文章表現の一部として機能するもの以外は、イマイチ使う気が起きません。 内容と無関係な絵文字が並んでいたり多すぎたりすると眩しくて、何を伝えたいのか分からなくなってしまいます。
自分は苦手なことが人よりも多いので、同級生や親戚、果てはゲームで知り合った隣の大学の教授にまで「ノート欠けたから見せて!分からない部分教えて!」と、人に助けを求めるツールになっています。 以前は誰にも相談せず、抱え込んでいたのですが、それの克服を目指すなかで、堅苦しいメールや相談より、気軽に複数人と話せるSNSをそういう風に使うことが増えました。