皆さん「群青」という曲をご存知でしょうか?
この「群青」という曲は福島県南相馬市の小高中学校という中学校の2011年の卒業生と音楽教師が一緒に作った曲なんです。作詞が卒業生、作曲が音楽教師。
ちょっと歌詞を書いてみますね。
あの日見た夕日 あの日見た花火 いつでも君がいたね
当たり前が幸せと知った 自転車をこいで君と行った海
目を閉じれば 群青に染まる(一番サビ)
という曲です。
聞いた時感動して涙がこぼれそうになれました。
私はこの曲を作った人にあったことがあります。そして作った人に歌ってもらいました。
もう感動して感動して涙がこぼれました。(終わり方がわからないのでこれで終わります)
あの日から5年が経ちました
まだ5年しか経ってません
これからずっと向き合っていかなきゃならないことだから
若い人達が考えて向き合っていかなきゃいけないと思う
東北の震災があってもう五年もたちました。
最近もテレビの特番で当時のことが放送されていました。
「そのときのことを忘れないで伝えていきたい。」
実際に震災を経験した方々が話されていたことです。わたしは東北から離れてはいますが、このことは伝えて行くべきだと思います。
ですが実際のところはどうでしょうか。
私は長崎にすんでいて、8月9日には毎年原爆が長崎に落とされた日として平和記念日というものが決められていて学生は登校日で、夏休みでもその日は登校日です。
なので長崎県民はほとんどの人が原爆を落とされた日時を覚えています、何があったかをおぼえています。
他県に住む人たち、学生たちはどれくらい言えるでしょうか、その日に黙祷を捧げるでしょうか。
別に8月9日に黙祷を捧げて欲しいとかでは全くないです。911テロや様々な悲しい出来事が今まであったなかで、事件や事故が風化していくというのは仕方がないことです。
だからこそ起こったことを伝えていくことが大切だと私は感じます。
この東北の震災のことについて改めてSOLの生徒と先生方の間で逆電をとおして話し合うこともいいかも知れません。
先の震災で亡くなられた方々にご冥福を祈ります
今日でやっとテスト終わりました!!!!
久しぶりにちゃんと登校します!!
今夜もよろしくお願いします!!!
今日、3月11日はあの震災から5年。
当時、僕は福島の内陸部に住んでいたのだが
あの日の事は忘れられない。
震度6弱の揺れに加えて、原発事故による放射能の飛散。
あの日を境に日常は一変したと感じる。
沿岸部ではかさ上げ工事も進んで、復興は進んでいると思うが、まだまだ福島は手もつけられていない状態を見ると政府に対して疑問を感じざるをえない。
原発の処理より先に福島沿岸地域の行方不明者調査を優先すべきではないだろうかと思う。
この5年間で変わったことは数少ないと思うが、
自分の出来る事から始めていきたいと今日感じた。
校長教頭のレポートまで全部読み終えた。まず東北に行ってみたいなという気持ちになりました。すごく遠いけど。他にもいろいろ感じたことがあったので後ほど感想を送ります。
「いつか、『日本中のみんな』を笑顔にするために、僕はまず『僕の周りにいる人』から笑顔にしていこう。いっぱい話そう。いっぱい笑い合おう。」
昨日の授業を聴いて、今日を過ごして、自分なりの答えを出しました。