表示件数
0

小説の欠片

疲れていた。何にって言われても、そう簡単に答えが出るようなものではないことは、僕が一番わかっていた。
昔から不器用だった。運動もできず、勉強もできず、何をしていてもダメ出しを食らうことは日常茶飯事。正直こんな人生やめてやるって何度も思った。こんな人生終わってしまえって思っていた。
だから泣かせにくるのが見え見えなラブストーリーも、ああ、こいつ死ぬだろうなって分かるキャラクターも、好きになれなかった。どこか達観していたのだろう。それなりに。

そうやって何十年も生きてきた。行き着いた道は誰もが「普通」の象徴として掲げる、サラリーマンの姿だった。だけど、それなりに人生の楽しみ方を見つけていたつもりだった。通勤の電車で人間観察をする、ということ。いかに楽をして生きられるか、湯船に浸かりながら考える、ということ。どんな死に際なら、最期くらい世間に注目されるか、ということ。
僕はたくさん考えてきた。それなりに。

医者なんて怖い被り物だと思うことにした。どこか似ている気がするから。子供は大声で叫びながら連れていかれるし、病名を告げるAIのように無機質な声なんて気味が悪いほど似ていた。
僕の寿命を宣告しやがった時だって、少しくらい同情の念くらい差し出せばいいのに、ぐっと何かを押し殺して言っていることくらいバレバレだ。
僕を支えてくれた妻に、あと少ししか生きられないことを告げなければいけなかった時、かすかにベッドのシーツを握ってガラスのように脆い涙を流した。子供の頃からヒーローになりたいなんて白昼夢だと分かっていた僕だから、涙なんて初恋が叶わなかった時以来かもしれないなあ、なんてそう思った。