も重ね着をしたり布団を何枚も重ねたり、数少ないカイロを使って暖をとっていました。その時、生後3ヶ月の弟がいました。お母さんはその子を守りながら揺れに耐え、私は2歳の妹の手を取りながら必死に身を守りました。そのことを考える度、今元気な姿を見ると嬉しい気持ちになります。祖父母の家は宮城の海岸にありました。幸い、家は高台に近い位置にあったので無事でしたが、周りの友人は津波に巻き込まれたそうです。おじいちゃんは電車で帰るはずの帰路を、1人線路を辿って何時間もかけて家まで帰ったそうです。
今日、15年前のニュースを沢山みました。心からお祈りして下さる方がいる反面、心無い言葉沢山見られました。正直悲しかったです。お祝いの日にしてはいけないんですか?と反発する人。ニュースを小ネタにしてくる人。そんな人が出てきてしまうことが信じられないです。沢山の災害がある中、この日を教訓にして守られたものも沢山あると思います。だからこそ、許せないです。もっと考えるべきことがあると私は思っています。
長文失礼しました。