選んでもらえなかった時の淋しさ、誰かに嫌われた時の哀しさ、その様なものと対峙したとき、必ず自らの言動を振り返るようにする。私もまた、選び嫌っていること。それはいつどこにでも咲いている。
わたし、愛されていたんだな。 甘かった、舐め終わったキャンディの棒だけ残って。 わかってた、じゃ済まされないな、戻れなくて。 慣れていた、上手に愛してくれたから、居心地良くて。 わたし、わかってなかった、ごめんね。
光を見る私と、光に当たっている貴方。 羨望はこのような普遍性を持っている。 羨んで、羨まれて。 誰かには見える私の光。私には見える貴方の光。
大事な人の病気が治らないこと、身体に無理をしないでほしいとおもうこと、私が貴方との線を越えず、私の心配がその線を越え貴方にのしかからないこと、貴方の命を自然に宿すこと、私は祈りを介し近くと遠くを行き来する蝋燭の灯りで在ること。貴方の暗さを淡く灯すこと。そして、いつか消えること。
貴方と私が出逢えば今からのことだけ時間を繋ぎ合わせているの。 でもね、貴方と私が出逢う前、貴方も私の知らないどこかで何かをして生きていたのね。 私もそうね。 貴方がどこかで存在していることが、 私のずっとずっと救いになるの。 私の生きるが延びる魔法なの。
死にたさと、息をしているだけ、の隙間に在る光を見つけてしまう僕たちの居場所。
優しさに種類があること。 優しさのつもりが更に傷つけてしまったこと、優しさをもらっていたけれど気がつけなかったことの可能性についての話。 一人ひとり違うのだから、寄り添った自分を悪く思う必要はないし、誰かの優しさに負われる必要もない。
夜明けの瀬 心が暮れる 終夜(よもすがら) 宇宙の瀬にて また座りこむ
海と空とを分かつ境目が、白けて見えて一緒くた。
水月に見惚れては飛び込んで随分と潜っていた。 月なんてないよ、可哀想に。