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家族旅行

私は、昨日と一昨日家族旅行に行ってきました。行先は飛騨鍾乳洞と松本城に行ってきました。家族旅行に今年はいけないかなと思っていたので、「行っていいよ」と言われた時には(正直)本当にうれしかったです。とても楽しい週末になりました。ホテルから見た夜景は最高でした。

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こしふう来校!

今日は風花ちゃん来校日だああ!!!
最近よくテレビに出られてるのがすごく嬉しいです!
来月で卒業は寂しいけど今日はとっっても幸せです!!
風花ちゃん大大大好きです!!!!!

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掃除

友達が家に来て勉強だったので、午前中はひっっさしぶりにまともな掃除をしました笑
きっかけがないと掃除しないのですが、やっぱりすっきりしたー(*^^*)
やるまでが長いけど、やり始めるとこだわっちゃうんです笑
可愛いものとか配置してる時が楽しい!

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明日から

明日から、また課外授業が始まる。行くとイジメが待っている。行くのやめようか。行かないと親がうるさい。もう何もかも嫌だ。

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スペシャルウィーク

今週だと思ってたら来週からだったのね

勘違い(๑>؂•̀๑)テヘペロ

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私が生まれるまでの物語

私は四人兄弟です。でも私が生まれてからずっと3人です。私には五つ上の姉がいます。でも生まれて次の日になくなってしまったそうです。三年前くらいに初めてお母さんがちゃんと話してくれました。姉はお腹の中ではすごく元気だったそうです。しかし予定日の直前になって病気がわかったみたいです。滅多にない病気で助かる方法はなかったようです。お母さんは「死んじゃう子を出産する」という事実を受け止められず、お腹の中の姉とともに自ら命をたとうとしたそうです。でもお腹の中で姉がものすごい勢いで蹴ったみたいで、我に返ったらしいです。そして姉が生まれ、それから1日は呼吸器をつけて生きていたそうです。その呼吸器を外すと心臓が止まる。そして姉がかわいそうだったので1日で外したそうです。姉が生まれたのは2/14のバレンタインデー。それから兄は1/1の元旦、私は12/24のクリスマスイブにしたそうです。姉がいなかっなら兄と私はいません。姉が命をたとうとした母を助けてくれたから私は今ここにいます。だから私たちは毎月お墓参りに行きます。そして姉に感謝の気持ちと近況報告をします。私にとって姉は大切な家族のひとりです。

長くなりましたが、私が生まれる前の物語です。

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読書感想文   ・・・  (゜_゜>)

 今、読書感想文書いてやす。
 もうすぐ終わりそうかな?

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最近

最近いいことがありすぎてこわいですどうしよう

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ふうかちゃん!!!

今日、風花ちゃんの生放送教室めちゃめちゃ楽しみにしてました!
同い年だし、誕生日も結構近くて、勝手に親近感湧いてたりしたんですけど、来月の一週目で卒業っていうことで、なんていうか、すごいさみしいですね・・・。

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私が生まれるまでの物語

私が生まれるまでの物語
〜お父さん編〜
1971年2月
北海道で次男として誕生。

その3年後お父さんに弟が誕生。
3人兄弟の真ん中であるお父さんは「あまり可愛がってもらえなかった」とよく言っている。

小学卒業まで北海道で育ち中学生になる時に、お父さんのお父さん(おじいちゃん)の地元である宮崎に引っ越す。

高校生で少しヤンチャしていた。
行きたい大学に行けないと分かってから勉強をほとんどしなくなり、授業中寝ていたり、テストは名前しか書かなかったり…。
だけど、「俺は結構モテてたんだ。卒業の時はぽたんはほとんど取られたし、たくさん写真も撮られたよ」とお父さん曰く人気者だったらしい。

高校卒業後、長野県へ。
様々なアルバイトの後、ホテルの結婚式などに使うホール(?)で働く。
アルバイトとして入ってきた後輩がお母さん。

〜お母さん編〜
1979年3月 富山県で長女として誕生。
年後の兄と2人兄妹。

物心ついた時から人見知りで母親の背後にずっとくっいていたらしい。

小学校入学後、近所の双子の姉妹と仲良くなり毎日のように遊ぶ。(今でも仲良し)
小2の頃から眼鏡をかけ始めるが、眼鏡をかけている子が珍しく軽く、いじめにあった。

中学校で、入りたい高校を決め必死で勉強。
特に青春も思い出もないらしい。

高校入学。最初のテストは学年2位。
その後、今までの自分を変えようと明るく振る舞い、今でも友達である人と出会う。

高校卒業後、厳しい家庭で育っていた為、早く家を出るために長野県の看護短大に入学。
しかし、勉強についていけず半年で自主退学。
一度は実家に戻るもすぐに長野に戻る。
短大時代の友達からの勧めで、ホテルのアルバイトを始める。
そこで先輩として教えてくれたのがお父さん。

〜両親編〜
18歳と26歳の時に付き合い始めた。
それから2年後、私がお腹にできたことが分かり、予定より早く結婚。
しかし、お父さんは仕事を辞めていた為、かなりの貧乏だった。
その後、両方の親からお金を借り、お父さんは長距離トラックの仕事を始め、1999年8月私は無事誕生。
その後もかなりギリギリの生活の中で高卒ではちゃんと養えないと痛感し、様々な資格を取得した。