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家族の死

僕も先日、祖父を亡くしました
祖父は30年前からガンを患ったり、脳梗塞を患ったりして長い闘病生活を送っていました。
ですが、祖父は楽しいときには笑い、怒るときは怒ってくれた大切な人でした。
僕は目の前で祖父の主治医の死亡確認を聞いて「死」というものをわかっていたのですが、感覚的にはまだ身近にいる感覚があります

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分かる

私も昨年祖父が亡くなりました
家が近くて中学の時は毎日のように通っていたけど、高校は方向が反対であまり行かなくなってて
久しぶりに会ったのが亡くなる1週間前くらい
高級寿司を奢ってもらいました
ずーっとお世話になってきて、祖父の胃を摘出して元気が無くなってからも死ぬとか全然想像出来なくてずっと実感がわかないままです
寂しさもあんまりなくて、それが悪いような気がして辛いです
だけど教頭の話きいてちょっと安心しました

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大切な人の死。

やっぱり、すぐに立ち直るのは難しいと思う
私もそうだった。

だから、少しずつでいいと思う

きっと前を向ける日がくるよ。

大丈夫!!

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ぐっぺさんへ

忘れちゃいけない日ができた
大切な日が増えたんだよ
辛いけど、生きていくのにはいい経験かもしれない。
今を生きられない人の為にも、強く生きろ。

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私は

私はどっちかって言うとおばあちゃん側の人だったな。というのも、入院しまくって迷惑とか心配とかかけまくってたから、みんなの前では笑っていようっていうおばあちゃんのことも分かるんだよね。普通、管とか機械とかいっぱい繋がってたら怖いし痛そうって思うかもしれないけど、辛い姿見せちゃったらもっと心配かけちゃうから。おばあちゃんは強いひとだね。とってもかっこいい人だ。

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大切に。

失って気づくことっていっぱいあって。
おばぁちゃんがいてくれたこと、与えてくれたこと、、、。
今まではいることが普通になってたことが、いなくなって特別だったんだって気づかされる。

おばぁちゃんと過ごした時間は大切にして欲しい。

またこれからも、今あることが特別なことなんだと大切にすごして欲しいね(*^^*)

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グッペさんへ

僕は心に空いた穴が、おばあちゃんの証だと思います。僕も大切な人を失った経験がありますが、時間が経つにつれて、その心の穴は必ず柔らかく優しいものになります。その心の穴は埋めなくていいと思います。その穴がおばあちゃんの証だと思うので。

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お恥ずかしながら、自分のポエム 抜粋

「私、こういう性格なんで、悪く聞こえるかもしれませんが、存在と記憶ってほぼ同じなんですよ。存在しないものの記憶はない。逆に記憶しているものは存在していた。まぁ存在と記憶は『誤魔化しが効くか効かないか』というのが違うので『ほぼ同じ』なのですが。

 もし先輩の見てきたお婆さんが優しかったのなら、先輩の記憶でもずっと優しいお婆さんがいますよ」

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逆電

おばあちゃんが亡くなったって話聞くと自分のおじいちゃんが自分が小5の時に亡くなったの思い出す
グッペのおばあちゃんとは違って病気で入院してていつ死ぬかわからない状況ですごく怖かった。
学校の給食中に、担任の先生から聞いた時は本当に涙が止まらなくて辛かった、、ほんとに涙が無くなるんじゃないかってレベルで泣いた。そしたらおばあちゃんが「おじいちゃんの分まで一生懸命生きて」って言われて泣いてられないなって思った。
グッペの辛いと思うけど、悲しいままだと天国のおばあちゃんも悲しいと思うから頑張って!!

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大切な人

やっぱり大切な人が亡くなるのは耐えられない悲しみがありますよね。
無理に受け入れようとしなくてもいいと思います。
受け入れられない気持ちはすごく分かります。