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やっと

もう卒業式だから教室いかなきゃ…と思い
私は、すごい久しぶりに教室に行きました。
すごく怖くてなかなかはいれませんでした。
けれどクラスの子は想像してたのとは違う反応をしていました。クラスに入ったときいろんな子が声をかけてくれて中には抱きついてきてくれる子もいました。ずっと悩んでた私にはとても嬉しいことでした、その時は泣かなかったのですが私はホッとした感情と嬉しい気持ちで帰り道号泣してしまいました。今まで早く終われって思っていたものが終わらないでほしいと思うようになりました。
長文失礼しました。

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今日は皆で

皆で東日本大震災について「もう一度」考えていきたいね。

決して「ああ、そういう事もあったな」で終わらせるのでは無くて。

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不安しかない

この前、模試を受けた結果が帰ってきて、偏差値62〜67くらいで(自分の偏差値はさすがに細かいところは言えないけど…)広大、千葉大がB判定で、本命の横国大(今、人気があるんだよなぁ〜泣)がC判定だったんですけど、あと1年あるのにB判定の広大も全く受かる気がしません。先生は、あと1年あるから大丈夫だと言いますが、なんかそうとは思えません。正直、不安しかないです。

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入試終わりました!!

今日、県立高校の入試がありました!
自分的にはあまり出来たとは言えないけど、合格を祈るしかないから発表までの1週間、久しぶりにめいいっぱい遊ぶぞー!!!

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雪か…

あーもう暖かいから油断してた…
雪かきしたし…
みんなはどう?

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忘れてなるものか

僕は宮崎在住なので直接な被害はありませんでしたが、テレビ等を見て当時小6だった私は本当にこの世の終わりが来るんじゃないかと思いものすごい衝撃を受けました。それから5年。被災者ではない僕達はどうすることもできませんが、忘れずに風化させないように次の世代に伝えることがせめてものの出来ることではないでしょうか。忘れてなるものか。

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明日は3月11日

明日は3月11日です。
この日のことは早く忘れたいけど忘れられない。
でも忘れちゃいけない事なのかもしれない。
この5年間は早いようで遅い気もする
不思議な5年間でした。
僕は被災地が早く復興することを願ってます。
そんな思いを込めて今からここに
作詞した作品を載せようと思います。
長くなってしまうかも知れませんがもしよければ見てください。
 はじまりのうた

あのとき僕らは 何をしてただろう
ただ会話してた そうかもしれない
あの瞬間に 全てが無くなった
夢も愛も明日も消えた人もいた
もしこの世界に
死ぬっていう言葉が 無いとしたら
これから僕らはどう生きるのだろう
朝の光は 毎日さしてる
あの赤色の毛布は今どこにあるの
夜の寂しい暗闇 確かな温もり
それだけで僕らは ここまで来たんだ
あとどれくらいかかれば
いつも通りに戻るのだろう
教えてくれよ 誰でもいいから この僕に

あのとき僕らは どこにいたのだろう
街にとけ込んでた そうかもしれない
あの瞬間に 全てを無くした
嘘も宝物さえも無くなったんだ
もしこの世界に
命が 無かったら
今僕らは 何をしているのだろう
教えてくれよ 誰でもいいから この僕に

朝の光は 毎日さしてる
あの日の記憶は今どこにあるの
夜の寂しい暗闇 微かな温もり
それだけで僕らは ここまで来たんだ
あとどれくらいかかれば
今までに戻るのだろう
教えてくれよ 誰でもいいから この僕に

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あの日から

東日本大震災から、明日で5年を迎えますね。
私にできることはなんだろうってずっと考えています。
亡くなられた皆さんのご冥福をお祈りすること、チャリティー募金をすること、少しでも早い復旧・復興を願うこと、ボランティア活動をしに行くこと...
目を背けようとしていただけで、できることは本当にたくさんある。
いつか、実際に東北に足を運んでみたいと思う。いや、行くべきだ。
周りからの情報を待つのではなく、自分の目で確かめなくてはいけないと思う。

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もうすぐあの日。

当日はみんなで黙祷しよう。あと募金もしよう。そして被災地産のものを食べよう。出来ることから始めましょう。もちろん今日のアレもね。

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震災

あの日自分はその場所に居なかった。
ただただテレビで見ていて、コレが同じ日本で起きていると言う実感が全くなかった。けど、その3年後被災地である宮城の土を踏んだ。その時にはテレビで見た風景とは全く違う風景が目に映った。
色々な所が整備され、友達も普通に笑って暮らしている。まるで地震や津波が無かったかのように。けど、確かにその傷跡は生々しく友達の心や周りに残っていた。突然、口にする被災時の時の様子家が流されたりした人、電気やガスが来なく車の中で夜を明かした人、そんな話をしてくれるたびに自分は言葉をなくしました。その度思うのです「単なる自分は傍観者だったのだと」
だからこそ、もうあんな悲惨な話を聞かなくていいように願いたいです。