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音のナイフ 11

音楽を…教える?

今度は男の子が目を丸くする番でした。

音楽を教えてよ。オトはどうやってそんな風に歌えるようになったの?

僕は…

思い出せない、思い出せない。
僕はどこから来たのか、僕の歌う詩はどこから来たのか。
男の子は愕然としました。
僕は、自分や、他の人に興味がないんじゃない。
僕は、知らないんじゃないか。なにもかも。

大丈夫?

女の子は急に黙り込んでしまった男の子を見て驚きました。
男の子は自分と違う、とは思ってはいましたが、今まではそれが女の子を引きつけていました。
しかし、今は少し恐ろしいほど、どこかはっきりとしたチガイを感じたのです。
さっきの歌といい、何もかもが見たことがなく、不思議で、不安でした。

ねえ、オト
君は、誰なの?

僕は
わかりません

僕はどうかしていた。
今までこんなによくしてくれた子がいなかったから、つい家にまで上がり込んでしまったけれど。
僕は旅をする者、誰か一人にこだわってはいけなかったんだ。
男の子はそう思って、立ち上がると、

音楽は、教えられません。僕のことは、忘れた方がいい気がします。

といい、ドアの方へ歩き出しました。

待って!

女の子はとっさに男の子の手首を掴みました。

一緒にオトを探しに行こう。

僕を探す?

あなたがわからないなら、一緒に見つけに行こう。

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僕たちの永遠は「ら」から始まる

窓から射し込む強光が閉じた瞼に痛くて、僕は思わず目を覚ました。覚束ない視界で辺りを見やれば、シーツに無数の錠剤。胸に冷たい温もり。サイドテーブルのデジタル時計は午後十一時五十三分を指している。

日付が変わるまで、・・・超ド級の隕石と地球がハグを果たすまで、あと七分。今日の終わりはこの世の終わりだ。世界はこのまま明日を迎えることなく、海と空と骸のミックスジュースと化す。

マジでか。もはや他人事のように呟く他ない。いがつく喉からこぼれた声はカスカスで、・・・笑い上戸の君に聞かれなくて良かった。僕は両腕で大事に閉じ込めていた彼女の身体を抱き直す。氷のようだ。だってこの娘はもう息をしていない。

一緒に、一緒に死ぬつもりだったのに。



一足先に、神様をボコボコにしに行こう。言い出しっぺは、どっちだったっけ。要は僕も彼女も、通り魔(いんせき)なんぞに恋人を殺されるのは真っ平だったのだ。

シートから錠剤を押し出しては口に含み、口に含んではキスを交わした。痺れる指と震える唇はやがて、真珠玉のようなそれを取りこぼしていく。吐息に色をつけただけのような声で、彼女は笑った。「泡になった人魚姫みたい」。―――そんなの、今の君の方がずっと。なんだか胸をじんと痛ませながら僕も笑って、重い瞼を閉じる。

きっと世界で一番の恋をしていた。

さよなら、



男の身体には薬の量が足りなかったのだろうか。回りきらない頭で考えながら、すぐそこまで迫り来た轟音から逃げるように身を縮めた。吐いた溜め息は程なくして嗚咽に変わる。一人で最期を迎えるのがこんなにも怖くなるくらい、君のことが好きだった。

君のことが好きだった。

握ると柔らかい掌が好きだった。いつもいい匂いの髪が好きだった。ボリュームに欠ける胸だって好きだった。・・・君をお嫁さんにもお母さんにもしてあげられなかったけれど、それでも。それでも僕は。だから。

だからそっちで再会のキスが終わったら、いつか渡そうと仕舞いっぱなしだった指輪を差し出そう。そうしたら僕を「遅いよ」って叱ってくれるかい。どっちのことを怒られているのかわからないような顔をして、笑ってみせるから。

世界で一番の恋をしていた。
世界で一番の恋をしている。君に。君だけに。

ありがとう。

さよな