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3.11

9年前のあの日、未だに覚えています。

当時私は中学3年。前日に公立高校の入試を終えたばかりで、翌週に控えた卒業式の合唱練習中でした。
この時は最後にもう一回歌って練習を終わろうと皆で決め、指揮者が腕を振り上げた瞬間にとてつもない衝撃音と経験したことのない揺れに襲われ、背筋が凍った事は今でも忘れられません。
夜は家族全員でリビングに雑魚寝しましたが、ラジオから流れる緊急地震速報の音があまりにも不気味で全く寝られませんでした。
そして翌日の朝に電気が復旧し、テレビをつけた瞬間に目に入ってきた津波被害の映像に、これが自分の住んでいる東北なのか、どこか別の国なんじゃないのか、と絶望感で心が張り裂けそうでした。

あれから9年、復興は少しずつ、でも着実に進んでいます。
9年も経ってしまえば、震災を知らない・覚えていない子供たちも増えました。
そんな子たちにこれだけは伝えたい。
当たり前の毎日がこれからもずっと続くと思ってはいけない。
当たり前に家族とずっと一緒にいれると思ってはいけない。
いつか、何かの拍子にこの「当たり前が」無くなってしまうかもしれない。
だから、「当たり前の生活」を大事にしてもらいたい。

最後に。
東北にぜひ観光に来て欲しい。
今はコロナで旅行できないかもしれない。でも、いつか東北に来て欲しい。
震災を、忘れないで。

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世界のりんごジュースさんへ

私も、あなたに似た経験をしました。
当時は高校3年の9月頃。クラスの雰囲気は悪くはありませんでした。でも自習の時はクラスのリーダー的存在だったバスケ部の一部の人がまあまあうるさく、推薦入試を控えていた私にとってかなりのストレスだったのを今でも覚えています。
そんな時、クラスの誰かが担任の先生に相談したのだと思います(誰だったかは今でも謎のままですが)。後日、席替えを行った時にとっさの対処として前後に勉強を頑張りたい人と分けてもらいました。当然、反発の声は上がりました。その時、担任が彼女たちを思い切り一喝。勉強をしたい私たちの思いを代弁してくれました。私含め、かなりビビりましたが(笑)
ですがそれ以降、クラスの雰囲気はガラッと変わり勉強に集中する環境が生まれ、ストレスもほぼ無くなり第一志望の大学に無事合格することが出来ました。
おそらく、相談した子はかなりの勇気が必要だったと思います。でも、その勇気がクラスを救い、私も救ってくれました。
世界のりんごジュースさん、あなたが思っていることは何も間違っていません。寧ろ当然のことだと思います。あなたの他にもこの現状を改善したいと思っている人もいるはずです。担任の先生でも、ご両親でも、自分が思っていることを正直に吐き出してみませんか?
大丈夫、何があってもあなたは1人じゃない。ここにいるすべての生徒があなたの仲間です。
あなたの未来が、学校生活が今後よりよいものになりますように。