高校を卒業した後、大学入学前のこと。友人宅で泊まり込みではしゃいで、寝て起きて、友人の母に作ってもらったご飯を食べながらTVを見ているとありえない光景が広がっていた。衝撃的で、それを見たシチュエーションまで未だに覚えている。東日本大震災は、単純にメディアで見ていても、怖さを感じるものだった。そして熊本の大学に入学し、無事卒業し、熊本で就職して仕事を始めた。社会人生活にも慣れたころ、同じような怖さを自分たちが体験することになるなんて、全く、想像すらしていなかった。人生で初めて「命の危険」を感じた瞬間だった。みんなが同じ思いをしただろう。そして、災害は起きた瞬間だけでなくそれ以降も恐怖や苦しみが続くということを思い知らされた。深夜に起きた出来事、電気はつかない水も出ないガスも使えない。なんだか諦めのようなものを感じた。電気はしばらく経つと多くのエリアで回復したが、水とガスは復旧に時間がかかった。トイレ、風呂、当たり前だった物事が、当たり前ではなくなり、冗談でも綺麗事でもなく「普通って幸せなんだ」とよく思った。未だに以前の生活に戻れない人達や、家すらなくなった人達が、当たり前に、沢山いる。今は自分はほとんど以前通りの生活に戻れているけれど、それも幸せなことだと思い直しながら。
地震に噴火
自然だから起きてしまうこと
不安になったり辛かったり
いろんなことがあると思う
でも私達は何にもできない
募金と支援ぐらいしかできない
本当に私達は無力だなって思う
ごめんね
謝ることしかできない
こんな声も伝わらないかもしれない
お前に何がわかるんだ
って思って当たり前だよね
本当にごめんね
今夜は一緒に考えたいな
少しでも励みになればいいな
この言葉が少しでも伝わればいいな
熊本の生徒へ
消える前に
伝わってほしい
この言葉
見えない感情目にしてほしい
頑張ってるのに
頑張れ
なんて言えない
ただただ私達に出来ることは話すことだけ
無力でごめんね
H28.10.10 14:14
今年生徒会に所属してから1番の大仕事は熊本地震の募金だったこと今でもおぼえています。メンバー全員企画して資料から募金方法から何もかも考えたこと、最初は全然集まらなかったのに放課後に学校の近所を回って募金を集めて最終日には親御さんまで校門まで来てくださって集計した結果はメンバーみんなが驚く位の金額になってました。そのお金を熊本に送って少しでも力になったと思うと生徒会に入って、自分達の力が誰かのためになったことが初めて身にしみてわかった瞬間でした。困ってるひとの助けになれることって大変だけどその分沢山の人に幸せを与えられるものだと思いました。
電話 ありがとうございました
上手く話せたか心配。。(笑
思いが届いたら嬉しいです
受験頑張ります!!
がまだせっっ
みんな夢に向けて頑張ってる。
それを知った話でした。
いろんなことがあって、辛かったり大変だったりするけど、一つ自分の夢をもって追いかけてる話を聞いて、私も負けていられないと思いました。
たくさんの大切なことを教えて貰った気がしました。
10月10日 月曜日
阿蘇山の噴火をニュースで知り、僕は初め頭では阿蘇山は熊本とわかっていたのですが、なぜか鹿児島の桜島が頭に浮かんでいました。それで次は鹿児島かーどうなってるんだ、今年は?と思ってました。しかしよく考えて見ると、阿蘇山は熊本やんと思い、地震に大雨さらに噴火と、起こって欲しくない三拍子が不運なことにそろってしまった。こんなこと今までの日本の歴史にあるんだろうか?歴史史上最悪の震災の連鎖なのではないか。そう思いました。僕の地元石川にも白山という火山があるので、いつかそうなるかもしれないと思うと、人ごとには全く思えません。九州のみなさんご冥福をお祈り申し上げます。